其之十三
もう目前まで迫っている。あの木を越えたら、いる。
「すぐよ!」
「ああ!」
そこには陽がさしていた。いくつかの切り株があり、そこに五人座っている。一番奥に座っていた男が立ち上がった。ライトハウスだ。
「よく来た。待っていたぞ」
「死んでもらう」
「まあ待て、タラノ。そう死に急ぐな」
「死ぬのはお前だ」
腰の短剣を抜き、両手に構える。私も続いて剣を抜いた。
「女に物騒なモノ持たすなよ」
もはや、ライトハウス以外の者には目もくれなかった。それはタラノも同じだった。動向をうかがっている。隙をみて一気に襲い掛かるつもりだ。
「お頭、ここは私が」
手前に座っていたうちの一人が立ち上がり、こちらを見据えたまま言った。
「いいだろう」
ライトハウスが腰を落とす。一瞬、顔を下に向けた。その一瞬を、タラノは見逃さなかった。体を前に倒し、走りこんで飛び上がった。手前に座っている二人の間を抜けた。このままいけばライトハウスに一撃とどく。
その時、タラノの両足にごつい手が絡みついた。空中でピタリと静止する。間を抜けた二人の腕がタラノの足に伸びている。
「な……」
タラノは覗き込むように振り返った。完全に空中に固まっている。
「俺が先だ。聞いていなかったのか?」
ライトハウスの代わりに立ち上がった男がそう言うと、足を掴んでいた二人がタラノを背後へ投げ飛ばした。地面に叩きつけられる。
「うがっ」
「そいつと戦っている間は誰も手をださない、安心してやるんだ」
「く、くそ」
タラノが唸る。
「頂きに到達するのは簡単なことじゃない。さあ、登りつめてみろ」
タラノに近づき、手を貸す。その手をとって立ち上がり、相手となる男に向かい合った。
「だいじょうぶ?」
「ああ、それに、今ので分かった事がある。こいつらの力は尋常じゃない。こいつらもライトハウスのようだと考えた方がいい」
「そんな……!」
考えていた悪夢が現実になった。それでも、ここにいる数人だけだった事は幸いなのか。
「おら、どうした」
ライトハウスが口をはさむ。相手の男が武器を手にした。斧だ。片刃で、全長は五十センチほどしかないが、刃がかなり大きく分厚い。あの一撃は相当重いはずだ。
「いつでもよい。かかってこい」
かなり大きい男で、体つきもがっちりしている。筋肉の盛り上がりがさらに男を屈強に見せる。例えるなら、ゴリラのような男だ。
「あいつはザーズといって、ものすごい怪力を持っている。もし、特異な力を授かっているのなら、あいつの一撃は想像を絶するものになっているはずだ」
タラノは小声でそう告げた。
「問題は、スピードなんだがな……」
頷く。たしかに、とらえられるスピードなら私にも戦える。
「どうした、かかってこないのか。こちらからいくぞ!」
ザーズは斧を振り上げ、まっすぐに私に向かって振り下ろした。避けられるスピードだ! タラノと私は左右に飛び避けた。斧が地面を叩きつける。その光景に、私は目を疑った。地面がめり込み、陥没したのだ。
「ふざけやがって、あんなもの食らったら一撃で跡形もなく吹き飛ぶ……!」
「だけどやれるわ!」
木をクッション代わりに蹴飛ばし、ザーズの背後に着地した。剣を上段に構え、空いた左脇の下を斬り通る。
「む」
腕が胴体から離れる。さっと身をひるがえし、右後ろに飛ぶ。この斧の間合いは狭い、すぐ離れれば攻撃をうける事はない。
私の後にタラノが続いた。短剣をクロスに構え、頭部に斬りかかる。だが、同時にザーズは斧を外側に振り切った。足を抱え込み、その攻撃を避ける。そのままザーズの頭上で回転し左の背後に着地した。
「なにっ?」
そう呟き驚いた表情のタラノの視線を追う。腕の切り口から、血が流れていない。赤ピンクの筋肉と白い骨が鮮明にのぞいていた。
「化け物め……」
今度はタラノへ向けて斧を振り下ろした。タラノはまっすぐ上に飛び上がる。めり込んだ地面から斧を持ち上げ次の行動に移る前に、私は右サイドまで間合いを詰め、右上腕めがけ剣を下からすくい上げた。肉と骨を絶つ感触が手に伝わる。切れた腕がその反動で、つかんだ斧と共に前方に倒れる。
「む」
両腕を無くしたザーズは、ただその場に立ち尽くしている。
「もうこいつは終わりだ、何も出来ない」
飛び上がった高さにあった木の枝を足場にして、タラノはライトハウスに向けいった。
「……そうだな。ニュアル!」
切り株にかけていた男が立ち上がり、腰にさしていた二本の剣を手にとった。
「つぎはこいつか」
タラノも私もそう思った。だが、ニュアルと呼ばれたその男は、すさまじい勢いでザーズに斬りかかっていった。瞬く間に、ザーズの体はバラバラになった。やはり血はまったく流れない。そのため、ザーズの残骸は店で売っているような動物の肉塊を連想させた。
「こ、こんな攻撃、かわせる訳がない……速すぎる」
目を見開き、かすかに震えていた。タラノは金縛りにあったように身動きが出来ないようだった。たしかに、今の動作は考えられないぐらいに速かった。ライトハウスの比ではない……。死。その一文字が頭に浮かぶ。
「ニュアルと申す。お初にお目にかかる。いざ、まいる」
いきなりタラノ目指して飛び上がった。だが、その姿を目で追う事ができた。
(ニュアルの移動速度はさっきほど速くない!)
