第五部 その五
「農業国家アグリカ」
古から主に農作物による取引により大きくなった国家。
代々平和主義を掲げ、元首にはそれに相応しい「女性」が据えられる。
アグリカの国家特性に惹かれ、移住してくる者も少なくないが、それを妬ましく思っている国家も少なからず存在する。
各国家間の繋がりはあるが、あくまで農作物の取引相手であり、国の立場としては中立を貫いている。
――アグリカより北の地、国境沿いにある関所
簡素ではあるが木製の柵が国境一帯を覆っている。関所は石造だが、これも簡素な造りとなっている。
関所の木製の門には一人の番兵が立ち、窓から見える関所内にも一人、兵が待機している。
「なんとも平和的な関所だねぇ……」
一念が関所を見て、少なからずあった緊張を解いた。
「失礼致します! トレーディアの方とお見受けしますが?」
「あー、えーっと……何て言えば良いんですかね?」
番兵への受け答えに困った一念はルーネに助けを求める。
「左様、フーディア女王よりお招きに預かった三ヶ国間同盟大使とその連れ者だ」
「おぉっ、やはりそうでしたかっ! お話は伺っております。どうぞ、お通り下さい!」
「え、そんな簡単でいいの?」
関所の通過というありふれたイベントだが、あまりにも簡単に通行許可が出たので一念は少し拍子抜けした。
問題なく関所を抜け、アグリカまでの後少しの道を超低空飛行で再び進み始める。
番兵も驚きながらも姿勢を正し、それを見送った。
「軍服を見れば、ある程度の地位だという事はわかる。この時期にアグリカを訪れるトレーディアの地位のある者……となれば許可は出て然るべきだ」
「そんなもんですかねぇ」
「不審人物の入国は、ある程度しか防げませんからね」
「百%は無理って事か……」(そういや元の世界でも入国審査って結構ザルだったし……そんなものか)
「……不審者は関所を通らないですから」
「あははは、確かにそうだね」
一念は改めて遠方に見える木製の柵を見て、苦笑混じりにフロルに答えた。
「そういえば、一念は聖王国に入国した時、空からだったしな」
「そう言えば平時に国境やら関所に来るのは……初めてでした」
「うむ、ある程度はこういう状況にも慣れておくと良い。あらゆる状況に対応出来てこその将官だぞ」
「わかりました。……ところで後どれぐらいで――」
言いかけたところで一念が話を中断した。
遠目にアグリカの城と思われるものを発見したからである。
「巨大な樹に……城が併設されてるのか。すげぇ」
「うむ、あれこそアグリカの象徴「天樹」だ」
「上空からの遠目では、見た時「大きい木」位だったのに、ここから見ると全然ちがいますね!」
トロンがやや興奮気味に天樹を見上げる。
(樹の話はアレクトから聞いてたけど、本当に大きいな……。都庁くらいの高さはあるんじゃないか?)
「畑に色んな作物がありますねー。見た事もない作物もありますよ」
トロンが物珍しそうに整った畑を見回す。一念やフロルもそれに続き、一念がやや空中浮遊の速度を落とす。
「しっかりと整地して、等間隔に作物毎の畑を作っているのだ。相変わらず見事な技術だな。連作障害を受けない様な工夫もされている様だな」
「ん、どっかで聞いた事あるな?」
「確か地中に存在する作物への栄養素が足りなくなる事態の事ですよね?」
「うむ、流石トロンだな。無論、被害を受けない作物も存在するが、あくまで特殊な物だからな」
「……確かに、作物のない畑には特殊な魔法が施されてます」
「そう、それこそアグリカが農業国家と言われる所以なのだ」
ルーネがフロルを指差す。
そして一念に眠気が――――
「これ一念、話を聞きたまえ」
「くっ、ここに来てまで勉強するとはっ!」
「まぁ、そう言うな。この畑にかかっている魔法の力で、アグリカの作物の異常な生産量があるのだ」
「って事は、流れ的に他の国にはこの魔法というか……技術がないって事すか?」
「その通りだ」
「……聞いた事があります。天樹の恩恵だとか、その土地故とか色々な憶測があり、様々な議論がかわされたものだとか?」
「うむ。まぁ、実際に見てしまえば特殊な魔法だということがわかるだろう」
「わかりません!」
一念がルーネの発言に即答し、何かを思い出した様な表情をした。
「そういえば一念さんは回復魔法を修めてませんでしたね」
「そういえばそうだったな」
「回復魔法を使えないとわからないって事?」
「……そうです。大地の精霊を強く感じる事が出来るのは回復魔法をある程度修めてからなんです」
「そうか、俺が選んだのは補助と雷魔法だからな……。まぁ、仕方ないか」
「雷……そうだ。一念は何の為に雷魔法を選んだのだ?」
一念が選んだ魔法について、今更と思いながらもルーネが質問する。
「確か趣味がどうとか言っていたな?」
「あぁ――」
そう言いかけ、一念はスラックスのポケットに右手を入れた。そして、手の平サイズの四角い物を取り出した。
「「「……それは?」」」
3人がソレを見ながら一念に聞く。
「俺の世界の機械で……スマホっていうんだ」
「「「スマ……ホ?」」」
一念が取り出したソレは、一念がこの世界に来た時に持っていたスマートフォンだった。
「ようやく充電出来る様になったから…………はい、トロン!」
「は、はい!?」
