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第三部 その七

 

「大広間」

 公式な祭典でのみ使用されるスペースで、普段人が入る事はない。

 中央の門をくぐり、左手へ進めば謁見の間があり、右手へ進めば兵舎へ、正面の大階段の裏手にその出入り口がある。

 造りは至ってシンプルで、謁見の間同様の真紅の絨毯が一面に敷かれ、壁の至る個所に精霊を模した彫刻が存在する。祭典毎に飾り付けや台、教壇の配置等々が変わる為、基本的には現実世界で言う「体育館」がこれに該当するだろう。


 大広間に食事や飲み物、食器類が揃う頃には一念と、ムサシ、ルーネの戦いから数刻程の時間が過ぎていた。

 階段裏手の扉が開き、アレクトを先頭にした兵達がぞろぞろと大広間中央へ進んでいく。


「皆の者、本日は新たな将の誕生を祝し無礼講とする。しかし、申し訳ないが職務中という事もある故、酒、及び酒類の入っている料理等は出せない。

 また、立食形式としたので、各々料理だけではなく、上官や部下等から意見を交わし、自分の考えをまとめておいて欲しい! 本来、上座で座ってるのみの私だが、今回は私も参加させてもらう。私に質問や異議等ある場合は、この機会を大いに活用して欲しい。以上だ!」


「「「「「っは!!」」」」」


 大きなスペースに多数のテーブルが並べられ、その上に先日の会食に負けない豪勢な料理が、美しい模様の入った銀色の容器に載せられている。


「きたきたきた料理きたぁあああああああああ!!!」

「一念さん、ちょっと大声出しすぎじゃ……」

「一念、お兄様のお金だとか気にしなくていいから沢山食べてね♪」

「よし、今日こそステーキとやらを食べてみせるっ!」

「……野菜も食べましょう」



 大広間の右手前のスペースにミーナを含めた護衛隊のメンバーが揃っていた。


「メル、あそこにステーキがあるぞ! 俺に続け!」

「一念、お前准将になったっからっていい気になるなよ!」

「……野菜も食べましょう」

「こら、メル、無礼講だからって節度はわきまえなさいっ」

「ウフフ、皆可愛いわぁ♪」


 一念がステーキにフォークを刺し、口に入れようとした瞬間、そのステーキを一念より先に口に運んだ者がいた……。一念が咥えたフォークの先には何も刺さっておらず、目の前には何も持たずに咀嚼している友人の姿があった。


「……ん……ん……ん、いや、やっぱステーキはうめぇな♪ 一昨日に続き俺はツイてるっ!」

「リッツ、お前俺のステーキをっ!!」

「へっ、お前が俺にした事に比べりゃ安いもんさっ!」

「へん、ステーキならまだあるぜ!」


 二人がいつものやりとりをしている時、メルは一人感動の渦中にいた。


(お、おいしいっ……世にまだこんなおいしい物があったなんて……陛下お抱えのシェフ、侮りがたしっ)


「……メル、はい」

「……あ、あぁ、野菜な。ありがと」

「メル、ステーキおいしかった?」

「あ、はい。こんなにおいしい物を食べたのは初めてで、私感動しましたっ!」

「アハハ、沢山食べちゃおぅ! 私もとってこよ~♪」

「お、お供しますっ!」

「……野菜」


 一念は色々な食事に釣られるうちに、いつの間にかリッツとはぐれ、右手奥のスペースまで来ていた。


(……知ってる人がいない!? んー、尉官の子が多いみたいだけど?』


「一念さんっ!」


 甲高い声が一念に届き、咀嚼を繰り返しながら声の主に振り返る。


「おお! んんぉん!」

「た、食べ終わってからで大丈夫です……」

「……ふぅ、トロン食ってるかぁー?」

「は、はい!」

「そんなにかしこまらなくてもいいさ、同い年だろ?」

「で、ですが……」

「まぁ、話しやすい話し方でいいよ、お♪ あれはチキンか!?」

「アハハ……お肉お好きなんですね」

「当然だ!肉食わなきゃ強くなれないぞトロン!」

「……は、はい! では、僕もっ!」


 遠目で二人を見ていたリッツが無言で口尻を上げた。


(へー、肉嫌いのトロンが肉食ってるわ……こりゃいい傾向だなっ)


