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魔法世界の超能力者  作者: 壱弐参


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第五部 その十九

 ――トレーディア国 アレクトの部屋――


「へーっくしょいっ!!」

「…………おい」

「……すまん」


 体外へと排出された一念の唾液、その他諸々がアレクトの顔に振りかかる。

 ダイレクトにそれを受けたアレクトは、一念の学ランにゴシゴシと顔をこすり付けた。


「ちょ、お前最悪だな!」

「最悪なのはお前だろう! 帰りが遅いし、私の顔にくしゃみを吹きかけるなんてな!」

「あー、それについては本当に悪かった……」


 意外にも素直に謝った一念に、アレクトが驚く。


「な、なんだ気持ち悪いぞ一念……?」

「でもまぁ、同盟自体はうまくまとまりそうなんだし問題ないだろ? で、なんだよ大事な話って? それに皆凄く慌ただしくなってるよな?」


 アレクトの部屋には一念だけが呼ばれた。

 アグリカから戻った一念一行は、帰った早々に軍部から呼び出しを受けた。フロルは急ぎイリーナ達の隊に戻り、トロンも警備隊長の任に戻った。

 ルーネも聖王国から戻ったセドナと話があるとの事で、一念は一人ここへやって来たのだ。


「いいか、良く聞けよ。もう間もなく……魔族との戦争が始まる」

「…………」


 一念はアレクトの強い瞳を見る。すぐにそれが嘘や冗談ではないとわかると、一念も真剣な表情になった。

 短い間と言えど、一念とアレクトは兄弟のように、親友のように過ごしてきた。この期間で相手が本気かそうでないか位の判断はつくようになっていたのだ。


「……俺は、俺は何をすればいい?」

「……すまない」


 自分の役割こそ重責を担っているとすぐに判断した一念に、アレクトが申し訳なさそうに謝罪した。

 目を伏せ、過酷な状況に友を追いやる苦しみが、その表情を覆っている。


「いいよ、約束したろ?」

「そう……だったな……。これも『付属特典』か?」

「はははは、そんな話よく覚えてるな? 確か……『俺はミーナさんの護衛隊長ですから』……だっけか?」


 長いようで短い一年間。

 二人は一年前に約束した事を振り返っていた。


「死ぬかもしれないんだぞ?」

「この世界に着いた時に一度死んでると思えば気楽なもんだ」

「俺が利用するだけなのかもしれないぞ?」

「お給金ははずんでくれ」

「どれだけの期間になるか検討がつかん。最悪、元の世界に戻れなくなるかもしれない……」

「ちょっと長いホームスティだ。帰れるとわかったら、問題が解決してから帰るよ……」

「「…………」」


 かつて空の上での約束事が再びかわされる。

 くすりと笑った一念に、アレクトは「ふんっ」と息を吐いた。


「生意気になったが……変わらないな」

「親しみが込められてるって方が良い響きじゃないか?」

「ふん、お前なんて生意気で十分だっ」

「へいへい、生意気ですみませんねー。ダメクト陛下」

「その名前にももう免疫がついたっ。もう以前の私ではないぞっ」


 再び大きく息をまいてアレクトが言った。


「そんじゃ新しいやつ考えておくよ」

「ふん、のぞむところだ」

「……それで、俺はどうする?」

「規模が規模だ。一般兵の協力がなければイースティアは一瞬にて崩壊する。ミーナにはトレーディア代表として、聖王国に向かってもらっている。ジョージ王もそちらへ向かっているし、ギン王もそうだろう。他国への呼び掛けはバルトと房江殿に任せるとして、まず一念には、イースティアへの一般兵と物資の輸送と、イースティア国民の聖王国への移送をお願いしたい」

「数は?」

「ギブリグからは一万二千、トレーディアからは八千五百だ。物資の支援は主に聖王国から。戦争になればアグリカや西のウエスティン、北のスノウス、南のシーサウスから届くだろう」

「聖王国からは兵を運ばなくていいのか?」

「問題ない。聖王国とイースティアはそれほど離れていないからな。現在ウエスティンと聖王国で、聖王国内に仮設の住居を作っているそうだ。間も無く情報が国民にも入るだろうからその協力も見込めるだろう」

