第一部 その二
「いたか!?」
「いえ、まだです! しかし、けもの道に、木々や草を薙ぎ倒し進んだ様な痕跡を発見しました。今、別働隊が追跡中です!」
西洋風の銀色の甲冑を着た兵士がそう答えると、上官と思しき兵士がニヤリと笑う。
「それだ! よし、我々も追うぞ!!」
「はっ!」
「やつめ、小癪な真似を……」
上官が立ち上がり、甲冑がカシャンと音を出した。
その音が合図かの様に、部下であろう三名も立ち上がった。
「行くぞ! 続けぇ!!」
「「「はっ!!!」」」
緑溢れる森、鳥の囀りが美しい音楽の様に聞こえる。
森の中心に鏡を思わせるような美しい湖があり、その傍らには、自然が作り出した草のベッドが生い茂っている。その草の上に一人の青年が仰向けになり倒れていた。
超能力者一念であった。
湖に生息する水色の鱗を纏った美しい魚が、水上へ飛び跳ねて水中に落ちていく。
チャポン。という音と共に、水しぶきが一念の顔に飛んできた。
頬に当たった水滴が徐々に下っていった。
「……ん……うぅ」
一念が眼を薄く開くと、眩しい太陽の光が差し込んでくる。
「……あれ……俺は?」
状況を整理し、意識を失う前の記憶を思い出す。
「そうだっ!」
ガバッと上体を起こし、自分がどうなったのかを確認する為、周りを見渡す。
一念の左側には直径百メートルはあろう、美しい湖。その周囲には一面の森。空は青空で、頭上には太陽が燦々と降り注いでいる。
「ここは一体……」
鳥の鳴き声や虫の羽音、魚が飛び跳ねる音、風が森を揺らす音等様々な音が聞こえるが、周囲に人気はない。
意を決し、大声で周囲に呼び掛けてみようとしたその時――
「……れかー!」
「ん? 今のは?」
誰かの声が聞こえた。
「誰かー! きゃぁっ!」
女性の声だった。しかもその後に聞こえたのは……。
「悲鳴!?」
すぐさま悲鳴の聞こえる方へ走り出す一念。生い茂る木々を避けつつ、声だけを頼りに走り続けた。
「誰か! 助けてっ!」
いよいよ声の主が近くにいると察した時、一念は少し開けた道に出た。そして、一人の女性がその道の奥から走って来る。
女性を認識した一念は、大きな声で女性に呼び掛けた。
「おぉーい! 大丈夫かー!?」
女性は走りながら項垂れていた顔を上げ、一念に近づきながら叫んだ。
「お願い、助けてっ!!」
すぐ後方には銀色の甲冑を着けた兵士が、西洋風の両刃の剣を携えながら追いかけている。
「は!? 撮影!?」
眼の前にある、現代では信じられない状況を打破すべく、一念はある方法をとった。
逃げて来る女性を含めた集団に意識を集中し、耳を……いや、心を澄ませた。
「精神感応」
遠方にいる相手に思考を飛ばしたり、相手の思考を読むことが出来る。
一念は葛城達による様々に実験により、受信・発信共に半径三十キロ程の領域内にいて、相手の顔さえわかれば精神感応を使う事が出来る。
葛城曰く「超能力が認知されている世の中なら携帯電話いらずだな」だそうだ。
今回の場合は、一念が女性と兵士達の思考だけを受信した。精神感応を応用した読心術である。
『殺す!!』
『殺される!!!』
「なっ!?」
強烈な受信により、「撮影なんかじゃない」と悟った一念は、すぐさま臨戦態勢となる。
額に汗を流し、必死で走っている女性の元へ瞬間移動した一念は、女性の肩に触れ、元の位置まで瞬間移動した。
一時的に兵士達と距離をとった一念は、瞬間移動により頭が混乱している女性へ問いかけた。
「大丈夫ですか? あ、えぇと、言葉わかる? あーゆーおーけー?」
「……あ? え? あ、はいっ! 大丈夫です!」
ブロンドの美しい髪をした女性に対して、中学生レベルの英語で改めて聞きなおした一念だが、意外にも流暢な日本語が返ってきた。
突如眼の前から消え、瞬時に別の場所に移動していた一念達を見て、兵士達も困惑していたが、上官であろう兵士が一念に対し刃を向け怒鳴りながら問いかけてくる。
「貴様、何者だ!!!」
「うわっ、映画やアニメ以外で初めて聞いたよそのセリフ……。
そうきたらこう返す!! ……俺は、通りすがりの正義の味方だ!!」
意外なノリで返す一念に対し、上官は声を更に荒げる。
「ふざけるな糞ガキがぁっっ! やってしまえっ!!!」
「「「はっ!!」」」
部下と思われる六人の兵士が、剣を構え十五メートル程離れた一念と対峙する。
一人だけ剣を鞘に納めてる兵士が、右手を前に出し何やらブツブツと唱え始めた。
「あれは……詠唱っ!?」
