朝食リンゴ。
私の朝食はいつもリンゴの丸かじりだ。朝からご飯作るのなんてメンドーだから。お手軽さから言えば、バナナの方が食べやすいのだろうが、私がリンゴを選ぶ理由は他にもあった。
私の名前は相川林檎というのだ。”りんご”という響きが可愛いからというだけで、親が付けたらしいのだが、私は自分の名前を気に入っていた。そして、物心ついたときから、自分の名前と同じリンゴが大好物となったのだ。そんなわけで毎日欠かさず食べているリンゴ。最初はちゃんと果物ナイフで皮を剥いていたが、だんだんと面倒になり、今では丸かじりオンリー。最近は、リンゴは皮にこそ栄養があるとか言われてるし、楽して栄養も摂れて一石二鳥なのだ。
仕事帰り、晩御飯のおかずと朝食のリンゴを買いに私はスーパーに来ていた。
「最近果物も値段上がってきたなぁ・・・」
1個のバラ売りだとここのスーパーでは178円。比較的安値で売られている王林や、フジなどの品種でその値段だった。以前はこの品種だと通常で128円ぐらいでチラシが入った安売りの日だと98円で買えたのに。だんだん朝食代が高くつくじゃない。
「ん?」
ワゴンセールなのか、ワゴンの上に袋に入ったリンゴが売っていた。
”『本日限り』お徳用リンゴ【りんごひめ】6個入り(やや問題あり)468円 ”
一瞬、計算が出来ない。私はスマホを取り出し、計算してみた。
「1個78円って安いじゃない」
お徳用のリンゴは少しだけ小ぶりだったが、それでもかなりの安値だった。問題あり?多少のキズとか虫食いなんて気にしない。私は1袋だけ買おうと思ったが、『本日限り』の文字にやられた。毎日食べるし12個買ってもそれぐらい日持ちするでしょ、と結局2袋買って帰ったのだった。
「さすがに重い・・・」
少し小ぶりといってもリンゴ12個とその他の買い物でかなり荷物は重くなった。けれど、スーパーと家の行き来はバイクだし、一人暮らしのアパートも1階だし、一人でも大丈夫だった。
「ふぅ~」
手に提げたスーパーの袋をテーブルの上に置く。いいタイミングでお買い得のリンゴを買えたわ。私はリンゴの袋を開けて、買ってきたリンゴを果物用のカゴに一つずつ入れた。どう頑張っても6個しかカゴに入らなかったので、もう1袋は別の入れ物を用意してそこへ並べた。
「りんごひめっていう品種知らないなぁ・・・姫りんごなら知ってるけど」
最近はいろんな品種が出来ているから、新しい品種のお試し価格で安かったのかも知れない。とにかく、赤くて美味しそうなリンゴだった。中に蜜とか入ってたらサイコーなんだけどな。
私は、晩御飯に買ってきた惣菜とおにぎりを食べながらリンゴの入ったカゴを眺めていた。
―翌朝。
いよいよ、りんごひめを食べる時が来た。初めて食べる品種はちょっとドキドキする。でも、リンゴにそんなにハズレはないだろうから、そんなに不安はなかった。
軽く水で洗ってペーパーで拭いて、
「いっただっきま~す」
ガブリッ。
「んっ甘いっ」
口の中にリンゴの果汁が広がる。すっごい、美味しい。安いのに!感動しながら食べ進めると・・・
ガキッ
「んっ・・・」
歯に何か硬いものが当たった。え、なに・・・?私は確かめるように少しずつかじっていった。すると、リンゴの中に何か埋まっているのが見えた。
「え・・・なにこれ・・・」
埋もれている何かを確かめるため、また慎重にかじっていく。
「・・・」
なんとリンゴの中から直径1.5センチぐらいの鉄の玉が出てきた。なんなの、これ・・・。
私は昨日ごみ箱に捨てたリンゴが入っていた透明の袋を取り出した。表には、大きく”りんごひめ”と書かれているだけだった。そして、裏を見ると・・・
小さい字で『全部食べたらりんごひめが作れるよ!食べてパーツを集めよう!』と書いてあった。
「作る?パーツ?」
頭に浮かんだのは、よくシリアルの箱とかに入っている子供向けおもちゃのイメージ。リンゴの中に埋めるってどうやって・・・。最近の技術はすごいなぁ、と感心しながら、鉄の玉をまじまじと見つめた。中にパーツが入っているらしい。よく見るとカプセルのように真ん中に筋が入っていて、くるっとひねれば開きそうだった。
「ってことは・・・何かのパーツが入っているのね」
私は、鉄の玉の蓋を開けるようにひねってみた。
パカッ
「開いた!」
中から出てきたのは・・・人形の腕だった。
「わっ・・・腕だけ入れないでよ!」
人形とはいえ、ちょっと気持ち悪い。肩から指先にかけてのパーツで、肩の部分の裏側、胴体と繋がる部分のところに【右】と書いてあった。どうやら【右腕】のようだ。肩の部分はドレスの一部か、赤色のフリフリの袖のような感じになっていた。
「へえ、お姫様の格好みたい。あ、そうか、りんごひめ・・・りんごのお姫様か!」
