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シュワワワ、トクトクっ
「ビールが飲みたくてウズウズするぞ!」
思わず叫んでしまい、すぐに周囲を見渡すも此処は、千葉県美浜区の幕張メッセ付近のオフィス街。
俺、道場双龍はビールを愛している。最近はバス停でサラリーマンがビール缶を開けるようになって来ている。時代は不景気という誰もが暗くなるような時だ、居酒屋で飲む数千円っぽっちの金が、結婚と同時に月に数万円となり、子が妻の腹に宿り嬉しいものの、お小遣いを育児に回すと言われれば、ゴネてしまうのが我ら男だろう。
会社を21時に出て、すぐ傍のコンビニでは無く、バスと電車を乗り継ぎ、地元駅のスーパーまで足を運び、酒の冷蔵コーナーから冷えたビールを探しているのだが、どうも5月末の早過ぎる夏の到来を予感させる蒸し暑さに負けて、コンビニでビール缶を購入した。
俺が缶の縁を触って温度を上げないようにしていたのに、若い男店員と来たらガッツリビール缶を握りやがって、俺に冷えたビールを飲ませたくないってかこの野郎! そんな事をちょっと可笑しく想像していた。嫌味では無く嬉しい文句とでも言うのだろうか、当て付けみたいで、プッと噴出すと自動ドアを出た瞬間に、ビール缶を開けた。
蓋を開けて少し香るビールの香り、会社で試飲したり研究したりしていたが、他社の新作がどうも気になってしまう。既に中間管理職と言える40歳の係長、夏には辞令が出て課長補佐になると、一足出世した同僚が言っていたが余り気にしないでおく。
まずは一口、喉を通ったビールの余韻、そして食道を通り抜け、胃に到達してからの泡のバラつき、底に溜まる時のアルコールの広がりと、少し中毒性がある物質が胃を満たしていく。
半分程を飲み、ネクタイを緩めてバス停へと向った。
「ん、珍しい事もあるんだな。すいません、女性がビール一気されてるのって」
「何ですか?あーっ、一緒ですね~、ついさっきオジ様に怒られちゃいまして」
どうやら少し年下のOLの様だった。バス停に背を向けて飲んでいたが我が社のビールを飲んでいた為、ついつい声を掛けてしまった。何処と無く、ではなく、非常に嬉しく思う。
「美味しそうに飲まれているビールは幸せですね、生ビールもいいですけど、会社終わりにこう、一気するのも、女性としてカッコイイと思いますよ、美人ですし」
「お上手ですね、でも男性にそう言って貰えると新鮮です、同僚の女性もカッコイイって言ってはくれるんですけど。なーんか、冷やかされてる感じがしちゃって」
「分かりますよ、そ・れ」
互いに笑顔になる、先程からビールを飲みつつ会話しているのだ。美人OLは缶ビール2本350mlを飲み干すと俺の空き缶も一緒にビニール袋に入れてくれた。それからすぐにバスが来て、ウトウトしていると美人OLが俺に「ゴメンなさい」そう謝って来た。
見てみるとたまたま妻が乗車していたらしい。バスは駅と駅を輸送するルートで10分も乗車時間が無く、美人OLは俺を起こそうとしていたらしく、不倫だと勘違いされてしまった。妻の実家で暮らしており、共働きと言う事もあった。元は会社の同僚であり後輩の妻。
その事がきっかけで夫婦の仲は、常に不倫を疑われ、自宅でビール禁止と言われ、小遣いを減らされた。俺は子供が成人するまで頑張っていたが、妻がまだ一緒に居たいと言い出し、ビール解禁と言われるも何故か妻と一緒にいるとビールが不味かった。
60歳なり、体を壊し入院生活をしていると、ふと知り合いから妻がずっと不倫していた事を聞かされ、俺は天を仰いだ。