蒼き欠片と霞みの森 新なるプロローグ
これはさらなる話の前章でもあります。
そもそも、このシリーズを書き始めたのも、これから執筆する話の前の話を定着させるためです。
プロローグ
古い洋館がそこにそびえていた。ほとんど住民のない集落の外れで森の中で誰も来ない場所にある。
ゆっくりと重い玄関のドアを押してみると、鍵は掛っていなく開いた。重い扉は鈍い音を立てて口を開ける。黴臭い匂いが鼻についた。
鎧戸の隙間から漏れる淡い光が視界を辛うじて保っていた。
エントランスには豪華なシャンデリアがぶら下がっていたが、蜘蛛の巣で埋まっている。赤い絨毯の床に積もる埃から、長い間、誰も足を踏み入れていないことが分かった。
左手にあるドアを開けるとダイニングが現れた。入り口からの光があまり届かないので、薄暗く視界が保てなかった。
奥に何かがぶら下がっている。
―――まさか、人?
ゆっくりと足を進めると、それは巨大な人形であることが分かった。ほっと胸を撫で下すと部屋を後にした。
ここは何故、廃墟になってしまったのだろうか。何の屋敷なのか。気になったが真夏にも関らずあまりにも肌寒く、恐怖に似た雰囲気が漂っているので一先ず出ることにした。
―――バタン。
大きな音を立てて玄関のドアが閉まった。急いで駆け寄り押したが、全然動かない。長年人の手が入っていないので建付けが悪くなったのか、又は別の理由か玄関は開かなかった。
そう、彼女は閉じ込められたのだ。急に心細くなって、スマートホンで電話を掛けた。しかし、山奥の森の中。電波が届くはずもなかった。
何故、この屋敷に入ってしまったのか。今更、後悔しても仕方ないが、彼女はその場に座り込んでしまった。
そこに、玄関ドアの左側の鎧戸が開き、窓から光が差した。すぐに駆け寄ってガラスをハンカチで擦ると、外には知っている顔がいた。彼女は泣きべそをかきながら叫んだ。
「助けて!」
彼は錆びついたクレセントに指を差す。すぐに彼女はクレセントを外すと窓を上げて彼が入ってきた。
彼女はすぐに飛びついた。
「ここ、おかしいの」
「だろうな」
彼は辺りを見回しながら、小さく呟いた。
エントランスから延びる階段の踊り場の壁に巨大な絵画が掛っている。大きな鍔の帽子を被った女性である。
「SNOW…。葵か?ここはまさか」
すぐに彼は持っていたペンライトを点けて階段を駆け上がる。絵は見覚えのある女性であった。おそらく、何10年、否100年以上も前に書かれたであろうその絵画の女性を見上げた。
「…何かいる」
エントランスの窓の前で彼女がそう叫んだ。彼は当然、といった感じで2階を見上げた。
「この屋敷の正体はあいつらの巣だからな」
意味ありげな言葉を囁いた。
すぐに、彼女のところに行って耳打ちする。
「ここからすぐに出るんだ。僕はここに残って探る」
そう言うと彼は階段を駆け上がっていった。彼女は不安そうに彼の背を見送るとそのまま、窓の外に出た。そして、不気味な屋敷を見上げて溜息をつくと、そのまま走って去って行った。
―――その光景は彼女が彼を見た最後の姿になる。
エピソード1
ある神話の詩編1節
アドネルという神様がいました。
その神様には右腕がありませんでした。
小さなお社に悪魔が一杯閉じ込められていました。
そころが、事件が起こって何匹かの悪魔が逃げてしまいました。
そこで、1人の勇者が現れて後を追いました。
1匹ずつ倒していきました。
それでも、数が多くて悪魔はとても強かったのです。
その時、アドネルは天使を遣わしました。
右の翼がない天使です。
彼は光の剣を渡します。
天使は地上に行き、勇者にその剣を与えました。
彼は悪魔の剣を持っていたので、それを持つことが出来ませんでした。
そこで、天使は自分を人間の姿にして剣を使って全部の悪魔を切りました。
悪魔は全て青い欠片になって地上に落ちていきました。
勇者は安心して帰って行きました。
天使は青い欠片を拾っていきました。
天国に帰る途中で欠片を落としてしまいました。
アドネルに失敗したことが知られるのを恐れました。
彼はそのまま人間として姿を隠しました。
1
祖母の形見の青い石を眺めながら、和香菜-マリア-テレジアは頬杖をついて溜息をついていた。長い髪を束ねているので、風が窓から吹いても石には届かない。
先日の夕方に彼女は亡くなる前に、病床で大事にしていた庭のイチゴ畑に落ちていた石でその夕日に赤く染まる淡い青い透明の石を見つけた。それに魅入られて、すぐに脳梗塞で倒れても大事にしていたのだ。
彼女が亡くなる直前に彼女に和香菜に大切そうに手渡した青い結晶。形は水晶のツインポイントに似ている。
―――しかし。
和香菜が魅惑的だが何故か畏怖を感じるその結晶は、机の上の光を吸い取っているように見える。
一番の疑念は、一番信頼していた大切な祖母が、あの優しい祖母が大事にしていたイチゴ畑に見つけてから、すぐに大病を患い早々に亡くなってしまったのだ。
不幸の宝石かもしれない。しかし、大切な優しかった祖母の形見なので手放すことが出来ない。
そこで、同じ大学の同級生で霊感のある我神棗を思い出した。
彼ならきっと、この宝石に憑いているものを取り去ってくれるはず。
そう思うと、カバンに大事に蒼い石を潜ませた。
翌日、講義の為に7号棟の203号室に入った。講義が始まるのは20分も先である。周りを見回すが、棗の姿はない。カリキュラムでは彼は次の哲学の講義を受講しているはずである。仕方なく、後ろの席に座るといつものように友人が集まって来た。
「和香、おっはよう」
天真爛漫なショートヘアの黒目がちの愛らしい神流華音が元気に声を掛けた。単位は足りていないが、気にしていないらしい。この3年次で何とかしないと留年である。尤も、本人は微塵も気にしていないらしい。
次に今、話題の作家の1人、藤堂伊里である。彼女はマスコミの前とは違い大人しく無口にしている。視線が自分に集まっていることに気付くがいつものように気にしないようにしていた。彼女は笑顔で挨拶をする。皆は手を挙げてそれに答える。
その後ろで大人の女性と言った色気のある女性の南雲優がセミロングのシャギーの毛先を弄っている。
彼女はいつものように他愛もない会話をしていると、棗が留学生で自分の部屋に住まわせているジョン-スチュワートと現れる。彼はすでにアメリカの大学院に行っているが、歳は16歳である。留学は大学院を休学して、特別待遇だそうだ。
専攻は考古学で、最近はエジプトで大発見して専門誌に載ったらしい。新たな文明と神話を発見して解明したとのことだが、彼女達は良く分かっていない。
―――その神話に関わることになる未来でさえ。
すぐに立ち上がると、取り巻きを置いて和香菜が駆け出した。そこに見慣れない人がジョンの後ろから現れた。サー-アーサー-ウィル-建速である。
ウィルを無視して棗に話し掛ける。
「我神君、ちょっと、話を聞いて欲しいんだけど」
和香菜はアメリカ人とのハーフであり、アメリカ人にも物おじせずにいられる。勿論、英語も堪能である。
そこで、彼はある種の空気を感じたのか、立ち止まってジョンと目配せをした。
「見せてもらおうか」
突然、何も言っていないのにその言葉が出たことに、彼に霊感があるという噂を改めて信じた。
彼女はすぐに蒼い石を見せる。
