其之三 ルディコ、五歳
ヴィル王国にも雪解けぬ四季があり、夏は、冬と比べれば多少は気温も上昇し、過ごし易いといえば、過ごし易い。春には新芽も出て、花が咲く。雪を貫いて芽を出す花々の生命力には、驚かされる。
ルディコが産まれてから、五年が過ぎた。この五年、ルディコの耳について誰かに咎められることは、一度もなかった。ほとんどの者が興味を示さず、逆に気持ちが悪かった。最近、耳にしたのだが、イャガが「ダルがルディコの変形した耳のことをひどく気にしているから、なるべく触れないでやってくれ」と気を使ってくれていたらしい。本人から聞いたわけではないので定かではないが、誰も何もいわないということは、きっとそういうことなのだろう。だが、そのお陰で、森の者たちがルディコのことをどう思っているのかが、分からなくなった――忌み子、忘れたくても、忘れられない。一日に最低でも一回は、頭に浮かんでしまう。
ジルーロたち、エリザとも、五年前のことは一度も話をしていない。もちろん、それで良いのだが、エリザと二人きりになると、どうしても話をしたくなる。エリザにはこのような葛藤はないのだろうか。あの日以来、酒をまったく飲まなくなった。いや、飲めなくなった。酒の勢いでいってしまうことが、恐怖でならなかった。
ルディコは、順調に育っている。身体に何の異常もない、至って健康そのもの。暫くはルディコの成長が恐ろしくて、とても戸惑った。だが、最近では違う。ルディコの成長が楽しみで仕方がない。雪を貫く新芽のように、その美しく力強い成長が楽しみで仕方がない。楽しみで仕方がないから、お婆の「忌み子」という烙印が、呪縛となって心から離れない。その呪縛を克服しなければ、ルディコは幸せになれない。そう、戒めているのだが――ルディコが産まれてから、一度たりとも天災や異常気象など、祟りだと思わせるようなことが起こらない。森の者たちはお婆の力を受け継いだルディコのお陰だと、神の子だと、より一層に可愛がってくれるが、このことは、恐い。恐ろしい。確かに偶然だとは思えない。ルディコは、神の子、悪魔の子――。
ある日、ルディコが苛められて帰ってきた。
「エリザ、ルディコは何て?」
「それがね、お前の耳は変だ、変だっていわれたって」
「……そうか、それで、ルディコは?」
「泣き疲れて、もう寝てるわ」
「……どうしたもんかな」
「苛めた子のお母さん方は、すぐに謝りに来てくれたわ、お詫びの品をいっぱい持ってきてくれて、こちらが申し訳なかったわ」
「そうか、じゃあ、ルディコ本人の問題か……」
「うん、そうね」
二人同時に、コーヒーを口に運んだ。
「……初めて、だな」
「え?」
「いや、耳さ、他人から耳のことをいわれるのは、初めてだ、例え、子供が相手でも、だ」
「ええ……まだ、気にしているの?」
「エリザは気にならないのか? 俺は、気にならない日は、ないよ」
「だって、あなたがいったんじゃない! あの子は私たちの子だって! あなたが気にしているってことは、心の底では私たちの子じゃないって、思っているのよ!」
「違う! それは違う! 信じてくれ……すまん……」
「……」
「……あれから五年、何も起こらないんだよ、些細なトラブルさえも……偶然とは思えないぐらいに、本当に、何も、苛められたと聞いて、少しホッとしたくらいなんだ」
「あなたは、考え過ぎなのよ」
激しく叩かれた扉が、音を立てて揺れた。
「あら、誰かしら」
「おい! ダル! 俺だ、俺、飲もうぜ!」
「ほら、ジルーロよ、付き合ってあげたら」
「またか、酒は飲めなくなったっていってんのにな……」
ジルーロもイャガも、エリザも……ルディコも、何事もなかったかのように平穏に暮らしていた。囚われているのは、一人だけだった。エリザがいうように、心の深淵では、ルディコを本当の子だとは思っていないのか。人間の子だと思うからこそ、「忌み子」などに囚われるのか――。