第三部 その九
「トレーディア軍」
トレーディアの軍には様々な部隊がある。
「歩兵部隊」……主に剣を扱う兵で統合された部隊。第一歩兵部隊にナビコフ大佐、第二歩兵部隊にパティ大佐を隊長に置き、その二つを統括するのがムサシ統括将軍(中将)である。
「魔法兵団」……主に魔法を扱う兵で統合された部隊。第一魔法兵団にセドナ少将、第二魔法兵団にラッセル少将を団長に置き、その二つを統括するのがルーネ統括団長(中将)である。
「特殊警備隊」……ムサシの指揮下にあるトレーディアの警備隊。隊長にリッツ少佐、副隊長にトロン中尉を置いている。先に説明をしたが、稀にアレクト王から直接命令が下る事もある。
「ミーナ護衛隊」……ミーナの指揮下にあるミーナの護衛隊。隊長に吉田一念准将、副隊長にイリーナ中尉を置いている。
「特殊部隊ブレイブ」……軍とは完全に別の独立する部隊。隊長にシグルド大将、副隊長にディール少将を置いている。剣、魔法、体術共に優れた技能を持つ選ばれた精鋭部隊。警備隊では手に負えない案件を担当する。
「王親衛隊」……軍とは完全に別の独立する部隊。隊長にバッツ大佐、隊員にレミリア中佐、ジャンヌ中佐を置いている。三人という少数部隊だが、ミーナが選んだ王の親衛隊であり、時には教育係も務める。
一念は、先程までパティが座っていた席にルーネの着席を促し、対面に腰掛けた。
「すみません。お呼び立てしてしまい……」
「いや、構わないさ。今日の仕事は全て終わっていたし」
「……そうですか」
「それで、夜這いでないとするなら、何の用かな?」
「……なっ! まったくっ! ……えっと、単刀直入に言います。俺に……「魔法」を教えてもらえませんか?」
ルーネはニヤッと笑い、まるで一念がソレを言う事を予め知っているかの様だった。
対して一念も、ルーネがそれほど驚かないという事を知っているかの様だった。
「やはりあれは「魔法」ではないのだな?」
「やはり気付いてましたか……」
「なに、知り合いに似た様な能力の持ち主がいるだけだ」
「それは……バルタザールさん……ですか?」
「……ほぉ」
一念の推測に驚いたルーネだったが、顔には出さなかった。
「その通りだ……しかし何故判った?」
「リッツに魔法の説明を受けた時、バルタザールさんの使う魔法について聞きました。「風」・「土」・「時空」・「幻惑」・「守護」……。
ここからは推測ですけど、風で人を持ち上げ、土を掘り起こし、空間を跳躍し、人を眠らせ、攻撃を障壁の様なモノで弾く……。
全て僕にも出来る事でした。それに――」
「それに?」
「初めてルーネさんに精神感応を送った時、あまり驚かれてなかったので……」
「なるほど。いや、素晴らしい洞察力だ。まさしくその通り」
「半信半疑だったんですけどね……先程「バルタザール」の名前を出した時、ルーネさんの顔で確信に変わりましたよ」
そう肩を浮かせて言う一念にルーネは小気味よく笑った……。
「フフ、隠したつもりだったんだがな……。一念君、本当に君は面白い」
「それでバルタザールさんは?」
「……バルは死んだよ。胸の病だった」
「そう、ですか……」
「因みにバルの能力の事は私しか知らない。大戦でも表向きに戦ったのは私とリエンで、バルは影の行動に徹したからな」
「どうしてですか?」
「今の君に少し似ている……。被害を最小限に抑えようとあちこちを飛び回っていた」
「でも、バルタザールさんがどんな魔法を使うか伝わっているのは?」
「あの五種類の魔法については、私が吹聴して回ったのだ。リエンも興味を持ったが、大戦後バルはすぐに人里離れた場所に行ってしまったからな……」
「……そうだったんですか」
「さて、お望みの魔法だが、バルもそれを望んだが、彼にはその才がなかった」
「……その「才」っていうのはどうすればわかるんでしょうか?」
「ズバリ、精霊の声を聞けるかだ」
「精霊……」
「このアンアースには古より精霊がいる。その声が聞ければ魔法を使う事は造作もない」
「それは――
一念が言いかけるとルーネは立ち上がり、窓の外を指差した。
「一念君、私をあの木まで連れて行ってくれないか?」
「は、はい」
一念も立ち上がり、ルーネの手を取ると窓の外にある木を視認し瞬間移動を発動した。
「ここに座りなさい」
「……はい」
一念は第二兵舎横にある芝生の中にある、一本の木の根元に腰を下ろした。
「精霊はどこにでもいる。特にこんな木の側には大地の精霊が沢山漂い、寄り添っている。」
「…………」
「一念君、目を閉じて心で聞け。精霊の囁きが聴こえなければ、その才はない!」
一念は心静かに、ありのままの自分を木に委ねた……。
風の囁き、木のせせらぎ、木の脈動、土の脈動…。次第に一念の身体には、初日にミーナが放った淡い緑色の光を帯び、一念の周りを緩やかに回り始めた。
《……ン……ニ……コンニチ……コンニチワ……コンニチワ》
「……っ……」
「見事な対話だ……」
一念はいつの間にか目から涙を零し、いつの間にか涙は消えていた……。
《アソボ……アソボ……》
「もう結構だ一念」
「…………ぷはぁ!」
「素晴らしかったぞ一念君! 君は良い魔術師になれるっ」
「はぁ…はぁ…ありがとうございますぅ……う……?」
「一念君? 一念君っ!?」
一念の意識はそこで途絶えた。
ルーネはクスッと笑うと、一念の身体を軽々と持ち上げ、ゆっくり運んで行った…。
一念の罵詈雑言により心が折れそうになったアレクトは――
(くそぅっ! 賢王と呼ばれるこの私がよりにもよって「駄王」だと!? しかもあいつ私を呼び捨てにしおったっ!! ……むぅ……けしからん、まったくけしからん!!)
