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彼女は噂の転校生

 日向はついてくるかと思ったら、


「じょーだん。バイトはきっちりこなさなきゃいけないのよ。時給発生してんだもん」

「や、その辺は雇い主がうちの親だから融通効くべ」

「やーよ。私はきちっとやんないと気が済まないんだから。だから沢! 厳命!」

「何よ」

「甲本くんにえっちなことすんなよっての」

「ししししししししねえよ!?」


 大変動揺する沢である。

 それを、怪しいものを見るめで見つめる久。

 何せ、先程覗きをするという、これ以上ないほどの前科を積んでしまったのでどうしようもないのである。


「さあ行くぞ羽木。俺を案内しろ!」

「くうっ、すっかり主導権を握られてしまったがなぜか嫌じゃない」


 不思議な心持ちの沢。

 ライバルにせっつかれながら村の案内に行くことにした。

 久は再び麦わら帽子をかぶり、なんと日向から水筒を持たされている。

 麦茶が入っているのだ。


「俺の分がないというのに」

「お前と俺とで共用だそうだ。ってか、無いなら自販機でジュースでも買えばいいだろ」

「無いのだ」

「は?」


 共に歩き出しながら、沢はこの文明に毒された哀れな男……いや少女に告げてみせた。


「一番近い自販機は、商店街まで歩かないと無いんだ」

「そ、そうか。で、どれくらい歩くんだ?」

「ニキロくらい」

「ニキロ!!」


 久が驚愕した。

 道を歩けば自販機に当たる……とはいかなくても、百メートル感覚で見かけるし、コンビニだって進出している都会から来た娘である。

 田舎という異世界のルールを知らなくても仕方ないだろう。

 久はきっと理解したに違いない。

 なぜ、田舎には車が必須なのか。

 都会とは隔絶されたこの世界において、何か用を足そうにも、必要な物事は全て遠く離れた場所にある。

 回覧板を回すためにすら、結構な距離を移動する必要があるのだ。

 ゆえ、一家に一台車がある。

 一人に一台かもしれない。


「……そうだ」


 沢が何か思い出したらしい。


「歩いていくのはあれだからよ。乗せてってやるよ」

「はあ? 乗せるって、お前車の免許持ってんの? まだ十六だろ?」

「そろそろ十七だなあ。だけど、原付きなら乗れるぜ。入学祝いに親が買ってくれたんだ」

「えっ、ニケツすんのか!」


 久がちょっとワクワクした顔をした。

 地元では自転車通学をしていらしい彼……いや彼女である。

 高校生がバイクを持っている、という感覚があまりないらしい。

 もちろん、ニケツの経験もない。


「まあ、日向をいつも乗せてっから」


 てくてくと車庫に向かう沢。

 そこには、古びた原付の姿があった。

 スーパーカブである。


「ほい、これ」


 ヘルメットを久に手渡した。

 かぶり方が分からないようだったので、手とり教える。

 重なった手が大変柔らかい。

 沢は、無駄に彼女の手をふにふにと揉んだ。


「結構ヘルメットって分厚いんだな。これで固定するのか?」


 ハーフヘルムを被った彼女は、案外長さがある後ろ髪がヘルメットの下からちょんと跳ねて、大変可愛い。


「俺の腰に手を回して掴まるのだ」

「えっ、男同士で抱きつくのか? 気持ち悪いなあ」


 久が笑った。

 いや、お前今女だからっ、という言葉を飲み込む沢。

 ここは押し切れば、合理的に抱きついてもらえる。つまり女体がギュッとくるわけだ。日向にはありえぬ柔らかさを持ったボディである。


「安全のためだからな。仕方ないね」


 小鼻が膨らんでいるが、彼女には背中を向けるから分からない。

 沢はエッチな事を考えると鼻に出るのだ。

 エンジンをかけて、促す。


「さあ」


 ぎゅっと後ろから来い!

 さあこーい!!

