一章の② 森田5郎
暗闇から、その男は現れた。
腰を90°に曲げ、背には"劇場"と書かれた箱を持つ男。
ゲラゲラと笑いを浮かべながら、男は歩み続ける。
森田5郎「動く劇場、森田5郎がやって来たよ!
安全社会デスマッチ! 安全社会デスマッチ!
夏目漱石、海砂利水魚。
吊られた照明、カンテラオバケ!
仕込んだ大道具、百鬼夜行!
出てくる役者、まとめて評すとミヒャエルエンデ!
怖さ!
辛さ!
シュール!
アクション!
なんでも見えるぞ、地下劇場!
地下を飛び出して、日の本に晒された劇場を、身を呈して庇って約55年。
本日の商業演劇も大盛況だろう!
センスのない台詞!
役者!
使い古された演出!
金だけかけた舞台とはひと味違う!」
森田5郎は、乱雑に背負った劇場を、地に置く。
「ほら! 段ボールの外装に!
雑な"劇場"の字体!
ちょっと壊れかけてる外装から、そこから抜けるすきま風も音響さ!
これが地下劇場!
そのなかでも一線をかくす、動く劇場!
雑さも味わってくれ!
純愛物語、第一章の開幕だい!
タイトルは・・・
『薬莢拾い』」
そういい放つと森田5郎は、劇場の扉を開く。
そこから、放たれた光が辺りを包んでいく。
闇が掻き消え。
風景が浮かんでくる。
荒れ尽くした、原っぱに、広がる薬莢。
そこに、抱き合う、二人の女。
オルヴィエラは、真名子を強く、強く。
抱き締めていた。
遠くに見ると、姉妹に見える。
近くで見ると、異質な二人。
真名子は、ただ、お姉ちゃん、お姉ちゃんと呟き。
オルヴィエラの胸に顔を埋める。
オルヴィエラはそれが、些も当たり前の様に、真名子の頭を撫でながら、
この娘を離さまいと掻き抱く。
オルヴィエラの手には鉄の銃。
真名子の手にはプラスチックの水鉄砲。
一部始終を知りえない、通行人たちは、関り合いになるのは、面倒だと。
離れて歩く。
オルヴィエラの頭は混乱している。
先程まで、他人だった、この娘。
自らに敵意を、向けるこの娘を
一瞬、気をやって、気がつくと強く抱きしめている。
それが、当たり前でいて、
それを手放すまいと。
オルヴィエラは真名子の顔を覗く。
自分を実の姉だと思い込んでいる様だ。
胸に顔を埋めて、心地よさそうに目を閉じている真名子。
ずっと、このまま
いつまでも、二人離れずに・・・
オルヴィエラの意識が急に覚醒する。
真名子を突き放し、頭を抑える。
先程まで、自らに起きた事が思い起こされる。
民衆を導く着物の女。
それに抱きしめられて、何か囁かれた私
あれは、何だったのか?
どうにか、今時分に、起きた出来事を結びつけようとしていく。
真名子は、オルヴィエラの混乱を優しい声で包もうとする。
真名子「オルヴィエラお姉ちゃん。」
真名子は、オルヴィエラを抱きしめようと歩み寄る。
オルヴィエラ「来るな!」
銃口を真名子に向ける、オルヴィエラ。
オルヴィエラ「気狂い! お前の探してるのは、お兄ちゃんだろ!
戦死の兄を探して、探して彷徨い。病気の母親を見殺した!
2引く1引く1で0になっちまった、家族算! 間抜けな・・・気違い娘!」
私は声を荒げて何を言っているんだ?
知り得る筈もない、真名子の家族事情。
あたかも知っているかの如く、野次るオルヴィエラ。
あれのせいか!
先程、私を抱きしめた着物の女!
あそこがどこで、どうして、あんな空間に自分が飛ばされたのかわからない!
が!