「バッツ、レミリア、ジャンヌ!!」
アレクトがそう呼び掛けると、アレクトの部屋の扉から、左頬に十字の傷がある黒髪短髪で中背の男が現れた。
「バッツはここに……」
寝台の天井裏からは金髪ツインテールの背の低い女性が現れた。
「レミリアはここに……」
バルコニーの影からは黒髪ショートヘアーの女性が現れた。
「ジャンヌはここに……」
「お前達、私の窮地に何故助けなかった!!」
「はっ、扉前に現れたのが、陛下が心許していらっしゃる一念准将だったので、お通ししました」
「はっ、部屋に現れたのが、陛下が心許していらっしゃる一念准将だったので、刃を納めました」
「はっ、部屋に現れたのが、陛下が心許していらっしゃる一念准将だったので、様子を伺いました」
「違う! 私が正座させられている時も、宙に浮いている時も、何故助けなかったのかと聞いている!」
「話を聞いていたこのレミリア……一念殿のお怒りは御尤もかと……」
「話を聞いていたこのジャンヌ……陛下の罪は明白かと……」
「双方の話を聞いたこのバッツ……反省なされませ。陛下」
「ぬぅううううう…………」
未だ憤りの収まらないアレクトを見て、バッツは笑みをこぼす。
「良い友人を持たれましたな。陛下」
アレクトは少し顔を赤らめバッツに反論した。
「フン! あ、あれは悪友だ!!」
そう言うアレクトに対し三人の口尻が緩やかに上がると、扉からノック音が響いた。
「誰だ?」
「セドナ少将であります」
「入りなさい」
アレクトがセドナに入室を許可すると、レミリア、ジャンヌは、既に自分の持ち場に戻っていた。
セドナが部屋に入ると、代わってバッツが部屋を退出した。アレクトは左手前にある応接用の机にセドナを案内し、腰かける様指示した。
「……なにかあったのですか?」
「……何がだ?」
「バッツ大佐がこの部屋に入る事は珍しいもので」
「あぁ、それはだな……まぁ良いではないか! 些細な事だ!」
「……はぁ」
「して、どうした?」
「先程の「金策」についてですが、軽く計算しましたが、今月は平時の三倍が限度です。
兵の「野良仕事」についてですが、一般兵を「訓練」の名目で民間取引の護衛に回します。以前に試験的に行ったものが適度の数字を残していますし、契約期間中の衣食住は契約者の責任となるので、大兵舎の経費削減にも繋がるかと存じます」
「うむ……」
「そして、大体の兵に通達し、許可をもらったのがコレです」
「これは?」
「兵の給料の三割削減を今月から行います」
「ほぉ、思い切ったな……」
「食事に関しても食堂の料理を一種類とし、余計な経費を減らす手はずは整えました」
「やはり人選に間違いはなかったなっ」
アレクトがニッと笑ったが、セドナの面持ちはそれに釣られる事はなかった。
「どうした?」
「これで、増強に伴う経費の半分に届くか……という所です」
「なるほど……」
「今申告したものに関しては確定でも宜しいでしょうか?」
「うむ。構わん」
「では、別で考えられる案を模索してみます」
「うむ。頼んだぞ……」
セドナが立ち上がり、アレクトの部屋を退出しようとした時、セドナはピタリと足を止めた。アレクトは不審に思い、もう一度セドナに「どうした?」と呼びかけた。
「ところで陛下……」
主君に背を向けながら話すセドナは不作法ではあったが、それを気にするアレクトではなかった。
「なんだ?」
「……陛下の月のお小遣いはおいくらなのでしょうか?」
沈黙が走った……。アレクトにとっては悠久とも言える様な長い沈黙が……。アレクトにとっては「アンアース創生から今現在」に至るまでの歴史を感じさせる様な長い沈黙が……。