「テモテ?何故、それを…」
棗とジョン、ウィルが目を丸くしてそれを見た。
「大事な祖母の形見なんだけど、何かあるみたいで」
「で、それを霊感の噂のある我神君に見せようと言う訳ね」
後ろから優が目を細めてそう呟いた。他の友人達も集まっている。
「何か面白そう。僕達も混ぜてよ」
何も知らない華音がそう言った。
「相談なら私達にしてもいいんじゃない?」
伊里がそう言うと、棗が呼んだテモテという石を摘まんで言った。
「気をつけろ、それを割ればここは地獄になる」
ジョンがそう言う。
「それが不幸をもたらしたんだろう?」
棗が割って入った。
「その中に悪魔が封印されているんだけど、封印の力が弱まって魔力が漏れ出しているんだ。申し訳ないけど、お祖母さんが亡くなったのもそのテモテの中の悪魔のせいだ」
そして、彼女達は棗達とある場所に向かうことになった。
日曜に渋谷駅の電車オブジェ前にお洒落して和香菜が小さいバッグを持って待っていた。時間は待ち合わせより1時間も早い。
「何、和香菜。愛しの我神君とのデートのつもり?私達はお邪魔かしら」
振り返ると、優が笑顔で立っていた。面白そうにその隣で華音が笑っている。モデルファッションの優とは対照的に子供のような服装の華音が嘲笑している。
「生憎、伊里は仕事だって。作家も大変よね」
「そうでもないかもよ」
華音が指を差すと白いワンボックスが横についた。
ハンドルを握るのは棗。ジョンとウィルが車内の2列目に載っていた。助手席から元気に伊里が手を振っていた。
「伊里、仕事は?」
すると、棗を一瞥して和香菜に向かって言った。
「我神君とジョン君には借りがあるの。それ以来、腐れ縁って奴かな」
そして、車から飛び降りてファンにばれないように渋谷ファッションにサングラス、お洒落なキャップを被っている。
その笑顔が何を言いたいのかが、和香菜には分かった。
「はいはい、じゃあ、行きましょうか」
行く場所はそのテモテの作られた場所らしい。しばらく、車が進む。車内は最後尾の和香菜と優、華音が遠足のように楽しげに話をしている。ジョンはウィルと英語で真剣に話をしているのだが、何か殺気に似た気配を漂わせている。
棗は伊里に言った。
「あれが何だか分かっているんだろう?」
すると、伊里は頷く。
「あの時はありがとう。あれから、何か月も経った気がするわ」
ハンドルを左に切って国道に出ると棗が言う。
「大切な祖母の形見を手放せと親友に言えるかい」
すると、伊里が開けているウィンドウに頬杖をついて、残暑の空気を心地よく受けていた。
「まあね。沢山の人の命の方が大事でしょ」
そして、サングラスを上げて、棗を見て言った。
「貴方達が命掛けで封印を守った伏魔殿から逃げた悪魔でしょ」
そこで、彼は息を大きく吸って囁いた。
「やっぱり、病室にカスミソウの花束を持ってきたのは君だったのか」
「まあね、光栄に思いなさい」
彼女は微笑んでサングラスを戻すと前を見た。高速の入口が見えると溜息をついた。
「また、行くのね…」
彼は少し沈黙を保ったが、すぐに口を開く。
「ノアールがもてなしてくれる。護衛は十分だよ」
そして、後ろに親指で示した。
「ジョンもウィルもいるし」
そこで、高速をかなり進んでいると、ビルのパラペットを駆ける人影を一瞬見えた。
棗は伊里と顔を見合わせた。
「残月もついているようだし、心強いな」
「本当に彼なら…ね。実のところ、どうなの?」
彼はあるインターで降りると、見覚えのある街に入って行く。
「ノアールがアラムから聖武具のエズラの剣を預かったらしいけど、残月はバーソロミューの鍵を持っているだろう。ローのアポリオのエズラの剣とカオスのアポリオのバーソロミューの鍵は相性が悪くてね。で、彼はバーソロミューの鍵を選んだんだ」
「何を考えているのだろう、本当に何者で何なのかな」
「今のところ、味方のようだけど、僕の推測では観察者、という感じかな。エジプトのファーストコンタクトと北条氏の屋敷のセカンドコンタクトで手を出し過ぎだけど」
車はある場所に止まった。小さな神社で、1人の白装束の存在が棗、ジョンに会釈をした。まだ、傷が癒えていないらしく、ところどころ包帯をしている。一番、セカンドコンタクトで怪我をして死にかけたのは彼かもしれない。
「ここがそのテモテに入っている悪魔の仲間が封印されている伏魔殿で、彼は代々の守り人だ」
ジョンは秘密のことをどんどん彼女達に話す棗にやきもきしていた。
「喋り過ぎだ」
「大切なものを失う辛さを知っているから、出来るだけその状況を知ってもらいたいんだ」
その棗の言葉はテモテを持つ和香菜に向けられていることは、車内の全員が感じていた。
「で、伊里と僕が巻き込まれた事件で、ここの数匹が逃げ出したんだ。幸い、封印は成功したが、逃げ出した奴はエズラの剣を持つノアールという人物によって封印されたんだ」
「あの執事がか?」
ジョンは事情を知らなかったらしい。当事者なのに、棗には違和感を感じた。
「あの後のことは知らなかったのか」
「『斬月』(ざんげつ)が追っていったから、てっきりアスタロットの全てを倒してくれたと思って」
「『残月』はそこまでの力はないさ。かなりの手練れだけどな。確かに涼を助けた際に力を少し失ってはいるが、剣の力は偉大だったって訳さ。何しろあの聖武具はイスカリオットの1使徒の持ち物だからな」
伊里は意味が分からなかった。異次元の話である。関係者以外は理解さえ出来ないだろう。
車を走らせて、高速道路に戻るとさらに北上に行った。途中のパーキングで昼食を取る。
東北のある場所で高速道路を降りて、山奥にどんどん入って行く。森の中をどんどん進んでいった。
「道が違わない?」
「君達にも見せたい場所があってね」
伊里、ジョン、ウィルは不安そうに外の緑を見ていた。どのくらい進んだだろうか。夕方になった。
道なき道を進むと突然開けた場所が出てきた。そこは廃村であった。それも、かなり小さな村だったようだ。建物が少なすぎる。
「この先の崖の下が旧北条屋敷と月夜見館だよ」
そう聞いて、伊里とジョンはピンときた。
「ああ、月読の池の先の」
ジョンの言葉通り、車を降りて、男性が荷物を持って先を進むと崖になって池を見下ろすことが出来た。
「懐かしい、けど、怖い」
伊里はそう言うと、和香菜が彼女を抱き締めた。
「大丈夫だよ。夏休みのあの出来事でしょ。モデルの仕事が大変なことになって…。詳しいことは知らないけど」
端の石の階段を下りて池の端に来ると回って屋敷を見上げた。全員は思わず息を飲んで後ずさった。
「じゃあ、執事のいる旅館に行くか」
と、彼らは廃墟の巨大な屋敷を横目に数面のテニスコートの端を通って旅館に入った。
すると、中でタオルを運んでいたスーツ姿の執事はジョンに向かって駆け足で近付き握手した。
「執事、元気だったか?」
「正直、あれからアスタロットの封印して元気はなかったですね」
封印の剣は相当な力を使うらしい。それもそうである。悪魔達はかなりの強力さであるのだから。
そして、他の全員に自己紹介した。
「建速天照です。そこのウィルの従兄弟です」
そして、深々と頭を下げた。
「相変わらずだな」
棗がそう言った。
男性、女性で部屋が割り当てられた。