 夏の暑さがそうさせたのだろうか。沢のテンションはいつになく高い。

 久はややためらったあと、


「ま、減るもんでも無いしな」


 そう言いながら、沢の腰を抱き、ギュッと背中に胸を押し付けてきた。

 このボリュームたるや!

 沢は生きていてよかったと思った。

 例え相手が、あの甲本久だとしても、おっぱいの感触は嘘をつかない。

 すなわち正義である。


「羽木、学校連れてってくれよ」

「んっ、がが、学校? どこのよ」


 背中に全神経を集中しすぎて反応が遅れた。


「お前らが通ってた学校。見てみたいんだよね。高校じゃなくてさ」

「おうよ、じゃあ飛ばすぜ!」


 沢は勢い良くエンジンを吹かした。

 ぱぱぱぱぱっ、と軽快な音が響く。

 スーパーカブは走り出した。

 まず、視界に田んぼが飛び込んでくる。

 青々と葉を天に向かって生やした、稲。


「あとひと月くらいすると夏休みでな。稲に花が咲くぞ」

「はあ!? 稲って花が咲くのか!」

「咲くぞ。自家受粉でな。ちっこい花だけど咲く。で、それからひと月したら収穫よ」

「へえー。この緑色のが、一面金色に変わるんだろ?」

「そうそう。そうしたら、お前も手伝わせてやる」

「えー」


 不満げな声をあげる久だが、声色に不快さは含まれていない。

 どこまでも続く田、また田、そして田。

 時折家があり、顔見知りのおっさんやおばちゃんが手を振ってくる。


「よー。沢くん、日向ちゃんじゃない女の子乗せて、隅におけねえなー」

「でへへ、そんなんじゃねえよー。ほら、引っ越してきたばかりだから村案内をよ」

「あーあー、そういえば新しい人が来たんだったべな。消防団に挨拶に来てたっけ」


 カブを止めてちょっと立ち話。

 久はなんだか、借りてきた猫みたいに大人しくしてニコニコしている。

 おばちゃん、彼女を見て「はえー」という素っ頓狂な声をあげた。


「なんだか! モデルさんみたいにきれいな子だねえ! なんだい! 沢くん芸能人さん後ろに乗せてるみたいね!」

「ふへへ」


 沢の顔が緩む。

 久は、美人だモデルだ芸能人だと褒められて、戸惑いながらも赤くなる。

 自分の女らしさを認められるのは、悪い気分じゃないらしい。


「で、彼女はどこに通うんだい?」

「はい、羽木くんと一緒の学校に」

「なにいっ」


 驚愕したのは沢である。 

 そんな話は聞いていない。

 つまり久は転校生というわけか。

 いや、確かに沢が通う高校は偏差値もそれほど高くはない、農業高校だ。

 この村からも一番近いし、妥当な選択だとは言えよう。


「ほら、羽木、学校学校」

「お、おう!」


 急かされて目的を思い出した。

 おじさんとおばさんが見送っている。

 きっと沢が久を後ろに乗せていたと言う話は、明日には村中に広がっていることだろう。



 二人でカブを走らせると、やがて分校が見えてきた。

 毎年徐々に、子供の数が減っているから、遠からず閉鎖されてしまうかもしれない。


「へえー。こんな風になってるんだな。野球はどこでやってたんだ?」

「上のグラウンドだな。投げてくか?」

「は? いいのか!?」

「先生に挨拶すりゃ自由だよ。俺らが卒業して、野球部も無くなってるんだし」


 駐車場にカブを止めて、校内へ向かう。

 久はちょっと挙動不審にきょろきょろ。

 すると、部活で残っていたらしい小学生組が、わーっと寄ってきた。


「沢だ!」

「沢遊びに来たー!」

「おうおう、後輩ども元気だったか」

「沢先輩、こっちの……うわ、すげえ美人だ! この人だれっ。日向先輩じゃない人だれっ」


 どこでも聞かれるな。

 久はここでは、ちょっと曖昧な笑顔になった。


「まあ……言うなればあれかなあ。腐れ縁ってやつ」


 沢が口にした関係性こそ、言い得て妙であった。

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