第四部 その十三
ウエスティン国軍、飛竜騎士団団長スプリガルド中将は混乱していた。
ある一定の範囲の部下が全員固まっている。そう、まるで石の様に。
その表情は苦悶の一言だった。身体を動かそうとしても動かない……そんな表情だった。
全ては空に浮かぶ黒いマントの青年が現れてからだった。
(なんだ……何が起こっているっ!?)
空ではバッツが一念に話しかけていた。
「一念殿、私はグリードと共に先に向かいます」
「はい、すぐ追いつきますから!」
「承知しました」
一念は自身の念動力により、浮かんでいるバッツをグリードの背に乗せた。
「グリード、今から俺の魔法を解くからな。
落ちたらすぐに羽を羽ばたかせるんだ。出来るな?」
「グゥウウウウ!!」
「頼みましたよ、グリード」
「グゥルウウウ!!」
一念はグリードとバッツの念動力を解き、グリードが一瞬落下する。
一念とバッツの言いつけ通り、すぐに羽ばたき始めたグリードは、大きな声をあげトレーディア国境まで駆けて行った。
「グゥァアアアア!!!!」
それを見送った一念は、下へ向き直り、両手を開き地面に向かい突き出した。
「さてと…………むん!!」
一念の念動力で固定していた飛竜騎士団が徐々に宙に浮かび始める。
「なっ!?」
「「「「な、何だっ!?」」」」
「うあぁあああああ!!」
「ひぃっ!!」
「や、やめっ」
約八百人の兵と約八百頭の飛竜が浮き上がり、宙でゆっくり一つに固められた。
下にいるスプリガルドが驚愕し、まるで念動力で固定されてるかのように動かない。
「な、なんだあれは……」
一念の目が光り、八百人の兵と飛竜の意識に潜り込む。
催眠の発動。
一念の目から光がフッと消えると、浮かびあがった約八百人の兵と、約八百頭の飛竜はゆっくりと目を瞑り、すぅすぅと寝息を立て始めた。
「おし!」
味方であるリッツ、ピピンも、この状況にはさすがに驚いていた。
「はは、あれは卑怯だな……」
「全く、とんでもない准将もいたもんだ……」
後方にいるトロンの目が輝き、トロンの護衛役の二人は口がポカーンと開いていた。
「アハハッ、やっぱり一念さんはすごいやっ!!!」
「「……すげぇ」」
最前線にいるディールは、敵を薙ぎ倒しながらも、その口には、確かに笑みがこぼれていた。
(フッ、一念には何かと期待をしてしまうな……。
帰ったら少し揉んでやるか……)
一念は、およそ千六百もの集団をゆっくりと遠方に運ぶ。
それを、最初にブレイブが潜んでいた茂みの中まで運ぶと、ゆっくりと降ろしていった…。
「っしゃああ! お掃除完了だ!!」
それを確認したディールが大声で叫んだ。
「一念っ!!!!」
「は、はいっ!!!!」
まだ訓練の名残があるのか、一念はディールの声により、宙で姿勢を正した。
それを懐かしみ、口尻をあげるディールだったが、すぐにそれを戻し、一念に指示を出す。
「ここはもう構わん! バッツ殿の後を追い、トレーディア軍を助けろ!!」
「で、でも!」
「口答えするなっ!」
「は、はいっ!」
「師を信用しろっ!」
「……はい!」
師に大きな返事をした一念は、下にいるリッツとトロンを見た。
「リッツ!! トロン!!」
「おぅ!!」
「はいっ!!」
「……死ぬなよ!!」
「ばーか!!」
「お気をつけて!!」
「皆っ!!!!」
「「「「はっ!!!!」」」」
「気張れよっ!!!!」
一念が、そう声を掛けた時、兵全員の士気が最高潮に達した。
「「「「「「おぉおおおおお!!!!!!」」」」」」
その返事に送られながら、一念は数キロ先のトレーディア国境を目指し、轟音と共に消えて行った。
この時、リッツも、トロンも、ピピンも、ディールも、そしてブレイブのメンバーも……。
もはや誰にも負ける気がしなかった。一念の声には、その「力」があった。
そして、ピピンが呟く。
「あれは良い将になる。いや、既に……か」
弟子の帰還により、不思議と気力が充実したディールは、身体から力が湧きあがってくるのを感じた。
(これは……シグルドと一緒にいた時に感じた……。
……なるほど。あいつに似ているのか)
「ふふふ、ふっはっはっはっはっはっ!!!」
その声を聞き、ブレイブメンバー全員が仰天している。
((((ディール少将が笑った……だと!?))))