ブロンドの女性が聞きなれない言葉を発した時、兵士の前に突如バスケットボール程の大きさの火の玉が現れた。
兵士がニヤリと笑い、口を開いた。
「ファイアーボール!!!」
兵士が叫ぶと同時に、火の玉が一念に向かって物凄い勢いで飛んできた。
「へ!?」
「避けてっ!」
女性の声に反応し、瞬間移動をした一念は、間一髪で火の球を避ける事が出来た。
火の玉が轟音と共に木にぶつかり、木の幹の半分程まで抉りめり込んだ。
木の堅さにより、ようやく勢いを失った火の玉は、その熱によって徐々に木を燃やし始めた。
「ちょ、超能力…?」
またもや瞬間移動に驚く女性と兵士だったが、突発的状況に柔軟な兵士達が己を奮い立たせ、声を上げて襲いかかって来た。
「くっ!」
『仕方ない。やるしかない!』と考えた一念は右手を開き、正面に突き出した。
「……ハァッ!」
一念が意識を集中し、心を研ぎ澄ませた。
最初に異変を感じたのは上官と女性だった。始めの位置から動かずにいて、一念へ駆けて行った六人の兵士達を遠目から見る事が出来たからだ。
一念との距離が縮まらず、大地を踏みしめる感触のなくなった兵士達が、自分の身に起きている摩訶不思議な状態に、度肝を抜かれた。
上官と一念の傍にいる女性も、言葉を失っていた。
一念に向っていた六人の兵士が宙に浮き、ゆっくりと上下左右に回り始めたのである。
「念動力」
念力ともいい、意思の力で物体を動かす事が出来る。
一念が動かせる総重量は未だに計測不能である。実験の時の最終計測は最大量を積載したダンプ一台分…およそ二十五トンである。
「なっ!?」
ようやく声を上げたのは上官だった。
一念が上官に顔を向け右手を払った。
「暴力は何も生まない…………よっ!!」
兵士六人が塊となり上官に向かって飛んでゆく。
「馬鹿なっ!?」
「「「うわぁあああああああああっっ!!」」」
兵士達の悲鳴が聞こえ、上官が回避行動に移る前に、兵士達の塊が上官の元へたどり着き、甲冑同士が当たる金属音を大音量で発した。
「がっ……!?」
上官が吹き飛ばされ、力尽きたのを確認すると、一念はすぐに燃えている木々の方へ顔を向けた。
一念は少し考えた後ニコッと笑い、女性の側まで歩いて行った。
「え……? あの……」
「ちょっとごめんね」
緊急時以外で女性の肩に触れる為、一念は先に謝罪したのだった。
肩に触れ、瞬間移動を連続で発動しながら、先程の湖まで避難した。
湖まで来て、女性に「ちょっとココで待ってて」と言うと、湖に向かい念動力を発動した。
湖の中央部から細い水柱が上がり始め、徐々にその水柱が太く厚くなって、宙に集まっていく。
徐々に球体になり始める水の塊。
「こんなもんかな……」
一念がそう言うと、水の塊は完全な球体となった。
一念は右手を開き空にかかげた状態になり、車数台分になろう大きさの水の塊を宙を移動させながら「同時」に瞬間移動をし始めた。
超能力の複合技能。
サユリの言っていた「訓練」とはコレに該当するのだろう。
先程まで兵士達と対峙していた場所に辿り着いた一念は、上官と六人の兵士達がまだノビているのを確認した後、燃え上がる数本の木々に水の塊を「ゆっくり」と当てた。木の全体をなぞる様に水の塊を移動させ、一本一本確実に鎮火していく。木が煙を発し、徐々に治まっていく。水の塊が半分程の大きさになった時、火の手は完全に消えていた。
「……ふぅ。後はこれを……よっ!」
残った水の塊を空高く舞い上げ、見えるか見えないかまで上がった時――
「ハァッ!」
水の塊は平面に大きく拡がり、パァッと音を立て、飛散した。
飛散した水は小さな水滴となり、雨の様に辺りに降り注いだ。
「これでよし……っと」
一念は鎮火した木々から目を離し、ピクリとも動かない兵士達を再度確認した。
「まさか……死んでないよな……」
最悪の初体験を迎えない為に、一念は眼鏡をはずし透視のレベルを高めた。
一念の眼には甲冑が透け、中の衣服が見え、次第に肌、内臓が映っていった。
確かに動く心臓を人数分確認した一念は、踵を返して湖へと戻った。
一念が湖に着き、女性の所在を確認する為辺りを見渡す。
女性は、一念が仰向けに倒れていた草のベッドの上に腰掛けていた。
湖の傍らに吹く風によって美しいブロンドが靡く。その美しい後ろ姿を見た一念は、思わず見とれてしまい、言葉を失った。
女性が人の気配を察したのか振り返り、一念に気付いた。
「あ……えっと、おまたせ」
不意をつかれた一念は、ややたじろいでしまった。
「助けて頂き、本当にありがとうございます」
深く頭を下げた女性に対し、一念が慌てて返す。
