第五部 その十六
「シャアアアアッ!」
美菜が警戒していた魔族二匹が、強烈な威嚇を放つ。
並の兵であれば後ずさりでもしていまいそうな程の重圧。彼女はそれに耐え、機先を制するかのように前進した。
リッツが「へぇ」と呟くと同時に、その戦闘は始まった。
魔族は太い腕で美菜の剣を上段から受け止め、もう一体が美菜の上から飛びかかってくる。
美菜は瞬時にその動きを読みとり、魔族の腕の上で止まっていた剣をそのまま前へ滑らせた。まるで発射台のようになったその剣は、支点を使い飛びかかってくる魔族の胸元を貫いた。
刺さった剣に背を向け正面に向かって斬りおろす。胸部から頭頂部まで切り裂かれた魔族は絶命し、後方にいる怯んだ魔族の腹部を蹴って前方へ回避する。
「ヒュ~、やるねぇ」
前転して衝撃を逃がし、迫る敵に備える。
再び駆けだした魔族に対し、再度前進する美菜。正面からぶつかり合い、何度も剣と腕が衝突する。
(なるほどね。単純な戦闘であれば魔族と互角……いや、少し押す程度だな。ただ、戦闘は相手の隙を突いてなんぼだ。その隙をいかに突けるかで、戦闘の優劣が決まる。美菜ちゃんはそれを見つけるのにまだ慣れていないんだな。最初の狙いは良かったが、それ以降のプランをあまり考えられていない。探しだし、組み立て、そして実践する。経験がそれを成すってのがほとんどだが、見た感じそこまで経験があるって訳でもなさそうだ。荒削り……だけどしっかり光ってるじゃねぇか。ま、俺も人の事言えないけどな)
「美菜ちゃん、敵の攻撃を読むんじゃねぇ。敵の狙いを読むんだ!」
「ね、狙いっ?」
「魔族だって馬鹿じゃねぇ。直線的に見える攻撃でもかならずどこかにフェイクが入る。つまりそれは狙いじゃねぇって事だ! それをどんどん削っていけ! 大丈夫、美菜ちゃんならそれが出来るはずだ!」
簡潔なアドバイスが美菜の耳に届く。やきもきしていた戦闘の硬直状態に変化が訪れる。
目の前の敵で一杯一杯だった美菜の視界が徐々に広がっていく。
スピードでは勝っているはずの自分が攻めきれずにいた理由が、美菜の目を通して、身体を通して伝わっていく。
(そうか、この左はフェイク……狙いは右。稀に放つ噛みつきは牽制を兼ねていて、どれも威力を込めてるのは右……)
不規則な攻撃の中に確かに存在する規則性。それを身体に染み込ませながら防御力の割り振りを考える。
力を抜ける防御と抜けない防御……この力の配分が余裕を生む。
そう、その余裕の分だけ攻撃に回せるのだ。
簡単なようで難しいこの身体操作を、美菜は徐々に浸透させていった。いつでも魔族に止めを刺せる状態になっても美菜は攻撃をかわしつづけた。自らの糧とする為に。
その硬直に流石の魔族も焦れたのか、後方に下がって距離を取る。
「……ふぃー、結構疲れるわね」
「…………」
リッツは腕を組みながら動きを見守る。美菜の戦闘センスを測っているいるのだろう。
シグルドの指示であるパトロールがこの戦闘だけで終わりという訳ではない。この先戦うであろう複数体の魔族。これに美菜がどれだけ対抗出来るかを計算しているのだ。
仮に十体の魔族が現れた時、美菜にはどれだけ割り振れるだろうか?
自分はどれだけ抱える事になるのか?
許容範囲を超えたらどう逃げるか?
これを全て頭に入れて次回以降の戦闘に活かす。リッツは既にブレイブ副隊長の器に足る人材にまで成長していた。
「シャアアアア!」
焦れに焦れた魔族が一瞬飛びあがり地中へと潜航を始める。
「今っ!」
これを読んでいた美菜。
柔らかい砂の中に剣を思い切り突きたてる。
(お、こりゃぁ……)
「竜の太刀、轟っ!」
瞬間、砂の中に強烈な振動が走る。近くにいたリッツが飛びあがって回避をしている。
美菜も剣の上まで飛び乗っていた。
数秒後、周囲から殺気を感じなくなったと判断した美菜が再び地に足を下ろす。
「はははは、美菜ちゃんやるなら言ってくれよ~」
へらへらと笑いながらリッツが話しかける。
「あの体技を見てかわせないとは思わないですよ」
皮肉と称賛の言葉を混ぜて美菜が言った。
かわせる事を知っていてあえて放った一撃。当然リッツもそれはわかっていた。だからこそ笑いながら言えたのだろう。
そこらの一兵卒ではこうはいかないからだ。
国家の左官と大差ない美菜程の実力者が先程の剣技を放っていれば、五メートル程離れていたリッツでも瀕死とまではいかないがかなりのダメージを受けていただろう。
地中に放つ技であっても地上の者が被害を受ける。そんな技を美菜が放ったのは一瞬のうちにリッツを信頼した証とも言える。
―― イースティア城 訓練場 ――
イースティア城の東塔。
最も魔の砂漠に近い場所にイースティア軍の軍部が存在する。
一階最奥にある大訓練場では、精鋭と呼ばれる数百名のイースティア兵が絶えず訓練を行っていた。
