第五部 その二十三
「な、なんでこんな所にいるんだよ!?」
「一念こそっ!?」
「俺ずっとダストリーの周辺探してたんだぞ!」
「なんで私があそこに飛んできたって知ってるのよ!?」
あまりにも突然。そしてあまりにも自分の知っている一念だっただけに、美菜の身体は感動よりも先に彩桜高校での日常を再現した。
そして蚊帳の外という感じのシュミナは二人のやり取りを見て、一念の事を今の今まで美菜が話していた人物だと理解する。
(彼が吉田一念……噂には聞いていたが、本当に美菜と歳が変わらない普通の男に見える……。しかし先程こちらに向かってきた歩法を見るに、やはりただ者ではなさそうだな)
「あ、初めまして吉田一念といいます。こんなんですけどトレーディアの中将やってます」
軍人らしく動きから実力を見ていたシュミナに一念が挨拶をする。
「あ、あぁ。イースティア、ジャッカルの副隊長補佐、シュミナといいます」
唐突なアプローチに困惑するシュミナ。そして話を逸らされた事により美菜の怒号が広場を覆う。
「いーちーねーんっ! 何勝手に話を逸らしてるのよ!」
「初対面の人にはちゃんと挨拶しろってばーちゃんが言ってたんだよ!」
「今はそういう状況じゃないでしょ! 誰がどう見たって「感動の対面」、そんな感じのはずよ!」
「お前の顔見てたらそんな気は気泡にでもなってどっかにいっちゃうぜ!」
「あーそうですか! なぁにが中将よ、そんな大役一念に務まる訳ないじゃないっ!」
「はん、小学校でちゃんと副学級委員を務めあげた俺に死角はない!」
「候補者がいなかったから手を上げたらなれるような役職に価値はないわよ!」
「なんだと!?」
「なによっ!?」
いつまでも続きそうな言い合いにシュミナは困りながらも二人を「まあまあ」と手を出すが、そんな事は二人の視界に入っていなかった。
その喧騒に引き寄せられてか、様子を見に来たアレクトとその護衛のリッツが現れた。
この光景に、事情を知っているリッツがアレクトに耳打ちをし、口尻を上げて一念を見る。二人に遅れて広場にはトレーディアの兵たちも現れ、一念と美菜を取り囲むように喧騒が目立ち始めた。
視界の端に群がる兵を捉えた両名は、驚きと恥ずかしさを隠すような表情で周りを見る。
地面に転がる砂利を踏みしめながらアレクトとリッツが二人に近づいて来ると、美菜とシュミナが姿勢を正す。
「こ、これはアレクト陛下っ。お、お見苦しいところをお見せしました!」
「アレクト陛下、御挨拶が遅れました! イースティア、ジャッカルの副隊長補佐シュミナ少佐であります!」
「あぁ、楽にしてくれ。なんだ一念、休んでもらう必要が無くなったような様子だな?」
房江との会話、そしてこの再会が一念の心労を一気に吹き飛ばしたのか、いつの間にか少なからず見えていた顔の陰りが消えていた。その事を指摘された一念も、自身の体調の変化を強く感じとっていた。
「あぁ、やっぱり熱血ヒーローみたいに《寝たら治った》ってのは難しいんだな」
「ね、ねっけつひぃろぉ……?」
聞き慣れない単語にアレクトが聞き返すが、ニヤリと笑って解答を出さないあたり、一念の気持ちがかなり整理されている事が伺える。
「い、一念、アンタ王様に向かってなんて口きいてるのよっ!」
普段一念の面倒をよく見ていた美菜ならではのお説教をする。
すると美菜の反応にアレクトが目を丸くした。
「お、おい一念。同じ世界から来たはずの美菜はしっかりと恐縮してるぞ! お前、やはり私に嘘をついていたなっ!?」
「HAHAHAあれくと~、天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずダヨー」
「造った後は育ちや勉強や鍛錬で差が出来て然るべきだ! 確かに良い言葉だが、私は騙されないぞ!」
「ち、まるで続きを知ってるかのようなもの言いだな……」
