第四部 その十四
――トレーディア軍側後方。
第二歩兵部隊が窮地に陥っていた。聖王国軍聖騎士団、大魔道兵団が二手に分かれ、第二歩兵部隊、第二魔法兵団に襲いかかっていた。
既に第一歩兵部隊は退避を終え、その回復を待っていたが、聖王国軍の侵攻が想像以上に早く、第二歩兵部隊は孤立無援の状態であった。
第二歩兵部隊隊長のパティ大佐は必死に耐え、救援を待った。
「ぎゃぁ!」
「パ、パティ大……佐」
「密集だ! 密集隊形をとれ!!」
(誰でもいい、誰かっ!!)
第二歩兵部隊副隊長テルー中佐は、パティの後方に一際大きい密集隊形を作った。
もはやその隊形を崩されれば、第二歩兵部隊は壊滅という事態である。
「はっ! 誰か! 援護がいる者はいないか!」
「こ、こちらをっ……ぎゃっ!」
「っ!」
「テルー中佐後ろですっ!」
「くっ! ……だぁ!」
「かっ……」
「はぁ、はぁ……ぐぅ」
(げ、限界だ……一念さんっ……)
その時、空から轟音が鳴り響き、その轟音は後方へと飛んで行った。と、共にテルーの上空から大きな影が舞い下がって来た。
「やれやれ、先に行ったのに追いつかれてしまいましたな」
大きな影から一人の男が飛び降り、降下中に一言叫んだ。
「グリード、あなたは城へお帰りなさい!」
「グゥウァアア!」
攻めている聖王国軍は一瞬男に時を奪われ、着地した場所をテルーの側と認識した時、再度攻撃を始めた。
「バッツ大佐!」
「テルー、胸を張り顎を引いて、呼吸を整えなさい。状況を把握し、冷静に動けてこその将です」
「は、はい!」
「少し時間を稼ぎましょう。ゆっくりと後方へ下がりなさい」
「「「はっ!!」」」
第二歩兵部隊の返事がまだ響く中、バッツは一人前方にいるパティの元へ駆け始めた。
「な!?」
「ぎゃ」
「っ」
「……」
「……?」
バッツの姿が消え、驚いた聖王国軍だったが、消えた事に驚いた兵達は声を出す間もなく倒れていった。
「なんだ、何がおこっている!?」
「冷静に状況判断です」
「なっ? ……ぁ……」
一人、また一人と倒れる仲間達を見た聖王国軍は、見えない敵を恐れ、次第に混乱へと変わった。
「パティ、退路を開きました。テルー中佐と共に後退しなさい」
「はっ!」
パティとバッツは同階級である。しかし、バッツに対してはムサシ、ディール、そしてあのルーネまでもが敬意を払う。
それは人格者、人間、そして何より、日々の弛まぬ鍛練により生み出された肉体への敬意である。
パティは見えない姿を捉えた訳ではないが、バッツの声により即座に自分の成すべき行動を選択した。
バッツはパティが後退する前に一瞬だけ止まり、パティに囁いた。
「一念殿がお戻りになりましたよ」
「……っ!!」
パティの表情が一瞬で崩れた。しかし、バッツからの指示は冷静だった。
「まずは成すべき事を成しなさい」
「……はぃ」
パティは涙を流しながら戦った。視界はぶれ、周りの声はほとんど届かなかった。
しかし、パティはその中で誰より強く、誰よりも生きようという気力に満ち溢れていた。
(一念さんっ、一念さんっ! ……一念さんっ!!)