「おい、ノアール。コードネームがあるのに本名名乗ってどうする」
ウィルがそう言うと、彼は笑顔で言い返す。
「真名は誰にも言いませんから、大丈夫です」
「そう言う問題じゃないだろう。全く、織天使十字軍の自覚はないんだから」
ウィルがそういうと彼はタオルを持って笑顔で会釈をして去って行った。
チェックインをして部屋で長旅の疲れの為、体を休めていた。この日は食事もそこそこにすぐに女性陣は部屋で休むことにした。
2
「キーホルダーとメサイヤが動いたぞ。きっと、失われたテモテの1つを見つけたんだ」
痩躯な外国人がそう言う。すると、聡明そうな少年は首を横に振った。
「彼らが何をしても無駄です」
「でも、CODEは動いているようだぜ。公安の友人から聞いた情報だ。ジンが既にあの大学に忍び込んだそうだ」
「龍呪。…とにかく、僕達は、今回は静観しましょう」
2人の影はビルの中でパソコンのディスプレイを眺めた。
映像は古い屋敷の中である。女性が窓から逃げるところだった。2階に上がる男性は目を閉じて精神を集中させている。
「CODEを使って空間把握をしているんだな」
龍呪がそう言うと、もう1人の少年のコードネーム、トリガーは目を疑った。
―――2階の1部屋から奇妙な人影が現れる。足が3本に腕が4本の人影である。
画像の乱れだと思ったが、次の瞬間に、それが徐々に少年に近付く。彼は波動を放って応戦するが、全く歯が立たなく部屋の中に引き込まれてしまった。
「龍呪、画像を見張っていて」
すぐにトリガーは部屋を飛び出した。
しばらくすると、彼が画面に姿を現した。
この場所から1000kmは離れているはずである。彼はどうやってそこまで行ったのだろうか。
衛星電話で指示を出す。
「トリガー。ノアールから聖武具を回収するんだ。彼はすでにそれを使う力もなく、刀も封印により力はなくなっているはずだ」
「了解」
彼は屋敷で化け物と少年を探っていると、化け物が手から魔法円を出して少年を捕まえてその中に入って消えてしまった。魔法円はすぐに消える。
「あれは無界の存在だったのか。しかし、何故、彼を連れて行ったんだ?」
トリガーと呼ばれた少年は首を捻ったが、とにかく、旅館に向かうことにした。
窓を開けて鎧戸を開けると2階にも関わらず飛び降りて着地した。瞬歩で一瞬にして宿に迫ると、手を壁に当ててノアールの居場所を感知し始めた。そして、2階の空いている窓に跳んで侵入して、階段室に行くと立ち止まって腕を組んでトリガーは壁に寄り掛かった。
しばらくすると、執事が階段から来るのを待った。彼はトリガーの前で立ち止まると前を向いたまま、彼に声をかけた。
「葉月様、靴は玄関で脱いで下さい。と言うより、玄関からお入り下さい。そもそも、チェックインもしていませんよね」
「こんなところで働いていたんですね。で、なまくら刀は?」
執事は一瞥してポケットから鍵を取り出した。
「何故、上の次元の武具は鍵になりやすいのか、ってそれをもらいたい」
「別に良いですよ。すでに、アスタロットを封印して聖武具ではなくなっていますし、もらったものですから」
彼は鍵を丁寧にトリガーに渡した。
―――残月?
刹那、トリガーは鍵を光の剣にして背後から来る斬撃を受けた。
「流石、イーノック。良い腕をしている」
「知っているのですか、ウィルが消えたことを」
その言葉に黒い剣を持った青年は微笑む。
「無界の存在が連れ去ったんだろう。大したことではないでしょ」
トリガーはアポリオではない力を高める。それに残月はいつも何があっても平然としているが、焦りを感じて後ろに跳んだ。
「それが何を意味しているのか、分かっているのか?救世主が無界の存在に連れて行かれることが」
「そもそも、そいつは下界と彼界の血を引いている。きっと、無界とも関係があるだろうな」
「推測だろう、何故、僕を…」
トリガーは剣を残月に向ける。
「お前が永遠の英雄だからだ」
その言葉に彼は冷や汗を流す。剣を振りながら叫んだ。
「残光刃」
姿勢を低くして剣を凄まじい勢いて駆け寄り様に横に振った。それを残月は跳んで避けるが、その剣筋は残像であり本物は上から振りかぶられていた。
「瞬跳撃」
トリガーの刀は弾かれそうになるが、技の勢いで刃が合わさり均衡した。
普通なら日本刀は刃こぼれするところが、どちらも特殊な武具なのでその状態が実現した。
まさか、同じ実力の人間がいると思わず残月は驚愕した。
―――しかも、同一の能力で。
「この辺にしようか」
2人とも刀を鍵にすると、そのまますれ違った。残月の言動、思惑は誰にも分からない。トリガーも理解出来なかった。
トリガーは残月の前から立ち去ると、剣を鍵の戻してネックレスのように首にかけた。
絶対にありえないクレームを企業が受けた時に、その不可思議な問題を解決する者達がいた。あくまでも、それは生活の為に稼ぐ手立てではあるのだが。
織天使十字軍がそれである。普段は蒼き石、悪魔を封じたテモテを探して処理をするのが目的である。
「これはストーンパーティの1件だな」
トリガーは一瞥した和香菜の手にする青い石でそう確信した。
スマホで龍呪に連絡する。
「完全にアスタロットの封印されているテモテだ。でも、大事にしているみたいで、どうすればいい?」
「テモテを回収するしかないだろう」
元も子もないことをいう龍呪にトリガーは無視をすることにした。
ストーンパーティとは、黒き天使が伏魔殿から逃げ出した悪魔を封印した際に、封印した蒼き石をばらまいてしまった出来事を織天使十字軍はそう呼ぶ。
鉱物会事件と訳されるが、元はボストンティパーティを文字っていると言われている。ボストンでイギリスのお茶の税が高い為に海に茶の荷を捨てた、アメリカ独立戦争のきっかけのボストン茶会事件、ボストンティパーティを使っている。
蒼き石を捨てたことで悪魔との戦いが始まったと皮肉ったことが始まりである。
エズラの剣の鍵を持ったトリガーはどうしたら和香菜から大事な蒼き石を奪うことが出来るか考えていた。
封印が解けたら、今度こそ誰も悪魔に敵わないだろう。少なくとも、織天使十字軍が3人いないと、不可能である。
彼はジョンに逢うことにした。彼はすぐに見つかった。テニスコートで棗と2セット目を汗かいていた。
「よう、久しぶり。…まさか、彼女のテモテか」
ジョンはラケットを杖にして真顔になった。トリガーは頷く。
「キーホルダー。どうにかして、彼女の手からテモテを離すことは出来ないか?すでに封印が切れかかっている」
「無理だ、祖母の形見だ。確かに何とかしたいのは、僕達も一緒だ。だから、ここに全員で来ている」
そこで、棗がやって来て言った。
「無界の存在に相談するのは?」
そこで、ジョンは光の魔法円をテニスコートに手をつけて発生させた。すると、アダムが現れた。
「四天王のアダムが?まさか…」
ジョンが呼び出そうとしたのは、契約者アラムであった。
「そうだ、我々の失態は我々で、ということだ。しかし、憑代がなければこのように精神体だ。力も十分に発揮出来ない。そこで、主が下した決断は御自らの力をその剣に込めることだ」
そういうと、トリガーのエズラの剣の鍵に光の弾を放つ。それは眩く輝き力を取り戻した。