私はなんだかワクワクした。こういう小さい人形作るのって久しぶり。昔、お菓子のおまけかなんかで似たようなのがあったことを思い出した。
そして、翌日かじったリンゴからは、【胴体】が、その翌日には【右脚】が、次には【左脚】、そして【左腕】、残るは【頭】の部分だけを待つ状態になっていた。一応、頭以外の全部のパーツを、組み立てて準備していたので、後は頭を取り付ければ、りんごひめの完成だ。胴体のパーツは胸の部分が赤と白のストライプの模様で腰の部分は赤いふんわりした形のドレスになっていた。頭以外をくっつけた時点で、かなり可愛いお姫様になりそうだと私は楽しみだった。
「いよいよ今日が頭が出てくる日だわ。どんなお姫様になるんだろ」
私はガブガブッとリンゴをかじった。中から鉄の玉を取り出し、パカッと開ける。中から、黄色い巻き髪の頭が出てきた。顔は・・・顔の方を向けると、
「あれ、目を閉じてる」
白い肌でほっぺが赤く、目を閉じている顔だった。まぁ、目を閉じたままでも可愛いのが伝わってくる。完成したらどこに飾ろうかな。私は、完成している体部分に頭をドッキングした。
『コンニチハ!ワタシハ リンゴヒメヨ!』
「わっ・・・」
頭をつけた途端、りんごひめが喋りだした。そんなことより、私がビックリしたのは・・・
「・・・なんて不細工なの・・・」
頭をつけたら目が開いたのだが、なんとも言えない不細工な顔立ちだったのだ。目を閉じてる方が百倍可愛い。目を開けたら、なんていうか寛平ちゃんみたいな感じに見えて仕方ないのだ。あ~め~ま~とか言い出しそうだ。
『シツレイネ!アナタ』
「ああ、ごめんなさい。でも・・・」
作る側も本当になんでこんな顔にしたのか。よくよく見ると、鼻も低くて上向きで鼻の穴も見えてるし。いわゆる『ブサカワ』とかそういうやつなのか。可愛らしいドレスと顔が全く合ってないんだけど!あ、待てよ?確かもう1袋買ったんだった。
2袋目のりんごひめは、6日かけて食べるのも待ちきれないので、私は残りの全部を一気に切って冷凍リンゴにして、中の鉄の玉だけを取り出した。そして、一つずつ、蓋を開ける。
「えっ・・・わぁ・・・」
最初に開けた玉の中から、頭部分が出てきた。目を閉じているが、最初のりんごひめよりも端正な顔立ちなのがすぐにわかった。これは期待出来る!今度こそ、置いて絵になる素敵な人形が作れる!
「・・・ん~?」
他の玉も開けてみたが・・・どうも体型が悪い気がする。なんか、微妙に腕も足も太い・・・それでも一応、組み立ててみる。
最初の時と同様、頭をつけるのは一番最後にしてみた。
『コンニチハ!ワタシハ リンゴヒメデス!』
最初のりんごひめと少し喋り方が違うようだった。
「すごい・・・美人だわ・・・」
目を開けたりんごひめは、白い肌に赤い頬・・・までは最初のりんごひめと同じだったが、大きな碧い瞳に、長いまつ毛、小さく整った鼻に、愛らしい唇。なんとも言えない可愛らしさのある綺麗な顔立ちをしていた。
「美人・・・なんだけどなぁ・・・」
顔は美人なんだけど、取り付けた体がどうみてもデブでずんぐりむっくりで全身で見ると滑稽だった。
「顔とドレスは完璧なんだけどなぁ・・・」
ドレスはピンク色のドット柄のフリフリでとても可愛いのだが、『デブが着るなよ』というツッコミが入りそうな体型だった。なんだろう、この違和感。
「あっ」
私は二人のりんごひめを並べて置いてみた。
「この2人の頭を交換したらバランス取れるんじゃないかしら」
まず、不細工な方のりんごひめの頭を引っこ抜こうとしたが、
『ダメダメー!イッカイ ツケタラ モウトレナイ!』
と、反対されてしまった。
「え、そうなんだ・・・」
取れないなら仕方ない。
「そうだよね、綺麗な顔にスタイルいい体付けたら素敵になるけど、もし交換したら、不細工な顔にデブの体付けることになるもんね。そんな殺生なことはないよね」
『アナタッテ トコトン シツレイネー!』
不細工姫が怒り出す。いつの間にか、私の中では不細工姫と美人姫と呼ぶようになっていた。
『ワタシニハ リンゴヒメ トイウ ナマエガ アルノヨ!』
と、不細工姫は言うが、
『ワタシモ リンゴヒメ デスノヨ!』
と、美人姫も言う。
「私も林檎っていう名前だよ」
私も負けずに言う。
こうして、私の家には2人のりんごひめが同居するようになった。もし、今後あの”りんごひめ”の袋が売っていたら、また買おう。いつか、顔と体のバランスの取れたお姫様をゲットするんだ!
「だってどう見てもバランス悪いし・・・」
『ナニヨー!』
『ナンデスッテ!』
今日も賑やかな話し声が飛び交う。私の朝食は相変わらず、リンゴ。これが一番楽だし、こんな楽しいことが起きたから。これからもずっと、朝食はリンゴ。
~朝食リンゴ。(完)~