「トロン、肉だけじゃなく、野菜や炭水化物……パンとかライスだな! バランスよく食べるのが大事だぞ!」

「は、はいぃっ!」


 ひとしきり食べ終え、食べるペースが落ち始めてきた時、一念は数名の尉官に囲まれた。


「「「い、一念様っ!」」」


 一念が振り向くとそこには三人の女の子が立っていた。


「ん、どうしたの?」

「一念様、本日の試合素晴らしかったですっ!」


 桃色の髪を片側で束ね下ろしている中央にいる子に話しかけられ――


「一念様のお話を伺いたく、声をかけさせて頂きました!」


 茶色だが、美菜とは違う紅樺色の髪の毛が外側に跳ねている子に詰め寄られ――


「一念様はどの様にしてあの様にお強くなられたんですかっ!?」


 ラベンダー色の髪をハーフアップにした子に追いつめられた。


「え……っと、どちら様で?」

「私、アイリンといいます!」

「メイといいます!」

「フローラですっ!」


(この子達……皆階級が違う? アイリン大尉、メイ中尉、フローラ少尉……ね)


「えー……で、強さに関しては……これは生まれつきみたいなものだから……」

「で、ではお好きな食べ物は!?」

「ご趣味は!?」

「好きな異性のタイプは!?」


 一念がいつの間にか壁に追い込まれている事に気付かずにいた。


(あれか!? なんかスゴイっぽい事した後に出来る、取り巻きみたいなアレか!? やっぱりムサシさんとの戦いを避けるべきだったか!?)


 近くにいたはずのトロンはテーブルの前で、苦しい顔をしつつもバランスの良い食事を考え食している。


「え、と……好きな食べ物は……蟹クリームコロッケ…。趣味は…ゲ、ゲームかな?」(これは…結構きつい……)

「では、好きな色は!?」

「どの様なゲームですかっ?」

「異性のタイプをっ……」

(……よしっ)「あぁあああああああ、あれはなんだ!?」


 古典的な手だったが、この世界の人には有効だった。右手奥のスペースにいるほとんどの人間が、一念の指差す天井へ目を向けたのである。


(今だ……!)


 一念の身体が透け、すぐに透明になった。透明化(インビジビリティ)の発動。

 天井に何も見つからなく、周囲は再び一念に視点をもどすが、一念の姿は見当たらなかった。


 人にぶつからない様に端を歩きながら左手奥のスペースに移動した一念は、胸をなでおろしていた。


(はぁ、目立ちすぎるのも問題なのかなぁ……)


「……おい。何をしている」


(え?)


「この気配は一念か……」


 一念が振り返るとそこには腕を組んだ大柄な男――


「ムサシさんっ」(やっべー、ホントばけものだこの人っ)


 透明化(インビジビリティ)を解除する一念にムサシ以外の周囲の人が驚愕する。


「「「うぉ!?」」」

「ほぉ、そんな事も出来るのか……。つくづく不思議な魔法だな。……気配を消してしっかりとした歩法を学べば凄まじい隠密活動が出来るぞ」

「この世界の人は気配を読む能力が凄まじいと思います……」

「何を言う、その程度なら軍人の……そうだな、少佐以上の人材なら簡単に察知出来るだろう」

「……たしかに、リッツには見つかりました」

「あいつは私が鍛えたしな、まぁ、まだまだだが……」

「では、今度その気配の消し方、歩き方?教えて下さい」

「うむ。いいだろう。……そういえば先程陛下が探していたぞ」

「アレクトさんが? わかりました」


 一念は、ムサシに稽古の約束を取りつけ、アレクトに会いに行く為、その場を離れた。

 左手前のスペースに差し掛かる時、遠目にアレクトを視認したが、一念はその手前にナビコフの姿を確認した。


(えっと……「少佐以上の人材なら簡単に察知出来るだろう」か……ナビコフさんは大佐だったな……)


 人垣の間の死角をつかい、一念は再び透明化(インビジビリティ)を発動した。忍び足でナビコフに近づき後ろに立ってみる一念…。


「……ん?」


 ナビコフが振り向くと、一念はナビコフの後ろに再度回り込んだ。


「ん……一念殿ですな? おふざけはお止めください」

「な、なんでわかるんだ!?」


 透明化(インビジビリティ)を解除しながらナビコフに訴えかけた一念を、ナビコフはクスッと笑って返答する。


「特殊な魔法ですね。しかし、姿形を消せても、気配を消せないのであれば我等軍人……そうですな、少佐以上の人材なら簡単に察知出来るでしょう」

「はい、先程ムサシさんにも同じ事言われました……」

「ハハァン、それで私で試したと?」

「はい……その通りです」


 全てを見透かされ、半泣きになりそうな一念。


(何が透明化(インビジビリティ)だっ! こっちが全て見透かされてるじゃねーかっ、男の夢なんだぞ、この能力は!)