「それはそのエズラの剣で封印されたアスタロットを簡単に倒せる力を持つ剣となった。ただし、選ばれし者しか使用出来ない。探してそれでテモテのまま破壊するか、封印を解いたアスタロットを倒してくれ」
そう言い残して、彼は無界に去って行った。
「すでに始まっているんです。気を付けて下さい」
彼がそう言うとジョンはトリガーを見た。
「どういう意味だ?…ウィルがいないのと関係があるのか」
トリガーは無言で宿を見上げた。
「どうして、勝手な行動を取らせたんですか?あの屋敷のことを知らせるか、近づかせないべきでした」
「まさか、誰かが行ったのか。すると、それを助けてウィルはやられたのか」
「と言っても、次元を移動されただけですけどね」
「何故、屋敷にカメラを?」
「こういう状況の対策の為です。いたんですよ、アスタロットが」
封印の前のアスタロットがセカンドコンタクトで現れていたのだ。当時の主、北条氏は召喚していたのだ。おそらく、念の為に召喚の試験をしたのだろう。しかし、失敗と思われた者は事件が治まった後に動き出したのだろう。
「助かった誰かは、何も誰にも話さないのは?」
ジョンの質問にあえてトリガーは言葉を発しないで目を閉じた。
「後は任せます。貴方達なら何とかなります。一応、彼女のテモテが解放された時は呼んで下さい」
そのまま、トリガーは林の中に身を隠していった。この辺にはあの崖の上の廃村しかない。何故、彼は宿に泊まらないのかは不明であった。
ジョンはある仮説が頭を過った。
―――屋敷に行った誰かがウィルに助けられたが、洗脳されている可能性がある。
彼はアスタロットのいる屋敷に向かうことにした。
屋敷には窓が割られている場所を見つける。そこから中に侵入すると、アポリオを感じて2階に向かうと、廊下から奇妙な姿の存在が凄まじいスピードで飛んできた。
ジョンは魔法円を発してそこから衝撃波を放った。それはすぐに天井に避けて次元の歪みを発した。
「これがウィルを飛ばした技だな」
ジョンはさらに魔法円を発して跳ね返した。次元の歪みはアスタロットに当たりどこかの次元に追放された。ジョンは溜息をついてそのまま床に膝をついた。
気付くと龍呪がいた。
「マーカス、来ていたのか」
「久しぶり。伏魔殿のアスタロットでなくても、かなり強力な奴だから半神のジョンでないと倒すのは無理だと思ってな」
「…トリガーとグルだな。で、この屋敷の件は片付いた訳だ」
そこで、龍呪は首を横に振って手を広げた。
「ここを見張っていたのとは別件だ。俺達は」
ジョンは手で制して、ぶっきらぼうに言い放った。
「テモテの方だろう、でも、これは極めてナーバスな問題だ」
「人の大切な想いが詰まっていようと、大勢の命の危険が掛かっているんだ。すでに、彼女の周りにも不幸が続いているから、メサイアに相談したんだろう?」
「そんなこと、分かっている」
これは任せるしかないと、龍呪は去っていくことにした。
拳を握り絞めてジョンはその場に立ち尽くした。
エピソード2
テモテと呼ばれる欠片は、アスタロットという悪魔の封印していた。
斬月と呼ばれる戦士が、アスタロットの軍勢を追っていた。
彼はセブンズクライムという7柱の強力なアスタロットを召喚出来るバアルのラッパを持っていた。それは普段は鍵の形をしているが、アポリオという力を込めると黒い日本刀に変化した。
それを持っていると、アスタロットに反する無界の存在の聖武具であり、バアルのラッパの根源と言われるアバドーンの剣を使うことが出来ない。
そもそも、バーソロミューの鍵は封印の刀であった。しかし、ある時に無界の存在の最高存在の主は無界で堕ちた存在の中のルキフェル8部衆の中の7柱、セブンズクライムと戦いの中でその刀に封印してしまった。
それから、バアルのラッパの1つは闇の属性を持つことになり、主のいる場所に置けなくなった。そして、無界の彼方に追いやられたのだ。
斬月の元に天照という存在が現れて、無界の存在であるアラムはアドネルを遣わし、主より預かったと言われるエズラの剣を渡しに来た。姿が天使のようであったのだが、明らかに天照であった。
しかし、翼は1枚千切れている。
彼はそれを受け取るが、もっていたバーソロミューの鍵が反発して受け取ることが出来なかった。
そこで、天照は自らエズラの剣でアスタロットの軍勢を切り打ち取った。彼らはテモテに封印されて蒼き欠片になってボロボロと落ちて行った。
地に降りてそれを集めようとしたが、すでにテモテの欠片は1つ残らず無くなっていた。
斬月は降りて人間の姿になった執事に肩を置いた。
本当の聖戦は、今、始まったのかもしれない。
3
気付くと意外に旅館に宿泊客が増えている。ここに何故か観光客が数10人増えているのだ。場所が悪い。
葉月涼はエズラの鍵が輝くのに気付く。まさか、自分がその1人とは思わなかった。彼は鍵を剣にすると、力を高めた。蒼いオーラが体中から湧き出て来る。さらに剣から出た龍が涼の中に入り、パワーが高まって行く。剣の刃が輝き、次元の力が流れ込んできた。
涼はアスタロットのアヴァドと無界のアドネルの力を得た為に無界の強力な力を身に付けたのだ。
左右の瞳は真紅と群青に変化して漆黒のオーラが発せられた。周りの木々が台風に遭ったように揺れた。
涼は両手を握り絞めて力を高める。宿の窓から棗が森から黒いオーラが立ち上り、木々が揺れているのを頬杖して眺めていた。
「覚醒した…か」
そう呟くと目を閉じた。
涼は右腕を引くと思い切り樹木に当てた。大木が折れて倒れる。しかも、その後ろに空気の波動がさらに放たれて崖にまで達した。崖はえぐれて周りに土煙を放った。
「今の振動何?」
和香菜が女性陣の部屋で全員に震える声を出した。
「またあ、ただの地震でしょ。まったく、和香ったら怖がりなんだから」
華音は飛びついてそう言った。
「でも、何故あの人はここに連れてきたのかな?その石を調べる為なのに、関係あると思えないわよね」
優がアンニュイにそう言って、お茶を啜った。
「この先にね、屋敷があるの」
伊里がそう言うと、全員が口々に知っている、見たと言い始めた。
それが終わると、彼女は続けた。
「あの屋敷で少し前に事件があったの。ある大会社の社長が大物を招待したんだけど…」
そこで、また話に華音が割って入る。
「あ、知っている。伊里達も招待された奴でしょ?」
「う、うん。そこで信じられないことが起こったの。その事件の原因は社長が悪魔を召喚したことなの」
そこで、優が少し顔をしかめて伊里を見る。
「和香の石にその悪魔が取り憑いているとでも言いたいの?」
「じゃあ、何故、我神君はここに連れてきたと思う?」
そこで、和香菜が言った。
「その我神君も招待されていたのよね。…私は伊里を信じる。変なことを言う訳ないもの。私に遠慮しないで言って」
そこで、優は溜息をついて視線を伊里に向けた。
「ここに来た悪魔はある場所で伏魔殿、つまり、悪魔が封じられている場所から悪魔を解き放つことが目的だったの」
「全てがこの先の屋敷で始まった訳ね。逆に、その屋敷を調べれば石から悪魔をなくす方法もあるかもしれないって訳ね」
和香菜の言葉に伊里はゆっくりと頷いた。
「とにかく、今日は遅いわ。明日にでもゆっくり考えましょう」
欠伸交じりで優がそう言うと布団に潜り込んだ。
「皆、あれから屋敷に行ったの?」
全員が頷いた。
