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其之八

 海賊タイガーシャーク団のアジトへ行くこととなった。一度、今後の計画なども含め、体制を立て直した方が良いというタラノの提案だった。ゾタ達が長年拠点にしてきた地だという。

ネガーの北にマタタがあり、その中間地点から東へひたすら海に出るまで進む。


 道中、走っては休み、を繰り返した。なぜ走るのかと尋ねたら、のんびりしている時間は無いかもしれないからだ、とタラノは言った。

「お前の言うとおり、見え方が変わって来ているかもしれない。だが、大差ないと思う。その選ばれし者だというのは、俺は感じない。ガキの頃の戯言だろう?」

「いや、ちがう。俺は確信している。単なる予感じゃない、確実なモノだ。目の前に大地が広がるように、俺たちもまた、存在している。ルディコは感じないか?」

「わからない……。でも、私たちが出会ったのは偶然じゃないとおもう、そう感じる」

「ああ、そうだ、これは偶然じゃない」

 ゾタが少し下を向き、何かを考えている。目の前には、果てしない雪の大地が広がっている。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと思い出していたんだ、ガキの頃の事を」

「どんな?」

「盗賊まがいのことを始めるきっかけ、確か、夢を見たんだ」

「きっかけ、か。そういえばなんだったかな」

 タラノは走りながら腕を組んだ。器用だ。しかし不気味な格好である。

「よく覚えていないが、なんかこう水の上に俺が立っていて、目の前に柄の悪い男達がいて、大笑いしているんだ。なぜか俺も楽しくて、だけど仲間には交じっていない、すごい羨ましかった。屈強そうで、悪そうで、かっこいい。そんな夢を頻繁に見るようになって、それで野盗などに憧れるようになった」

「そういえば俺もいつの間にか意識しだすようになってたな。でも、憧れとかじゃなくて……」

「そう、俺と同じだ、憧れを通り越してそういう盗賊こそが、俺の居場所のような気がしてならなかった」

「ああ、俺もそんな感じだった」

「居場所?」

「そうだ」

「ねえ、二人の両親てどうしてるの?」

「俺たちは孤児だ」

 ゾタの返事が心なしか早かった。

「町が賊に襲われた時に殺されたらしい。この国じゃ良くあることだ」

「盗賊を恨んでないの?」

「物心つく前の話しだからな、別になんとも思わない」

「そう……」

「今思うと、何もかもが決められた事だったような気がするよ」

感慨深げにタラノが言った。

「自分達でやりたい様にやってきたんじゃなくて、変な“予感”に好き勝手やられた、ここまで強引に腕を引かれ連れてこられた……」

「おかげで……、仲間を失った」

 沈黙が三人を包み込んだ。ここで慰めの言葉を掛けるのは、かえって追い討ちをかける事になるだろうと思い、何も言わなかった。

「俺はこんな能力を持った事を、持たされた事を一生恨む。どんな理由で俺たちを選んだんだ……、一体何がこの先あるって言うんだ、あの時のように楽しい、充実した日々が取り戻せるのか、ふざけるな……」

 唇をかみ締め、こぶしを強く握る。その手が震えていた。

「もうすぐアジトにつく、そしたらルディコの事もあとで詳しく教えてくれ。俺たちのためにも、お前のためにも、知っておきたい。仲間として」

 タラノが言う。

「ええ」

 その後は無言で走り続けた。ようやく海が見えてきた。


 綺麗な海岸がそこにはあった。白い砂浜に波が押し寄せる。こんなに近くで見るのは初めてだ。

「この海を越えると、シンラ大陸……、シン王国だ」

 何かを思い出すかのような目つきで、ゾタは言った。私もつられて海の向こうを見渡した。果てし無く広がる海原。この先に、私の知らない大地が広がる。そこで暮らす大勢の人々。どのように暮らしているのかまったく想像がつかない。エルフもいるのだろうか。私のような人も、いるのだろうか。

「おい、こっちだ」

 いつの間にか二人は波の打ちあたる岩肌の側にいた。駆け足で追いつく。

大きな、十メートルの高さはあろう岩肌にさえぎられ、砂浜はそこで終わっていた。

浅瀬を歩いてその岩肌を越える。水の冷たさのせいで足に痛みを生ずる。体温も一気に下がったような気がした。平然と前の二人は進んでいく。

(なんで平気なの……?)

