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其之九

 一年ぶりのザルジュの森は、何も変わっていなかった。大自然からしたら、一年なんてほんの一瞬の事なのだろう。

二人を連れて、奥へと村を目指す。

「すごいところだな、人間が立ち入るのはかなり厳しいぜ。絶対に道に迷う」

「ああ」

 眉間にしわを寄せ、至る所から飛び出す小枝や蔦を手でかき分けながら、言った。

「もうすぐだと思うんだけど……結界まで。結界……!」

 思い出した。村には人間が立ち入れないように結界がひいてあったのだ。

「なんだ、結界っていうのは?」

「ご、ごめんなさい。肝心なこと忘れていたわ。村には結界が張ってあるの、人間を通さないための」

「通るとどうなるんだ?」

「す、炭と化すわ、一瞬で」

「そ、そうなのか。まいったな……」

「ごめんなさい、もっと早くに気付いていれば……」

タラノが、興味本位からか、尋ねた。

「その結界っていうのは、どうやってはるんだ? 機械かなんかなのか?」

「あ、そうか、機械なら破壊すればいい」

「いいえ、ちがうわ。村の周りに六つの水晶を置くの。特別に大きな。その一つ一つが呪術の効力を膨張させる。結界を張る呪術をつかって、水晶の力も借り、村全体を包む。そうやるって聞いた事があるわ」

「そうか。じゃあ、水晶を破壊するっていうのは?」

「水晶が何処にあるかは教えてもらっていないの。だから、六つも探していたら時間がかかりすぎるわ。誤って結界に触れてしまったら元も子もないし」

「打つ手なしか」

 あたりを静寂が包んだ。その場に座り込み、しばらくしてからゾタが思いついたように言った。

「なあ、結界を村の人が消したくなったらどうするんだ?」

「呪術をかけた人が、それを解く呪術をまたかける。それか、……!」

 そうか、完全に忘れていた。

「な、なんだ、それか?」

「それか、呪術をかけた人が死んだら自然と解ける」

「じゃ、じゃあもしかして?」

「……結界は解けている」

「だな、よし、早く行こう!」

 こうして再び出発し、無事、三人とも村へたどり着くことが出来た。


 不思議なことに、村は一年前出て行ったときと何一つ変わっていなかった。普通、人の住まない家はすぐさま老朽化しボロボロになるが、そんな事も無く、あの時のままの姿だった。だが、そんな驚きよりも、懐かしさが遥かに勝っていた。

「いい村だな」

「うん」

 こみ上げてくるものがあったが、二人の手前、こらえた。

 中央の噴水も、何事も無かったかのように普通に機能していた。だからといって、この村に人が住んでいたという気配はまるでない。

「とりあえず私の家に行きましょう。そこが一番落ち着くし、何より人の家に入るわけにはいかないしね」


 家の中も、何の変わりも無かった。一緒に食事をしたテーブル、キッチン、一緒に寝たベッド、お母さんのドレッサー、何もかもあのままだ。鏡を見て、朝まで泣いた事を思い出した。気を使ってか、二人は私が話し掛けるまで何も言わなかった。