「やっぱり。1人ずついない時があったから」
伊里は胸騒ぎがして全員の顔色を見渡した。特に変わったところはない。
「そうだ、カラオケあったから歌わない?」
何も考えていない華音がそう言うと、優以外は顔を見合わせた。
カラオケには棗、ジョンがいた。
「来ると思った」
そこに執事が顔を出して、ジョンにアコースティックギターを渡した。ハーモニクスでチューニングをすると、軽やかに弾き始めた。
「カラオケがあるのに、何故、ギターを弾くの?」
華音の言葉を無視して、入れていた曲が始まるとジョンは弦をはじき始めた。その上手さに頭脳だけでないと全員が思った。
棗は自分とジョンにマイクを向けて、ユニゾンを始めた。
「うまーい、格好いい!」
華音が棗の隣に座って視線を向けながら笑顔で手拍子を始める。
和香菜は少し不服そうに向かいの席に伊里と座ると、顔を見合わせた。
「手拍子がリズムとずれているよね」
和香菜が耳打ちする。
「かなりね」
伊里が額に手をやりプロとして頷いた。
しばらくして、伊里が自分達の曲が始まった。しっとりと聞いていると、和香菜のテモテが急に光始めた。
「まずい、テモテの封印が弱まった。これは和香菜の気持ちを考えている場合じゃない」
そこで、ジョンは棗を見た。彼はすでに臨戦態勢を取っていた。
「まずい、その石をすぐに外に投げるんだ」
棗がすぐに叫んだ。彼女は、茫然とする女性陣を残して廊下に出ると、大事な石であるが外に投げた。駐車場の上空で強烈にテモテが輝いて黒いマントの角と牙のある男性が現れた。
「おばあちゃん…」
和香菜が崩れ落ちるが、棗が駆けつけて彼女を抑えて現れたアスタロットを睨んだ。
「我が名はシラ。封印の恨みを晴らさせてもらう」
彼がマントを広げて緑の光のナイフを無数に放った。しかし、全て弾かれた。2人のいる窓の前に涼が変化した姿で現れた。エズラの剣を構えて冷たく敵を睨んでいる。
「ほう、アレオパゴスを使用出来る者がいるとはな。しかし、何故、ゴモラにお前らがいる?」
「ゴモラ?あの廃村のことか?」
「知らんでここに来たのか?あれだけの事件が起これば、流石に感覚だけで来たと見える」
「で、ゴモラが何故廃村になった?」
「さあな、アルファオメガの真理とでも言っておこう」
「なるほど」
彼は剣を構えるとエズラの剣の力でドラゴンの鎧をまとった。
「なるほど、アレオパゴスに選ばれるだけのことはある。アポリオも我々と同等と見える」
「では、始めるか」
剣を構えて、魔法円も詠唱もなしで涼は能力を発揮する。アスタロットの呪いのせいであろう。
剣から光の刃を放った。それをシラは両腕で弾いた。
「危険だから、ここから離れるんだ」
ジョンは和香菜をカラオケの中に入れて、トビトの剣を出すと脚力の能力を上げた。そして、窓を開けると4階なのにジョンは跳んで剣を振るった。
シラは両手を合わせてトビトの剣を受けるが、反動で地面に叩き付けられた。
駐車場に土煙が舞って辺りが見えなくなる。その中にジョンは降りて行った。土煙からシラが現れて跳び上がった。空中で2人は剣を交えた。
強大なエネルギーが爆発した。
「その力、アレオパゴスでもアルティメットコードでもない。まさか…」
「ああ、アルファオメガだ」
ジョンはそう言うと、剣に力を込めて空にシラを弾き上げた。アイコンタクトで涼はケファの剣に力を込めると叫んだ。
「偉大なる風の龍の守護よ。契約の元に我に刃の風を与えたまえ。ゼファエクスプロージョン」
剣を振り下ろすと、剣から凄まじいエネルギーがそよ風と共に放たれた。シラは両腕で防御をするが、腕を砕かれてそのまま地面に再び叩き付けられた。地にはジョンが待っている。
彼は光の魔法円を発する。
「バスターショット」
魔法円から光のエネルギー弾が放たれた。シラはそのままボロボロになって空に打ち上げられた。と同時にケファの剣を涼は振るうとシラは光と共に消滅してカードに変化した。それを涼は受け取るとズボンのポケットにしまった。
「ファーストミッションクリア」
そう呟くと涼はゆっくりと地面に降りていった。駐車場でジョンと涼は視線を合わせた。
「今の、何?おばあちゃんの石が…」
そのまま、和香菜は意識を失って倒れた。
棗がやってきて彼女を壁にもたれさせた。そして、振り返ると残月がいた。
「無月がいずれ、彼女を癒す。ただし、自らの運命をももたらすがな」
そこで、彼は棗に視線をやる。
―――無月。
無界の存在、アモスの使者である。名がなく彼らは無月と呼んでいた。
残月は彼女の心のケアをしながらテモテのアスタロットを倒すつもりであったが、織天使十字軍の涼によって計画が無になってしまった。
とにかく、今は彼女のこれからの運命は考えないことにした。しかし、今までのシラを倒した光景を見られている。しかも、護るべき蒼い石を壊してしまって。
その問題をどうにかしなければ、と考えていた。
そこにカラオケ部屋から全員がやってきた。
ジョンも下から階段で戻ってくる。涼は姿を消したようだ。
「一体、何があったの?」
伊里が訊いた。
割れたガラス。凹んでいる駐車場。明らかに何かあったことは誰にでも分かる。
「竜巻が通ったんだよ、凄かったよな」
ジョンがそう言うと、棗は慌てて話を合わせた。
「あ、ああ。驚いたな。それで、彼女が気絶してしまって…」
しかし、伊里は疑いの眼差しを向ける。
「まあ、良いわ、大丈夫?和香菜」
女性陣は彼女を運んで自分達の部屋に戻って行った。
溜息をついて棗とジョンは困惑の表情を見せた。
エピソード3
斬月は屋敷のエントランスに佇んでいた。踊り場を見上げて女性の肖像画を見上げて呟く。
「エヴァ…、何故、上界に」
そこにアダムが現れる。斬月は振り向かずに彼の言葉を待った。
「エヴァは下界に介入し過ぎたのだ。だから、上界に逃げてそこの存在として今も存在している」
斬月はアダムの方に視線を向ける。
「それはそうだろう、アスタロットが、空界の堕ちた存在が下界に来た為にこちらに連れてきたのだから、アスタロットがこの世界から護る必要があるだろう。あのマギでさえ同じ空界の存在の封印が精一杯だったのだ。アルファオメガで対抗するしかないだろう」
「それでも、禁断を破ったことに変わりない」
彼の言葉にアダムは口を開く。
「アレオパゴスが新に見つかったんだろう。まあ、良しとしよう。人間にはこれを使え」
放り投げられた物はテモテの腕輪であった。
「何を呼ぶ?」
アダムは少し考えて言った。
「アモスだな。しかし、アモス自身では無理があるから、使者を選ばせるんだ」
アダムはそう言い残して去った。
斬月はバーソロミューの刀を取り出すと、剣を床に刺した。
「境斬突」
すると、刀の周りに次元の穴が空き、アモスが現れる。
「アダムの話は聞いている。イブジェルの書で召喚するがいい」
「使者の名は?」
「サウロ、一番愚かな存在だ」
「丁度良い」
斬月はイブシェルの書を空間から取り出すと、それに載っている召喚の術を行った。
床に魔法円を描いて詠唱を行う。すると、腕輪にサウロの精神体が入り込んだ。
「アモス様は何故、おいらなんかに…」
斬月は漆黒の剣を腕輪に向ける。
「自分の胸に訊け。命令された通りに行動しろ」
「おいおい、冗談は止めてよ」
腕輪に込められた存在は剣を制した。斬月は一瞥して剣を鍵に戻すと屋敷を後にした。