岩沿いに五分ほど歩き進むと、横穴が出現した。どうやらここがアジトの入り口のようだ。二人の後を追い、中へ入る。しばらくは先程と同じように浅瀬が続き、徐々にではあるが水面が下がっていくのが分かる。入り口からはまったく光は射して来ないが、天井の所々が空いているようで、それが照力の落ちた電球のような効果を出している。等間隔に光が射し込んでくる所を見ると、どうやら人工的に作った物らしい。

 四段ほどの階段を上る、ようやく水から出られた、寒さで身体が震えていた。

 先頭を歩いていたゾタがようやく立ち止まった。左の岩壁にできた人工的な穴に手をさしこむ。すると、その穴の右側の岩壁が、音をたてて動き出した。人工的な光が目に飛び込んでくる。暗がりに目が慣れていたため、眩しかった。

「ここがアジトだ」

 案内され、中へ入る。

「すぐ暖炉に火をつける。靴を脱いで、そこにある布で濡れた部分をふき取った方がいい。埃にまみれているかもしれないが」

 アジトの中は見渡す限り、かなりの広さがある。五十人は寝泊りできる広さだ。向かって右側に暖炉があり、そこと真正面の壁には武器がびっしりと飾られている。備えてあるといったほうが正しいか。左側の壁にはびっしり詰まった本棚と、地図、海図がある。部屋の真ん中には三メートル四方の大きなテーブルが置かれている。

「拭き終わったらイスにでも掛けてくれ。それとも、風呂でも入るかい?」

「お風呂があるの?」

「ああ」

そういうと、タラノは本棚に近づいていった。本棚の右端を思い切り蹴飛ばす。すると、本棚が九十度回転し、後ろに通路が現れた。

「立て付けが悪くて思い切り蹴飛ばさないと回らない、むかし仲間が強く蹴り過ぎて破壊した事があったっけ、なあゾタ」

「ああ、たしかゴダマだったよな、船長に殴られて、そんで新しい本棚を買いに行かされてたよな」

「そうそう」

 懐かしむような笑顔で二人は語った。

「この通路の先にも部屋があって、そこに風呂があるから。覗いたりしないから安心して入れよ」

「絶対に覗かないでよ」

 布を手渡され、通路を少し進むと普通の木製のドアがあった。ノブを回して開き、中へ入る。

「……?」

 なにもない。あるのはぱっと見、腰ぐらいの深さの水溜りだけだ。

「まさか、これ?」

 海水がどこからか流れ込んで、ここにちょうどいい具合に溜まるようだ。手をつける。冷たい。さっき歩いて来た所と変わらない冷たさだ。

「……」

 何日かシャワーを浴びていなかったのでお風呂には入りたかったが、まさか水風呂だとは。

「……」

服は脱がずに腕まくりとスカート部分を捲り上げ、まず足と腕を水につけながら洗った。

「う~、さぶい」

 ちょっと鼻が出てきた。次に頭を思い切り水の中につけ、頭を逆さにして髪を洗った。顔をあげ、髪をよく絞り、頭の上で束ねた。

「少しサッパリしたけど……普通は風邪引くわよ……」

 布で手足を拭き、そのあと頭に巻いた。

 先程の部屋に戻り、言った。

「ねえ、あんな水風呂普通に入ったら風邪引いて死んじゃうんだけど」

「え?」

 二人が同時に私の顔を見た。

「温かいお風呂が待っているみたいな言い方して、ほんとにもう」

 腰に両手をつき、頬を膨らませ、怒ったそぶりを見せた。

「ははは!でも入ったのか!」

「腕と足と髪洗っただけ、入ってないわ」

「そうかー、いやあな、実はあそこは洗面所なんだ」

「え?」

「風呂じゃないよ、あんな冷たい風呂入ったら俺たちだって体壊す。顔洗って、手を洗うぐらいだ、口ゆすいだり。まさか頭まで洗っちまうとはなあ、ははは!」

 やられた。二人して腹抱えて笑っている。

「……騙したわね!」

 頭に巻いていた布を手に取り、丸めてタラノに投げつけた。

「まてまて、悪かった悪かった。新入りを初めてアジトに入れる時、いつもこうやってからかっていたんだ。中には、肩まで浸かってクチビル真っ青にして震えながら出てくる奴もいて、笑かしてもらったもんだ」

