第五部 その十二
――トレーディア国 試合場――
午後から夕方にかけて、ムサシやディール達による対魔族の特殊部隊のメンバー選考が行われた。
そして夕刻、この試合場には火が灯され、ディールが手塩にかけて育てたブレイブのメンバーと、主だった顔ぶれが集結していた。
中央にはアレクト、ミーナ、バッツが控え、それを囲むようにムサシ、ディール、リッツ、ピピン、ラッセル、セドナ、ナビコフ、パティ、バディ、アッシュ、テルー等の歩兵部隊出身者の顔が多く見られた。
これは、おそらく魔法の耐性が強い魔族の特徴を考えてのメンバーだろう。
「ではディール、リッツ、前へ」
アレクトが中央にディールとリッツを呼び寄せる。バッツがリッツに木剣を手渡す。対するディールは無手で構えている。
「なんかいまいち実感湧かないっすねー」
「なに、今体内の気を調節している。……間も無くだ」
ディールがそう言うと、試合場の砂が舞い、ディールの元へ静かに降りかかる。
「陛下」
「うむ、始め!」
砂埃の中から聞こえたディールの声に反応し、アレクトの手が地に向かい下ろされる。
木剣を握るリッツの表情に緊張が走る、手に汗握り、腰を低く落としている。周りからも喧騒は消え、少しの沈黙が走ったその瞬間。
「シャァアアアアッ!」
砂埃の中からリッツに跳びかかってきたのは、眼が血走り、歯を剥き出しに見せるディールだった。
(おっさんっ!? あんた変わり過ぎだろ!?)
変身したディールは腕を振り上げリッツに向かい振り下ろす。木剣の腹でそれを受けたリッツは、その重さに顔をしかめる。
(なるほどね、この速度、この重さなら……下の奴等じゃちときついな)
すぐに平静を取り戻したリッツは、幾度かの変身ディールの攻撃を受けて見る。
「シャッ! シャッ! シャーッ!」
変則的なその動きに、最初は惑わされつつあったリッツだったが、すぐに対応し的確な受けをを見せる。
「ほぉ、しっかりと育ってるな」
「ディール殿のご指導の賜物でしょう」
「にしてもディールの模倣……魔族とはこういったものなのか?」
「無数の魔族と戦った私が言うのもなんですが……似過ぎてお腹を抱えてしまいそうですな」
アレクトの問いにバッツのブラックジョークが飛ぶ。
その言葉を拾ったのか、ムサシやピピン、ブレイブのメンバーからもクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「大事な訓練中だぞ、バッツ?」
「そうでございましたな。いや、大変よく似ていらっしゃる……」
またもバッツが笑いを誘うが、アレクトはこれ以上バッツを責めなかった。
今のバッツの言葉は、魔族を知らない者達へ向けての言葉だと理解したからである。
(右、右、左、上から右、足を少し出して噛み付き……足技は少なく、右手の攻撃に頼ってる感じだな。こりゃ魔族の癖って事か? だとしたらディールのおっさん、ただもんじゃねぇな……)
「シャッ! …………ぐぅうううう……」
「へ、終わり……か?」
ディールの動きが鈍くなり、叫び声にも威圧を感じなくなる。ディールの眼が次第に戻り、顔もいつもの仏頂面に戻っていった。
「……ん、お前は合格だ」
「うおっ、こっちの方が魔族っぽい! ぐぅっ、いってぇえええええっ!?」
咄嗟に漏れたリッツの本音を、ディールが拾わないはずもなく、瞬時に拳骨がリッツの頭を襲った。
同時に、ブレイブのメンバーに指を差して笑われ始めるリッツ。周りからの野次に反論するリッツだったが、その反論すらもディールの拳骨で止められ、また笑い者にされていた。
それを遠目で見守るアレクトはリッツの求心力を見て、呆れと感嘆の混じった息を漏らした。
「やれやれ、最近は見れていなかったが、あそこでしっかりとやれているようだな」
「流石お兄様のお気に入りですわね?」
「何とでも言っておけ……リッツ、木剣をよこせ!」
アレクトはリッツから木剣を受け取ると、ディールの前に立った。周囲にざわめきが広がり、ブレイブのメンバーからもアレクトを気遣う言葉が飛び交っている。
「まじっすか陛下っ? ディール隊長のあの様子じゃ手加減なんて出来ませんよっ!」
「馬鹿にするでないリッツ、私にそれ位の事がわからないとでも思っているのか?」
「お兄様……」
「いい機会だ……私の実力がどこまで魔族に通じるか確かめてみたい」
アレクトが剣を構えると、リッツは無言で周りの人垣まで後退した。アレクトの眼はそれ程真剣さを帯びていたのだ。
「陛下、化気化してしまいますと手加減は出来ませんが、よろしいですかな?」
「そうでなければ意味がない」
「……かしこまりました」
ディールはバッツやムサシにアイコンタクトをとろうとしたが、途中で思いとどまった。それに気付かぬアレクトではないし、そういった手段をとらなくても、この二人であれば割って入る事が可能だと判断したのだろう。
「では、参りますぞ」
そう言い終えると、ディールは目を伏せた。
ディールから大きく息を吸い込む音が聞こえ、腕が震える。その腕には血管が浮き出て、次第に膨張していく。それと共に腰が低くなると、ディールから聞こえていた吸気音は、大型獣が出す威嚇音に似ているような音になった。
