第三部 その六
アレクトが声を上げ、試合の開始を告げると、兵達のテンションは最高潮まで上がった。
試合場ではルーネが自分とムサシに補助魔法をかける。
「レジスト・スリープ・オール
フィジカル・レインフォース・オール」
更にムサシに錫杖を向ける。
「ウェポン・プロテクト
レジスト・ファイア
フィジカル・ブースト・マキシマム」
客席にいるトロンが興奮して立ち上がる。
「凄いっ!! 流石三大賢者の一人っ!!」
近くに座っていたセドナがトロンを褒める。
「よしよし、あの意味がわかったのか。偉いぞ、トロン」
「あ、あ……え、はい」
赤面するトロンを解きほぐす為に、微笑みながらセドナは問題を提示した。
「よし、ではルーネ団長は何を意図してあの魔法を出したんだ?」
「は、はい!
えっと、まず、レジスト・スリープ・オールを使い、一念さんの睡眠魔法を予め防ぎました。
そして、セドナ少将と同じ、フィジカル・レインフォース・オールにより、自身とムサシ将軍の身体強化。
更にムサシ将軍にかけたのが、ウェポン・プロテクト、レジスト・ファイア、フィジカル・ブースト・マキシマム……。
……あ、ウェポン・プロテクトにより一念さんの武器破壊攻撃を防ぎます。
レジスト・ファイア……レジスト・ファイア……あ! そ、そうです! レジスト・ファイアでムサシ将軍の炎魔法の抵抗力を上げますっ。
あとは、あとはその……フィジカル・ブースト・マキシマム?」
セドナがクスッと笑い、トロンの混乱を止める為に話の先を続けた。
「概ね正解だな。
フィジカル・レインフォースは身体強化。
フィジカル・ブーストは身体に元々ある力を引き出すものだ。しかしその対価に、あの魔法は使用術者の魔法力を吸い取り続ける。この二つの魔法でムサシ将軍は最大限の力で戦いに臨める。
だからあの魔法を最後に発動したのだろう。構成……つまり使用する魔法の順番も重要という事だ。
もっともあの速度で発動されてはあまり関係ないがな……」
(しかし……あのかけ方……ルーネ団長は戦わないという事か?)
試合場のムサシが両手に持つ木剣を振りかぶり、一念に向かって力強く振る。地が音を上げ、光となった二つの斬撃が一念に襲いかかる。
対して一念は右手を前に突き出し、念動力の反発力を増幅させた障壁を造りだした。
いつの間にか合わさり十字となった斬撃は、一念の障壁に届き音も無くフッと消え去った。
ムサシの眉がピクリと動き、先程より速い連撃を放った。
(一、二、三、四、五、六、七、八……八発!)
合計十六もの斬撃が飛んでくる事を予測した一念は、障壁を更に前に造り出し、幾層も重ね合わせる。
斬撃により深く掘り起こされた地面が幾重もの斬撃で更に深く抉られ、土煙りが舞う。
斬撃はことごとく障壁に吸収され、最後の斬撃が障壁に届いた時、一念はムサシを見失っていた……。
(まっず! ……どこだっ!? …………こういう時は、三十六計逃げるに如かずってね!)
一念は天井を視認し、瞬間移動を発動。瞬時に天井まで移動した一念は地上を見て驚愕した。今の今まで自分が立っていた場所に、ムサシが木剣を振り切っていたのである。
(うっそ!? 何あのおっさん、どうやって!?)
一念はムサシを注視した時、ムサシの身体が土に塗れている事がわかった。
「まじかよ……掘り起こした地面の中を通ってきたのか、さすが宮本武蔵……天下の兵法者はなんでもやるねっ」
ムサシが直垂に付いた土埃を払っている少し離れた場所に一念が降り立つ。少し疑問を覚え、二人との交信を試みようと一念は精神感応を発動した。
『ホント凄いですねムサシさん。ところで質問いいですか?』
『『!?』』
『ほぉ、これも一念の魔法か……』
『……』
『まぁそうとってもらって構いません。……んで、僕の後ろにいるルーネさんは戦わないんですか?』
『あぁ、私は飾りだと思ってくれ』
『もちろん、勝機が見えた時は存分に利用させてもらうがな……』
『なるほど……で、見えそうですか?勝機』
『いや、あの壁はなかなか越えられん…どうにかなりませんか? ルーネ殿』
『私もそれを考えていた……一つ考えたんだが、ムサシ殿、初心に帰って剣一本で技を出してみては? 以前一度見せて頂いたあの技なら……』
『……! フフッ、アレか!』
『……アレってなんですか?』
『『教えるわけがなかろう』』
『人の能力まで有効利用しておいて……もういいし!』
年相応の反応を見せた一念は、精神感応を遮断し、ムサシに対し身構えた。
沈黙を続ける客席にいるイリーナ、メル、フロルが試合場の一念とムサシを見守る。
「……すっげぇ。今の何やったんだあれ」
「……合計九回の斬撃で掘り起こされた左右の急造トンネルで、一念さんの障壁をくぐったんだと……思う……多分」
「地中の中までは障壁が出せないって事か?」
「一念さんが意識してない所は出ていない……というのが正解……かも」
「……うぅ……う」
「「イリーナ様?」」
「どっち応援すればいいのぉ……ムサシ将軍は日頃お世話になってるし……一念さんは……そのアレだし」
半分泣きながら語るイリーナに、メルとフロルの二人は沈黙を選択する他なかった。
一念は前方に念動力による障壁を再度造り出し、ムサシの出方を待った。
ムサシは木剣を一本鞘に入れ、無造作に一念に歩み寄っていく、右手に持つ木剣の剣先で正面に転がる石をカツンと弾き一念の障壁へ飛ばす。石は障壁によりピタッと宙で止まり、カラカラと地面に落ちる。その瞬間ムサシの目が見開き、瞬間移動を思わせる様な速度で障壁手前に現れた。
(そこか!)