 まだ笑いながらタラノは言った。

「まさかルディコがひっかかるとは思わなかった」

 ゾタも、してやったりという顔をして笑いながら言う。

「まあでも、これで正真正銘俺たちの仲間さ、よろしく頼むぜ」

「……、もう。今まであんな深刻な顔してたから、なのに、まるで子供みたいね」

 腕を組んで少し強がってはみせたものの、体は正直で、頬に熱を感じた。

「ハハハ、赤くなってるぞ。確かに厳しく険しい状況に俺たちは置かれているけど、これが本来の姿さ。陽気に楽しく、これが俺たち海賊のモットーだ。そうじゃなきゃそれこそただの悪党になりさがっちまう、楽しくねえ」

 それを聞いて、改めて二人の悲しみ、苦悩を認識することが出来た。仲間を結果として失わせる事になった、仲間との楽しい出来事がすべて思い出になってしまった。私も、同じ。今、一瞬でも心から楽しいと思ったのは久しぶりだった。彼らもそう思ったかもしれない。タラノの言うとおり、私たちは同じ星の元に生まれたんだ、きっと。同じ悲しみをもち、共に分かち合う。そして、助け合う。お互いに助け合う為に、そんな使命を全うする為に、生まれ、今に至るのかもしれない。


 このアジトには他にもいくつか隠し部屋が存在した。その内の一つにキッチンがあり、食事をとる事となった。

「料理できるの?」

「ああ。俺たち海賊は皆できる。コック役が死んじまったとき困るからな」

 私は出来ない。

 二人がキッチンへ入ってしまったので、部屋に取り残されてしまった。ただ座っているのもどうも手持無沙汰だったので、おもむろに本棚を物色した。どの本棚にも官能小説や絵画作品集、占い、小奇術の本など、おおよそ海賊には関係無さそうな本ばかりで、実戦や戦略に関するような本は一つも無かった。

一番下の段の隅に、隠すようにアルバムが置かれていた。手にとり、捲っていく。どの写真も笑顔で騒いでいるものばかりだ。二人の姿もある。その中に一つだけ、一人たたずむ写真があった。他のスナップと違い、証明写真のような、かしこまった雰囲気だ。

そこに写っている男の顔は凛々しく、威厳を感じさせる。左目に黒い眼帯をし、髑髏の刺繍を施した黒のキャプテンハットをかぶっている。服装は、白いシャツの上に真っ赤な膝下まであるロングのジャケットコートを羽織っている。腰の辺りから剣の柄を覗かせ、その長さは五十センチはあろうかというぐらいだ。普通の剣の比率で考えたら、かなり長い刀身をもつことになる。写真からはそうは見えない、剣ではなく槍のようなものだろうか。