「やれやれ、まだまだ若いですねぇ……」
「いたぞ! あそこだっ!!」
「「「おぉおお!!」」」
「さて、一念殿が来るまで時間を稼ぎますかね」
そう言うとバッツは再び静かに駆け始めた……。
――駆けつけた一念により、窮地を救われたアイリン率いる第一魔法兵団遊撃部隊は一念の後方に隊列を作った。
一念の姿を見て、目に涙が溜まっているアイリンは、一念に指示を求めた。直属の上官は無論セドナであるが、この場は一念の邪魔をしたくないというアイリンの判断だった。
「一念様、ご命令をっ!」
「ここで待機! 皆の治療を最優先! 極力戦闘を避けてくれっ!」
「はっ!」
「ナビコフさん!」
「はっ!」
「あなたが一番早く回復して下さい!」
「しかし、私より傷の深い兵が……」
「ナビコフさんが回復すれば、ここの守りは安心できます!」
「はっ!」
ナビコフは瞬時に一念の言っている意味を理解した。
一念はナビコフに「最優先で回復し、ここの盾となれ」と指示していたのである。
ナビコフがここを守れば、負傷している兵が生き残る確率が高くなるのだ。一念は結果的にそちらの方が有益と判断したのだった。
(やはりこの方はっ……)
「よし!」
一念は念動力で固まっている前方の聖合魔兵達に対し、催眠を発動した。
その場で崩れる様に倒れた聖合魔兵達は、静かに寝息を立てていた。
「おーし! やるぞー!!」
自分に気合を入れる様に一念は声を上げた。
「フィジカル・レインフォース……」
一念は切れかけていた補助魔法に上書きを施す。青白い光が一念を包んだ。
そして、一念は静かに目を閉じた。
一念はこの約二ヶ月で覚えたトレーディアの兵の全員の顔を思い浮かべる。額に汗を流し、その様子は真剣そのものである。
精神感応の複数回線の発動……。
「よし!」
『皆、聞こえるか!?』
『こ、これは』
『一念か!?』
『一念さん!』
様々な声が聞こえた。側にいるナビコフの声、遠方で戦うムサシの声、後方に退避してくるパティの声、その他一般兵に至るまでの声が全員に届いた。
『皆、時間がない! よく聞いて!』
『……』
一念の声で全ての兵が一念の声に耳を傾けた。緊急事態である事を全員がわかっていたのだ。そして、一念の力を知っていたのだ。この窮地を脱せる力を。
『必ず助けます! 今一番被害が大きい場所を教えて下さい!』
『……』
『今一番危ないのは第二魔法兵団でしょう。第一歩兵部隊の残存兵と第二歩兵部隊の残存兵は後方へ向かわせました』
『ありがとう! バッツさん!』
一念はこの世界ではありえない、いや、現代の地球の最先端以上の情報能力を発動していた。
「ナビコフさん!」
「はっ!」
「どっち!?」
「あちらでございますっ!」
ナビコフが一念の指示により、第二魔法兵団の所在の方向を指差す。
「っしゃ!」
轟音と共に一念がナビコフの前から姿を消す。
瞬時に第二魔法兵団の元へ着いた一念は、第二魔法兵団の崩れている陣形を空から視認し、第二魔法兵団に襲い掛かっている聖王国聖騎士団と大魔道兵団を念動力により持ち上げた。
その数およそ五千人。
「な、なんだ!?」
「身体がっ!」
「ひぃ、なんで!?」
「「「きゃぁあ!!」」」
「なっ!?」
『助けにきたよ、ラッセルさん! バディさん!』
『一念君!』
『准将殿!』
兵の重さは約八十キロ。
国営超常現象研究所で行った実験で、一念が動かした最大重量は二十五トンである。
しかし、それが最大という訳ではない。
実験結果で超能力の力の最大量は、一念の肉体能力に依存していると判明している。
このアンアースに来て、地獄の訓練をし跳ね上がった一念の総合体力と、魔法による補助効果により、一念は数百トンの重量であれば難なく動かす事が可能となっていた。
五千人の兵が百キロであっても五百トン。
一念は余裕の表情で聖王国聖騎士団、大魔道兵団を持ち上げ、一まとめにした。と、同時に催眠の発動。
ラッセル、バディ含む第二魔法兵団は、口を開け空を見ている。危険はない。周りには既に敵がいなかったのだ。
「す、すごい……」
「うちの准将は……とんでもないな……」
寝息を立て始めた敵兵を、一念は重ならない様にゆっくりと下ろした。
『おっしゃ! 次!』
『そうですな、次は私ですかな。お助けを、一念殿』
命の危機など全く感じさせないバッツの声だったが、一念はすぐさま行動した。
バッツの居場所は知っている。戦場に向かうバッツとグリードを音速で回収し、パティの元(一念はそこにパティがいるとは知らなかった)まで運び、バッツとグリードを落としたのは他ならない一念だったからだ。
一念は轟音を起こしバッツの元へ駆けた。
その間、一念はラッセルとバディに指示を出した。
『ラッセルさん、バディさん、後方の守りをお願いします!』
『任せろ!』
『はっ!』
バッツのいる上空まで着いた一念は、先程同様、トレーディア兵以外の兵を念動力により持ち上げた。その数およそ六千。
『バッツさん、残っている人を引き連れて後方へ!』
『承知しました』
『回復魔法を使える人は、敵味方問わず回復をお願いします! 大丈夫、一日は眠ったままです!』
『准将殿、敵兵も……ですか?』
交信で質問を投じたのはバディだった。
一念はその質問に対し、やや怒気を込めて返答した。
『当然だ!! 聖王国兵にも家族がいる!!