現れた瞬間抜刀の構えに入ったムサシは、深く腰を落とし、腰から下がっている鞘を左手で掴み、柄に右手を添えていた。
(これって抜刀術ってやつ!? 空を駆ける龍が闇に沈んでいっちゃうの!?)
一瞬だった……。一念が『抜刀術?』と考えた時には、身体の左側に添えられていたムサシの右手は、右側に移動し終えていた。
直後、一念の腹部に異常な衝撃が襲った。
「か……はっ!?」
(届いたな、この刃。……横一文字)
衝撃で後ろに飛ばされた一念がクルリと反転をし、試合場の障壁に着地する。障壁越しにいた兵が一念に激励する。
「准将っ! 頑張って下さいっ」
「ってぇえ……バケモノだな、あのおっさん。なんとなく理屈はわかった……おわっ!?」
「よそ見はよくないぞ一念っ!」
一念が吹き飛ばされ後退したと同時に、ムサシは一念を追っていた。
ムサシが突きを繰り出した時、一念は咄嗟に左側に飛び跳ねた。肉体的な力で飛べた距離はいか程もないが、振り向き様に激励してくれた兵に対し右手でピースを作っていた。次の瞬間、一念はまたも天井に回避すべく瞬間移動を発動した。
一念が消えた瞬間ムサシが後ろを向き、大声で叫んだ。
「ルーネ殿ぉ!!!」
「サンダーランス」
ムサシの意図が解っていたルーネは、天井に向け数多の雷の槍を放っていた。一念は飛んだ先に新たなる脅威を見つけ、「にゃろうっ」と呟くと、身体の外側覆っていた念動力の反発力を一回り増幅させた。
一念の身体に多数の雷の槍が突き刺さる…。
「一念さんっ!!」
「一念!!」
「……一念さん!」
イリーナ達の悲鳴に似た呼び声が、静かな試合場に響き渡った。
(やったか……いや……)
(サンダーランスは人に当たると辺りに放電される…放電がないという事は…)
「駄目か……」
一念に刺さっていたはずの槍は黒い煙を上げ、「ジュー」という音を出し次々と消えていった。
(しかたないか……)
一念が目を閉じ、ムサシ、ルーネの意識に潜り込み、催眠を発動する。
ムサシ、ルーネの意識が朦朧となり、二人共その場にゆっくり倒れこんだ。
それを確認した一念がゆっくり降下していき、地面に足をつけた時、観客席から大歓声が上がった。様々な激励の言葉が一念にかけられ、客席では今の試合の討論が所々で起きていた。
(思った通り効いた……か)
一念はムサシ、ルーネ両名の身体を持ち上げ、観客席両端にある試合場への西側出入り口へ向かった。
出入り口ではリッツやナビコフ、バディ、パティが待っていた。一念が出入り口をくぐり、丁寧に二人を客席内に運ぶ。
ムサシを客席の一段目の開いたスペースに、ルーネを客席の二段目の開いたスペースに乗せ、二人の催眠を解除した。
ガバッと起きたムサシ、対照的にゆっくり上体を起こしたルーネ。二人が一念を見つけ、彼の笑顔を見た時、二人は負けたと理解した。…そして静かに笑い合った。笑い声に釣られてか、いつの間にか西側出入り口付近には、兵全員が集まっていた。イリーナ、メル、フロル、トロン、セドナ…。そこに人垣が別れ、アレクト、ミーナが現れた。
「あ、アレクトさん。約束守ってくださいね!」
「一念、お前あまり食べないのに食い意地だけは張っているな?」
「昔から食い意地張ってるヒーローは強いんですよ?」
「……どういう事だ??」
「しかし一念君、私達をどう倒したのだ?」
「あぁ、催眠術です」
「しかし、レジスト・スリープでっ――」
「あー、それそれ。……最初「もう効かない」って聞いてドキッとしたんですけど、対策しているのは睡眠系の魔法の対策だと思ったんですよ。だから、催眠魔法でなく、催眠術なら効くのが道理ですよね?」
「………………フフ、なるほどな。面白い解答だ、一念君」
「一念。つまり、最初から我々をすぐ倒せるのに、倒さなかったと?」
ムサシの拳に力が入る。