「ま、待ってくれよ」
サウロは急いで斬月の後を追って飛んだ。
4
屋敷に全員が集まった。そこで、かつてその屋敷であった事件を棗が話した。
その後に和香菜が口を開いた。
「これはその封印された悪魔…アスタ、ロット?っていう化け物を封印する為の腕輪でしょ。おばあちゃんの大事な石は仕方ないけど、腕輪はどうすればいいの?」
ジョンは自分の感覚を思い出そうとした。初めてアポリオを使用した感覚。その時に涼が言った。
「一番、強い感情を高まらすことです。すると、兵士に変化します」
彼女は鍵を握り絞めて力を込めた。うむと唸っていると伊里が呆れて頭に手をやった。
「和香、トイレじゃないんだから」
伊里の言葉に全員は苦笑した。
突如、その時に棗が何かの気配に気付き、2階を見た。
「どうした?」
ジョンが耳打ちすると、彼は一言囁く。
「スナイパーだ。新たなアスタロットがここに来て、倒しにきたんだ」
「スナイパー?新人の織天使十字軍か?」
スナイパーを知らないジョンに棗は疑いの眼差しを向ける。
女性陣の中に敵に操られている者がいることを思い出す。もし、スナイパーが狙っているアスタロットが傀儡の能力を持っているとしたら、ジョンも操られてしまった可能性もある。
―――しかし、何故アスタロットが現れたのか。
ストーンパーティのテモテの1つの封印が解けたのだろうか。しかし、かなり前から屋敷にいたことになる。涼の話では、彼らが動き出したのは棗達が来た夜である。その前にすでにいたということは、封印がすでに解けていた訳なので気付いてもおかしくない。
アスタロットもアポリオを使用するからだ。
女性陣の中の誰が操られているのか。ジョンは本当に操られているのか。
和香菜はシラのテモテを持っていたので除外することにした。
夜に一人で屋敷に忍び込むようなことをするのは、あの経験をしている伊里はありえない。華音も誰かと一緒でないと嫌な性格なので、優であると推測した。
もっと、ありえないのは半神であり転生者のジョンが操られるだろうか。涼、斬月の次に力があると考えられる存在である。
「しまった」
棗はすぐに駆け出した。全員は唖然と彼の背を見送った。棗はジョンが操られていないとしたら、スナイパーが『敵』であると推測したのだ。
コードネーム、スナイパー。本名は細波恵里。能力がアポリオの遠距離攻撃が得意であるところから、スナイパーと呼ばれていた。ただし、物理的なもの以外には効かない。バリアを張られたり、アポリオのエネルギー弾を放たれると相殺されるのだ。逆に彼女はバリアを張れるのだが、アポリオのエネルギー弾を防げるが、物理攻撃は防げない。皮肉な性質の能力である。
彼女が織天使十字軍に入ったのは、日本でアポリオ使いを発見し出したジョンが来た時からである。その第1号なのだ。だからこそ、ジョンがその存在を知らないということは考えにくかった。
確かに、彼は十字軍には関与していないので、知らない可能性もありえる。確率の問題である。
下手したら、スナイパー=アスタロットの可能性もありえるのだ。
棗はSNOWCODEの血の能力、アストラルコードでアポリオを感知して2階のある部屋に入った。そこには信じられない者がいた。
涼は屋敷のリカーノンの上で斬月に逢っていた。その手にある腕輪に視線をやって思わず吹き出すと、彼は殺気を高めた。
「これはあの娘のサポートだ。彼女はアポリオのテモテの影響を大きく受けてしまっている。また、同じような人間が現れたら無界から召喚しないといけないがな」
そこで涼は笑いながら言った。
「今度はテモテの指輪ですか、それとも、イヤリングですか」
彼の言葉が終わる寸前に、彼のバーソロミューの剣先を涼の首筋に向けた。彼は寸分も動かずに微笑む。
「冗談ですよ、でも、今度は小さいものにした方がいいですよ。アクセサリーだと目立ちますし、言動をすると不自然ですから」
彼は七色に輝く石の数珠にして右腕にした。その能力を試す為に、腕輪を涼に渡すと右手を額に当てて振り下ろして能力を発した。屋根に手を当てると、光の魔法円が発した。その上に乗ると姿勢を低くして両足を屋根から離し、右足を一瞬ついた。刹那、彼は弾丸のように去った。
彼は森の木の上を蹴りながら進み、腕輪を剣に変化させて言った。
「覇空閃」
剣を突くと、凄まじいエネルギー弾が光弾になって放たれた。山の1つの頂上は消滅した。
崩れた山の頂上に着地した。
ふと、強大な力の感覚を感じた。アポリオに近いが若干違う。ジョンもトビトの剣を構えて、脚力強化で跳んできた。
「あれは無界の上の次元、虚界の力だ」
その言葉に斬月は青くなる。
そこに涼もやってくる。
「虚界の者ですか」
涼はエズラの鍵を出して剣を構えた。
「何者で目的は?」
そこで、3人は森の奥に駆けていった。一瞬で200km先に来ると、そこに池があった。池の中を覗くと奇妙な塔がいつの間にか建てられていた。
「バベルの尖塔よ」
彼らの後ろに木の枝に座っている少女がいた。
「君は?」
ジョンが質問をする。
「南雲美月。ジンのヴィジョンで、ここのことを調査に来たのよ」
そこで、涼が手を叩く。
「君はCODEのメンバーですね。良く、公安が許可しましたね」
ジンというのは、陣竜胆という上界の者のである運命を司る者の能力、エターナルコード、関係者は略してCODEと呼ぶ力を使える存在である。同じ力を持つメンバーを集めてCODEというチームを結成。しかし、危険が降りかかる事件があり、公安の部署に取り込んでジンだけで行動をしていた。
ちなみに、他にも彼には多くの能力があり、ヴィジョンもそれである。視界及び脳裏に見知らぬことを見る、知る能力を持っていた。
「私が一番、CODEが弱いからって。か弱いっていうのにね」
そこで、ジョンが首を傾げる。
「で、何を眺めているだけなんだ?」
「だって、水の中なんだもん」
「あ、そう」
4人は池の畔でバベルの尖塔を見ていると、青年が水の中から濡れずに浮かんできて水面に立った。
「バベルアークを結成してすぐ見つかるとは…」
彼は凄まじい勢いで、暗黒の空気が周りを包んだ。
「これは救世主と同じ自己空間?」
ジョンの言葉に彼は言った。
「失礼な、アストラルコードと一緒にするな」
涼はアポリオを高めたが、光の魔法円を発生出来なかった。ジョンも同様に右手を前に出すが、魔法円は発生しない。
「気付いたか、ここでは無界への入口は作れん」
ジョンは冷や汗を流すが、すぐにトビトの剣に視線を落とした。剣を池に浸して持ち上げた。
「何を…」
青年が後ずさりをする隙にジョンは叫んだ。
「バーニングノヴァ」
トビトの剣にはまるタリスマンの魔法円に溜まった水が消えて、そこから凄まじい光が彼に飛んで爆発した。
しかし、彼は右手の人差し指で防がれた。
「なめられたものだなあ、そんな鉄屑の傷に水を溜めた即席の玩具で我を倒そうとするなんて」
すると、微笑んだ斬月は剣を振り上げて叫んだ。
「炎光斬」
光りの一筋が暗闇に走った。青年の腕に炎が発生したが、すぐに一振りで消した。
「何故、能力が使える?」
青年は構えた。
「生憎、彼らとは術式が違うものでね」
剣をさらに肩の上で突きの構えをした。
涼も剣を構えて呟く。
「下弦払い」
