第五部 その四
トレーディア国、正門前。
一念がアレクトから三ヶ国の王印が捺印された親書が入った黒い箱を受け取っている。
一念、フロル、トロン、ルーネを見送る為に、イリーナやリッツ等、主だった顔ぶれが見受けられる。
「いいか、くれぐれもフーディア殿に失礼のないようにな!」
「わかったわかった」
アレクトの頭をくしゃくしゃと撫で回し、調子の軽い声で一念が言う。
「お前絶対わかってないな!」
「フロルもトロンもルーネさんもいるんだから大丈夫だって。トレーディアのしっかり者を集めた様なパーティじゃない」
「肝心なお前がしっかりしてないのだ! 現に今日、一念が寝坊したからこんな時間になってしまったんだ!」
「はい、大変申し訳ございませんでした」
しっかりと頭を下げる一念にアレクトが一瞬たじろいだ。
「あ、謝れば良いというものではないんだからな! 毎度毎度お前は人騒がせなんだ。少しは私の苦労を知って欲しいものだな!
そもそもお前、夜遅くまで訓練を頑張るのは結構な事だが、一体何時に寝て――」
「それじゃあ皆行こうか」
「はいっ!」
「うむ!」
「……はい」
「だぁああ、人の話を聞けぇええっ!」
一念はアグリカへ向かうパーティに向けて念動力を発動した。
4人はフワリと浮き上がり、同時に念動力の障壁で覆われる。
「アグリカは……ここから南だったね」
「うむ、とりあえず南に飛んでくれ。ある程度飛べばそこから私が案内しよう」
(まったく、ルーネが道を知らなければどうやって向かうつもりだったのだっ)
アレクトは呆れながらも一念達に向けて手を振っていた。
「それじゃー、行って来ますっ!」
「「「行ってらっしゃーいっ!」」」
大きな歓声に見送られ、自然と一念達の顔が緩む。歓声が止まぬ内に、一念達の身体が南を向いた。
「よーい…………ド――」
掛け声と共に、一念達の姿は轟音と共に遥か南の彼方へ飛んで行った。
「まったく……いつもあいつはヒヤヒヤさせるな」
アレクトがボソッとそう呟いた。
トレーディア国境付近、上空。
一念の精神感応を使い、ルーネによるちょっとした勉強会が行われていた。
『――そう、先の大戦の時、アグリカは主に後方支援を行っていたのだ』
念動力に身を任せたルーネが目を瞑りながら説明を続ける。
『流石に相手が魔族だと言う事で、アグリカも人間という種を守る為立ち上がったのだ』
『でも、後方支援という事で他の国から糾弾されなかったんですか? その……兵を出さないのを怒ったりとか……』
『うむ、もちろんそれが懸念されたが……いや、懸念されたが故に、アグリカの民が義勇兵団を作ったのだ。義勇兵長の独断でな』
『……聞いたことがあります。とても小柄な男性だったとか?』
フロルが思い出した様に口にする。
『小柄な男性ねぇ……』
『一念、彼は今トレーディアにいるぞ?』
『え!?』
『だ、誰なんですかっ?』
『……小柄、男性、大戦は十数年前……まさかっ?』
『そう、フロルの考えは正しい。彼とは国家特殊部隊ブレイブの主要メンバー、「ピピン」だ』
『まじか、ピピンさんが……。でもだったら今回の同行メンバーに加えても良かったんじゃ?』
『そうはいかないのだ』
『『『え?』』』
ルーネが少し話しづらそうに続ける。
『義勇兵団を作ったが故アグリカへの糾弾は避けられたが、義勇兵団を作ったが故にピピンは国外追放となったのだ』
『そ、そんなっ! 国の為を思って行動したのに……あんまりですよっ』
『しかし、フーディア女王の判断は正しい』
『何でですかっ』
トロンはそう答えたが、やがて何かを察したかの様な表情になった。
『……ぁ』
『そう、そういった人物は危険なんだ。ピピンの行動如何で、逆に国が滅びる可能性がある。王のやり方に従わない者は切り捨てる。近くにいては危険……という事だ』
『へぇー、ピピンさんにそういう過去がねぇ……。そういえば、トレーディアにはどういった経緯で来たんですか?』
一念が場の空気を変える様に話を少しずらす。
『当時まだブレイブという組織は無かったが……シグルドの奴がな』
『シグルドさんがっ?』
『うむ』
『シグルドさんって、ブレイブの隊長の前は何やってた人なんすか?』
『当時は私、ディール、シグルドで魔王の討伐隊を組んでいた』