私も飛び上がった。だが、一足先に飛び上がったニュアルは、既にタラノの目の前に到達していた。タラノはまったく身動きが出来ない。左の剣でタラノの胴を真一文字に斬りつける。その動作は速すぎて見えなかったが、閃光が横にのびたため、そう理解できた。
斬りつけられた衝撃でタラノは後ろへ軽く飛ばされ、そのまま背中から落下した。私が突き出した剣は、右の剣で簡単にあしらわれていた。
突然、鉄の棒で殴られたような衝撃と痛みが胸元を走る。数秒、息が詰まる。左肩から地面に落下し思い切り打ち付けられた。
「う……」
目の前にニュアルが着地する。
「ただの帷子ではないな」
(そうか……胸を突かれたんだ……まったく見えなかった。この帷子を身につけていなければ胸を貫かれて……)
「苦しまぬよう、首をはねてやろう」
どうやら帷子の効果は死期を遅めただけのようだ。地面に転がり、ニュアルを見上げる状態である私にはもうどうしようもない。相手の目をしっかりと見つめ、覚悟を決めた。
その時、大きな破裂音が響き渡った。思わず身がすくむ。見ると、目の前に黒煙が広がっていた。ニュアルの体がゆっくり後ずさる。
(今だ!)
私は足首めがけ思い切り剣を横に払った。骨を絶つ手ごたえが二回つたわる。ニュアルの体が右に倒れ込んだ。
「……やった」
立ち上がり、倒れこんだニュアルを見おろした。足首からはドクドクと血が流れでている。横顔を見て、違和感をおぼえた。鼻がない、吹き飛んでいる。鼻孔が丸見えだ。何かがニュアルの顔面をとらえ破裂したのだ。
(何が……、そうか、かんしゃく玉だ、タラノが持っていた。ということはタラノは無事なの!)
木の陰からタラノが姿をあらわした。
「やったぜ……、クリーンヒットだ」
「だいじょうぶ?」
「ああ、この鎧のおかげだ。内臓は痛んだかもしれんが、致命傷は防げた。これで、ライトハウスまであと二人だ」
「よく見ろよ」
ライトハウスが指差した。なんと、ニュアルがその足で立ち上がった。痛々しい傷口を地面に踏み込み、バランスをとりながら立ち上がる。鼻から下、口元も血だらけだ。
「何なんだこいつらは本当に……」
ニュアルがバランスをくずし、前によろめいた。
「!」
右腕を伸ばしている。その手には剣を握っている。そして刃先は、タラノの首を貫通していた。
「タラノ!」
そう叫ぶと同時に私は剣を振り上げて、その腕を切断した。腕の落下と共に首から剣先が抜ける。ニュアルも再び地面に倒れた。
「ぐがっ」
タラノが血を吐き出す。首を両手で押さえるも、血の流れは止まらない。次第に前かがみになっていく。
「タラノ!」
「ははは、死んだな」
ライトハウスが高笑いしている。私はタラノの肩を支え、首に手をあてがった。
(ルディコ……)
ゆっくり、手元が蒼白く光りだした。
「なに?」
ライトハウスは笑うのを止め、少し身を乗り出しそう呟いた。
蒼白い光が一気に膨れ上がり、首全体を包み込む。以前より遥かに強い呪力を感じた。
(すごい。何で急にこんな力が。……そうか、この首飾りの力だ)
手を離すと、首の傷は綺麗にふさがっていた。タラノが私の肩を掴み、いった。
「助かったよルディコ……」
「ええ、だけど、どうしたの?」
タラノの様子は先程と変わっていなかった。肩で息をし、前のめりになって片手を膝についたままだ。
「お前……人間じゃないな」
ライトハウスが立ち上がった。私を激しく睨む。
「……。エルフか」
「そ、そうよ。私の事を知っていたくせに、その事は分からなかったようね」
「そんな姿をしたエルフがいるとはな。そうか、変身の術か。まんまと騙されたよ」
「……」
「イスト、ジフォ、二人がかりで消してしまえ、変な術を使われると厄介だ」
(くそ…、何があっても自分は手を出さない気か。このままじゃ、いくら傷を治せるとはいえ、あいつに届く前にやられちまう…どうしたら……)
「そうはいくか!」
