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薬莢拾い  作者: 春ウララ
1/3

一章の① 出会い

アングラです。


 

 

 

 日本は負けた。

 4度目となる大戦により、日本は『ネオ日本』としてアメリカの植民地となった。

 大戦により荒れ果てた大地には、敗戦のショックから抜け出せぬ人々が必死に生きている。

 それを踏み躙ることに最大の悦びを持つ、上司。

 そんな、上司に嫌気が差すが、命令なのだから仕方がない。

 アメリカ軍人オルヴィエラ軍曹は、そう自分に言い聞かせ、

 荒れた街を歩む。

 

 

 

 軍服に身を包み、顔には大きな破傷を持つ彼女に近寄ろうとする者はいない。

 自分の任務とは

 自分のやるべき事とは何なのか

 

 そんな、自問をするのには、こうして街を歩くのが一番いいのだ。

 基地にいると、周囲の雑音が聞こえ、あの、卑しい上司には肉体を求められる。

 私は、何度自分の生い立ちに絶望したか

 

 優秀な軍人一家の娘として産まれた、オルヴィエラには

 産まれながらにして顔に、大きな破傷を持っていた。

 そんな私に、女の幸せななど無縁だと、25年の人生で痛いほど味わった。

 

 

 結局は、父や兄弟たちと同じ、この道を歩むしかないのだ。

 

 産まれながらにして、それが決定づけられたオルヴィエラ。

 

 

 下手な慰めなどいらない。

 私は一人で、独りで歩く。

 

 ズボンのポケットから振動が伝わる。

 どうせ、あの上司だ。

 若くして、傷持つ私を、自分の補佐として此処へ赴任したあの男。

 あの男は、何処までも卑劣で、残忍だ。

 日に何度も私を呼びつけては

 私を墜とそうと、あの手この手を試みる。

 時には身体を卑しくまさぐられ、

 時には、私の傷に対して、これでもかと言うほど恥じる。

 

 でも、私は屈しない。

 そんな、私を気に入っている上司。

 

 私は、ポケットの振動を掻き消そうと周囲に意識をやる。

 

 日本人たちが建物の影から、こちらを視ている。

 日本人たちが瓦礫に身を委ね、力なく何かを口ずさんでいる。

 建物の壁に、貼り紙が見えた。

 

 『日本。負けず。』

 

 『ネオ東京地区設立』

 

 『米野郎に死を』

 

 

 ありふれた貼り紙の中に"奴ら"の仕業と思えるものが、いくつかある。

 

 『母親を崇拝せよ』

 

 『革命の時、近し』

 

 『"母親"は日本人を見棄てない。』

 

 『革命の"ぼたい"とならん』

 

 

 

 『"母親"は全ての者の心の中に』

 

 

 

 私は壁に踊る"奴ら"の痕に苦虫を潰す。

 

 革命組織「ぼたい」

 "母親"と呼ばれる謎の女を中心に、我々、軍に過激な行動を起こす団体。

 ネオ日本未開の地"ネオグンマー"から始まり。

 その勢力は瞬く間にネオ日本全土へ拡がった。

 

 「ぼたい」とは、何度も相対し、何人も殺し、捕まえ、捕虜としてきたが

 肝心の"母親"の影は一向に捕まらない。

 

 あいつらが組織拡大のために、造り出した偶像なのか

 それとも、何か特別な力を持つ者なのか

 

 ここ、ネオ東京にも、革命の流れが刻一刻と近寄ってきている。

 

 

 声が聞こえる。

 

 

 

 私の頭に突如、女の声が聞こえた。

 

 若い、少女の声だろうか。

 

 切なく、蚊を潰したような細い

 

 

 だが、確かに私に響く声が聞こえる。

 

 辺りを見渡すと、その声の主がわかった。

 

 

 痩せこけた大地に、懸命に苗を蒔く人々の中心に彼女はいた。

 

 

 痩せた少女。

 年は十代半ばと言ったところだろう。

 

 我々が蒔いた薬莢の上に彼女はたち

 必死に声を鳴らす。

 

 

 少女「水をちょうだい。

 水をちょうだい。

 水をちょうだい。ねえ、お水をちょうだいな。お母さん。

 お水をちょうだいよ。お父さん。お兄ちゃん、お姉ちゃん、お隣さん、お水をちょうだいよ。

 私の渇きは留まることを知らない。」

 

 

 少女は空を仰ぐ。

 

 

 少女「神々への嫉妬。

 空から、貴方たちの様に空から、じっくりと観察していたい私を。

 貴方たちと同じになりたい哀れで欲深いままの少女。そんな私を神は造り出した。

 アダムとイヴが幸せだったのは、楽園にいたからじゃない。

 美味しい果物があったからでも、容姿が優れていたからでもない。

 二人っきりに創られたから。

 そこには、女と男。男と女であったことは、たいして関係ないの。

 ただ、愛があったから。

 二人には二人だけの秘密があったの。

 ただっ広い、金色の草原も、風も、太陽も、発情期の虫たちの声も、

 二人には、ただの装飾なの。

 二人の愛を飾り立てる、広大で無限の装飾なの。

 でも、神話が示すどおり、人の欲望は、それよりも遥かに広大で無限なの!