アレクトの視界には、ディールの口元から涎のようなものが垂れるのが映っていた。その時――
「グルルルルッ」
「出たっ、何度見ても恐ろしいなおい……」
「リッツ、あなたは少し黙っていなさい。陛下の邪魔をしてはいけません」
「しかしセドナ中将、こういった喧騒の中で集中出来なきゃ、いざって時に使えねぇっすよ?」
リッツを諌めたセドナだったが、すでに歴戦の勇士という風格を持つリッツの言葉に反論は出来なかった。
「それにー、セドナ中将って一念を見つつ、陛下の方もチラチラ見てたりするって噂もー――ぐはっ」
リッツなりの気遣いなのか、小声でセドナの噂について語るが、それはセドナの肘鉄のトリガーとなってリッツに返っていった。
「陛下を気に掛けるのはこの国の兵として当然の事です。……始まりますよ」
セドナが試合開始を読みとった時、変身ディールが動き始めた。よろよろと進みながら徐々に速度を上げる。最速であろう速度に達した時、アレクトは木剣を上段に構えた。
「シャァアアアッ!」
「……王の太刀、流煙」
極限までの脱力感を演出したアレクトは、左右交互に出す変身ディールの拳打を木剣の腹で次々と捌いていく。周囲からは感嘆の声が上がり、心配そうに見ていたリッツもあんぐりと口を開けて見せた。
「おいおいおい、どうなってんだこりゃ」
「あれが、王族だけに伝わる剣技、《王の太刀》……だと思うわ。現存する王の中では……東のイースティア国のギン王のみしか使えないという話だったのだけれど、陛下が使えるとは……驚きね」
「捌いてるはずなのに、剣と拳の衝突音が全く聞こえない。って事は……気脱からの流舞に近い技術かぁ?」
「…………凄いわね、見ただけであの剣技の仕組みが分かるの?」
セドナは称賛の言葉をリッツに投げ、その理由を尋ねた。
「《気》に関する技術はディールのおっさんに粗方習ってますからね。もしかするとそうじゃないか? っていう程度の考察ですよ」
「…………」
沈黙をしてリッツを認めたセドナは、リッツの瞳に次世代のブレイブ隊長の姿を見た。この洞察力、先程の変身ディールを軽くあしらう体術、そのどれもが一念が現れる前のリッツには見ない実力だった。
一念を意識していたが故か、リッツの才能もまた開花し始めているのかもしれない。
「バッツ、お兄様はいつの間にこのような剣技を……?」
「そうですな、戦争が終わり、一念殿が平時でも無理をするようになってからですから……一年程ですかな」
「それでは一念に倣って、一念と同じような鍛錬を?」
「えぇ、公務が終わり、皆が寝静まる頃に行っておりました。元々才のあるお方でしたが、蔵書から見付けた秘伝から自らの手足で辿り着いたのでしょう」
「うふふ、お兄様も男の子って事ねっ」
ミーナは、兄の人知れない努力を、ミーナなりに讃えた。そしてバッツも微笑みながらアレクトを見つめていた。
(陛下、お強くなられましたな。しかし、一番眠かったのは……このバッツですぞ)
まだまだ若い賢王を、心の中で皮肉るバッツの心内は、誰も知る事はないのだろう。
「シャアッ!」
戦闘に動きが見られないと感じたか、変身ディールは後方へ跳返り、回転しながら地中へ潜り始めた。
「あのおっさん……マジで魔族なんじゃねぇか?」
「えぇ……そうかも――あっ!」
思わず同意してしまったセドナは、すぐに自分の失言を手で塞ぎ静止した。
「……貸しって事でいいすよ」
「大きな貸しが出来たわね……」
アレクトは地中に警戒する為に目を閉じた。足で感じる振動と地中を掘り進める音を頼りに息を一つ吐き、精神を集中させる。
不規則に聞こえていた鈍い音が一瞬止まった時、アレクトは前方へ跳び回避した。
ほぼ同時に地中より飛び出した変身ディールは、地中から集めたのか、人間の頭大程の岩をアレクトへ投げつけた。
「王の太刀、崩往」
アレクトの静かな一振りが岩を粉々にする。まるで砂のように崩れた岩は、風に乗りその場から消えていく。
再び辺りに感嘆の声が上がる。
「んー、速い剣撃ですねー」
「かなり特殊な打ち込みだな。ピピン殿は見えたかな?」
「えぇ、ギリギリですけど。ムサシさんの説明で答え合わせする予定です」
剽軽なピピンの様子に当てられたのか、ムサシがくすりと笑う。
「刹那の連撃……というところかな。柄先で一撃、間髪入れずに剣の面で素早く切り払っている。点と面の複合攻撃により、あれほどまでに岩が砕けたのだろう」
「いやーよかった、概ね正解でしたよ。あの技、ムサシさんなら出来るでしょう?」
「あそこまでに繊細な技なれば、習得までに数日かかるやもしれぬな」
「ハッハッハッハ、数日ですか。それは恐れ入りました。おや、ディールさんの動きも止まりましたね?」
複数回の打ち合いが続き、ディールは動きを止めた。リッツの時同様、アレクトも合格だと判断したという事がわかる。
拍手と称賛の声に包まれ、アレクトはミーナとバッツの元へ戻って行った。
「このように、仮想敵として魔族の行動パターンを指導する! 名乗りを上げ、私に挑戦するように!」
多数の挙手の元、ディールの厳しく優しい訓練が始まった。
「リッツ、セドナ中将は後程私の部屋に来るように!」
「ぬぉっ!?」
「ひゃいっ!?」
((じ、地獄耳……))




