第五部 その二十二
――聖王国 聖王城 謁見の間――
「一念、疲れているのにすまないな」
「おぉ、バルトが謝ったっ!?」
「おいおい」
「ま、今はそんな状況じゃないけどさ。いいじゃねーかこんな変な奴がいたってさ……」
「ふっ、そうだな……」
バルトと一念は二人だけのこの空間で、一年前の出来事を振り返っていた。
王の寝室に忍び込んだトレーディアの間者が、宰相リエンの企みを暴き、そしてそれを打破した事。
夜の散歩に出かけた二人が、ひょんな事から反乱軍に会いに行き、バルトだけ顔中腫らせて帰ってきた事。
たかが一国の准将と、世界の王たる聖王が、井戸端会議のようにトレーディアとの同盟を決めてしまった事。
聖王国、トレーディア、ギブリグの三王が、臣下の前で跪いた事。
全てが記憶に新しく、そして全てが懐かしかった。
「次会う時は戦場で、だな」
「そんな場所では会いたくないな」
「……そうもいかないだろうな」
「…………あぁ」
場に静寂が流れ、暫くの沈黙が続く。
その空気に耐えきれなくなったのか、一念が「ほっ」と息を吐いた。そして互いににこりと笑いあってその場を後にした。
謁見の間を出ると、そこで一念を待っていたのは房江だった。
「どうしたの一念ちゃん? 急に呼ばれたから少し驚いたわっ♪」
いつもの調子で房江が一念に話しかける。
一念も同様に明るく振る舞ったが、すぐにその表情の変化を看破されてしまった。
「あら、結構疲れてるわね?」
「あー、やっぱりわかっちゃうもんです?」
「うふふふ、一念ちゃんの事を好きな人ならわっちゃうわよ♪」
「ぬぅ、そう思うとかなり恥ずかしい気がする……」
「うふふふ。それで、どうしたの?」
「あぁ……実は、つい先日こんなものが届きました」
と言って、一念は房江にスマートフォンを手渡した。それを受け取った房江は、困った顔をして一念に手渡した。
「……一念ちゃん、これなぁに?」
「あぁっ! そうだったそうだった。房江さんスマートフォン知らないっすよねっ。あはははは、いやぁ完全に間違えました。これ携帯電話なんですよ。画面を指で操作出来るんです」
「あらあら、タッチパネルもここまで実用的になったのね」
指で操作をしながら説明し、ついに房江に葛城からのメールを見せた。
「……………………なるほどね。ワンダーランドが原因で一念ちゃんがこの世界に来ちゃったのか。私の転移は完全に事故だとしても、あの人達の仕業ならそれを実行出来るわね」
「えぇ……」
「超時空現象研究施設ワンダーランド。軍の特殊能力者で構成された過激派。一念ちゃん程の人物はいなかったけど、確かあそこには一念ちゃんと同時期に、時空間や異空間を歪ませる超能力者がいたと噂が立った事があったわ」
「けど飛んだ先がアンアースで良かったと思います。房江さんとは本当に偶然でしょうから……」
「おそらくアンアースと地球の異空間の関係が非常に密接なんでしょう。いえ、もしかしたら地球からはこの異世界にしか転移出来ないのかもしれないわ。時間軸が違ってもムサシさんが来れたのが良い証拠だと思うの」
「確かにその可能性は考えられますね。ならもっと漂流者がいても……」
「うふふ、そうそういないんじゃないかしら? この世界ってまず生きていくだけでも大変でしょうから」
「むぅ、それもそうか…………にしても房江さんあまり変化がないですね? 葛城さんからのメールでもっと驚くのかと思いましたけど……」
房江がくすりと笑う。
「あの人は私がここにいる事を知らないから、これは一念ちゃんへのメッセージでしょ? そりゃ私へ届いたのだったら嬉しいけど。うふふふ。でも帰れる方法が無いわけじゃないって判明しただけでも少しは嬉しいかしらっ♪」
「アハハハ、そうです……よね?」
一念の気がかりを瞬時に察したのか、房江はまた優しく微笑みかける。
「この世界の事が気になるなら、それはそれで良いんじゃない?」
「え、どういう事ですか?」
「今私が言ったでしょう? 《帰れる方法が無いわけじゃないって判明した》って?」
「えぇ、それはそうですけど……」
「なら、《この世界へ来れる方法が無いわけじゃない》って……思わないかしら?」