その家族を悲しませる様な事をする奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるっ!!!』
『……っ!』
『『『『…………』』』』
全ての兵が沈黙した。一念が怒った事に対してではない。
一念の計り知れない壮大な考えに対して感嘆したのだ。
そして、それから次々と仲間が声を上げた。
『セドナ及び第一魔法兵団、了解だ』
『ラッセル及び第二魔法兵団、了解だ』
『ナビコフ及び第一歩兵部隊、了解であります!』
『パティ及び第二歩兵部隊、承知しました!』
『こちらムサシ、さっさと来い! このままじゃ殺してしまう!』
『こちらルーネ、かわし続けるというのも困難だ。助けてくれ、愛弟子っ』
『バッツです。只今賭博国家ギブリグの、ドラゴン中将率いる飛竜部隊がこちらに向かっているのを視認致しました。
ドラゴン殿には敵兵の回収をお願いさせて頂きます』
『よし、お願いします! ムサシさん、ルーネさん! 今すぐ向かいます!!』
『そこから真っ直ぐ西にムサシ殿とルーネ殿がいるでしょう』
『はい!』
『『待ってるぞ、愛弟子!!』』
ムサシ、ルーネが一念に声を掛けた時には、一念は既にルーネの上空にいた。
『もう来てます、ルーネさん!』
『まったく、ムードの欠片もないな…』
グラハイムは上空の異常に気付いていた。
遠くに視認した巨大な人の塊は、嫌でも目に入っていた。
そして、それを起こした張本人が今真上にいる人物であると確信していた。
「……なるほど。飛行魔法ですか。
愛弟子さんですかな?」
「どうだ、イイ男だろう?」
「聖王国から見たら嫌な男になりますな」
「ふむ、そうかもしれないな」
「先程からそちらの攻撃が止んでましたな」
「愛弟子の頼みだ。断れまい」
「ほぉ、何故ですか」
その時、一念がゆっくり降りてきた。
「ルーネさん!」
「一念。ここはもう大丈夫だ。それはこのグラハイムもわかっている」
グラハイム。その名を聞いて一念は驚いた。
「あなたがグラハイムさんですか!」
「左様でございます。准将殿」
「アレクトもバルトもあなたの事をベタ褒めしてましたよ!」
グラハイムがピクリと反応した。主を呼び捨てにする一念に。そして、三年間姿を見せない自分の主の話を出し、尚且つ呼び捨てにする一念に。
「失礼ですが、陛下とは一体どういう?」
「リエンに閉じこめられたバルトの寝室で、あなたの話を沢山聞きました」
一念はグラハイムの質問には答えなかったが、グラハイムはその答えでほぼ全てを理解した。あとはその話の証拠だけだった。
「……なるほど。その飛行魔法であればあの寝室に侵入するのは可能ですな。
ところで、陛下の寝巻きはどの様な物でしたかな?」
一念もグラハイムがその証拠を求めている事を察していた。一念は苦笑した様子でグラハイムの質問に答えた。
「青と白のストライプ。けどあのパンツはないよね。
すね毛ぼうぼうでしたよ、あいつ!」
「……ふふふ、なるほど。
ルーネ殿、これはイイ男ですな」
「同意して頂いて光栄だ」
「え? なんの事っすか!?」
「一念君は気にしなくていい」
「「それより」」
ルーネとグラハイムの声が重なった時、一念を含めた三人が最後の戦場に目を向けた。
「終わらせるぞ、一念君」
「一念殿。私も行こう」
「わかりました。二人共、すぐだけど舌噛まないでね!」
一念が念動力を発動し、二人を持ち上げた。
「なるほど。少し窮屈ですが、これは素晴らしい」
「行きます!」
――グラハイムの上空に一念がいた頃、リディアーナはオーダイムの回復にあたり、ライネルがムサシに捨て身の攻撃を繰り返していた。
しかし、ムサシはそれを涼しい顔でいなし続けていた。
「はぁはぁはぁ、はぁ……何故だ!? 何故攻撃をしない!!」
「部下からの命令があってな、お前を殺してはいけないそうだ」
「はぁ……はぁ、ぶ、部下からだと!?」
「少し休憩をしないか?」
「ふざけるな!」
「ふざけてない。こちらは大真面目だ」
「それはこちらも同じ事だっ!!」
「やれやれ……」
ムサシはそう言って刀を鞘に納めた。




