第五部 その二十四
――イースティア、中央区にあるトレーディア陣営――
一念と美菜は仮設テントの下で二人きりになり、椅子に腰かけながら互いの事を話し合った。
アレクトとの出会い、シグルドとの出会い。現状の話や、状況打破の為にしなくてはいけない事、武蔵や房江の事も話した。
美菜は時々目に涙を溜める事があったが、決してそれを流さなかった。この状況下で一念に心配をかけさせまいと考えたのだろう。一念にもそれがわかったからこそ、それ以上何も言う事はなかった。
ひとしきり話し終えると、辺りは暗くなっていて、今日のパトロールから戻ってきていた美菜が大きく欠伸をした。
「おーおー、でかい欠伸だねー」
「もう、しょうがないでしょ。魔族討伐で忙しかったのよ」
「そういや魔族ってどんなもんだった? やっぱり強い?」
「私が普通の高校生として見たなら絶望よね。数回瞬きしている間に数十人が犠牲になるわ」
「そっか……ちょっと魔族の事思い浮かべてみろよ」
「え? えっと……」
一念は精神感応を発動し、美菜の脳内映像を覗いた。
すると、リッツが魔族と戦っている画を見る事が出来た。
「おー、リッツのヤツも頑張ってるなー」
「や、やっぱりそういうのも見えるの……?」
「結構便利だぞ。そうかリッツと一緒に行ったのか。お、こっちはシュミナさんか。彼もなかなかやるねー」
「いちねーん? シュミナさんは彼じゃなく彼女よっ。相変わらずデリカシーがないんだから」
「うげっ? マジか。中性的な顔だなーとは思ったけど女の人だったかー」
「わ、私も女なんだからねっ」
頬を赤らめて言った美菜に、一念はきょとんと目を丸くした。
これを見て目がしらをつまみながら自分の発言を後悔した美菜は小さく溜め息を吐いた。しかし一念は小さく「そうだったな」とだけ言ってすっと立ち上がった。
美菜の頭の上にぽんと手を置き、ゆっくりと撫でる。
「えらいえらい♪」
「…………ち、ちょっと」
一気に耳まで赤くした美菜だったが、一念がそれに気付くより早く少し離れた場所から一念を呼ぶ声が聞こえた。
「一念さん、お話中に失礼します。シグルド将軍がお呼びになっております」
テントの幕を開けたのはパティだった。
「あ……こ、これは申し訳ございませんっ! で、出直します!」
「あぁパティ、いいよ入って来て」
「し、しかしっ!」
「いいってば。美菜にもちゃんと紹介したいしな」
「紹介?」
美菜が小首を傾げて言った。
一念は後ろを向いていたパティの身体を腕を使って振り向かせ、顔を覆う手を振りほどかせた。
(……あ)
美菜は、その些細な行動で気付いてしまった。
女の身体に馴れ馴れしい手つきでもなく、どこか温かみのある包容力でパティをいじる一念の行動は、その人間を好いている者ならば見間違えようも無かった。
瞬時に空いた胸の穴を修復させようとしながら美菜は一念に言った。
「あー、もしかして一念の彼女さん?」
出鼻をくじかれる前の美菜の先制避難。
一念より早く頬を紅潮させて恥ずかしそうに俯くパティが、その答えを示していた。
ひとつ遅れて一念が一言、「あぁ」と答えた。
簡単に心の傷を埋める事の出来ない美菜がすっと立ち上がり、テントの幕に向かう。
「そうなんだー、大事にしろよ青少年! シグルドさんが呼んでるんでしょ? 早く行かないと怒られちゃうわよっ」
慌てず不自然なまでの自然さで美菜はそう言った。
「あー、そうだな……」
「わ、私シュミナさんとまだ話があるから先に行くね。明日また続き話そっ」
「おう、なんか悪いなー」
「それじゃあね」
ひらりとテントの幕を揺らして美菜が去って行く。それを見送ったのは一念の背中と、心配そうに美菜の後ろ姿を目で追ったパティだった。
一念は鼻をポリポリと掻きながら俯いている。
「い、一念さん……」
それは二人を気遣うパティの言葉だった。
「…………あぁ、わかってる」
もどかしい気持ちの中で絞り出した一念の返答。
一念は美菜の気持ちを知らなかった。だが、今知ったのだ。いち早くけん制した美菜の言葉。それに続く逃げる為の口実。去り際に合わす事の無かった目。
揺れていた幕が止まった時、それが確信へと変わった。
「一念さんは…………その……」
口ごもるパティの質問の意味を一念は知っていた。
「……あぁ、好きだったよ。……幼馴染って感じは強かったけど、この世界に来るまでは美菜の事が好きだった」
「…………そう、ですか……」