その言葉に、一念の心臓がドクンと鳴った。
「誰が片道切符だなんて……言ったのかしらね?」
瞬間、今までの悩みが一瞬にして吹き飛ぶかのような爽快感が一念を襲った。
簡単な解答ではあるが、誰かに言って欲しかった自分では出せない解答に一念は歓喜した。
顔には出さずとも身体が反応して目頭が熱くなる。潤む瞳を精一杯堪え、大きく頭を振る。
「…………へっ」
「あらあら、病は気からってよく言ったものね? 一念ちゃん、さっきまでと全然違う顔してるわよ? うふふふふ」
「あははは。やっぱり俺、房江さんには敵わない気がしますっ」
「あら、私にだって悩みくらいあるわよ?」
「えー、なんですかそれ!」
「悩みがないのが悩みよっ♪」
一念は盛大に苦笑し、お腹を抱えながら「そりゃ最強だ」と小さく呟いた。
笑いとともにようやく出てきた涙。これを房江が人差し指で少し掬ってその両頬を温かく包む。
「さぁ一念ちゃん……熱血ヒーローの仕事よっ」
「はいっ!」
強くアツい返事が城内に響く。謁見の間の前にいる従士がポカーンとこちらを見ている。
しかしそんな事は意にも留めない様子で、一念が気合いのこもった雄たけびをあげる。
「おっしゃああああっ!!」
「あらあらまあまあ」
ふわりと浮かび上がった一念は、すっと天井付近にある窓を見上げる。直後、瞬間移動を発動し、その窓の前まで移動していた。
一念の視線を追っていた房江がその姿を捉えながら微笑んでいる。
「いってらっしゃいっ♪」……――そんな言葉がまた城内に響き、一念はそれに対してぐっと親指を立てて返答した。
すぐに窓を通り抜け、その身体を東に向けた。
晴々とした表情は、ようやくいつもの一念に戻ったと言えるだろう。
「フィジカル・レインフォース……フィジカル・ブースト・マキシマムッ!」
二つの青白い衣が一念を包みそして消えていく。
東を見据え、念動力の障壁を自身の身体に発生させる。
「…………よーい、ドンッ!!」
いつも以上の轟音。
聖王国にその余韻が流れる頃には、一念の姿はもう見つけられなかった。
「さて、私も準備しなくっちゃね♪」
耳触りの良い音の余韻を楽しみながら、房江も自分の仕事に取り掛かる。
その後ろ姿はどこか軽やかだ。
一念にはああ言ったが、やはり房江は葛城のメールを見て嬉しかったのだろう。自分には関係がない内容でも、その文体から癖のある言い回しに、どこか懐かしさを感じ、そして知らない内に喜びが身体に表れていたのかもしれない。
――イースティア城 城下町――
一念がイースティアの国民を聖王国に運んでいる。美菜はその話を聞き、中央の広場まで走って来ていた。
後を追ってきたシュミナが、その悲しげな表情を辛辣見つめる。
広場にあるベンチに小さく腰を下ろし、その潤んだ瞳からは、また涙が零れている。
「大切な……男なんですね」
「そ、そんなんじゃないですよっ。一念はただの腐れ縁です!」
袖で涙を拭って、強気に反論する。
美菜の慌てる姿を見て、シュミナが苦笑している。やはりその好意は同性から見てもすぐにわかってしまうのだろう。
「とんでもない男らしいですね、吉田一念という男は」
「私も聞いただけですけど、普段のあいつからは全然想像出来ないですよ。その……戦争? そんなのを止められるような人間には間違っても見えないですよ?」
「ふっ、では、別人かもしれませんね?」
くすっと笑って美菜を茶化す。
「そ、それ以外の話を聞くとっ…………」
「聞くと?」
「わ、私の知ってる一念、そのままなんです……」
「では、本人かもしれませんね」
「あー、シュミナさん意地悪過ぎですっ!」
「軍で副隊長をやっていると意地悪になるものです」
「もうっ」
――その時だった。
何やら大きな音が空から聞こえ、一人の男が広場に向かって降下してきた。
「ふうっ」と一息ついて広場に降り立った彼は、近くにいた二人に近づいて声を掛けた。
「あのーすみません。トレーディアの軍はどちらに……」
その懐かしい声に美菜がばっと振り向く。と同時に、一念の足もピタリと止まった。
向き合う二人の表情は、正に――同じだった。
「え…………美菜っ!?」
「い、一念っ!?」