 テーブルの席についてもらい、二人にコップ一杯の水を差し出した。水道もちゃんと機能していた。自分の分も注ぎ、席につく。

「不思議ね、何も変わっていないわ」

「なんか、そういう不思議な現象にはもうなれたよ」

「本当だな」

 三人で声を出して笑った。危険な目にもあったが、確かに色んなことがあった。

「睡眠をとって、起きたらすぐにライトハウスのところへ向かおう。やはり早い方がいい」

「ああ」

「わかったわ」

「それから、ルディコには悪いんだが、他の家々を物色させてくれないか?」

「え、どうして?」

「何か使えるものがあるかもしれない。役に立つ物は少しでもあった方がいい」

「……わかったわ。武器や防具もあると思うし、好きに使って」

「防具か、それは助かるな。あいつの攻撃を避けきる事は至難だ。さすがにこのシャツだけじゃ死期を早めるだけだ。ルディコも何かしら身につけておいた方がいい」

「ええ、そうする」

「じゃあ、三人手分けして物色しよう。見つけたらとりあえずこの家に持ってきて、後で選別しよう」

 そうして三人は家を出て、それぞれに武具や道具を探しに回った。


 二時間近くが経過した。三人とも探し終わり、ルディコの家に再び集まっていた。

「結構あったな。よさそうな武器や防具もあったぞ」

 さすが海賊というのを見せ付けられた感じだった。その量は半端じゃなく、ドアの外にまであふれ出ている。

「ゾタ、俺のほうが多く盗ってきたぞ」

「そうか? 俺のほうが多いだろ」

「そんな争いはいいから早く選別しましょ」

 武具、道具の山を手分けしてあさり、これはどうか、とお互い意見を交わした。

「この長剣なんかどう?」

「いや、俺はこの自分の剣を使いたい。使い慣れたものほうがいい」

「そう」

「俺は長剣より短剣だな、そっちの方が慣れている」

「じゃあ、この短剣は?」

「ふむ、なかなかよさそうだな。いままで見た事ない種類だ」

 タラノはその短剣を手に取り、入念に細部まで目を通していた。

「なんか変わっているの?」

「わからない、だが不思議な感じがする。エルフの短剣か……おもしろいな」

 さっそく腰にしまいこんだ。

「ルディコ、この胴あて、何で出来ているんだ、こんな軽い金属は初めてだ」

 ゾタは深緑色の胴あてを手にしていた。

「さあ……聞いたこと無いわ」

「軽くて、並みの鋼より丈夫そうだ。これを身につけておくか。おい、もう一つあるからどっちか身につけておけよ」

「私はいいわ、タラノどうぞ」

「いいのか? 悪いな」

 私は黒い鎖帷子を選んだ。

「そうそう、ばあさんの服が多かった家にこんな首飾りがあった。ただの首飾りじゃないかも知れんぞ、どうだ」

 ゾタから受け取る。

「本当だ、何か感じる。ほのかに暖かい気が……呪術に関係しているかもしれない」

 そう思い、首からぶら下げた。

 他に、短剣二本、小型ナイフ数本、鉛玉、薬草、毒消し草、毒草、かんしゃく玉、ロープ、酒、ライター、たいまつ、水、食料を持っていくことにした。皮のマントも三人とも身につける。

「マントは戦いのとき邪魔だが、いろいろな使い方が出来そうだ、一応もっていこう」

 そういうタラノの提案だった。

「ゾタ、銃どうしたんだ? アジトに着く前からなかった気がするんだけど」

「すまん、ネガーに忘れてしまったんだ。町もあの通りだからもうこの世にない」

「タラノのだったの?」

「いや、船長の形見だった」

 その言葉を言わせてしまった事に悪い気がした。

「そういえば、この家の中は探したのか?」

「あ、そういえば探してない」

「何かあるかもしれないぞ、探そう」

 さらっと言われたので、荒らされる様な気がしたが、しょうがないと腹をくくった。

「ん、どうした? 心配するなよ、ぐちゃぐちゃに荒らしたりしないさ」

 表情からもろに読まれたようだ。結果、良かった気もする。

 私は奥の部屋を探していた。その部屋で最後にみたのは、お父さんだ。このベッドにお父さんは寝ていた……。

よくみると、ベッドが少し膨らんでいる。何かある、心臓の鼓動が早まる。手をシーツにかけ、恐る恐る捲っていく。膨らみの先端まで来たところで一回手を止め、深呼吸した。そして、一気に捲り上げる。

「……、こ、これは……!」

 思わず声を洩らした。まさか、何故これがここにあるのか。目を疑う、何度も瞬きし、何度も見やるが、決して幻ではない。

「なんだ、どうかしたか?」

 私の戸惑った様子をみて、二人が部屋に入ってきた。

「どうした?」

「……」

 ゾタが目線を追う。

「剣か、綺麗だな、純銀……プラチナか? どれ」

 手を伸ばす。

「まって!」

 その手を遮った。二人は驚きの表情を隠せない。

 あの時の事を思い出す。なぜ、なぜここにこの剣が。村の者達と共にこの剣も消えたはず。一体なぜ。最後に、最後に私はどうしていた、最後に斬ったのは……お父さん!