「けどね、どうしても気持ちってのは変わったり消えてっちゃったりするもんだと思うんだ。昔、小学生の頃、好きだった女の子が転校しちゃってね。一ヶ月位胸が苦しくて苦しくて仕方なかった。でも二ヶ月、三ヶ月と経つうちに、その苦しさが紛れて薄れて……そして消えていっちゃったよ。友達と遊んだり、勉強したりテストしたり、ゲームしたり帰り道ではしったり……。そんな事をしてる内に消えてった気持ちは、いつの間にか美菜に向いていたっけ」
「…………」
小さく一念が笑うと、その先を続けた。
「……ここに来てすぐ。美菜の事を何回も思い出した。苦しくて苦しくて仕方なかった。でもね、真っ先にその苦しさを埋めてくれたのはパティだった。パティの気持ちも嬉しかったし、俺もそれに甘えた」
「甘え……ですか……」
寂しそうにパティが言う。俯き、悲しげな目を伏せる。
一念はそっとパティの肩を抱いてその顔を上げさせた。
「でもね、その甘えだって変わったり消えちゃったりするんだよ?」
「ど、どういう事でしょう……」
「甘えはいつしか信頼に変わって、信頼はいつしか愛に変わって…………今では恋になってると思ってるのは……俺だけ、かな?」
一念は気恥ずかしそうに、照れ隠しのようにはにかんで笑ってみせた。
その時、パティは顔をくしゃくしゃにして涙を流した。
一念がその顔を見れたのは一瞬だけ。すぐに手で覆い隠したパティに一念が慌てる。
「あぁ、ごめんパティッ……えと……大丈、夫?」
「い、一念さん……うぅっ……一念……さん」
「……はい」
「う、うぅううっ……一念さん……」
「はいはーい」
肩を抱いていた手はいつの間にか背中に回り、そっと引き寄せられている。彼の胸に手を乗せたパティは、一念の名を静かに呼びながら嗚咽を噛み殺していた。掠れ揺れる声がテントの中で聞こえる。
何度も何度も己の名前を呼ばれ続けた一念は、嬉の感情から零れる泣き声に心地良さを感じ、そしてそれに身を委ねた。
シグルドが呼んでいる。そんな事は今の一念には些細な用件だった。「今はパティが最優先」。そんな我儘を心の中で呟いている一念である。
「なんか最近パティは泣きっぱなしだね」
「……い、一念さんのせい……です」
――トレーディア陣営外れの広場――
一念とパティから逃げるように走って来た美菜は、いつの間にか人気のない広場まで来ていた。
星空の下、遠くでは訓練する兵の声や喧騒がまだ目立つ。ぽつんと設置されているベンチに腰を下ろした美菜は、詰まったものを吐きだすような深いため息を吐いた後、満天の星々を見上げる。
潤む瞳から涙が零れ落ちないように輝く星を見続けた。すると、美菜が来た反対側の陣営から気だるそうな声が聞こえてくる。
「まったくよ~、なんで俺がドラゴンのおっちゃんと試合しなくちゃいけねーんだよ。あー疲れたぁ……って……美菜ちゃん?」
「リ、リッツッ?」
慌てて袖で目を擦る美菜に、リッツがピタリと足を止める。
(感動の再会……いや、ありゃ違う涙だな。大方パティちゃんといちゃついてる一念を見ちまったってところか。まったく、アイツも罪な男だね~)
「あー、やっぱり美菜ちゃんかー。こんなところで会うなんて、やっぱり俺達は結ばれる運命だったって事だね~」
リッツは止めた足を自然に動かし、両手で空を仰ぐようにそう言った。
「な、なによその芝居がかった言い方っ」
「なーに言ってんのー。元々俺はこんな感じだよ。平時なら特にね。あ、隣座っていい?」
軽い口調で、リッツはそう言った。そして美菜がその返事をする前に、図々しくも美菜の隣に腰を下ろした。
「私、まだ何も言ってないんだけど?」
「いいじゃんいいじゃん。ここは公共の場なんだから。改まって美菜ちゃんに許可を求める必要はないって思っただけさ」
「ま、まあ確かにそうだけど……」
思わぬ正論に何も返せない。美菜はリッツのこの話を聞いていると、むしろ自分の方が図々しいように感じてしまった。
「空一面星空! いやー、トレーディアじゃ中々見れない景色だね~」
「……そうなの?」
「あぁ、あっちじゃ星が遠いのか中々見えないんだ。いやーすげーすげー」
「確かに凄い星空ね……」
「……久しぶりに会ったお友達はどうだったよ?」
突然の質問に美菜がビクンと反応する。そして何かを含んだ笑みを見せるリッツをジトっと睨みつける。
「……どうだったように見えるのよ?」
「んー、好きだった男に好きな女がいてその男と女は相思相愛だったように見えるかなー」
何一つ隠す事なくリッツは全てを語った。まるで美菜のどうしようもない気持ちを代わりに吐き出すかのように。
「……遠慮なさ過ぎよ」
「ははははっ! 胸なら空いてるぜー?」
「……バカ」
唇を噛みながら美菜が零す。
「でも……」
「ん?」
「ちょっと……背中貸して……」