 アルバムを閉じ、元通りの場所へしまう。結局、何の本も手にしないまま席につき、食事が出来上がるのを待った。


 食欲をそそる香りを漂わせ、二人が料理を運んできた。全ての料理が運び終わると、二人も席についた。

「新しい仲間と、俺たちの明るい前途を願って」

 そう言うとタラノは、ワインの注がれたグラスを目の前に掲げた。ゾタも私も後に次ぐ。フォークを手に取り、料理を口に運ぶ。

「おいしい」

「だろう。まず、うまい料理の作り方を叩き込まれるからな」

「コックの修行より厳しいぞ」

「ふふ、本当に美味しいわ」

 昔話や他愛もない話で談笑しながら、食事が進む。

 さっき見た一枚の写真が気になったままで、こらえられずに尋ねてしまった。

「ねえ、船長ってどんな人だったの?」

 おそらくあれは船長なのだと思い、そうきいた。

「んー、そうだな」

 そう言いながら考え込んだゾタの視線が、本棚の、ちょうどあのアルバムのある方へ向けられた気がした。

「変わったオヤジだ」

 タラノが口の中の物をぶっと少し吹き出した。

「それじゃわからないわよ」

「いや、ゾタの言うとおり、あれは変なオヤジだよ」

 噴出したものを拾い、信じられない事に再び口に戻した。

「とにかく、明るくて厳しくてやさしくて涙もろい変なオヤジだ」

「それじゃ要領を得ないのよ。強かったとか、いつでも冷静だったとか、そんなのはないの?」

「う~ん」

 二人とも考え込んでしまった。そんなに難しい質問をした覚えはない。

「冷静といえば冷静か。……それ以前に自ら戦う事はなかった。そうなる前に俺たちが先に相手をやっちまう」

「だけど、強さは世界に響いていたんじゃなかったっけ?」

 タラノが嬉しそうにいった。さっきから、二人の顔は生き生きとしていた。

「それは船長の寝言って事で片付いただろ」

「ははは、そうだった」

「要するに二人にもよく分からないわけね」

「ちがうちがう、だから一言で表すと変なオヤジなんだよ」

「それが分からないのよ~もう」

 二人は不思議そうな顔で私を見つめ、そのあと三人で笑った。

「ああ、そうだ、ルディコのこと、おしえてくれよ」

 タラノが突然思い出したように言い出した。今この暖かい雰囲気を壊したくないと思い少しためらったが、遊びに来たのではない事を思い出し、全てを告げた。

「そうか、そんなことが……」

 さっきとは打って変わって暗い雰囲気に包まれた。

「これでようやく、俺たちはお互いに全てをさらけ出すことが出来た。今、俺たちが予感している話をしよう」

「マタタに向かう時に言っていた事ね」

「そうだ」

 ゾタは語り始めた。

「シンの兵隊にやられ、その後シン王に対する予感は消えた。船長の看護を始めて一ヶ月ぐらいで、新たな予感に苛まれた」

「おれもな」

「それは、この国が何者かによって跡かとも無く潰されるという、途方もないものだった。大きな山がこの大陸に襲い被さる、そんな感じだ。それで、俺たちは山からの連想で山賊たちの動向を調査することにした。思いつく悪党は奴らだけだったし、他には見当もつかないからな。だけど、その勘は当たっていた」

「山賊が……国を潰す?」

「ああ、普通はありえないことだ。たかが山賊一チームに抵抗できないわけがない。だが、長い調査のすえ、すべての山賊が統合したことが分かったんだ。それをまとめたのがライトハウス、小さな山賊の頭だった男だ」

「……」

「そいつは国内では大した強さも無く、頭脳もない。ネガーのマスターはもちろん、俺が殺したあのトラジだって奴より勝っていた」

「お前、トラジを殺ったのか」

 私のために、だった。

「ああ。そして、何故か力をつけた奴は、他の山賊を束ね、国を潰す事を実行に移した。まず、奴らの縄張りであるオーイズを跡形も無く破壊したんだ。顔見知りで付き合いもあった村人達を皆殺しにしてな」

「ひどい……」

「今、さらに力をつける前にあいつらを止めておかないと、本当に取り返しのつかない事になる。俺たちの予感の元凶は奴、ライトハウスだ、間違いない、そう感じる」

「おれもだ。だから俺たちは手分けをして兵を募ることにした」

「ネガーに行った俺はマスターに頼み、断られた。そしてお前とであった」

「……これから何をするの?」

「奴らを見張り、片っ端から片付ける」

「もちろんいきなり突っ込むわけじゃない。奴らが出払っている内に罠を仕掛け、端から一人ずつ確実に殺っていく」

「でもそれだと、全員倒すまですごい時間がかかるんじゃない?」

「いや、おそらく途中で幹部クラスの奴らが警戒し、自ら出てくるはずだ。そいつらを倒せばライトハウスも必ず出てくる。それまで雑魚を倒し続けるのがしんどいのは確かだ。仲間が多けりゃ楽だが、三人じゃしょうがねえよ。やらないよりましだ」