「これは……お父さんなの?」

 あの時、私がこの家に戻った時にも、この剣はここにあったのだろうか。気が付かなかっただけで。

私は慌ててその部屋のクローゼットを開けた。同じ彫刻の施された鞘が、転がっていた。

「その鞘は間違いなく、この剣のものだな。かなりの業物だよ、これ。その鞘もそうだ。こんな上等品が二つ存在する方が不自然だ」

 タラノはそう言い放った。私は二人を振り返り、言った。

「私が村の皆を殺めたのは……その剣よ」

 涙が、こぼれ落ちた。体が震える。拳を強く握りしめたが、震えと涙は止まらなかった。


 肩を支えられ、一度、席へ戻った。残った涙を拭い、やっとの思いで言った。

「ごめんなさい、突然泣き出して」

「気にするな、気持ちはよく分かる」

 背中をやさしく叩きながらゾタはそう言った。

「あの剣の事を考えてもしょうがない。今はもう寝よう」

「うん……」

 

 巨大な、山のように大きな剣が、私の目の前にたたずんでいる。

その刀身は大きな鏡のようだった。覗き込むと、顔がうつしだされる。でも自分の顔ではない。お父さん、お母さん、ジルーロおじさん、イヤガおじさん、アルバニスタ、ポグロ……。全てが一つであった。

その刀身に体ごと吸い込まれる。中は、水中を漂っているような感じだった。そして、みんなが、いた。お父さんもお母さんも、友達も、村のみんなも。全てが、一つに。


 目を覚ました。窓から光が射しこんでいる。朝だ。それにしても不思議な夢だった。

「よう、目が覚めたか」

 二人は既に起き、出発の準備を始めていた。

「ごめんなさい、私一人いつまでも寝ちゃって」

「かまわんさ、俺たちが勝手に早く起きただけだ」

「それならいいんだけど」

起き上がり、洗面所で顔を洗った。二人が準備をしている姿に気にもとめず、私はなぜか、ベッドの上の剣の前に立ち尽くしていた。

(あの夢に出てきた剣は、きっとこれだ。これにみんなが、みんなの思いが溶け込んでいるとでもいうの……、破壊すればみんなは開放されるの? それとも、私と共にありたいと? どっち……)

「ルディコ……」

 ゾタが壁に片手をつき、こちらをみつめる。

「この剣が夢に出てきた、その中でみんなと私が一つになった。これが何を意味しているのかわからない。一体どうすればいいの」

「……、俺の勘だが、そいつは、その剣はルディコを必要としているような気がする。肉親の命を奪ったその剣が、今度はお前の助けになると、そう感じるんだ」

「ゾタ……」

「俺の勘、信じてみないか?」

「……」

 この剣のせいで、私は最愛の人の命を自らの手で絶ってしまった。二度と目にしたくは無かった。だけど、ゾタが言うように、私もまた、同じように感じてきている。この剣は、私の最も大切な者なのだと。

「信じて、みる」

 私は剣を手に取った。不思議と、落ち着いた気分だった。


 出発の準備が整った。三人とも、いかにも戦へ向うという姿だ。私も剣を鞘に収め、腰にさした。

「では行こう」

 それだけをいい、私たちは歩みだした。多言できる雰囲気ではなかった。何か一言でも発すれば、この緊張感と決意が揺らいでしまう気がした。

 森を抜ける。目の前に広がる雪の広野。その先に聳え立つ魔の山岳。魔……。邪悪に満ちた悪の根源、魔城へ攻め入るような気分だ。

後ろの森を振り返る。もうこの森に、村に戻る事は出来ないかもしれない。

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