 盲目なの!

 永遠の楽園を忘れるほどに!」

 

 

 少女は、見窄らしい胸に手を当てる。

 

 

 少女「お水をちょうだい!

 私も盲目なのです!

 望みを手にいれるためなら、勤労も出産も苦ではない!

 むしろ、我々人間は深淵よりも奥深く、怠け者。

 怠惰で傲慢で、リンゴでは物足りない。暴食で、強欲で、エロスで、怒りっぽくて、自らの美しさに飽きるほどに嫉妬深いの。

 だから、私は、綺麗で、青くて、塩味の、混じりっけのない純愛の水!

 その純なる部分だけを飲み干してしまいたい!

 降らせてよ、純愛の水!

 代わりに私の創る、一番小さな"海"をあげる!

 一度、決壊したら、堰をとめないダムのように!

 次第に枯れていくオアシスの水。無限ではなく、有限なものにこそ、価値があるの。有限な恵みで着飾らせてよ。

 あと、10年もしたら、私の雨は降り馴れて、ぐちゃぐちゃの熟れ肥えた大地になるの!

 そうなってしまっては手遅れ。その前に!

 どうか、神よ!

 私にお水を下さい!」

 

 

 彼女は長い口上をいい放つと、口を天に向けて大きく開いた。

 農作業をする人々は、そんな彼女を気にも留めず。薬莢の下に広がる大地に、種を植える。

 

 少女は、そんな彼らに向かい

 

 お兄ちゃんを知りませんか?

 

 お母さんを知りませんか?

 

 と訊ねる。

 

 

 私はその姿から目を離せないでいた。

 気が触れてしまった孤児だろうか、そんな者たちを見るのには慣れている筈なのに

 

 私は彼女へ向け、歩みを進めた。

 何を私を動かすのか?

 わからない。

 わからないから、確かめに進む。

 

 私が近寄ってくるのを目にした農夫たちは、散り散りに逃げていく。

 彼女、独りを残して。

 

 彼女は、私の姿をみつけると

 走り、胸に飛び込んできた。

 私は反射的に彼女を抱きとめる。

 

 

 オルヴィエラ「なんのつもりだ?」

 

 少女「お兄ちゃんじゃ、ないんですか?」

 

 

 痩せこけた少女は、私の顔を下から覗く。

 虚ろな瞳の少女。

 その瞳には何が見えるのか、想像も出来ない。

 

 

 オルヴィエラ「離しなさい。」

 

 

 顔を覗かれることを、嫌う私は彼女を突き放す。

 離された少女は、私の顔を見る。

 

 

 少女「すいません、女の人でした。」

 

 

 彼女はトボトボと私から離れていく。

 私はそんな彼女を見放せないでいた。

 

 

 オルヴィエラ「なぜ?」

 

 

 少女は歩みを止め、こちらを振り向く。

 

 

 少女「すいません、アメリカの軍人さん。」

 オルヴィエラ「そうではない、なぜだ?」

 少女「え?」

 オルヴィエラ「女の、どこがすいませんなの?」

 

 

 私は何を口走ってるのか。

 この娘は、ただの気の触れた少女。

 何をカリカリしている。

 

 

 オルヴィエラ「言ったじゃない、『すいません、女の人』って。

 この小国と、偉大な我が大国を勘違いしたことなら、子供ながら1度は許そう。

 そうではない!

 あなたは、私の"女"であることを侮辱したのよ!」

 

 

 そんなこと。

 だが、私にはそんなことでは済まされない。

 私は私だ。

 アメリカ軍のオルヴィエラ軍曹だ!

 

 

 私の小さなプライドに臆せぬ少女。

 

 

 少女「ごめんなさい。私、ただお兄ちゃんを探しているだけなんです。侮辱したつもりは毛頭ないんです。ただ、お兄ちゃんは軍人だったので、軍服を見ると、誰彼構わず抱きついてしまうんです!」

 

 

 なんと、命知らずな

 今まで良く生きてたものだ。

 もしも、抱きついたのがあの上司なら。

 散々、弄ばれた挙げ句に殺されるだろう。

 

 私も少し冷静些を取り戻した。

 

 

 オルヴィエラ「そう、それだけ。」

 

 少女「それと、明後日の夢を毎夜みます。だいたい毎回変わらず、お兄ちゃんを探してる夢。

 ときどき、軍人さんにチョコレートを貰って、それを溶かして鉄にするんです。鉄臭いチョコレートは嫌でも、チョコレート臭い鉄は好きでしょう? お姉さん?」

 