「でも、何で皆、ただ一人としても協力してくれないのかしら」

「一番の理由は俺たちが海賊だからだ。奴ら野盗には海賊に対して仲間意識や連帯感がまるでないのさ、当然といえば当然のことだ。マスターは当てにしていたんだがな」

「あいつがいた所で俺たちは止められない」

 突然、聞きなれない声が入り口から聞こえた。瞬時に三人とも入り口を見やる。

「ラ、ライトハウス!」

 そう呼ばれた男が入り口に腕を組みたたずんでいた。意味深な笑みを浮かべている。

「いつからそこに……」

「さっきからずっといたさ。久しぶりだな、ゾタにタラノ。それから、ルディコだったかな?」

「な、何故ルディコの事を知っている!」

「あの酒場へは俺も出入りしていたからな。もちろん変装してだが。それに買った事もないぞ、なんせ監視していたんだからな」

「か、監視?」

 こめかみを一粒の汗が通りすぎた。監視されていたのなら変な視線に気付くはず、でまかせか。でも、だとしたら何故私の名前を。

「ゾタと出会う前に殺しても良かったんだが、後でまとめて殺ったほうが楽だと思ったんでな、生かしておいた」

 何を言っているのだ、この男は。この二人と出会うことを知っていた、分かっていたとでも言うのか。

「ライトハウス……、お前の企みは分かっているぞ、今この場で死んでもらう」

 ゾタは床に置いておいた自分の剣を手に取った。そして切っ先をライトハウスに向ける。

「はっはっは。お前じゃ無理だ、お前じゃ。それに」

 と言って入り口の外に目を向けた。すると、そこには大勢の男達が待機していた。

「なに、バカな、全然気配が無かったぞ……」

 タラノが驚きを隠せないという表情で外を見つめる。

「お前たちは自分で思っているほど強くない。弱いんだよ。気配すら読めないほどに」

 ちがう。あれだけの人数がいれば、そうでなくても一人でも私たち以外の者がいれば私は感じ取ることが出来る。まるで生気を感じなかった。この男が現れた時もまったく分からなかった。生きていない? そんな感じじゃない、何かに遮られている様な、そんな感じがする。

「万事休すか? いい気味だ。逆にお前たちが虚をつかれたな。さあどうする、死ぬか、それとも俺たちの舎弟になるか?」

「ふ、ふざけるな……」

 タラノも腰に下げていた短剣を抜き、両手に構える。

「よく考えろ、生き残るには俺たちの仲間になるしかない。この国は消えるんだ、跡形も無く。人など住める大地ではなくなる」

「俺たちが阻止する」

「わからんな、何故そんなに死にたがるんだ。この国に何がある? 何の思い入れがある? 死を選ぶほどのモノがこの国にはあるのか? 生きてこそ人生は素晴らしいんだ。お前たちも身にしみているだろう。死んだ仲間が幸せだとでも思うのか?」

「……」

「ルディコなんて特にそうだ。そいつらに肩入れする理由はまったく無い」

 言い返す言葉がないのは確かだった。だが、ライトハウスに寝返る理由もない。

「……。どうやら死を選ぶようだな」

「タラノ!」

 ゾタが突然大声で叫んだ。同時に、入り口付近の床から大量の白煙が噴出した。一瞬にして目の前のライトハウス達の姿が見えなくなる。

「む、なんだこれは」

 ライトハウスの声だけが聞こえてくる。

「ルディコ、テーブルの下にもぐれ!」

 すぐにテーブルの下へともぐった。一瞬、体が宙に浮く。床が抜けている、そのまま頭から落下してしまった。下に敷いてあったクッションのようなモノで支えられ、少し首を痛めたが大したことはない。

「そのまま進め!」

 ゾタの声がし、それに従った。遠くに光が見える。ここは非常脱出通路のようだ。

「はしれ! 奴らも追ってくるぞ!」

 後ろからゾタも追いかけてくる。出口だ、抜けた!

「そのまま走れ! タラノ!」

 抜けた後も走り続けた。どうやらタラノは一足先にここに到達していて、なにやら準備をしていたようだ。振り返るとゾタもちょうど抜けたところで、タラノが出口横にしゃがんでいた。

「ふせろ!」

 タラノがそう叫び、こちらに走り飛び込んでくる。その直後、ものすごい爆音が響き渡った。大きな岩山の天辺が吹き飛び、地響きと共に岩山全体が崩れる。瓦礫があちこちに飛び散り、先程の出口もふさがった。激しい地響きがおさまった後も余震程度の揺れが少しの間続き、ガラガラと岩の崩れる音がやまない。