あれが、きっと"奴"だ。
怪しげな術でも使い、今まで我々、軍の追跡を逃れてきた"母親"だ!
そして、この娘。
真名子と名乗るこの娘、
何かしら"母親"に関係があるに違いない!
そんな、強引な推理で納得するオルヴィエラ。
目の前では、また虚ろな瞳で、お兄ちゃん、お兄ちゃんと辺りを彷徨いだした。
私の頭に何をした!
そう問いただしてもきっと、真名子は答えないだろう。
真名子は母親に見初められた?
先程の長い叫びだって、そう解釈すれば、合点がいきそうだ。
ああ、やって人々を洗脳して
自らの信者を増やしているに違いない。
ならば、真名子をどうするか?
自分も恐らく、洗脳をかけられてしまった。
ならば、その洗脳に乗っかってみるのも悪くはないか・・・
オルヴィエラは、虚ろな真名子の手を取った。
不思議な感覚だ。
彼女を見ていると傷が疼く。
在り来たりな表現だが、不快な疼きではない。
何が引っ掛かるのか?
"母親" のせいか?
ただの神の悪戯か?
ただ、漠然と見つかるかもしれない!
そう思った。
謎多き敵である"母親" を
そして、自分自身の何かを!
オルヴィエラ「私の過去を・・・産まれた訳を・・・」
真名子「軍曹は日本産まれなの?」
オルヴィエラ「心の故郷が種子島なだけよ。
憎き、憎き。
種と島。
つまるところの鉄砲と鋼鉄ね。」
乗ってやろうその"誘い"に
オルヴィエラが真名子の手を再度、強く握り直す。
と同時に、
二人を包む爆音、民衆の声!
遠くから、銃声が聞こえる。
民衆の声「日本解放! 日本解放!
ここは、我々の国!
白米を追い出せ!
白米を追い出せ!」
オルヴィエラ「惹かれないものね。心の故郷は、産みの親が育ての親には敵わないのと同じで。シェイクスピアは1000年経っても眠れないのと一緒で。」
民衆の声「いたぞ! 米野郎だ! いたぞ! 」
気づかれたか!
オルヴィエラは、真名子の手を離し、銃をホルスターに納めて、駆け出そうとする。
駆け出そうとして、足を止める。
彼女には酷なことかも知れない。
"奴ら"に見つかれば、きっと、保護されて
亡くなった家族の幻想を追うのも辞めるだろう。
私と共にいけば、
行き着くところは、きっと・・・
オルヴィエラは、一度離した手を真名子に差し出す。
彼女に選ばせる。
民衆の声「こっちだ! 米野郎だ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」
オルヴィエラ「うるさい! 誰の血の上で、あいつらは生きてるつもりなんだ!? お前らの生きてる大地の土壌になったのが、お前らの言う白米だ!
クソ! 憲兵は何をしている。」
真名子「オルヴィエラ?」
差し出された手の意味がわかっていないのか、真名子は此方を見て、首を傾げる。
オルヴィエラ「揺り篭なら、墓場までだが。
出会いがハグなら、何処まで行けると思う?」
真名子「天国かな? それが純粋なら。悪意なら地獄になるよ。」
彼女の正義は、おいおい聞いていくことにしよう。
オルヴィエラ「一緒に行こう! 純粋な、地獄までも!」
オルヴィエラに差し出された手をじっと見る真名子。
"奴ら"の声が大きくなっていく。
真名子「代償は?」
この娘は・・・
呆れてタメ息がでる。
オルヴィエラ「あなた、今何歳?」
真名子「18、7、6、5・・・だいたいハタチくらいかな。」
オルヴィエラ「子供が損得考えない! 行こう!」
オルヴィエラは、真名子の手を掴み走り出す。
真名子はその手に引かれて、1つ何かを呟くも。
民衆の声に掻き消される。
真名子「16を過ぎれば女は子供じゃないんだよ。」
とりあえず一章終了です。
全16予定です。