第五部 その十五
―― 聖王国の東、イースティア国イースティア城 ――
要塞を思わせる強固な高い壁と、頑強そうな分厚い壁。
駆けだしのブレイブ新副隊長リッツは、それらを見て驚いている。
グリードのおかげで一日半で東の地まで来た美菜、リッツ、バッツは、シグルドとの待ち合わせ場所であるイースティア城まで訪れていた。
「ひぇー、流石にでかいなこりゃ。何で去年までは聖王国の属国だったのかわかんねぇよ」
「ギン王は……いや、イースティア国は過去の聖王達に幾度も助けられていますからな。致し方ない部分もあるのでしょうな」
バッツがイースティア国の事情を考えた説明をする。
「それに大戦の時イースティア城は一度崩壊していますからな。新たに建ったこの要塞を見るのは私も初めてです」
「へぇ……」
美菜は過去の出来事を聞いて再びイースティア城を見上げる。
おそらくこの城は二度と崩壊しない為に、対魔族用に作ったのだろうと推測する事が出来た。
「美菜ちゃんはどこの出身なんでぇ? 顔立ちからこっちの方かなと思ったんだが」
「あ、えっと……」
馴れ馴れしくも不快には感じないリッツの質問だったが、美菜はその答えを口ごもった。
変な人間だと思われない為の精神的防御なのだろう。それを察する事は出来なかったが、リッツはそれ以上の質問を避けた。
バッツはこの一年で大人になったリッツを見て感心する。
(こういった者に一定の地位を与えると、増長するかその地位の重さに責任感が出るとは言いますが、リッツは後者側でしたか。なるほど、これは成功でございますな、陛下)
「さあ、シグルド殿が待っているでしょう。入城しましょう」
「はい」
「ういっす」
城に入るとバッツ達はすぐに王の前に案内された。
イースティア城謁見の間では玉座の近くにシグルドがおり、その隣には老齢ながらも重厚な威圧感を放つ武人のような男、ギン王が腰掛けていた。
正面に跪く二人。それを見て美菜が慌てて跪く。
(これが大陸の英雄……勇者シグルドか。軍に入った頃、絵本の中だけの人物かと思ったが、なるほどなるほど……こりゃバケモンだな。ムサシの大将……いやそれ以上か。隣のギン王もとんでもないな。ディールのおっちゃん並の威圧感だぜ)
「儀礼の口上は構わぬ。楽にしてくれ」
「「はっ」」
二人が立ち上がりその姿勢を楽にさせた。
美菜も立ち上がりそれに倣った。
「久しいなバッツ殿」
「お久しぶりですなシグルド殿、それにギン王」
「うむ、静かなる風のバッツ殿が来てくれるとは、アレクト王には感謝しなくてはな」
(バッツ爺さんの現役時代、か。相当な手練れって聞いたけどあまり戦ってるところ見た事ねぇからな。けどルーネさんもムサシのおっちゃんもバッツ爺さんには謙ってるし……シグルドさんやギン王の反応を見ても陛下が任命するだけはあるよな)
「その者は?」
ギンがリッツを見て言った。
「若輩ながらにブレイブの副隊長を任された男でございます」
「トレーディアの国家特殊部隊ブレイブの副隊長リッツと申します。ディール元副隊長の推薦の下、陛下より賜りました。大戦の英雄、ギン王とシグルド隊長お会いでき光栄です!」
抱拳礼をもって挨拶するリッツ。
「ほぉ、ディールが……という事は、今はディールが隊長なのかね?」
「はっ。しかし臨時隊長職と言っておりました!」
「ふふふ、何を私を休ませる気はないらしいな。そうかブレイブの副隊長……ならば問題ないか。では早速任務だ。美菜、リッツを連れて城壁の外を歩いて来なさい。リッツの戦闘能力を学ぶと共に少しでも魔族の数を削って来なさい。大事の前だ、決して無理はしなくて良い。しかし今出来る事をすべきだ」
「はい、わかりました!」
「はっ!」
リッツと美菜がすぐにその場を去る。
魔族との戦闘経験のないリッツにその習性や戦闘能力、対策等を学ばせると共に、ほぼ同年齢のリッツを用いて美菜の戦力向上を計ったのだろう。
「……相変わらず抜け目がありませんな」
「若者の実力……少しでも向上させたい親心だと思ってくれ」
