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較べてみると、同年代女子

 翌日。

 転入生を見かけた者たちが、噂話に花を咲かせる。

 沢はちょっとした優越感を感じながら、彼らの言葉に耳を傾けていた。


「モデルのような新入生が」

「背筋がピンと伸びててかっこよかった」

「こんな時期にあんな美少女がいきなり」

「前にどんな学校にいたのか不明」


 その辺、全部俺は掴んでるぞ、と言いたい沢である。

 だが言えない。

 そこは男と男の約束というか、けじめなのだ。

 俺だけがすべてを知っている。

 あと日向が七割くらい知っている。

 そう思いながら、朝のホームルームを待った。


 いよいよ運命の時だ。

 沢には確信があった。

 甲本久はこのクラスにくるのだと、分かっていたのだ。

 なぜならば、他のクラスと比較して、彼のクラスだけは男女比が歪だったからだ。

 明らかに女子が少なかったのである。

 二年始まりのクラス再編成時、女子の人数が中途半端だったために、人数が少ないクラスができることになった。

 それが沢のクラスだ。

 そしてさらに、クラスの女子が留学するとかでいなくなった。

 男どもは嘆き悲しんだのである。

 この人数バランスの歪さを解消するため、機会あらば担任は必ずや行動を起こすはずだった。

 なるべくクラスの構成が平均的なクラスに近いほど、厄介事は置きない……と教師たちの間で信じられていたからだ。

 というわけで。


「今日からみんなと一緒に勉強することになりました、甲本久(こうもとひさ)です。よろしくお願いします」


 現れたモデル体型の少女が発した声音で、クラスに激震が走った。

 あちこちで、アニメ声だ……アニメ声じゃないか……あの体型でアニメ声だと……!? という言葉が交わされ合う。

 沢は人生の大部分を野球に捧げてきた身であるからして、アニメなどには疎い。


「アニメ声というのは、あんな声のことを言うのか……。よくわかんねえな……」


 部活をやめてからは、手持ち無沙汰になってたまに見たりはするのだが、基本的にそういうものに触れてこなかったために、見ていてもよく分からない。

 なので、彼なりに周囲が久を評価する声を、「現実離れしている」的な意味だと理解しておくことにした。

 壇上から、久がちらりと目線で沢を追う。

 沢は気づかれないように小さく手を振った。


「あっ、甲本く……じゃない、甲本さんじゃん」


 あからさまに声を出したのは日向である。

 そう、同じクラスなのだった。


「なに? 日向知り合いなの?」

「そうそう。私中学の頃に野球部のマネージャーしてたじゃん? で、あの子も別の中学で野球部にいたから」

「へー、マネージャーつながりなんだー」


 嘘は言っていない。

 例え、日向がマネージャーをやったのが中学三年のごく一部の時期だったり、久はマネージャーどころか、あちらの中学の野球部でエースを張っていたピッチャーだったとしても、ニュアンス的には嘘は無い。

 先生に席を指定される。

 これもまた沢の予想通り。

 彼の横にあった席の女子が留学に行っており、ちょうど空いていたのだ。

 久は何食わぬ顔で腰掛ける。

 男子も女子も、クラスの視線が集まる。


「モデル体型っつうけど……」


 小さい声で久が呟く。


「背丈が変わってねえだけだっつーの」

「俺もお前も中学の頃からちょっとでかかったもんな」

「そうそう」


 目線を合わせずに囁きあう。

 ともかく、沢の隣ということで、久は大変ホッとしている様子だった。

 だが、災難は休み時間に起こるのである。

 転入生、謎の美女、日向の知り合い。

 クラスメイトの興味を引く要素がてんこ盛りで、一時限目になる前のちょっとした時間に、男も女も久の席の周りに集まってくる。


「どこ中!?」


 来た、どこの中学かっていう質問。

 これに詳しく答えてしまうと、その中学に知り合いがいる奴が無駄なリサーチをしたりして、素性がバレてしまう危険性がある。

 実は地雷な質問だ。


「それは秘密です。大切なのは過去ではなくて未来ですから」


 なんかそれっぽいことを言って、久が誤魔化した。


「雛澤と知り合いだって聞いたんだけど!」

「顔見知りではありますが、そこまで親しかったわけではありません」


 何も明言しない、見事な玉虫色の回答である。


「彼氏とかいるの!?」

「いません」


 ノーウェイト。

 いてたまるか。

 ここまでは、何の問題もない、百点満点の受け答えだった。

 だがここに、予想外の闖入者(ちんにゅうしゃ)が出現する。


「うちの親が昨日、モデル体型でワンピースの美少女が羽木のカブの後ろに乗っていたって噂を耳にしたんだけど」


 周囲の時間が止まった。

 視線が、ザザッと沢に移る。

 今まで、素知らぬ顔をしてじっと座っていた沢。

 いやな汗が顔中にぶわっと吹き出してきた。

 久は半笑いになって、


「うっわ、マジで噂の速度はえー。半端ねえ……」


 全くであった。

 ここは、新たな詮索がやって来そうだ。

 助けを求めて日向を探す。

 だが、彼女は本日日直だ。

 次の授業の準備をするために、教室を出ている。

 かくなる上は……!

 沢は覚悟を決めた。


「おい甲本、ここは逃げるしかねえべ!!」

「あ? は? え、おい羽木、ちょっとま」


 久の手を掴んで、群衆を掻き分けて逃走を開始した。


「ちょっと待てー!? 落ち着け羽木ーっ!」


 トイレ前に設けられた流しまでやって来て、久が足を踏ん張ったので勢いを殺された。

 ホッと一息をつく沢。


「どうやら逃げられたみたいだ」

「おう。そして完璧に誤解されたな」

「んっ!?」


 腕組みをした久が、引きつった笑みを浮かべている。

 沢は思い返す。

 一体、自分は何をしたのか。

 傍から見たら、転校生の女の子と手に手を取って逃避行である。

 勘違いするなと言う方がおかしい。


「それからな。もうすぐ一限だから。戻らなきゃいけないんだ。分かるな?」

「う……む……」

「俺が必死に取り繕ってきた、ごく普通の転入生という顔がな。一瞬で崩れてな? もう、注目されざるを得ないような有様にだな?」

「う……む……。すまぬ……すまぬ……」


 かくして、トボトボとすぐに戻ってきた二人であった。

 クラスは既に、この二人は付き合っているという認識が出来上がっていたのだった。

 後にそれを聞いた日向が、爆笑したことは言うまでもない。

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