 

 私は、そんな夢見心地の少女を、改めて見据える。

 

 

 オルヴィエラ「あなた、元日本人ね?」

 

 少女「滅んだのなら、そうなりますね」

 

 

 そう言い、少女は頬笑む。

 

 

 少女「私、都合の良いときだけ、盲のふりをするので、お国が殲滅されたなんて、知ったら。

 本当に目を潰しますよ。」

 

 

 ニッコリと笑う少女。

 あどけなさと、儚さを携えた少女から、何か恐ろしいモノを感じる。

 

 

 オルヴィエラ「病的ね。」

 

 

 きっと、心を病む前は、よい家庭に恵まれた少女だったのだろう。

 支離滅裂ながらも、丁寧な言葉遣いに私はそう思い、

 少女を哀しく見つめる。

 

 少女は顔を臥せ、身体を震わせている。

 

 

 少女「いま、なんて?」

 

 オルヴィエラ「え?」

 

 

 少女の纏うモノが変わる。

 儚さを覆い隠すような、怒気が辺りを包む。

 

 私は、咄嗟に身構え、腰の銃に手をかける。

 

 

 オルヴィエラ「病的に、病んでいるのねと言ったのよ。」

 

 

 何か、彼女の地雷を踏んでしまったか・・・

 

 彼女は突如、目を剥き、

 今にも私に掴みかからんとばかりに、喚き出した。

 

 

 少女「病ですか!? 病だから、治療しなくては、いけないんですか!?

 母も一日中、黒い塊を吐いて、吐いて、吐いて。苦しんで死んだのに!

 治療してもらえなかったのに!

 私には治せって言うんですか!」

 

 

 私は、銃を抜いた。

 少女は、私に敵意を剥き出して、ジリジリと詰め寄ってくる。

 

 

 オルヴィエラ「とまりなさい!」

 

 少女「とまらない! とまらないのよ!

 私と母の思い出が駆り立てるんです! 時間がわからないから、どれだけ長い時間、悲しめばいいのか、わかないの。だから!

 こうやって、常にアドレナリンを出し続けてるんです!

 躁鬱状態!

 時間なんて所詮、誰にも等しく与えられるもの!

 それをどう使おうが私の勝手でしょう!」

 

 

 撃つこともできる。

 でも、それはいけないことだと私は自分に言い聞かせる。

 落ち着かせなければ。

 

 

 オルヴィエラ「あなた! 名前は?」

 

 

 

 少女は、今にも飛び付かんと身を屈める。

 

 

 少女「真名子! 真実の名前の子。」

 

 オルヴィエラ「私は、オルヴィエラ軍曹。

 まだ、若いから。名前を知らせてから殺してあげる。」

 

 

 真名子と名乗った少女は、何を思ったのか、ポケットから水鉄砲を取り出し私に向けた。

 

 

 真名子・・・

 

 

 いい名前ね。

 私は、引鉄を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が響かない。

 それどころか、辺りが突然、闇に覆われた。

 そこには、私と真名子を残して何もない。

 

 なんだこれは?

 

 

 私の脳が理解を求めて廻る。

 

 

 理解よりも先に私は、背後から聴こえる慣れ親しんだ、国歌を耳にする。

 

 後ろを振り向くと、

 

 

 和装、日本でいう着物と云うものだ。

 着物に身を包み、旧日本の国旗を掲げる女が目に入った。

 

 それに続くように闇の中から、武器を持った、日本人が現れる。

 

 

 彼女の顔は見えない。

 ただ、何か異常なモノに思えて

 手に持った銃を着物の女に向ける。

 

 私の手には先程、私に向けられていた水鉄砲が握られていた。

 

 

 後ろを振り向くと、真名子と名乗った少女がいない。

 

 国歌が、私に近づいてくる。

 私は後ろを振り向けないでいた。

 

 私の視界の端に着物がチラリと見える。

 私を

 言い知れぬ恐怖が身を包む。

 

 振り向いてはいけない。

 

 振り向いてはいけない。

 

 振り向いてはいけない。

 

 

 

 

 そう言い聞かせるうちに、私は後ろから着物の主に抱きしめられていた。

 

 暖かくて、懐かしいものが私を包む。

 

 

 私は首だけを、ゆっくりと後ろを振り返ると、

 

 顔に白い布を被った長髪の女がいた。

 

 私の意識が眠りにつこうとする。

 私はそれに身を委ねて、彼女の顔の辺りを見る。

 

 その白い布には、日本語で『母親』と書かれていた・・・

 

 

 

 『おかえり、オルヴィエラ』

 

 

 

 何か、女が囁いた。

 オルヴィエラの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

昔の劇作をpart2


そこそこ長くなります。

劇では2時間ものでした。

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