「やはりか! おのれ、そこへ直れ!」
「あーあ感情的になっちゃって……そんな事してたら賢王も名折れだぞー?」
「なぁにをうまい事を言いおってっ!」
このやりとりにリッツが豪快に笑い、それに釣られて周囲の主だった面々の笑い声が聞こえ始める。
二人の攻防に免疫のないシュミナは引き気味にトレーディアの日常を目にする。そして美菜もこの異世界「アンアース」にしっかりと溶け込んでいる一念に唖然とする。
自分の知っている一念と知らない一念。そしてどちらが本当の一念なのか。勿論どちらもそうなのだろうが、近くに感じていた距離は思いの外遠く、思っていた距離は思い込みだったのだと知る。
「ほら一念、折角の再会なんだから美菜ちゃんをほったらかすなよ!」
俯きかけた美菜をさっとリッツがフォローする。
「そうだぞ! アレクト、美菜に謝れ!」
「すみませんでした」
「へ、陛下っ!!」
いつもの流れで誤って謝ってしまい、遠くからのセドナの声にアレクトはビクンと身体を怯ませて目を瞑った。
(こ、これが……トレーディアの賢王……?)
シュミナがそう思っても不思議ではない。一念の影響力のおかげで国の上層部がアットホームになり過ぎている事を知っているのは、やはり上層部である。しかしそれが国外まで知れ渡っているかというとそうではなく、王が軽々しく頭を下げるというのは流石にまずいのだ。
三カ国の同盟国家間でならまだいいが、そこまで親交のない国に露呈してしまうと国としての威信に関わってくる。それを危惧したセドナの判断は間違いではない。
しかしアレクトの事を誰も責められなかった。勿論立場というものを考慮してでの事ではない。皆は知っているのだ。ここ最近常に一念の事を心配していた王の事を。元気や覇気のない一念に心を痛めている事を。
復調した親友を見て喜ばないはずがないのだ。権威を手放しで喜べる……そんな二人の間柄を皆は知っているのだった。
「コ、コホン。まぁ積もる話もあるだろう。話ならトレーディアの陣営でするといいぞ……」
頬を少し赤らめながら咳払いをして、トレーディア陣営に案内を始める。
国のトップが一介の女子高生に頭を下げた事に驚いた美菜だったが、未だ聞こえる笑い声に「これが一念がいた国で、シグルドの故郷なんだ」と得心した。
その時だった。彼女の頭の中に声が響いたのだ。
『すまなかったな、美菜』
『え……なにこれ……?』
『ばーか、俺だよ。一念だよ』
『一念っ? こ、これ魔法なの?』
『んや、超能力。サイキックともいうな、実は俺、超能力者でしたー! はいぱちぱちぱちぱちー』
『ちょ、ちょちょっと! ま、魔法じゃないって事は……』
『そ、元の世界でも俺は変な人間なのでした』
『そ、それじゃあ定期的に病院に行ってたのは……全部……』
『国の研究所で自由の利くモルモットをしてたんだよ』
話半分ではあったが、シグルドやバッツ、リッツから一念の事を聞いていた美菜は、その能力を知ってもそこまで驚きはしなかった。だが、いざ体感してみるとその驚きを隠せずにはいられない。
アレクトとリッツが案内をしている後ろで一瞬立ち止まってしまった美菜。するとまるで止まる事がわかっていたかのように背中から温かい手がぽんと置かれ、再び歩を進める事が出来たのだ。
温かい手の正体は、一念のものだった。
『ほれ、転んじまうぞ』
『こ、転ばないわよっ』
『それは大変失礼致しましたー』
『でも……良かった……』
『おう、会えて良かったぞっ』
『…………ばか』
脳内に響く、快活で優しい声。聞き慣れた口調に少しこもっている声。この奇妙な感動に美菜は俯く。
目頭を熱くさせ歩きながら流す涙の意味を、二人だけが知っていた。
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