背後から怒鳴り声が聞こえた。近づいてくる。ゾタだ。間違いない。
樹林の奥から息をきらせ、ゾタは私たちの背後に姿を現した。
「はあはあ、大丈夫だったか」
「タラノが……」
「大丈夫かタラノ」
「ああ、大丈夫だ。負傷した箇所はルディコになおしてもらったが、体力や疲労までは回復しない。まいったぜ」
ゾタは辺りを見渡した。地面にはバラバラの肉塊と、動けなくなった足の先のない人間が血だまりに転がっている。
「五人も待ち構えていたのか、俺の判断はあまり正しくなかったようだな。すまん」
「ううん。ゾタが踏ん張ってくれたおかげで何とかここまでもちこたえたわ」
再び剣を構えた。二人も剣を手にする。タラノはまだ少し苦しそうだった。
「はっはっは、笑わすな、もちこたえただと? 今から死ぬんだよ」
イスト、ジフォと呼ばれた二人も武器を手に取り身構えた。
「気をつけろ。あの二人は山賊の間でもかなりの使い手だった。ヘタするとライトハウスに匹敵するかもしれない」
「ゾタ…、気付いた事がある。俺たちが戦った二人は、特異な力に差があった。一人は血が出なかったり、一人は攻撃速度がすさまじく速かったりな」
じりじりと牽制しあう。二対三、数では有利だがそうはとても思えなかった。
「イストの鎌状の剣には気をつけろ。刃が弧の内側に付いていて、引っ掛けてひきちぎるという攻撃方法だ」
向かって右にいるのがイストのようだ。
「ジフォの剣は刺突用だ。鎧の隙間を狙って突いてくると思え。あの剣は相手の剣を受け流すのが容易で、簡単に反撃される」
少しずつ間合いを詰める。お互いに隙を伺いあっていた。ほんの数秒が、かなり長い時間に感じられる。もし、戦いの最中ライトハウスが横槍を入れてきたら、確実に虚をつかれ、死ぬ。だからといって、三対三で戦う事は得策ではない。あのライトハウスを交えて戦えばそれこそ勝ち目はない。ライトハウスがおとなしくしているのを祈るしかない。まさに最悪の状況だ。
ゾタが動いた。ジフォに向かってなまり玉を投げつける。
「きえた!」
文字通り、ジフォの姿が瞬時に消えた。避けた残像すらみえない。それに目を奪われていた隙に、イストが目前まで突っ込んでくる。一番右にいたタラノが狙われていた。鎌状の剣を顔面に突き出す。スピードは速いが尋常なほどではない。タラノは素早く上体を右に倒す。
「やばいぞ!」
ゾタが叫ぶ。イストはそのまま剣をひき、首ごと頭を引きちぎる気だ。何とか頭を下に向け、髪の毛をかする程度ですんだ。剣をひく時の強風に煽られ、着用していたマントが浮かび上がる。
「な、なんてやろうだ、引く時のスピードが半端じゃない……、とらえられたら一巻の終わりだ」
息を呑んだ。私に向かってきていたら、死んでいたのではないか。
「ルディコ後ろだ!」
ゾタの叫び声を聞き終わる前に私は前方に激しく吹き飛ばされた。地面に胸から叩きつけられる。
「くそ、また消えやがった!」
左肩甲骨に激痛が走る。左腕はもう動かないかもしれない。なにか、ドライバーのような物で数え切れないほどに連続で突かれたような感じだ。鎧の隙間など狙わず、上から壊す気だ。左肩甲骨……心臓を狙ったのか。
タラノがイストの攻撃を二本の短剣で受けていた。鎌状の内刃なため、その間切り傷を負う事はないが、普通の剣とは違う斬り方で攻めてくるので、さばくだけで攻撃を繰り出す事ができなかった。ゾタはジフォを警戒し、身動きが取れないようだ。姿の見えない相手に意識を集中させるのは不可能に近い。私も意識を集中させる。目に映らない相手の意識を感じ取る事ができるのは、エルフの私しかいない。
「ゾタ! 私には感じ取れるわ、すぐ攻撃できる態勢でいて!」
「エルフか……、厄介だな」
ライトハウスが呟く。私はゾタに近づき、背中を合わせるように立ち並んだ。感覚を研ぎ澄ます。気配を、感じる。
「ゾタ、上!」