「アジトには爆弾が仕掛けてある、こういう時のためにな」

 崩れゆくアジトを見ながらゾタが説明する。二人の横顔が心なしか悲しそうだった。

「これでライトハウス共々片付けることが出来た。残された連中は頭を失い、バラバラになる。解決したようなもんだ」

「やったな」

「ああ」

 二人は拳を合わせる。私にも差し出したので、同じように合わせた。

「なかなか面白い余興だ」

三人とも一瞬で背後を振り返る。

「な!」

「ばかな……」

「そんな!」

 先程と何一つ変わらない姿のライトハウスがこちらを見つめている。

「な、なぜだ、爆破から逃れられるわけがない」

「さすが隠れ家だ、こんなに武器があった」

 ライトハウスの背後に、地面に突き刺さった剣がびっしりと並んでいた。

「いつのまに……」

 背後を振り返り剣に歩み寄る。その内の一本を右手に取り、こちらに向き直った。

「始めから奇襲などかけずに、こうすればよかった。無駄に仲間を失ってしまった。ああ、悲しい。お前たちの気持ちがよく分かる」

 明らかに挑発した口調で、表情で言った。手に取った剣を一文字に構える。

「勝負だ。望みどおり戦ってやる。三人まとめてかかって来ても構わんぞ」

 タラノとゾタは構え、臨戦態勢にはいった。

「ルディコ、下がっていろ」

「で、でも」

「やはり俺たちで決着をつけたい。それに、戦いなれていないお前が手を出したら殺されるぞ」

 二人の気迫に、従うしかなかった。じりじりと歩み寄り、三人は徐々に間合いを詰める。

「くっくっく、なつかしいな。五年ぶりぐらいか、お前らと立ち合うのは。どう成長したのか見せてもらおう」

「それはこっちのセリフだ。お前に負けたことなど一度もない」

 ゾタはそう言うと、けん制しながらすこし右に横歩きした。

「新しく作ったのか、その剣、アジャ・カティに似ているな、もう少し扱いやすそうだが」

 アジャ・カティとは、湾曲した広刃の刀身と大きな柄頭が特徴の剣だ。

「タラノは相変わらず二刀なのか、短剣も変わらぬようだな」

 二人は無言だった。隙をうかがっている。一気にきめるつもりなのか。

「船長の死体はどうした?」

「……」

「アジトに埋めたんじゃないのか?」

 タラノのマユが微動した。

「タラノ、そうか、気にするな、ただバラバラの粉々になっただけじゃないか。ここに船長はちゃんと眠っている、爆破スイッチを押したお前でも船長は許してくれるさ」

「タラノ!」

 ゾタがタラノを振り返り叫んだ。しかしもう既に、ライトハウスの剣先は目の前にまで迫っていた。動揺したタラノの隙をつき一気に間合いを詰めてきたのだ。間一髪左によけはしたが、剣先が頬をかすめ、さらには耳を貫いた。横に裂けた耳から血が流れ出る。

腕を伸ばしきったライトハウスが引く動作に移る前にゾタが襲い掛かる。完全にライトハウスの左サイドを捉えていた。そのまま剣を振り下ろせば、頭から体が前後に分かれる。

(とった!)

 金属音が響く。斬ったのは、剣だ! ライトハウスの位置が、さっきの姿勢のまま後ろにずれていた。

(バカな! 完全にとらえていた)

 一瞬で剣の並んでいる場所まで戻り、新たな剣を手に取る。

「いいぞ、おもしろい」

「くそが……、大丈夫か、タラノ」

「ああ。だが何なんだ奴は、まるで化け物でも相手にしているような感じだぜ」

それは私も感じていた。明らかに人間離れしている。

「つぎだ」

 そう言うともう一本剣を手に取り、両手に構えた。

「二刀だと?」

 次の瞬間、ものすごい勢いでその剣を投げつけてきた。一本はゾタへ、もう一本はタラノへ。剣先を突き立てまっすぐ二人に迫り来る。そのスピードは尋常ではない。目にとらえるのがやっとだ。

(早すぎる、よけきれない……!)

 身をよじりきれず、二人に直撃した。だが、当たったのは二人の持つ剣の刀身だった。その衝撃で二人はともによろけ、後ずさりする。

(ライトハウスがいない……!)

 そう思った時には既に遅かった。ライトハウスがゾタの右横で剣を横に倒して構えている。あのまま振り切ればゾタの体はわき腹から綺麗に真っ二つにわかれる。

「死んだな、ゾタよ」

(いつの間に!)

 キン、と金属同士がぶつかり合う音が響いた。ライトハウスが剣を立て、こちらを見ている。その隙にゾタはひき、距離をとった。

「いいぞ、そうこなくてはルディコ、おもしろい、くっくっく」

 ライトハウスの足元に私のナイフが落ちている。まただ。危ないと思った瞬間、手がナイフに伸び、あいつに投げつけていた。

「な、なんだ、ゾタ、ルディコの奴……」

「そうだった……、あいつは危険を感じとると急に体が動き出す性分なんだ」

「そ、そうなのか?」

「ライトハウスの攻撃速度についていけるのはルディコだけかもしれない……。おい、ルディコ、こっちへ!」

 呼ばれ、ライトハウスを伺いながら二人の元へと近づいた。

「作戦会議か? せいぜい策をねるんだな」

 私のナイフを踏みつけた。バキバキと音をたて粉々になる。

「ルディコ、奴の動きが見えたのか?」

「わ、わからない。見えないんだけど、見えたようで、それで……」

「……」

 タラノが私を見つめ、黙ったままでいる。

「タラノ、一本ルディコに貸してやれ」

「……」

 無言で、腰にさしていた短剣を手渡した。

「受け取っても、戦えないわ……」

「さっきみたいなのを見せてくれればいい。これは賭けだ。俺たちのピンチの時に、ルディコがさっきのような力を出せば、勝機はある」

「でもあれはとっさに」

「それに賭ける、賭けるしかない。そうじゃなきゃ俺達はどのみち助からない」

 ゾタも悟ったようだ、この化け物に人間の技じゃ到底かなわないと。だけど、都合よく私にそんな力が出せるだろうか。

「構えろ、一気にいく」

 三人ともライトハウスに向き直り、構えた。短剣をもった手が震える。何度かナイフで斬りつけた事はあったが、このように実際の戦闘として身構えるのは初めてのことだ。恐怖心が私を縛り付ける。……あの時は、こんな思いはしなかった。

