第二部 その五
「貿易国家トレーディア」
国王アレクトが治める地であり、その最大の特徴は民衆に税金をとらない事にある。国自体が巨大な貿易会社の様なものであるため、国が貧困する事はない。修繕や開拓等に発生するコストは国が半分出し、もう半分は募金で行うという政策を執っている。募金については賛否両論あるが、アレクトやミーナ、ムサシの人望からか月によってはひと月の予定金額の倍を越す事もあるという。余った金額は国民から意見を取り入れ、その中で対応できる案件から処理をしている。
様々な問題を抱える事もしばしば起こるが、その度にアレクトが解決している為、民衆からの信頼は絶大である。
一念が決意を決め、アレクトがイリーナ達に一念の案内を頼んだ後、謁見の間に残ったアレクト、ミーナ、ムサシが先の事件について話していた。
「つまり、ミーナをすぐ殺さなかったのはイリーナを釣る為だろう。全員を殺さないと、奴らの合法的な作戦が失敗になるからな」
「というと?」
ムサシがアレクトの説明の詳細を求めた。
「違約金さ。取引は信頼が第一。取引の日に取引の場所まで来なかった場合、違約金の発生が成立する。もちろん相手が「国」ならば、だけどな」
「なるほど……違約金は取引額の三分の一。相場以下とはいえ、ミスリル鉱の値段の三分の一となると、やつら全員が数年は遊んで暮らせる金額ですね」
ミーナがアレクトの説明に付け足しながら整理していく。
「しかしあの者達の兵装、ただの山賊とは思えませぬが……」
「あれは恐らく東の国ウエスティンの元兵士だろう」
「元?」
ムサシの疑問は至極当然であった。
滅びた国であれば「元」と付けるのは当然だが、ウエスティンはつい先日、聖王国の傘下同盟を結んだばかりだった。
因みに聖王国の西にウエスティン・東にイースティア・北にスノウス・南にシーサウスが存在する。トレーディアはウエスティンの更に西に存在している。
「リストラだよリストラ。聖王国っていう後ろ盾が出来たから、兵は必要最低限しか要らなくなった。ウエスティンが聖王国に逆らえない様、同盟の約定にも兵の少数精鋭化の文字があったそうだ。少数精鋭……聞こえはいいが、ただ歯向かえない様にしただけだ。その首切り被害を受けたやつらが、金を求めて今回の仕事を請け負ったってところか……」
ミーナとムサシが「仕事」という言葉にピクリと反応した。
「この国の信頼を貶めるだけの調略だった……そのはずがミーナまで着いてきた。まぁこんなとこだろう
やつらはミーナが俺の妹だとは知らないはずだ。それにウエスティンの兵隊程度じゃこんな作戦は思いつかん。調べれば更に詳しくわかるだろう。黒幕がいる…だろうが、まぁ見つからないだろう。まぁ、陰で事の顛末は見ていたんだろうが、近隣にはもういないだろうな……」
アレクトは何か意図するものがあった様に、歯切れを悪くした。
それに気付かないミーナ、ムサシはアレクトの推理に、目を見開き驚愕していた。
「そもそも……やつらはミーナ殿下を殺める予定はなかった……」
「そゆこと」
「ほんと事が起きないと本気を出しませんわよね? お兄様は」
「まー、そう言うな♪」
ミーナは胸下で腕を組みながらアレクトに皮肉を言うと、アレクトは満面の笑みでそれをかわした。
「ところでアレクトお兄様?」
「ん? なんだ?」
ミーナが話題を切り替え、笑みをこぼしながら尋ねる。
「一念殿が仰った「責任」。お兄様だけ罰がありませんわよ? ねぇムサシ?」
「フッ、確かにそうですな。何しろ一番の責任ですから、さぞや大変な罰なのでしょう……」
ミーナとムサシが示し合せたかの様にアレクトを見る。アレクトは背筋に冷たいものを感じ、額に汗した。
「ま、まぁ考えてるぞっ! ずばり、オヤツ一週間抜きだ! どうだ!?」
二人の視線を冷ややかに感じたアレクトに、ミーナが追い打ちをかける。
「まさか、そんな事がまかり通るとでも? 私と私の可愛い部下達の命ですから、それ以外にもまだ……そうだ! ムサシ、私達が罰を決めるというのはどうかしらっ?」
「ハッハッハ、それは良い考えでございますなっ」
ミーナが予め考えていた、というセリフをアレクトに浴びせ、ムサシがそれに同意した。アレクトにはそれが、獲物を狙う狼の様な光る瞳に見えたそうな……。
「うわぁああああああああああ!!!」
――国王アレクトに「危機」が迫っている頃、一念は城内の兵舎の案内をイリーナ達から受けていた。