当然、想定される敵は魔族。等身大の魔族の模型まで置かれた異様な空間は兵達の熱で終始大地が振動していた。
シグルドはバッツをここへ案内すると、一般兵の様子を見に西塔へ向かって行った。
バッツはゆっくりと歩きながら周囲を見学していると、一人の巨漢で精悍そうな男が話しかけてきた。
「バッツ殿でございますね?」
「えぇ、あなたは?」
「イースティア軍、対魔精鋭部隊、《ジャッカル》の元隊長、ジースと申します」
禿頭でバッツと然程年齢の変わらない男。
深々と下げた頭が上がるのを待ったバッツはジースに問いかける。
「元……と言いますと?」
「本日付けで副隊長となりましたが、隊長にバッツ殿……という事でしたら納得です」
一礼をして挨拶をしたジースに、周囲の兵も動きが止まる。
降格した隊長が礼に伏す。その意味からバッツが新隊長である事を認識したのだ。
そして興味を示したのだ。老齢に達するバッツという人物に。
自分達が命を預ける部隊の新隊長の器を見る。彼らにも自分達が精鋭だというプライドがある。生半可な実力の隊長になど従いたくはないのだ。
その思惟を読みとってか、ここでバッツが顎を触りながら改めてジースを見た。
(ふむ……なかなか……)
まるで品定め……という印象を与えてしまったのか、バッツのした行為は周囲の兵をどよめかせた。
ピクリと眉を動かしたのはジースだったが、バッツの意図を探る為かその場を見守っている。
周囲の喧騒は次第に大きくなり、バッツを非難する声まで出始めた。
精鋭とは言え、見れば若い兵ばかりだ。バッツの事を知っている兵も少ないだろう。
辺りに響く「帰れ」という声が集団となって耳に押し寄せた時、バッツの前に一人の兵が現れた。
「大戦の傑人バッツ殿……話は伺ってますよ。《話》はね?」
「……あなたは?」
「昨日までジャッカルの副隊長だったシュミナと申します。本日付で副隊長補佐という役職ではございますが、着任致しました。しかしながらその副隊長に対し侮蔑ともとれる行為をされて見逃せるはずもなく……是非ともバッツ殿のその武勇が嘘でないと証明して頂きたいと思います」
丁寧ながらもバッツを挑発するシュミナは、女とも男ともとれる中性的な顔立ちで、身体つきもどちらともとれない様相だった。
メイよりも赤く長い髪は首裏で纏められ、若いながらも鋭い目つきをしていた。
「シュミナ、失礼だ。控えていなさい」
「先に失礼を働いたのはバッツ殿です。それにこのままでは皆も納得しないでしょう?」
「……ぬぅ」
「ふむ……皆さんの実力も見たいのでちょうど良いですな。一番手はシュミナさん、という事で」
ピクリとシュミナが止まる。
「……それはどういう意味で?」
「先程シグルド殿から指示を頂きましてな」
「ほぉ?」
「全員叩き直せと」
ホッホッホと笑いながらバッツが剽軽に語る。
シュミナの耳に自身の何かが切れる音を聞いた時、戦闘が始まり、そして瞬時にその戦闘が終了した。
「…………なっ」
シュミナの首元に当てられる銀の短剣。
先程まで四メートルは離れていたバッツが、自分の後ろにいた。
「感情の昂りを計算しても初速が遅いですな。魔族を相手取るとなると五十体が限界でしょう」
ピタリと止む喧騒。先程とは打って変わり、静寂に包まれる訓練場に、ジースの拍手だけが響く。
「お見事です。シュミナ、お前の敵う相手ではない。剣から手を離すんだ」
「いえ、折角ですからもう一度やってみましょう」
「なっ!」
剣を引いたバッツが再び距離をとり、シュミナが驚く。
「驕りなく、油断なく彼女の実力を見ませんとな」
シュミナの性別を見抜いたバッツ。
しかしそんな事は意にも介さずシュミナが腰を落とす。
「良い構えですな。さあ、見せてください」
ニコリと笑ってシュミナの初動を待つ。
「なるほど……胸をお借りします……」
バッツの今までの演技をようやく見破ったシュミナは、本来の自分を取り戻した。
そう、バッツの狙いは隊の掌握にあった。この緊急時、それを行うには余りにも時間がない。
こういった事があまり好きではないバッツだが、戦時下における状況では仕方がない。
最も効率よく隊に溶け込む為に手荒な方法をとった。
ジースも途中から気付いたが、ここで気付くシュミナの洞察力もバッツは評価していた。
「参りますっ!」
と同時に繰り出される抜刀。
バッツ程ではないが一瞬で詰められた間合いに他の兵も目を見張る。
振り切った――そのはずの空間にバッツの身体があった。
「じょ、冗談だろ……」
そんな声が聞こえた。
精鋭の兵がかろうじて追えたシュミナの動き。
魔族五十体と渡り合える実力者の動きを追えた兵が、バッツの動きには反応出来なかった。
「続け……ますか?」
既にその計り知れない実力を理解したシュミナが聞く。
「えぇ、何しろ叩き直さなくてはいけませんから」
そう言ったバッツの顔は、やはり笑みで固められていた。