「ダストリーは?」

「北の地に魔の砂漠と遠く繋がる道があってな、その防衛に兵を回すしかないのだ。……出来るか?」

「昨日まで沢山睡眠とっちゃったからな。出来ないとは言えないな」

「そうか……ではすぐにギブリグへ向かってくれ。一万二千の兵と物資を、まずはイースティアへ!」

「了解だ!」


 一念は叫ぶようにそう言うと、ソファーからそのまま浮かび、アレクトの部屋のバルコニーへ出た。瞬間、空を鳴らす轟音と共に、一念は西の彼方まで消えて行った。

 時計の短針は四時を指し、西日が僅かに部屋に入る。

 一念が去った後の小さな風と共に運ばれてくる陽の匂い。その中で小さな身体を尚小さくさせたアレクトの拳が強く握られる。


「……感謝する」


 約束の日の最後の言葉。

 アレクトはボソリと呟き、その震える背中で一念の背中を見送った。



 ――ギブリグ――


 それから二十分程の時間が流れた。

 トレーディアの西、賭博国家ギブリグの城に着いた一念が、門番に声をかけていた。


「お、お疲れ様です、一念中将殿っ!」


 新兵と思われる若い門番が、緊張を全面に出して一念に挨拶をした。

 数回の合同演習や、既に何回も訪れている事もあり、兵の中でその顔を知らない者は逆に少ないだろう。


「お疲れ様です。ドラゴン大将(、、)はどこにいますか?」


 自分とは左程変わらない年齢の兵に対し丁寧に伺う。

 有事という際である。一念はその分を弁えて行動しているのだろう。


「は、中でお待ちになっております!」

「ありがとうございます」


 軽く頭を下げそこを抜ける。少し長い階段を数回の跳躍で上り、開いている城門を抜けると、そこにはドラゴン大将が姿勢を正して立っていた。

 その後方には背丈の高い屈強そうな兵が十数人控えている。どの面々も非常に鋭い目をしていた。


「お待ちしておりました一念殿!」

「「お待ちしておりました一念殿!」」


 額に手を添え敬礼する男達。その迫力に一念の身体もビリビリと刺激される。


「はは、凄い気合いですね……」

「は、我々はその為に鍛え続けてきました!」

「頼りにしてます。……他の兵はどこに?」

「北の平地にて物資と共に間も無く準備が整う予定であります!」

「ではそこに」

「「はっ!」」


 一糸乱れぬ統率を目の当たりにし、同盟国の心強さを再認識する一念。

 ドラゴンの案内により、一念は城の裏側から北へ向かって歩いた。彼はその道中、凄まじい号令や怒声が飛び交い、その緊迫さを身体でひしひしと感じていた。


 兵達が整列する北の平地まで着くと、その数に圧巻した。


「うっひゃー、これが一万二千人かー!」


 戦争中は気にする事はなかったが、改めて一望するとその数と圧力で身が引き締まる。


「いえ、まだ一万人程でしょう。飛竜の部隊が間も無く…………あれです。来ましたね」


 自分が歩いてきた方向から飛竜に跨った部隊、約二千人の兵が飛んで来る。


「彼等には遊撃部隊として動いてもらいますので、西の山にてギリギリまで訓練をしておりました」

「……頼もしいですね」

「皆一念殿と共に戦える事を喜んでおりました」

「ははは……皆さんに説明は?」

「各兵に行き届いております。尚、一念殿への魔法の付与に関しては私が務めさせて頂きます」


 右手を胸に置き、かしこまるドラゴンに一念が恐縮する。顔を上げた彼がニヤリと笑うと、一念はそれを受け取ってこくりと頷いた。

 余り接点がないながらも二人の間には信頼関係が生まれていた。

 ギブリグとの同盟の際、結果的には助けを借りずに戦争を終わらせた一念に、ドラゴンは多大な敬意を抱き、その力を目の当たりにした時、それは相手の年齢が関係なく尊敬へと変わった。

 聖王国との同盟の際、その尊敬は畏敬へと変わり、自身の(あるじ)であるジョージへの扱いや対応を目の当たりにした時、それは昇華され、固い信頼へと変わった。

 この一年でそれが磨かれ、そして光り、周囲の兵にもそれは影響を及ぼした。


「フィジカル・レインフォース……フィジカル・ブースト・マキシマムッ」

「ん……よし! ふんっ!」


 綺麗に整列した一万人が徐々に浮かび上がり、五百キロはある飛竜に乗った二千の部隊の身体も拘束される。己を持ち上げ、ドラゴンの視線の先にあった物資約千トン。

 合計三千トンに迫るその量は、一瞬一念の顔を歪めさせたが、空まで持ち上げた時、それは笑顔に変わった。


(少し重い……けど、なんとかなるか)


 地にいる時は乱れなかった兵達に動揺が走ったが、すぐにそれは歓喜の声に変わった。窮屈なれど、飛竜に跨らずにその身を大空に置く事は、この世界の人間にとって感動以外の何者でもなかった。


「一念殿、大丈夫でしょうかっ?」

「小休止を含め……十五時間ってとこですかね? 途中からは俺も魔法使いますよ」


 時間毎に魔法力減少の効果があるフィジカル・ブースト・マキシマムの効果と、それを使うドラゴンの魔法力残量を考慮し、一念は瞬時にフライト時間を算出した。

 流石にこの重量で一時間程で聖王国付近に着く事はかなり難しい事だった。


「では小休止場所から飛竜隊は自分達で来させましょう」

「あー、その方がいいかもしれないですね。うん、これで十時間ってとこだな! それじゃあ……行きますっ!!」


「「「おぉおおおおっ!!」」」


 西日が沈み始める空に雄々しい鬨の声が響く。兵達の身体に念道力(サイコキネシス)の障壁を作り、徐々に進むそのスピードが上がって行く。

 段々と上がるその速度に兵達も驚きを隠せない。飛竜の限界速度を越えた時、再びそれは喜びの声となり、音速とまではいかないが、亜音速を越えた時、兵達は一念一人の持つ戦力に戦慄した。


(いつ見ても凄まじい力だ。人類の守護神となり得るその力……陛下が欲しがる訳だな……)


 ジョージのお気に入りの一念の実力を唯一深く認識していたドラゴンでさえも、改めてその力に驚く。


(世界を……救う力……)

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