「指を二本前に突き出して!」
「はい!」
「笑って!」
「へ!?」
「いいから笑う!」
「は……はは……」
一念がスマートフォンのカメラ機能を使い、「カシャッ」という音がその場を支配した。
「何だ今の音は?」
「ほれ、トロンのぎこちない笑顔が写ってるぞ?」
一念がトロンにスマートフォンの画面を見せ、フロルとルーネがトロンの顔に顔を寄せ、スマートフォンの画面を覗き込む。
「こ、これは……?」
「……本当にトロン様が写ってます」
「まるで鏡に移った自分の時間が止まってしまったみたいですっ!」
「これが……一念の世界の技術なのか……」
三者三様に驚き、一念は驚き方の違いを含めニヤニヤとしながら楽しんでいた。
「む、何だその顔は?」
「俺が凄い訳じゃないですけど、こういう反応はやっぱり面白いなーと思いました」
「……一念さん、これはこういった機能のカラクリなんですか?」
「いや、本当は遠くの人に電……話はわからないか。えーっと、遠くの人と話したり、遠くの人に手紙を送ったり出来る機械だな。この機能はその付属みたいなもんなんだ」
「これが付属の機能か……。ふむ、興味深いな」
「これだけでも凄いですっ!」
「ちなみに…………」
「「「?」」」
一念がスマートフォンを操作し、別の写真を表示し、再度皆に見せた。
「こ、これは!?」
「へ……陛下っ!?」
「……ぷっ」
フロルが笑いそうになったのも無理はない。
一念が三人に見せた写真には、筆を持ちピースをする一念と、猫髭を左右に三本黒く書かれ、瞼に大きな瞳を描かれながらもベッドで眠るアレクトの姿が写っていたのだった。
「なるほど……こういう使い方があるのか」
「貴重な情報を残したり、思い出を残したり、こういうネタを残したりと……色々ですね」
「一念さん……この指を二本前に出す格好は、どういった意味があるんですか?」
「えーっと俺の国では楽しさや喜びを表す時とかに使うポーズだな。ピースサインっていうんだけど、平和や反戦とかの意味もあるんだ。でも、国が違ったら違った意味になったり、卑下するような意味にもなっちゃうんだけど……ここで使うなら……「平和」って意味が一番良いんじゃないか?」
「平和……か」
「はい、良いですね!」
「……頑張ります」
「うん、そうだね。皆で頑張ろう!」
一念がそう言った時、一行はアグリカ城下町の正門に到達した。
――アグリカ城、煌びやかな装飾の施された部屋。
木製の豪華な椅子に座っていた女が、すっと立ちあがった。
それを見た左右の侍女二人が不思議そうな面持ちで女を見る。
「……女王陛下?」
「いかがされましたか?」
「皆さんご準備を……間もなくお客様がいらっしゃいます」
侍女二人はそれを解し、部屋の出入り口に立っていた侍女に目を送る。
その侍女は、一度頭を下げた後、静かに部屋を出て行った。
「では陛下、お召し物を」
「えぇ……うふふ」
「何やら良い事でも?」
「えぇ、とても楽しい事が起きそうなの」
――――イースティアの東、魔の砂漠のとある場所。
シグルドと美菜は東を目指し、前進していた。
この「魔の砂漠」では、砂漠特有の極端な日較差は無いが、砂に足をとられ、体力を奪われる事に変わりはない。
シグルドと美菜は平然と歩いていたが、時折美菜の歩行速度が遅くなる事がしばしば起こった。何度かシグルドが気に掛けたが、美菜は「大丈夫」と一点張りだった。
そして、ついに美菜とシグルドとの距離が極端に離れてしまい、シグルドは美菜の元へ歩み寄った。
「ふむ、やはり速いかな?」
「いえ、そうじゃないんですが……少し疲れたんでしょうか?」
「こういった場所では知らぬうちに体力が奪われたりするものだが……ここ最近の美菜の実力から鑑みるに、おそらくそれはないだろう」
「では、何故なんでしょう?」
「経験則でしか言えないが、不安や恐怖というのが正しいかもしれんな」
「不安や恐怖?」
シグルドの指摘に美菜が首を傾げる。
「砂漠……何もない場所でひたすら歩き続ける事から「目的地に辿りつけるのか?」、「どれくらい進んだのか?」等の不安が生まれてしまうものだ。そして決して明るいとは言えないその「答え」によって恐怖が生まれてしまうんだよ」
「そっか……知らないうちにプレッシャーみたいなのを感じてたのかー」
「ふふふふ、間もなく休憩出来る場所に着く。まずはこの地に慣れ、そして克服してみなさい」
「はい!」
「むっ――」
その時、シグルドが何かに気付き、腰に携えている剣を引き抜いた。
遅れて美菜が気付き、背中から剣を引き抜く。
「殺気……ですね」
「ようやく動いたか」
「え、ずっと近くにいたんですかっ?」
「さっき「確かにいる」と言っただろうに」
「ここまで近くとは思いませんでした」
「奴等はこの地に慣れているからな。岩陰や砂の中、隠れるのは造作もない事だ。……この数。おそらく魔族の準備が整ったのだろう」
「いきなり群れですね……」
美菜の顔に緊張が走る。先程シグルドが言った「群れでなければ」という言葉を思い出していた。
それを察したかの様にシグルドが美菜の肩に手を置く。
「案ずるな。美菜が戦うのは一体のみだ」
「え?」
不可解な顔をした美菜だったが、そのすぐ後に発されたシグルドの圧力により一瞬でそれを理解した。
「ふむ、始めるかな」