その笑い声には味方に対する士気向上と、敵に対する士気低下が孕んでいた。
「フィジカル・レインフォース……。
フィジカル・ブースト・マキシマム……」
青白い光がディールを包み込む。
「悪いが、本気を出させてもらう……」
スプリガルドは戦慄した。そう、彼は嘘を言わない。そして、その闘気がそれが嘘で無い事を物語っていた。
――トレーディア国境付近。トレーディア軍側。
遂に聖合魔第一・第二師団が第二歩兵部隊の囲みを破り、第一歩兵部隊含む第一魔法兵団に襲いかかった。
第二魔法兵団はその真後ろから迫る聖王国軍聖騎士団と、大魔道兵団の遠隔攻撃により足を封じられていた。
第二魔法兵団団長ラッセル少将が第一魔法兵団に向かい声を張る。
「セドナッ!!!」
その声がセドナに届く前に、セドナは既に魔法の詠唱を始めていた。
「猛々しく燃え上がる炎神アグニよ、我に力を与え、全てを消し去る灼熱の大火となりて彼の者を蹂躙せよ……。
……伏せなさいっ!!!」
セドナの掛け声により、シルフィー率いる第一魔法兵団の前衛は、すぐさま地に身を伏せた。
味方が安全だと確認したセドナは、火系統の大魔法を発動する。
「焰神!!」
セドナより放たれた、触れる者全てを焼き尽くす炎は、前方数十メートルにわたり聖合魔兵の焼死体を並べた。
しかし、その攻撃をかわした者、あるいは、レジスト・ファイアを使い防いだ者が多数おり、その敵兵達は怯む事なく、第一歩兵部隊の回復作業に当たっている、第一魔法兵団遊撃部隊に狙いを定めた。
セドナは大声をあげ彼女達に注意を促す。
「アイリン!! メイ!!」
「「っ!」」
「シルフィー!」
「はい!」
「ここはいい! アイリン達のフォローだっ!!!」
「はっ!!」
セドナの声に逸早く気付いたのは、治療を受けている第一歩兵部隊隊長ナビコフだった。
続いて、遊撃部隊隊長のアイリン、メイが後ろを振り返る。
治療の終わっていないナビコフが立ち上がり、彼女達の前へと進んで行った。
「ナビコフ大佐!! やめてください、傷がっ!!!」
「フッ、このナビコフ、この程度の傷では死にはしないっ!」
ナビコフの声には力が無かった。それはアイリン、メイ、大きな傷により伏しているアッシュにもわかる程だった。
(ぬぅ、ここが死地となるか……。まぁ、それも仕方ない……)
――聖王国軍大魔道兵団が、トレーディア軍第二魔法兵団の足止めにかかった時、第二歩兵兵団の前方にいるムサシの元へリディアーナ大将が到着した。
半接近戦を行い、ムサシの足止めをしていたオーダイムの息が切れかかり、ようやくムサシが反撃に出るというところだった。
「オーダイム、下がって!!」
「おぉ! リディアーナ!!」
オーダイムは同期であるリディアーナに、感謝の意を込めた返事をする。
「猛々しく燃え上がる炎神アグニよ、我に力を与え、全てを消し去る灼熱の大火となりて彼の者を蹂躙せよ……」
ムサシは「リディアーナ」の名前を聞き、即座に構えを解いた。
ムサシの身体は自然体になり、身体のどこにも力が入っていない状態となった。かいていた汗は引き、やや乱れていた息は正常に戻っていた。
「焰神っ!!」
リディアーナが爆炎の炎を放ち、その炎の中にムサシは消えていった…。
「おぉおお!!」
「リディアーナ大将がムサシを討ち取ったぞぉおお!!!」
「「「「おぉおおお!!!!」」」」
「リディアーナ!!」
オーダイムがリディアーナに駆け寄り、明るい表情を灯した。
しかし、リディアーナの表情がそれに釣られる事はなかった。
「……リディアーナ?」
(不意をついたとはいえ、ムサシがこうも簡単に倒れるのか?)