「いえ、俺もあの催眠術はあまり好きじゃないんです。セドナさんに使った時もこっちのケガを防ぐ為でしたしね。
んで、しばらく戦って気付いたんですよ。『あぁ、この二人を無傷で倒すのは催眠術しかない』ってね。だから使ったんですよ?」
「なんと! 我等を傷つけず倒すつもりだったというのか!?」
「え、味方傷つけてどうすんですか? 倒さなきゃならないのは敵なんでしょ?」
「まぁ、そうだが……」
「その味方を傷つけたら、その味方が倒すはずだった敵が他の味方を襲ってしまう可能性があるんですよ? これは損失だと思いませんか?」
胸を張る一念。珍しくも開いた口の塞がらないムサシ。感心するルーネ。
「まったく、馬鹿なのか壮大な考えなのかわからない男だな、お前は」
リッツにそう言われ、「なんだよー!」と返す一念に、誰もが希望を見出し、勝利の光を見た瞬間だった。
「さて、会議の続きに戻りたいところだが――」
アレクトが周りに呼び掛けを始めた時、ミーナがムサシに近寄り耳打ちをした。
「ムサシ良い事を思いついたわ♪」
「ミーナ殿下?」
「あの「罰」今回使っちゃおうかしら?」
「フッ、それが良いかもしれませんな」
「――なので、この後もう一度謁見の間で――」
「皆の者!!」
アレクトの説明をミーナがジャックし、アレクトの「罰」が始まった。
「ミ、ミーナ?」
「……先日、お兄様はある「失敗」をしてしまいました。それに伴う「罰」の決定権が今私にあります。……この会議。皆の交友を深め、お兄様への信頼を深める為に大広間を使い、「会食」として行いたいと思います!!」
「ミ、ミーナ!?今期にそんな予算などっ……」
「予算の事なら心配しなくても大丈夫です!! お兄様のお小遣いを向こう一年、半分にすればお釣りがきますっ、これが「罰」ですわ!!」
「なっ!?」
誰もが困惑していたが、一念だけが歓喜の声を上げた。
「やったぁ、飯だ飯!! おいリッツ、アレクトさんの奢りで会議しながら飯食えるってさ!!」
「……へっ! しゃああ、食うぞぉ!!」
「「「「……お、おぉおおお!!」」」」
一念が着火剤となり、リッツに飛び火する。それが大火となって、アレクトの財布を襲った。
対するアレクトは……、来月の取引でお小遣いを取り戻す事を心に誓った。
「ミーナさん良い仕事してるぅー!」
「ありがと一念、さっきはかっこよかったわよ♪」
「ありがとうございます!」
「あ、ルーネさん!」
「なんだい一念君?」
「あとで少し時間ありますか?」
「あぁ、構わないが?」
「准将殿!! ミーナ殿下の次はルーネ団長でありますか!?」
「ナビコフさん?! ちょ、そんなんじゃないですって!てゆーか、その「准将殿」ってのやめてください! 一念でいいです!」
「ハッハッハ、しかし、それでは下の者に示しが尽きません」
「俺は十七歳なの! 上とか下とか関係ないですって! こ、こうしましょ! 俺と同い年かそれ以上の人は「一念」! それ以下の人は「一念さん」! 年上で呼び捨てに抵抗がある人は「一念さん」! とにかく准将殿は勘弁してくれっ!!!」
『ルーネさん、では後ほどっ!』
『……フッ、わかったよ。一念君』
遠巻きで話を聞いていたパティが俯き、悩んでいる様子だった。
「どうしたパティ?」
「バディ……」
「……話なら聞くぞ?」
「……そ、その……と、年下の男性の口説き方を教えてくれっ!!」
「え、……えぇええ!? ま、まさか、准将……殿?」
もじもじとコクンと頷く妹は、バディの身贔屓無しでも美しかった。
反対側に位置していたイリーナ達は……。
「へっ、一念のやつやっぱ同い年だったな!」
「……私は一念さんでいい」
「一念さん……一念……一念さん……一念……一念さん……一念……やっぱり一念なんて呼べないよぅ!!」
この日、尉官の数人の女性の手により、「一念ファンクラブ」が結成された。