「さあこい、楽しませてくれよ」

「うおおおおお!」

 ゾタが一気に駆け出した。同時にタラノが左へ駆ける。

「突撃か! おもしろい!」

 まっすぐ突っ込み、ライトハウスに斬りつける。簡単に受けられたが、ひるむことなく打ち込み続ける。

「どしたどした! そんなんじゃ俺には届かんぞ!」

 ライトハウスの右横まで到達していたタラノが片方の短剣を素早く投げつける。

「あらよっと!」

 飛び上がり、ゾタの頭上で一回転して、背後に着地する。

(うしろか!)

「おそい!」

 振り向きざまにそのまま斬りつけるのか、剣を横にして体を右に回転させ始めた。ゾタの体はそのスピードに追いつかず、まだびくとも動かない。

とっさに、私はライトハウスに向かって走りこんだ。九十度回転したぐらいのところで、短剣がライトハウスのわき腹をとらえた。刺した、と思った瞬間、攻撃がのびなくなる。みると、左手で短剣を握っている手をつかまれていた。

「おしい」

 ライトハウスの動きが止まった。その一瞬の間を、逆にゾタが振り向きざまに斬りつける。

ライトハウスがまた飛び上がった。手を離さなかったので、私の腕も上に引っ張られる。

その時、視界にタラノが飛び込んできた。ライトハウスが飛び上がるのを待っていたのだ。突き出した短剣が、今度こそわき腹に刺さる。

そのままライトハウスは右側に倒れこみ、短剣を突き刺したまま地面を回転してその後立ち上がった。根元まで短剣が突き刺さっている。

「驚いたぞ、まさかこの俺に一撃食らわせるとはな」

 わき腹の部分が血で赤くにじんでいる。なのに、ダメージを負っているような感じではない。二人も気付いたのか、警戒し構えたままだ。

「今日のところはお前らの一本勝ちということにしといてやろう」

「なに?」

「俺も暇ではないんだ」

「に、逃がすと思うのか?」

「くっくっく、そうだ、消える前にいい事を教えといてやろう」

「……?」

「マタタ、ネガー、この国にあるその他の町、全てもうこの世に存在しない」

「どういうことだ?」

「土にかえしたんだ、わかるだろ?」

「……そんな短期間で出来るわけがない。ネガーにはあのマスターだっているんだ。簡単には落ちない」

「そう思うのなら見に行くがよい」

「……」

「アジトも潰した、お前達の休息する地はもう何処にもない。このまま野たれ死にだ。それとも心を入れ替えて仲間になるか?」

「ふざけるな」

「じゃあこれでおさらばだな。運良く生き延び、俺たちの元へ来ることが出来たらまた遊んでやろう」

 服が真っ赤に染まっている。普通ならもう意識は無い。

「さらばだ」

 そういうと、ライトハウスの体が地面へと吸い込まれていった。あまりに現実離れしたその光景に、三人とも何の言葉も出なかった。


 タラノの出血は止まっていたが、傷をふさがなければ化膿してしまう。

「まいったな。アジトはもう無いし」

「本当に、町は無くなったのかしら」

 つい先日まで暮らし、訪れた町がそんなにすぐ消え去るとはとても思えなかった。

「信じ難いが、あいつの人間離れした力からすると、ありえるな。後で確認しに行こう」

 ゾタの言葉に頷いた。

「しかし、とんでもない奴だったな。何があったか知らんが、あれはもう人間じゃねえ」

「ルディコの一撃、期待した甲斐があった。あれが無ければ分からなかった」

「まったくだ」

「自分でも信じられないわ」

 今思うと、剣術の練習は小さい頃からかなりしてきた。それが何らかの力で最大限に引き出されるのかもしれない。どっちにしても不思議な現象だ。

「なあ、エルフっていうのは何か不思議な、呪術みたいのを使えるって聞いた事があるんだが……ルディコは使えないのか?」

「私の村では、十五歳から呪術をならうの。だから、出来ない」

「そうか、傷を治す術でも使えたらと思ったんだがそう甘くは無いな」

 治癒の術は、一度見た事があった。木から落ちた子供が骨を折って、その時、目にしたのだ。折れた箇所に手を当て、その手がぼんやりと光った。蒼い光だった。手を当て終わると折れた骨は繋がり、その子供はすぐさま走って遊んでいた。