「今後はご自重なされませ」

「はい、気をつけます」

「私は部下に話があるので、この辺で……」

「はい、ではまた……」


(ムサシさんに本気で気配の消し方習おう……)


「何をそんなにしょぼくれているのだ? 一念君」

「セドナさん。いやー、つくづくここの人達はすごいなぁと、改めて実感していた所ですよ……」

「なんだ一念君……悟りでも開いたのか?」

「開く悟りがあれば閉じる悟りもあるんですよ……」

「むぅ……深いな」

「深いのか浅いのか……もしくは表面上なのか……それは人が判断する事ですから」

「だ、大丈夫か? 休んだ方が……あ、おい一念君っ」


 セドナを置き去り、とぼとぼと歩く一念。いつのまにか一念はアレクトのいる場所まで着いていた。


「おぉ、一念。探したぞ」

「アレクトさん……」

「なんだ元気がないのぉ。ところで一念、女子(おなご)は好きか?」

「おなごぉ?」

「女子の事だ。じょおしぃ!」

「まぁそれは……嫌いという訳じゃないですけど?」

「なるほど。男子たるものそれは重要だ。いや、わかった。ありがとう」


 ニヤニヤするアレクトを訝しむ一念だったが、アレクトは先を教えてくれなかった。

 そして、アレクトは出入り口前の壁際に置いている木製の椅子を少し運び、椅子の背もたれの上に腰掛けた。本来腰を下ろす場所に足を置いている。一念の世界でも、もちろんこの世界でもマナー違反ではあるが、アレクトのキャラクターがそれを許させている。

 出入り口前を陣取ったアレクトは、そのまま全員に注目を促した。


「皆の者。短い時間だったが、楽しんでもらえているだろうかっ!

 ようやく本題に戻る……という事になる。

 今後、この国をどうしていくかというのが今回の議題だが、それについての提案や意見等あれば、ここでそれを私に示して欲しい。提案や意見はその場でしてもらって結構だ。その際、名前と階級を申告してくれたまえ。挙手した者を、私が指名する。挙手の沈黙を以てこの会議を終了とし、私の決を述べさせてもらう。以上だ!」


 アレクトの会議進行説明が終了したと同時に挙手をする者が数名いた。


「ではまずその右奥の者」

「はっ、リッツ少佐であります!」

「聞こう」

「提案の前に質問をさせて頂きます! 陛下はこの問題から「戦争」を考えておいでですか?」

「無論それは全面的に回避したい。ないとは思うが、この会議で皆が「戦争」を望むのであれば、私もその決断をするだろう!」

「では提案です。現状は国境の警備の増強、取引等の護衛強化はもちろんですが、「国力」の増強が宜しいかと存じます!」

「その理由は?」

「はっ、前者は敵の調略を防ぐ為ではありますが、後者はそれにより敵の攻撃の抑止力になるかと!」

「うむ。では、右手中央の者!」


 リッツの質問が終わると、リッツと似た提案だったのか数人の手が下がった。


「はっ、メル少尉であります!」

「聞こう」

「私はあまり学がなくよくわからないのですが、聖王国に属していない国に呼び掛け、その……同盟等は組めないのでしょうか?」

「うむ。それについては二、三当てがある」

「で、では、リッツ少佐の「国力」に併せて「同盟」に力を入れるべきかとっ!」

「うむ。では、右手前の者」


 メルの意見で一人手が下がり、二つの手が上がった。


「はっ、ディール少将であります!」

「聞こう」

「「シグルド大将」の帰還は望めないのでしょうか!?」

「!」

「あの方が戻ってくれば、彼の「名前」だけで相当な威圧になるかと存じます」

「……。すまないが、それは望めない。

 皆には黙っていたが、今彼は重要な任務に就いている」

「「国の危機よりも」でしょうか?」

「…………そうだ」

「……陛下の判断に従います。あの方にしか出来ない事がある……そういう事でしょう……」

「うむ。……では左手奥の者!」


(トレーディアの大将、シグルドさんか……)


 ディール少将の質問により三人の手が下がった。


「はっ、ナビコフ大佐であります!」

「聞こう」

「私は、こちらから仕掛けるのが宜しいかと!」

「「「「!!」」」」

「どういう事だ、ナビコフ」

「早まらないで頂きたい! 戦争を仕掛ける訳ではありません。……向こうが調略でくるならこちらも調略で、という事です」

「こちらからの攻撃だとバレたら、それこそ戦争の元となる。……確実バレる」

「……バレる心配なく調略出来る者がいるではありませんか! 今は……その存在が!!」


 ナビコフが一念を見る。強い眼光で、尚も希望に満ちた目で。

 一念はキョトンとしながら自分を指差す。


「へ……俺ぇ?」

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