『……最強のパーティ』
一念とトロンがゴクリと唾を飲み込む。それを確認したかの様にルーネが話を続ける。
『シグルドが陛下に進言をして国外追放となったピピンを呼び寄せたのだ。これは戦争終結後の話だがな』
『ま、魔王ってどんな奴だったんですか?』
『……魔王を見た者は、そのパーティだけという話ですね』
『あれ、やっぱり皆知らないんだ?』
『シグルドが緘口令敷いたのだ。無論これは陛下に対しても一緒だな。知っているのは先代のトレーディア国王「ヨシュア」と我々、それに特定の人物のみだ』
『緘口令を敷かれていた事も知りませんでした……』
トロンが言ったちょっとした矛盾に一念が頭を捻った。
『シグルドが緘口令についても、出来るだけ黙っておく様にと言っていたのだ。そしてその秘密に触れたい者には、こう言えとも言っていた』
『『『?』』』
『「ディールに聞けば良い」』
『『……ぷっ、あははははははっ!』』
ルーネが発したシグルド発案のちょっとしたブラックジョークに、一念とトロンは脳内だけではなく噴き出して笑ってしまった。そして、顔を伏せながらもフロルが小刻みに震えていた。
『た、確かに、以前兄上に聞いた時もそう言われました』
『そりゃディールさん相手なら皆聞けねぇわ。……あれ、でも俺がアレクトに前魔王について聞いた時は「ルーネに聞いてみれば?」とか言われた様な……?』
『陛下は緘口令の事を知っているからな。陛下なりの気遣いだろう』
『信頼されてますね、一念さんっ!』
『ははは、ちょっと恥ずかしいな』
『…………あれは?』
フロルは遠くに見える、緑豊かな街並みを発見した。
『む、どうやらアグリカの国境付近まで付いた様だな』
『ういーっす。減速しますねー』
一念は念動力で飛行速度を調節し、徐々に減速を始めた。
――――――東の国「イースティア」の東門
軽装ながらも、しっかりと急所部分に金属の保護具を付けている兵が二名、東門出口を見張っていた。
「「お疲れ様です!」」
対峙する男の威圧感を前にして、二名の門番の顔にやや緊張が走る。
「話は聞いているかな? シグルドだ」
「はっ! 現在城壁近辺の見回りを行っております!」
「確認出来次第、誘導させて頂きます!」
「それには及ばんよ」
シグルドが門番にそう返答すると、門番二名が一瞬固まった後、互いに顔を見合わせた。
「美菜、こちらへ……」
「はい?」
美菜と呼ばれた女は、不思議な様子を顔に浮かべながら、シグルドの側まで寄って行った。
「失礼するよっ」
「なっ――ひゃあああぁっ!?」
シグルドは美菜を抱きかかえ、瞬時に東門の最頂部まで跳び上がり、そして東門の外へ飛び降りた。
「ぁあああ――きゃんっ!!」
「……ふむ、中々久しぶりだな」
「いたたたた……」(三、四十メートルはあったわよ!?)
「大丈夫かね?」
「大丈夫な様に運んで欲しいものですっ」
「ふふふふ、すまなかったな」
「もうっ」
少し拗ねた表情の美菜を見て、シグルドの表情が緩む。
しかし、その顔は長続きしなかった。
「……シグルドさん?」
「視界の範囲内では確認出来ないが……確かにいるな」
「ま、魔族ですか?」
「大丈夫、今の美菜ならば、落ち着いて対処すればさしたる脅威ではない」
「本当ですか!」
「群れていなければな」
シグルドの言葉に怯んだ様子を見せた美菜だが、すぐに落ち着いた様子で周囲の状況の確認を始めた。
シグルドは少し感心した様子で、美菜の動きを見守った。
(ふむ、良い後任に育ちつつあるかもしれんな)
「シグルドさん」
「なんだね?」
「砂熱っていう病気、本当に大丈夫なんですか?」
「うむ、先程飲んだ薬で三十日間は大丈夫だ。イースティアでは砂熱への対処が進んでいるからな。事前に飲む事で予防出来る様になっている。イースティアの国民は無償でこの薬を入手出来るが、他国ではやや高値で取引されているのだ」
「あんな苦い薬、初めて飲みましたよ……」
「良薬は口に苦しというやつだな」
「例えじゃなく、まんまじゃないですかそれ」
「ふふふふ。……さて、そろそろ向かうとするかね」
「はぁーい」
シグルドと美菜はそう言った後、イースティアの更に東……「魔の砂漠」へと歩を進めた。
牛歩更新ですが、ご容赦ください。