その時一瞬の寒気がリディアーナを襲った。自分に向けられている微かな殺気に気付いたのである。
「これは……。なっ、上だっ!!!」
「なっ、馬鹿なっ!? どうやって焰神をかわしたのだ!!」
「新陰流……転」
豆粒程の大きさになる程跳び上がっていたムサシは、降下しながら次なる構えをとった。
刀を二振り鞘に納め、左の腰元の柄に右手を添えた。
かつて一念に一矢報いた技である。
「横一文字っ!!!」
見えない斬撃がリディアーナに向かい飛んでゆく。
「リディアーナァッ!!!」
歴戦の勘からか、本能からかリディアーナの危機を察したオーダイムは、リディアーナの正面に立った。
リディアーナの盾となったオーダイムの背中に、ムサシの斬撃が届く。
「がぁっ!!!」
「オーダイムッ!!!」
「……し、死ぬなよ……リディアー、ナ」
「オーダイムッ!! オーダイムッ!!!」
オーダイムの身体を揺さぶるリディアーナだったが、オーダイムからの返事はなかった。
「くっ、今、回復魔法をっ!!」
「させると思うか?」
着地を終えたムサシは、着地と同時にリディアーナの元へ跳躍していた。
リディアーナは自身の持つミリオンワイズを盾とし、ムサシの強烈な斬撃を受ける。
「きゃぁっ!!」
斬撃を受けたミリオンワイズは折れ、リディアーナは後方へとふき飛ばされた。
ムサシはリディアーナに追い討ちをかけるべく、即座に跳躍をした。
――その少し前、ルーネと戦うグラハイム、ライネルの両名はルーネの底力に圧倒されていた。
「はぁ……はぁ……はぁ、ば、馬鹿な!!」
「馬鹿は酷いな。これでも私は賢者と呼ばれている」
「はぁ、はぁ……ふっ、安い挑発ですな」
「フフッ、ばれたか……」
「しかしおかしいですな……先程までは私の方が速かったはずですが……」
「ちょっとした補助魔法を使っただけだ」
「補助魔法だとっ? 先程フィジカル・レインフォースは使用していたはずだっ」
「この状況ではフィジカル・ブーストも使えぬはず……」
「ふん、この世にはお前達の知らない魔法がまだある……という事だ」
「まさかっ! ……新魔法っ!?」
「ふっ、精霊が教えてくれるものだけが魔法じゃない」
「ふっふっふっふ、馬鹿にしてくれますなぁ。
流石、賢者ルーネ。我が国の賢者とは格が違う」
「あんな爺なんかと一緒にしないで頂き感謝する」
その時、戦場の右側から轟音の後に歓声が聞こえた。
グラハイムは瞬時に状況を解し、ライネルに指示を出した。
「ライネル、ここはいい。このままではリディアーナが死ぬ。
急げっ!」
「はっ!!」
ライネルはグラハイムに口答えする事なく、すぐにリディアーナの元へ走った。
「素直じゃないか……」
「あいつの口癖だ」
「?」
「私の言う事に間違いはない。だそうだ」
「フフ、可愛い弟子だな」
「えぇ、ここで死なすのが惜しいもので……」
「ほぉ……死ぬ気だな、グラハイム?」
「出来ればそれは御免被りたいが、今回は相手が悪すぎる……」
「胸を貸してやるぞ、グラハイム……」
「それは有り難い。では、その豊満な胸に飛び込ませてもらいます」
「口が減らないな」
「それはお互い様でしょう……」
「……」
「……」
「……来い!!」
「応っ!!!」
――ムサシはリディアーナに追い討ちをかけるべく、即座に跳躍をした。
そして、リディアーナに対し剣を振った時、駆けつけたライネルがその剣を弾いた。
「っ!!」
「ライネル殿っ!」
「はぁ、はぁ……久しぶりだな……ムサシ」
「ふん、大将の座に胡坐をかいていたな、ライネル?」
「フッフッフ、そんな事はないと言いたいところだが、今実感しているよ。怠ったっ……」
「変わったな。昔のお前なら、そんな非は認めなかった」
「それはお互い様だ。随分と優しい眼になったな?」
「守る者がいるだけ強くなれるのだ」
「答えになってないな」
「ライネル殿! オーダイムが!!」
「わかっている。ここは私に任せ、オーダイムの治療を!!」
「はい!!」
「今日は左目だけじゃ済まないぞ?」
「……その時はその時だっ!!」
――第一歩兵部隊の負傷者達と、第一魔法兵団遊撃部隊に危機が迫る。
傷ついた身体ながらも迫る敵兵を薙ぎ倒すナビコフ。
「ぬぅぅうううっはぁあああ!!!」
「ぎゃっ!」
「うあっ!」
「はぁ……はぁ……はぁ、ぬぅっ」
ナビコフの制空圏を潜り抜け多数の敵兵がアイリン達に襲い掛かる。
「きゃぁっ!!!」
死を前に目を瞑ったアイリンだったが、彼女に降りかかる災いは、一人の青年の手によって防がれた。
ゆっくりと目を開いたアイリンは、自身がその背中に幾度も憧れた記憶を呼び起こした。
「っ!!! い、いち……いち、ねん様っ」
「ふぅううう。行き過ぎたけど、アイリンが助かって良かったぁ……」
ナビコフ、アイリン、メイ、フローラ、アッシュ、少し離れてセドナ、救援に走るシルフィーがその名を叫んだ。
「一念殿!」
「「「一念様!!」」」
「「一念さん!!」」
「一念君!」
「ただいま、今戻ったよっ!」