「ここが一念さん……あ、一念隊長のお部屋になるそうです」
「隊長はやめてくれ。今まで通りでいいよ、イリーナ」
パァッと、にこやかになるイリーナを見て、一念も釣られて笑った。
部屋は謁見の間の東側にある、第二兵舎の一番奥の部屋だった。廊下の突き当たりに扉があり、その左右の壁にも扉があった。
「この突き当たりの部屋が俺の部屋だね……。お隣さんの二人ってどういう人なんだい?」
「あぁ、それは……一念さんの部屋の扉を背にして、右側が私の部屋。左側がメルの部屋です。フロルの部屋はメルの部屋の隣です♪」
「私の部屋の正面……イリーナ副隊長の部屋の隣は空き室です」
イリーナが部屋の配置の説明をし、フロルがそれを補足したが、一念の脳内は状況整理が出来ていなかった。
「……へ?」
「これからよろしくお願いしますね♪」
「えぇえええ!? イリーナ達一緒なの!? なんで!? 女性用の兵舎とか、男性用の兵舎とかないの!?」
一念は非常に慌てていた。十七歳の青年としては珍しい反応の部類だろうが、彼はうぶであり、「そういう事」には真面目だった。
「我々は軍人ですから♪」
扉を挟んでるとはいえ、一つ屋根の下……という状況には変わりなかった。
イリーナは一念の言いたい事を理解していなかったが、一念はイリーナの笑顔を見ると、それ以上の詰問はしなかった。
「一念っ! お前は悪いやつじゃないが、すぐさま素性の知れない奴を信用出来る程、私は人間が出来ていないっ! ま、まだ私はお前が隊長だと認めてないんだからな!!」
「フ……「まだ」だって……」
「し、信頼足る人間になれって事だ!」
メルの訴えにフロルが茶々を入れ、メルの頬が少し赤くなった。
そのやりとりを見て、一念は『まぁ、大丈夫か……』と思い、イリーナに質問を続けた。
「それで……俺は具体的に何をすればいいの?」
「私たちはミーナ様の護衛隊です。そのうちミーナ様から指示があると思います。私の時がそうでしたから……。それまでは鍛練に時間を費やしたりしています」
「鍛練って、魔法とか剣とか……?」
「はい! そうですっ!」
一念がミーナから指示がない限り自由に行動していいのか? と考えた矢先に、イリーナから物騒な話が出てきてしまった。困った一念は腕を組みながらうんうん唸っていた。それを見て、イリーナはキョトンとしていた。
「一念、お前剣は使えるのか?」
メルの追い打ちがあり―
「……教えられる魔法はありますか?」
フロルからの爆弾が投下された。
「へ!? あぁ、あ……えっと、剣は使えない……。魔法はその、教えられないんだ……。ごめん 」
「なーんだ、典型的な魔術師型か」
フロルが少しシュンとしていたので、付けくわえて一念が説明した。
「……いつか教えられるといいんだけどねっ」
「……はい」
フロルは返事とともに少し笑みを浮かべ、納得した様子だった。
「さて、皆疲れているみたいなので、夕食までお部屋で休んでいてください。一念さん、用事を済ませたらお部屋に戻るので、部屋の中で足りない物とかあったら、後で教えて下さいっ」
「あ、あぁ。ありがとう」
「んじゃなー、一念!」
「…また後で」
「では失礼します。夕食の時間になったら、呼びますね!」
メルが左手を上げ、フロルが会釈をして部屋へ入って行き、イリーナは踵を返して元来た廊下を歩いて行った。
一念は深いため息をつき、木製の扉を押して部屋へ入った。
部屋の扉を背にして正面には木製の円形のテーブルがあり、同じく木製の椅子が二つ置かれていた。テーブルの奥には、木製のしきりにガラスを四枚はめ込んだ窓から微かな夕暮れを差し込ませている。右手にはシングルベッドが設置してあり、その上に白いシーツが敷かれ、草色の掛け布団と枕が置いてあった。左手には木製の大きな収納スペースがあり、左手奥にも似たような小さいタイプのものがおかれていた。右手奥には一人用の木製の机が置いてあり、机の上には鏡と蝋燭、筆と紙が数枚置かれていた。机の正面には椅子があり、当然の事ながら電化製品や、水道等は存在しなかった。
(生活するだけって感じだな……)
疲れた足取りでベッドの前に立ち、腰を下ろすと同時にベッドに倒れこんだ。一念は目を瞑り今日を振り返っていた。
『激動……だったな……。親父に母さん…はこんな状況になったら「楽しめ」とか言うんだろうなぁ……。美菜との約束守れるかなぁ……。葛城さんとかが捜索願いとか出すのかなぁ……。