「あ、いえ、こちらこそありがとうございます!」
不覚だった。「何に対してのお礼なんだ!?」と、自分でツッコミを入れた。
あの美しい「一枚絵」に対するお礼なのだろうが、彼女はソレを知るはずがない。
同じ様に頭を下げた一念を見て、女性が「クスクス」と笑う。
「面白い方ですね。お礼にお礼を返すなんて」
「あ、いやその……あ! 僕は一念っていいます。その、貴女は?」
「あ、遅れて申し訳ありません。私、イリーナと申します。とある事情により彼等に命を狙われていました。一念様には本当に感謝しております」
話題の転換としては最適の質問といえただろう。自己紹介をし、相手の名前を聞いた一念は、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「命を……って、一体何でそんな事に?」
一念が質問をすると、イリーナが一念の頬を見て――
「その前に……」
一念の頬に手を触れるイリーナ。頬には傷があり、一念がその事に気付く。
「いっ、……あぁ、悲鳴を聞いて走った時、木の枝で切ったのか……」
イリーナが一念の頬から数センチほど離れた空間に手を置き、眼を閉じる。
「母なる大地の精霊よ、大いなる風の精霊よ、息吹と成りて彼の者の傷を癒したまえ……ヒール」
イリーナが不可解な詠唱を終えると、淡い緑色の光がイリーナの身体を包み、その光が一念の傷へと流れていく。
傷口に光が到達すると、傷口に光が飲み込まれると共に、頬の傷がみるみる塞がっていった。
「こ、これは!?」
驚きを隠せない一念が傷の塞がった頬を撫でる。
「傷が……ない?」
イリーナがニコリと笑っている。
ある合点がいった様に一念が声を上げる。
「もしかして君も超能力者!?」
「超能……力?」
キョトンとした顔をするイリーナが自分が行った行為について説明する。
「私が使ったのは魔法です。精霊の力を借りて一念様の傷を治しました。一念様もお持ちの力かと思われますが?」
今度は一念がキョトンとする番だった。
「魔……法……?」
聞き慣れつつも聞き慣れない言葉が頭の中を駆け巡る。
確かに一念も特殊な存在だが、「魔法」というのは映画やアニメ、ゲームの中だけの物と信じていた。
「落ち着け俺……」
小声で自分に言い聞かせ、頭を整理する。
(ここはどこだ? ……わからない。黒い穴に吸い込まれてその後どうなった? ……わからない。気がつくとこの湖の横で倒れてた。イリーナが襲われていた。精神感応でイリーナと、西洋風の銀色の甲冑の兵士達の思考を読んだ……。……銀色の甲冑? 撮影でもない限り、そんな物を着て人を殺そうとするなんて……現代の地球では考えられない。……って事は)
一念はいつの間にかイリーナに背を向けてしゃがみこんでいた。
頭を抱える一念は顔だけをイリーナに向け――
「今は何年……だっけ?」
一念が苦肉の策として出したのは年号の確認。
またもやキョトンとしているイリーナだったが――
「はい、聖王暦2014年です」
笑顔で答えるイリーナに「?」を浮かべる一念。
「タイムスリップをしてしまった!?」と考えた一念は頭の中で「聖王暦」という単語を検索した。
(聖王暦ぃ!? そもそもそんな時代あったのか!?
くそぉ、もっと歴史を勉強しておけば良かった! 俺の頭の中には西暦と紀元前って単語しか出てこないぞ!!
エジプトの王朝何年とかか? よくわからん! ……んー、これしかないか?)
「えーっと、ここは地球? だよね?」
地球でこの質問をしたら頭のおかしい人間だと思われるだろうが、状況が状況なので一念はなりふり構っていられなかった。
「え? えーっと……ここは魔法世界アンアースですけど?」
一瞬空気が凍りつく(一念の周りだけ)。
一念は再度、精神感応を使ってイリーナの思考を読み取ろうとしたが、イリーナの表情から嘘が読み取れなかった為、それ以上の詮索は諦めた。
そして……。
「イリーナさん……少し耳を塞いでくれますか?」
「え? あ、はい!」
魔法を見て、イリーナの服装を見て、甲冑の兵士を見て、双方の思考を読み取って、兵士達の殺気を感じて…一念は悟った…。
ここは―
「す〜……
異世界来ちゃったぁああああああああ!!!!!」
ボケた様だったが、叫ばずにはいられなかった。
叫ばなければやっていられなかった。
異世界が一念に何を与えるのか?
超能力者が異世界に何を与えるのか?
魔法とは?アンアースとは?
―― 超能力者一念と魔法世界が今交わる ――