私は前方に飛び込んだ。一回転し振り返る。逆さになったジフォがゾタのマントに剣を突き刺していた。だが、当のゾタはそこにいない。剣は地面にささり、マントが絡みつく。
着地したジフォの背後にゾタの姿があった。すかさず斬りかかる。血しぶきが飛び散った。だが、またジフォの姿が見えない。
「くそ、またか」
剣は地面に突き刺さったままだ。さっきのように背後からという心配はないが…。
その時、キン、という金属音が響いた。タラノの短剣が二本とも真っ二つに切断されていた。
(力ではない。すさまじいスピードのせいで一気に刃が切り裂かれてしまう)
すぐさま新たなナイフを両手に取った。その内の一本は村で見つけたもので、刀身が赤茶色である。
再び手にされないようにと、ジフォの剣をゾタは手に取っていた。
私とゾタの中間辺りにジフォが姿を現した。そのままゾタに向かって突っ込んでいく。私はその背中を追う。ゾタは私に対して右肩を向けていた。そのためジフォが突っ込んだとき、右サイドをとられたのだ。私の一太刀が届く前に、ゾタは右頬を思い切り殴られた。上半身が左にしなる。
「ゾタ!」
私は飛び上がり、背中に思い切り斬り込んだ。
「……あたった」
避けられる、また消えると思っていたが、そうではなかった。綺麗に一太刀浴びせる事ができたのだ。にわかに信じ難かったが、その理由はすぐにわかった。ジフォの腰の辺りから剣先が飛び出ている。これは刺突用だ、ゾタの手にしていた。ジフォの体が横に傾き、地面に倒れこんだ。
「ゾタ…」
ゾタが口から血を垂らし、にやりと笑う。
「へへ、奥歯折れちまったよ。さあ、残りはイストだ」
その時、再び金属音が響いた。短剣の刃がまた折れている。
「なんだと…」
そう呟いたのはイストのほうだった。よく見ると、赤茶色の短剣は折れておらず、鎌状の剣の方が折れていた。折れたというよりも、その切れ口は焼き切れたようだった。
(この短剣、呪力の宿った物なのか…、じゃあ、残りの青と緑の二本の短剣もそうかもしれない。ツキがまわってきたな)
タラノがにやりとする。その表情に気付き、イストは言う。
「お前など、お前らなど素手で十分だ」
「負け惜しみか?」
イストが拳を繰り出す。さすがに速い、が、タラノは内側に避けつつその拳に斬りつけた。さらに、すばやく一回転し横腹を切り込む。すかさず間合いをとり、三人で構えなおした。
「なに?」
今斬りつけた部分に傷はなく、焦げ目がついているだけだった。
「そんな攻撃でやられるわけがないだろう」
「ほざけ!」
タラノとゾタがイストの両サイドに飛び込む。そして同時に斬りつけた。
「な……」
その剣を、両腕でうける。反撃する間を与えずすぐに第二撃に移った。ゾタは太ももを、タラノは腰を切り込む。だが先程と同じく、傷をつけることは出来ない。
「女は、見物かああああ!」
そう叫び、イストは真っ直ぐに突進してきた。
「ルディコ!」
地面をけり、体を後ろに倒す。相手の拳が届く間合いまで詰められていた。剣を上に突き上げる。拳が顔面直前をとらえた。鼻の頭に体温がかすかに伝わる、だが、一瞬早く、その腕を剣が突き上げた。私は後ろに倒れ、後ろにでんぐり返ってしりもちをついた。
「……!」
腕が切れている。二人がいくら攻撃してもまったく歯が立たなかったのに、血が、滴っている。二人が私の顔を見た。どうやら私と同様気付いたようだ。
「あの剣…、まったく、どこまでも不愉快な女だ…」
私は低い姿勢に立ち上がり、そのままイスト向かって走り出した。左フックを繰り出してくる。その軌跡を目で追いながら、瞬時にマントをはずし、顔面めがけて投げつけた。拳をとめ、体に絡まったマントをはがそうともがく。隙だらけだ。あいた右脇腹めがけ、剣を振りぬく。
「……く、そ、その……」
目を見開き、何かを言い終えぬまま、地面に倒れた。
「これで、ライトハウス、おまえだけだ!」
三人とも、ライトハウスに向きなおす。ついに、残るは大将だけだ。