「若者……と言えば、トレーディアにはもう一人抜きん出た者がいただろう? 確か若くして中将になったミーナ殿の護衛隊長だとか? 少しでも戦力が欲しい現状だ。バッツ殿、その者の実力はどうなのだ?」
「……吉田一念殿の事ですな」
もはや一念の参戦は避けきれないと判断したバッツは、重そうな口を開いた。
「彼はそうですな……熱い心を持った青年ですな。少しシグルド殿に似ております」
「ほお、シグルド殿に……して、その実力は?」
「ムサシ殿とルーネ殿を相手に勝利出来る程……と言えばわかりやすいですかな」
「なんと、あの二人を相手にかっ!?」
ギンが驚愕する。それ程二人の知名度や武勇伝は各地に伝わっているのだ。
特にルーネの実力は大戦を共に経験したギンならば知らない訳がない。三大賢者のバルタザール、ルーネ、リエンの話は当時嫌という程耳にしたのだ。
バッツの話にシグルドも驚く。共に行動したルーネの実力は誰よりも知っているからだ。
「鍛錬を惜しまず、最近はムサシ、ディール両名に訓練を申し出ております。体術についても申し分ない段階まできているとの事でございます」
「なるほど、それは心強いな。一騎当千の人材が一人でも増えてくれた方がありがたい。もうしばらくすると聖王からも援軍が届くだろう。魔族が動くのが早いか、我々のが先か……」
「そうですな。バッツ殿、陛下に特将の地位を頂いたのだろう?」
「ええ、老齢ながら役に立つかはわかりませんが、是非ともお手伝いさせて頂きたい」
「ではギン殿?」
ギンがこくりと頷く。
「イースティア軍の精鋭をご紹介しよう。ついて来てくれ」
「かしこまりました」
「私は各国との連携の準備を行う。そちらは任せたぞシグルド殿」
「わかりました」
バッツとシグルドは一礼した後その場を離れた。
ギンが呟く。
「感謝するぞ……アレクト王……」
―― 魔の砂漠 ――
美菜とリッツは軽装ながら魔の砂漠を歩いていた。
パトロール、と言うには異様な場所であるが、その行為自体は間違いではない。
遠くにイースティアの高い城壁が見える程度だが、あくまでその日中に帰れる程度の距離だ。
リッツは腰の剣をいつでも抜けるような状態で周囲を警戒しながら歩く。しかしその足取りは軽く、不慣れなはずの砂漠をものともしていない。
彼の練度や体力を見て、美菜が感心する。
(面白い人。軽いように見えてそうじゃなくて、でも実際軽くて……)
「ん……美菜ちゃん気付いた?」
「え……え?」
「あの岩陰、それに向こうの地中にいるぜ」
「よ、よくわかりますね?」
「気配察知能力だけは隊長からも褒められるんだ。もう少し近寄れば美菜ちゃんでもわかるはずだ」
リッツの言うように、美菜がそこから五十メートル程歩いた時、その足が止まった。
「あ……」
「なるほどね、この距離か……。シグルド隊長が目にかけるだけはあるよな」
「あ、ありがとうございます」
「はははは、もっと気楽でいいさ。かたっ苦しいのは嫌いなんだ」
「はい……あ、えっと……うん」
ガハハと再び笑う。砂漠の真ん中でその声が響く。
そして、それがある意味リッツの狙いでもあった。
「ちょ、ちょっとリッツ……集まってきてるわ!」
「そーかいそーかい! そうでなくちゃ面白くねぇ!」
そう言ってリッツが剣を抜く。
周りの砂がもこもこと盛り上がり、リッツと美菜の周囲は四体の魔族に囲まれる。
「なるほど、魔族ねぇ。よく言ったものだわな」
初めて魔族の姿を見たリッツが、四体の魔族に殺気を放ちながら言った。
美菜の戦闘準備も整ったようだ。リッツ程ではないが、後方から殺気、というより生への気迫が溢れている。
そして前方にまた二体の魔族が現れた時、リッツが駆け出した。
「後ろの二体は任せたぜ、美菜ちゃん!」
「は、速いっ!?」
現れた二体の魔族の虚を突き、リッツは瞬時に剣を払って二つの首を刈った。
まさに美菜にとっては一閃という出来事だった。
任された二体を牽制しつつ、美菜はリッツの力強く流麗な剣に目を奪われた。
あっという間に倒れた四体の魔族の血を振り払い、剣を鞘に収めた。
「さて、見せてもらうぜ? 美菜ちゃん?」