剣が青年の足を一瞬で傷つける。もう少し後ろに避けるのが遅ければ、足が片方はなかっただろう。
ジョンは池に剣を浸してさらに略式詠唱を叫んだ。
「ファイアストーム」
炎の竜巻が青年の足から発生した。
「馬鹿な、炎と風の属性を1度に発生させるとは…」
流石に分が悪いと判断して、彼は池の上に飛び退いた。
「バベル尖塔か」
ジョンが呟いた。
「知っているのか?」
斬月が訊くと彼は思い出すように話し始めた。
「前世の話になる。無界にはバベルアークという空界と無界という上下の次元をつなぐ組織が存在する。それは地上にソドムを作る為のバベル尖塔を作り、それが作られた空界の存在を破滅させるのが目的だ」
そこで、斬月は視線を廃村に向ける。
「あのゴモラのように…か。ありえるな。しかし、何故この世界のこの場所を?」
「あの伏魔殿がここに関係しているとして、解放されていない封印されたアスタロットを一網打尽するつもりで…、しかし、こことは場所が違い過ぎるし関係性もない」
斬月は鎧の籠手についている爪を伸ばして、池に立つ青年に構えながら叫んだ。
「何が目的でここに塔を作る?」
すると、彼は微笑む。
「誰が言うか」
彼はアポリオを高めた。しかし、青年の暗黒の空間によりアポリオは出なかった。そのまま、剣の技で対抗することにした。
「虎撃爪」
池の上を走るように跳んで爪を足に振る。それを水面を蹴って飛んで避けた。しかし、斬月の斬撃はそれを見越していたかのように直角に上に軌道を変えた。
唖然とする青年を爪が捕える。
凄まじい傷が敵の体に走った。周りの空間が元に戻り光が戻った。彼はすぐに下に光の魔法円を発するとそれを蹴ってさらに跳んだ。
上に飛ばした青年の体に追い打ちをかける。
「ライトウィング」
光の翼を発生させて飛ぶと、剣を振りかざした。
「瞬刃」
気付くと青年の後ろに斬月が移動していた。
彼が気付いた時には、自分の体が切られていた。そのまま、さっと光と散って消えた。
「ああ、彼は上の次元の存在だから、実体はないのか」
ジョンはそう言って、水の中の塔を睨んだ。空からジョンのいる畔に戻ると、次の行動を考えた。
涼はすぐに刀を構えると略式詠唱を呟く。
「龍王後炎剣、障壁円」
そして、そのまま塔に向かって飛び込んだ。不思議なオーラが高まっている。水は前に構える刀を避けているようだ。
「その障壁は物理障壁。術式攻撃には効かん」
バベルの尖塔の中から現れた黒いローブを着た存在が手を前に翳した。黒い魔法円が発生して輪がさらに前に数個発生してエネルギーの大きな弾が放たれた。
「龍」
水中でありえない程、素早く刀を振る。その弾は跳ね返される。魔術師はそれを無言で受け止めて右手で撫でて消した。視線を戻すと涼の姿はすでになかった。
振り返ると、彼の背後に気配を感じて飛び退いた。
「龍王静流剣、蛟刃」
気付くと彼は瞬間移動のように高速に目の前にいて刀を振り抜いていた。ローブの存在は光の粉と散った。
さらに剣を構えると、彼は姿勢を低くして両足を上げると右足を地に付いた。同時に凄まじいスピードで塔の中に入った。
ジンが塔の最上階にいた。
「ジン、何故ここに」
「静観者が何を言う。伏魔殿はすでに封印され、残りはテモテに封印された。しかし、その封印が解かれつつある。そして、その為に…」
ジンは池の奥を指さした。
「あそこには村がある。そこに次元の壁の薄い場所があり、無界と繋がっている。しかし、封印されていて代々守り人が守っているのだ」
そこで、美月が姿を現した。
「その封印の場所を破壊して、残りのテモテを集めて葬るつもりですね」
彼は首を横に振った。
「すでに知っていると思うが、アスタロットがこの辺りにいる。人間を操って織天使十字軍を倒して行こうとしているのだ。それを阻止する為に、ここでエネルギー爆発を実行させる」
「待て、そんなことをしなくても、俺達が何とかする」
ジョンがそう言うと、ジンは溜息をついて言った。
「では、お前達の誰1人欠ける前に倒せ。3日後までに解決出来ぬ場合、ここに聖なる雷を落とす」
尖塔からジョン達はすぐに飛び出すと、宿に向かっていった。
エピソード4
アダムは無界の封印を司るバルクに下界の伏魔殿に封じられているアスタロットを倒す為に聖剣を手に入れさせることにした。バルクはさらに上の次元の虚界に向かう。そこで虚界の上位者、ノヴァに出会う。
バルクの話を聞いて思うところがあったノヴァはエズラの剣を授けた。
「それは時が来れば、変化するだろう」
彼は礼を持ってそれを無界に持ち帰るとアダムに渡した。
その後、ノヴァのところに鳥のような存在が舞い降りた。
「いいのか、あんなもの渡して」
「レンドか。あれは別次元から流れてきたもの。我々の知るところではないさ」
「責はないというわけか」
「全ては流れのままに」
レンドは微笑む。
「ところで、アスタロットの封印を解いた存在が無界にいるが、これ以上解放されたら次元のバランスが崩れるぞ」
ノヴァの言葉にレンドは唸る。
「それでは、バベルを遣わすか」
「しかし、無界の主がどう出るか」
ノヴァは1柱の存在を呼んだ。
「龍空」
ドラゴンと人間が合わさった姿の存在が瞬間移動で現れる。
「憑代は用意する。バベルを始動させよ」
「了解」
彼は下界へと次元を超えていった。
5
ジンは龍空に言った。
「彼らに何とか出来ると思うか」
龍人は首を横に振る。
「アスタロット1体で苦戦するだろうな」
「じゃあ、このバベルを発動させる本気でつもりか?」
「ノヴァはそのつもりだが、私は本意ではない」
そこにある女性が姿を現せた。
「彼女に任せている」
少女は悪戯っ子のように微笑んだ。
「コディトのケファです」
彼女の言葉にジンは龍空を一瞥した。
「魔女を遣っているのか?」
「そう言うな、コディトと言っても契約しているアスタロットは変わり者のバルクだ」
彼女はすぐに指を鳴らした。すると、セフィロトの樹が光り輝いて発現した。と同時にバルクの精神体が現れる。
「何の用だ?」
まるで、ジンと龍空がいないかのように無視をしてケファに質問をぶつけた。
「この世界に散らばったアスタロットの封印されたテモテを集めてよ」
「それを集めたら、もらってもいいか?」
そこでケファは頬を膨らませて腕を組んだ。
「何をするつもり?」
「いや、なに。全部食って力をもらおうと思ってな」
「まあ、いいんじゃない?どう、龍空」
龍と人間の間の姿の存在は頷いた。
「OK。じゃあ、頼んだよ」
精神体のまま、バルクは凄まじい力を放った。それは近くの村に飛んだ。ある屋敷の蔵に入ると空間が不完全な場所に穴を開けた。そこからアスタロットの不完全な存在である蟲がぞろぞろと現れた。
それらは緑色の人間のようなゾンビのような姿で、大きいもの、小さなもの、太ったもの、長身痩躯のものの様々であった。
それらは蔵から出ると、すぐに刹那で散っていった。
3時間後に彼らは全てのテモテを集めてケファの元に現れた。
「あ、蟲達じゃん。使役出来るなんて、結構、力あるんだあ」
「そもそも、四天王と呼ばれていたんだ。当たり前だ」
「それがどうして、堕ちたの?」
彼女の質問にバルクは唸った。
「意味はない。好きにやりたいことをやるだけだ」
テモテを全て精神体のまま吸収した。強力なアスタロットとなったバルクは凄まじいアポリオを放った。