……魔法世界かぁ。どうなるんだろ、俺』
やっと落ち着いた一念の身体に再びエンジンをかけたのは扉から発するノックだった。
コンコンと二度鳴ったノックは一念の眼を開かせ、上体を起こさせた。
「……はい?」
疲れた身体を起こし、吐息から言葉に変わった声は扉の奥の人物の返答を促した。
「私だ、ムサシだ。一念殿、少し伺いたい事がある」
予想外の人物という程でもないが、低く重い声は一念の身体を急がせた。
「ムサシさんっ!? あぁはい、はいはいっ!!」
一念はゆっくり扉を開け、扉の先にいたムサシを迎え入れた。
扉を閉めた一念は中央右側にある椅子を引き、ムサシに座る様に促した。対面の席に座った一念は不可解な状況に少し混乱をしていたが、ムサシの言葉で混乱は更に加速した。
「吉田一念殿、私の本当の名前は「宮本武蔵」と申します」
「!?」
「宮本武蔵……聞き覚えはありませぬか?」
一念は相手の言ってる事がまだ理解できていなかった。地球から魔法世界へ飛んでしまった一念の耳には、確かに「地球の古の剣豪の名前」が
ムサシの口から発せられた。
「宮本……武蔵……?」
「……。やはりご記憶にはないか。いや、失礼をした」
ムサシが席を立とうとした時、一念はムサシより早く立ち上がった。
「あ、ありますっ! 記憶にありますっ!!!」
ムサシの表情が急変し、先の一念と同じ速度で立ち上がった。
「おぉっ!! では、やはり一念殿は私の世界と同じ場所から!!!」
「は、はい! 地球から飛んできました!」
一念にはなにがなんだかわからなかったが、明るかった表情のムサシが再度真剣な表情になる。
「しかし、その服装は私の知る世界のものでは……」
「あぁ……えーっと……」
(宮本武蔵が存在したのは確か関が原の合戦あたりだから……)
「俺は多分、ムサシさんがいた時代より約四百年後の日本から飛んできました……」
ムサシも困惑の表情を見せていたが、得心した様な面持ちで小さい溜息をついた。
「そうか、やはり日本から……その黒い髪、黒い瞳、吉田という姓。しかし四百年後とは……」
「ええ……俺もまさか四百年前から飛んできている人がいるとは…」
ようやく落ち着いた一念は脳内で状況を整理し、ある核心へ辿り着いた。
「そういえばムサシさんはどれ位この世界に?」
「……二十年だ」
「……は?」
一念の思考が遂にブレーキをかけた。
暫くの沈黙、ムサシは押し黙り、一念の気持ちの回復を待っていた。
呼吸を止め、身体が空気を欲した時、ようやく一念の口が震えながら動いた。
「にじゅう……ねん……?」
「……私は数年の放浪の後、この国に辿り着き、以来陛下の下、情報を集めようと思いここに留まった……」
短く纏めたその話にはムサシの途方もない苦労と、膨大な時間、数多の苦悩を孕んでいた。その事がわかる一念は、それ以上の追求を出来なかった。わかるからこそ出来なかった。ムサシが現在もここ「アンアース」にいる事が答えだと、理解したくなくても理解するしかなかった。
「この二十年でわかった事は一つだけ、私達と同じ世界からかはわからないが、聖王国にも一人、異世界から来た者がいる…という事だ」
「も、もう一人……」
「この度、一念殿が現れた……となると他にもいるかもしれないが……」
「た、確かに……」
一念の頭に即座に浮かび上がった疑問を、ムサシが察し話を続けた。
「残念ながら、この情報を手に入れたのは数年前の事で、場所が聖王国となると今の私が向かう事が出来ないのだ」
「……どういう事ですか?」
「簡単に言ってしまうと、互いの国の仲が良くないという事だ。私程の地位になってしまうと、今、聖王国に行くと様々な問題が起きる。陛下にも迷惑をかけてしまうからな。
因みにこの事……私が異世界から来た事は、一念殿以外誰も知らない。陛下ですらも知らない。出来れば口外しないで頂けると助かる」
そう言って部屋を出て行ったムサシを、一念は黙って見送った……。
一念は先程より重い腰を再びベッドに下ろし、仰向けに倒れた。右腕で目を覆い光を遮断した一念は、深く息を吐いた。
「二十……年か……」
しばらく元の世界に戻れないと考えると、急に皆に会いたくなった一念はだが……。
「あ……スマホ……」
画像データを見ようとした一念は左手でポケットをさぐる。しかし、ポケットにはスマートフォンの存在を確認出来なかった。
「あ、そうか…。鞄、鞄…。え?……っ!
あぁあああああっ!!!」