アレクトの冷や汗が頬を伝い、顎の先端に緩やかに溜まり、静かに、とても静かに床に落ちていった。アレクトは確かに聞いた。床に落ちた「冷や汗」が床を叩く音を……。
そして時は動き出した。
「いえ、なんでもありません。失礼しました」
死神の鎌を喉元にかけられ、九死に一生を得たアレクト。
数十年後、彼の退役後、彼が後世に残す為に作成した「アレクトの書」。その書には、「ミーナ襲撃事件」より大きな見出しを綴った「セドナの変」の文字が確かに存在したという。
先程の試合場ではリッツが訓練に精を出している。
訓練の相手は直垂を着こむ筋骨隆々の大男、ムサシであった……。
リッツが木剣を持ち、ムサシは無手で相手をしている。
「くそっ!」
「……」
リッツが上段から袈裟切りを放ち、リズムよく逆袈裟にもちこむ。二つの連撃は空を切り、正面にいたはずのムサシはいつの間にか消えていた。
「なっ!?」
「……」
リッツの背後をとっていたムサシは右手で握り拳を作り、リッツの頭をコンッと小突いた。
「ってぇ!」
ムサシは小突いたつもりでも、ムサシの小突きは大の大人が涙する程である。頭を抱えるリッツにムサシは少し困惑し、己の拳を見つめ少し考えていた。
「くっそぉ! 差が縮まったのかすらわからねぇっ」
「いや、確かに剣の速さ、体の運びが速くなっている」
「それでもムサシ将軍には届かないってかぁ……やれやれっすよ」
「確かに速いが、動きが雑なのだ。「虚」をうまく使え。相手の死角を見ろ。切り返しのタイミングを一定にするな、単調な動きはすぐ読まれる。…並の兵なら楽勝だろうが、相手が強くなる程厳しくなるぞ」
「……」
「慌てるな、才能はある。……既に中佐、大佐レベルと渡り合える技量はある。今言った事を上手く昇華出来れば、お前はもっと強くなれる。……信じろ」
「……はい」
「では、また今度な……」
ムサシの背中を見送る青年は、ムサシが見えなくなると試合場中央で大の字に倒れこんだ。
「俺は負けねぇぞ……一念っ」
その戦いを見ていた三人の兵。イリーナ、メル、フロルは、ムサシ、リッツの両名に感心していた。
「ひゃ~、すげぇすげぇ。あんなに速いリッツ隊長が手玉に取られてる……」
「……メル、油断大……敵っ」
フロルが短い木剣でメルの胸元を狙う。
「あぶっ……なっ!」
メルが間一髪でフロルの攻撃をかわし、追撃を恐れ後方に回避し、右手から火の球を出現させる。
「くらえ! ファイアーボールッ!」
「……あいすぼーる」
二つの球体が均衡な力により両者に跳ね返った。
「「!!」」
「フィジカル・レインフォース・オール」
急激に速度が上がり、跳ね返った魔法を回避した二人に、イリーナが叱咤する。
「こら! そんな至近距離での魔法は、危ないからやめなさーい!」
「「……すみません」」
「私達もしっかり強くならなくちゃいけないんだからねっ」
「「……はい」」
「まったくっ」
そう言って口を膨らませるイリーナは、訓練をしながらでも一念の心配をしていた。
(一念さん、今日一日で相当疲れたんじゃないかなぁ……。無理してないといいけど……)
一念が気絶して数刻…。一念の意識が覚醒した頃に一念は一種の金縛り状態になっていた。
(こ、こここここれ……どーゆーこと?)
一念はベッドの上、しかし、ベッドにはもう一人寝ている者がいた。
一念の頭は両腕に絡めとられ、足は艶やかな足に絡め取られ、右腕は自身の体重に封じられ、左手は顔の正面にきていた。そして、顔の正面には非常に大きく、たわわで柔らかそうな物体があった。いや、柔らかかった……。左手にはたしかな感触があり、その弾力を伝えていた。
一念は目の前にいる者の正体をしっていた。……物体とは「胸」であり、目の前にいる者は賢者であると。
人は彼女をこう呼ぶ、三大賢者ルーネと……。