「では、消えるぞ」
そう言い残して、バルクは消えて行った。と同時にケファは冷や汗を流した。
「やばい、このアポリオって…」
そして、龍空を見て彼女は後頭部を掻いた。
「えへ、エクソシストが動き出したみたい」
舌を見せると、彼は鼻で笑った。
「勝手にさせろ。蟲がどうなろうと我々の知ったことではない」
「わあ、クールですね。じゃあ、私はこれで」
ケファは光のセフィロトの樹を出すと、その中に入って消えた。
「どうするつもりだ?」
ジンが目を合わせずに訊いた。龍空は言った。
「かつての各次元の人間の子供のように片付けてもらうさ」
蟲は近くの村に行くが、数人のエクソシストに次々に消されていき、バルクの開けた次元の穴はすぐに封印された。
聖ポール病院にアナフラキシーショックで寝ている少女が、周りに張ってあった障壁が破られたことに気付いた。
「蟲?何故、ここに」
彼女は蟲による毒で入院していたので、特に敏感であった。もう1度毒を受ければ命はない。
「この近くの村に?」
窓を見るとフードを被った少年が何かを探していた。
「あの蟲はネクロマンサー?ここに来たと言うことは、前にあったこの街のファーストパンドラパンデミックを再び起こそうとしているのか」
ゆっくりと立ち上がると、上界という上の次元への入口のある南の施設の守護に当たる為に重い体を引き擦って窓を開けた。
「何故、あいつはパンドラの箱を狙っているの?」
すると、窓の外に銀色の髪を持つ金色の眼の少年が現れた。
「止めるの?」
「お前は行くな、ここで休んでろ。俺達が何とかする」
三白眼に後ずさる。
「分かったわよ、大人しく寝ているわ」
ベットに戻ると、窓にへばりつく少年に言った。
「絶対にあの悪夢を繰り返させないで」
「了解」
彼は親指を立てると、さっと南に向かって跳んでいった。
少年が施設に行ってすぐ、大きな煙が発生した。その後、静寂に包まれた。
少女は立ち上がって壁に手をつきながら進む。
看護師の眼を盗み外に出ると、アポリオを高めた。その瞬間、肩に手を置く者がいた。
「ダメ、あれに気付かれるわよ」
振り返ると愛らしい少女が立っていた。
「貴方は?」
「私は神降家の者。貴方はここにいて」
彼女は駆けて行った。少女は神降を追って歩く。街の南に伸びる壁にある大きな門の前に着いた。息を整えていると、門を推すがびくともしなかった。当然である。この施設は旧日本軍のある生物実験の為の秘密施設であった。
門の中に入る為に地面に魔法円を描き始めた。
詠唱を始めたその途中で、ローブの存在が箱を持って飛んでいく光景が見えた。詠唱を終えると魔法円から光が出て、その中に入ると門の内側に出ることが出来た。
「まさか…」
研究室のある古い建物の前に破壊された跡があり、少年が倒れていた。それを少女が介抱していた。
「あ、さっきの。あいつにここの人工の次元の穴から地獄の箱が盗まれたわ。私はその内、仲間を探してあれの企みを阻むから、貴方はここの守護をお願いね」
そう言うと、少年と共に彼女は姿を消した。
ふと、振り向くとケファがいた。
「あらあら。パンドラの箱がまた盗まれたのか。でも、ここの能力者は揃いも揃って無能ね。たかが蟲ごときに負けるなんて。まあ、エクソシストに任せて、貴方は病院に戻りなさい」
「貴方は?」
「名を名乗るほどの者じゃない、なんてね。じゃあ」
ケファは少女を摘まんで門を軽く跳び超えると、病院に向かって一瞬に移動した。
ベッドに放ると窓台に座って、欠伸をした。
「何で、こんなところにアポリオ使いがいるの?」
ケファの質問に彼女は答えなかった。
「蟲の毒にやられてるようだけど、あの村の次元の穴から来たんでしょ」
その答えに彼女は答えなかった。
「じゃあ、自分が何者かこの街の者は知らないんだ。下界の医学じゃ治らないって」
そう言うとエディトの力を使う。アポリオを高めて治癒の光を向ける。すると、少女の傷は癒えた。
「貴方もエディトにならない?意外と便利よ。普通のアポリオの力じゃない便利で強力な能力が使えるし。魔法円も詠唱も必要ないんだから。下界の魔術と違って魔法円に生贄なんて面倒なこともしないでいいし」
彼女は俯きながら首を横に振った。
「まあ、いいけど」
すっかり元気になった少女は病院から抜け出すことにした。
「じゃあね」
ケファは手を振って見送った。
彼女は窓から外に出ると、さっと地面に降りた。そのまま、月夜の光を頼りに歩いて行った。
腕輪を和香菜に渡してジョン達は屋敷の中に入った。
「アスタロット、出て来い」
ジョン、涼、斬月は構えると、巨大なドラゴンが現れた。
「変わったアスタロットだな」
ジョンが呟くと、斬月は否定した。
「いや、あれはレッドドラゴンだ。任せるぞ」
そう言うと彼は姿を消した。
涼は素早く避けて2階のアスタロットを見つける。
「消えろ、地球の敵」
彼は瞬時に凄まじいアスタロットのアポリオ、ピレモンを高めた。
「まさか、人間がピレモンを?」
そのまま、手に凄まじい黒い弾を発生させて放った。そのスピードは目では追えなかった。
アスタロットは体の真ん中に穴を開けて倒れた。
そのまま、それは消えた。残る元凶は先ほどのアスタロットが召喚したレッドドラゴンである。
下に降りるとジョンが援護して斬月がレッドドラゴンに技を繰り出していた。しかし、その刃も傷すらつけられていなかった。
「封印する、そこを離れて」
ジョンと斬月は跳んで離れた。
「は!」
涼が波動を放った。玄関ドアからドラゴンが吹き飛ばされた。湖に落ちて沈んでいくが、炎のブレスが湖から空に放たれた。
「テモテ、強力封印」
ピレモンとアポリオ、そして、剣技の力を高めた。そして、その3つの能力を活かせて今までにないエネルギーが湖に入る。ドラゴンはテモテに包まれていき、徐々に動きを止めて行った。
全力を使い尽くした涼はそのまま休眠に入るように岩に吸い込まれていった。
斬月とジョンはそれを見ながら屋敷から出て来ると、眼を閉じた。そして、すぐに目を合わせることなくバベルの尖塔に向かった。
ジンと龍空が腕を組んで待っていた。
「やったようだな」
そう言うと龍空は姿を消した。
「ここは第2のゴモラにならなかったようだな。じゃあ、さらばだ」
ジンも姿を消した。2人は足元の尖塔を見下ろした。
「こいつはこのままなのか?」
「起動はしない。問題ないだろう」
斬月もさっと消えて行った。溜息をついて、ジョンは宿に戻ることにした。
山を越えて月夜見館に戻ると全員はすでに寝ていた。
自分の寝床に潜り込むと眠ることにした。
エピローグ
次の物語の材料は全て揃った。
これから、新たな話が始まろうとしている。
それはジョン達の知らぬことである。
しかし、後に知ることになるのだが。
ローブの存在がパンドラの箱をどこに持って行ったのか。
これから何が始まろうとしているのか。
…全てはこれから始まろうとしている。
全てが終わった棗達は宿から帰ることにした。
帰りの車の中で落ち込んだ和香菜は溜息をついた。
了
前回よりも、今まで私の執筆してきた自称や人物が活躍し始めています。
そして、新たな世界が広がり始めています。
この神話自体が次の話のエピソード0であります。
先の話を楽しみにして頂けると幸いです。