「どうした?」

「え、うん、わたし、今十五歳だから、もしかしたら出来るかもしれない」

 その時は見当もつかなかったが、なぜか今は出来るような気がした。

タラノの耳に手をかざし、目を閉じる。期待と不安が混じったような顔つきで二人はその姿を見ている。手ではなく、手から離れた先の方に意識を集中させるような感じだった。だんだん、温かくなってきた。手先が蒼白く輝きだす。

「す、すげえ」

 傷が見る見るうちにふさがっていく。

「すげえ、ルディコ!」

 ゾタは満面の笑みで、私の肩を叩いた。

「で、できた……」

 よく見ると傷跡は残っているが、ちゃんとふさがっていた。成功したようだ。

「これで致命傷さえ受けなければ俺たちが死ぬことは無さそうだな」

「ああ、いろんな面で、ルディコに頼ることになりそうだ」

「ふふ、まかせておいて」

 正直、さっきの戦闘での事は不安に思うが、この術で頼られるのは嬉しかった。これでやっと二人に並んだ気がした。

「とりあえずネガーへ行こう」


 ネガーは、変わり果てた姿になっていた。変わるという言葉は似つかわしくない、完全に存在していなかった。かすかに、何かがあった様な形跡が残っているだけだ。

「そんな、あいつの言うことは本当だった。跡形も無く消されている……」

「オーイズと同じだ、ひでえことしやがる」

「マスター……」

 しばらく立ちつくし、見つめていた。タラノが口を開く。

「おそらく、他の町も同じ事になっているだろう。これで俺たちはあいつの言うとおり、食料、水すらも補給することが出来なくなった。くそ、このまま野たれ死にはごめんだ!」

「ねえ、お城は? 国王は助けてくれないかしら?」

 二人は驚いた様子で私の顔を見た。

「それはできねえよ。助けを請うために王の前にひれ伏すなんて」

「だけど、そんな事言ってる場合じゃないんじゃない? この国の命運もかかってるわけだし」

「ここまで悪党をのさばらせた王が、手を貸してくれるとは思えない。ただ一度だって、俺たち賊と国の兵が衝突したことなんて無い。それだけあいつは国に無関心なのさ。だから俺たちがこうして動いていたんだ。それに、城に頼ることも考えて、すでに消されているかもしれない。」

「そう……」

「なあ、もしかして、俺たちはこの戦いを続ける理由をなくしたんじゃないか?」

 タラノが言った。

「町はおそらく残っていない、みんな殺されたはずだ。だとしたら、一体何を救う? 俺たちのためか? だが、俺たちはこんな国じゃもう生きていけない。どの道この国から出て行くしかないんだぜ……」

 確かにそう思えた。もうこの大地には対立する人間以外、誰も残っていないだろう。

「おれは、あいつらをこのまま放っておいたら、今度は世界に手を出し始めると、そんな気がしてならない。だってそうだろう、この国を潰して、その先あいつらは何をするんだ? ここにまた新たな国を作るのか?」

 私とタラノは無言だった。

「一番考えられるのは、他の国でも同様の事をすることだ。あいつらはこの国ではなく、世界を潰そうとしているんだ、そんな気がする。予感がする。」

「そうなったら……この国を俺たちがいま出てっても、結局は同じ目にあうって事か」

「ああ、だから俺たちが今戦うしかない。あの、俺たちよりも勝っていたはずのマスターでさえ、このように一瞬でやられた。だが、俺たちはライトハウスに一撃くらわす事が出来たんだ。偶然であっても。俺たちがやるしかないんだよ」

「……私も、そう思う」

「行こう、いますぐに。ここで手をこまねいている時間も体力もない。今から奴らのところへ向かえば戦えるだけの体力は残る。刺し違えてもライトハウスを殺ろう」

 刺し違えても……。異論は無かった。それが使命のように思えたからだ。

「あ、ちょっとまって!」

「どうした、ルディコ」

「休めるところがあるわ」

「え、一体どこに?」

「私の村」

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