第三部 その四
「ナビコフ」
トレーディア国第一歩兵部隊隊長。階級は大佐。
顔に似合わず冷静で軍規に厳しい。しかし、部下の面倒見も良いため意外に城内での人望は厚い。凄まじい膂力の持ち主で城内の腕相撲大会では毎回優勝を飾っている。余談だが、以前気まぐれでその大会に参加したムサシがナビコフ相手に小指で勝ったという……。
怖い顔つきから城下町では怖れられているが、自宅に帰ると美人でもっと怖い妻がいるとかいないとか。以前、連絡せず朝帰りをしたナビコフが、城下を舞うという事件が起きたとの報告もある。早朝で目撃者が極端に少なかった為、今では町の七不思議の一つとして扱われている。
「セドナ」
知将セドナ。トレーディア国第一魔法兵団団長。階級は少将。先見の明があり、王アレクトにも一目置かれている。魔法はルーネに教わり、慢心してはならぬという自分を戒める為、体術はムサシに教わっている。両名からの評価も高く、時期中将筆頭候補となっている。
浮いた話や悪い噂が何一つない彼女だが、ある日の夜、パトロールに出ていた歩兵が、森からセドナが出て来た所を確認。手にはエノコログサとミルクを持っていた。その時のセドナは顔が緩みヨダレを垂らしていたという。幻惑魔法を怖れた歩兵だったが、翌日平然と訓練をするセドナを見て、安心して報告はしなかった。因みにエノコログサとは猫じゃらしの事である。
「バディ」
トレーディア国第二魔法兵団副団長。階級は大佐。パティの兄。
リッツ同様、若くして佐官に就いたバディだが、それまでの主な功績がパティとの合同作戦によるものだったとして、階級が上がるに釣れてパティとの作戦も少なくなっている。バディは部下に示しがつかないとし、日々訓練に勤しんでいる。パティがいないと活躍出来ないと認識しているのはバディ本人のみである。上官からの評価も高い。
「パティ」
トレーディア国第二歩兵部隊隊長。階級は大佐。バディの妹。
魔法の才はなかったが、たゆまぬ努力により強靭な肉体を手に入れた。バディと連携を組んだら並の少将では歯が立たないという。ムサシを目標としており、セドナ同様ムサシを見つけては稽古をつけてもらっている。部下からのラブコールが絶えない彼女だが、本人は「弱い者には興味が無い」と言いながらも日々部下をしごいている。
「では試合開始っ!!!」
アレクトの掛け声の余韻がまだ残るうちにセドナが全員に魔法を掛けた。淡い緑色の光が五人全員を包む。
「フィジカル・レインフォース・オールッ!!」
「「「おぉっ!!」」」
客席にいるルーネが口を開け驚いた。
「ほぅ、全体化補助魔法の無詠唱か……あの様子じゃ、補助系統の魔法は問題ない様だな」
その隣にいた、ムサシが子を見る様な目で微笑んだ。
「フッ、賢者ルーネ殿にそう言ってもらえたならセドナも喜ぶでしょう」
感動は試合場でも起こっていた。
「すっげぇ! 身体強化の全体化なんて始めて見たぜ!!」
リッツが軽く跳んで、凄まじい跳躍力を確かめ。
「これがあるだけでだいぶ戦況が変わるっ。感謝致します、少将殿っ!!」
ナビコフが木製の長剣を軽く振り、土埃が舞う。
「しかし、あちらはそこまで驚いてくれない様だな……」
セドナがそう周りに促すと、四人に緊張感が走る。
「リッツが二メートルくらい跳んでる……あれ、スポーツテストの時欲しいな……」
一念は現代っ子であり、ゲームやアニメ、SF映画の映像を観て育った。魔法で出来るある程度の事は想定内であった。当然対処法も考えていたが、それに伴う事実がないと今後の糧にならないと考え、この試合を有効に活用しようと考えていた。
「さて、行くぜ一念っ!」
「おう! ばっちこい!!」
リッツが先陣を切り、一念に駆ける。一念とリッツとの距離は約五十メートル。二秒かからず半分を詰め、リッツが素早く剣を振り空を裂いた。
「空波烈衝っ!!」
一念の約二十メートル手前で振った剣から一筋の閃光が走り、物凄い衝撃と共に一念に届いた。
「ぬぉっ!?」
一念の身体に届いた衝撃は念動力の反発力に吸収されるも、尚も勢いを保ち一念の身体を押し続けた。
衝撃により一メートル程後退した一念を見て、リッツが口笛を鳴らす。
「おいおい、どんなカラクリだ? 普通は今ので終わりだろうが!? 無詠唱どころか発動に絶対必要な呪文名も無しかよ……」
「ハッハ……今のは怖いねぇ……凄い。剣撃ってホント飛ぶんだ……」
客席にいるイリーナが似た様な事をメルとフロルに話しかけていた。
「わぁっ! リッツ君すごい!! 剣の衝撃がどーん! って一念さんのとこまで飛んでいったよ!!」
メルが子供の様な顔つきで話すイリーナに説明をする。
「あれは空波烈衝といって、走ってつけた加速力を剣撃のブーストとして飛ばす剣技です。身体強化の魔法があれば私にも可能ですが、リッツ隊長のあの威力……ありゃ素面でもいけんな……」
「んー……どういう意味?」
いつも通りフロルがメルの説明に補足する。
「……走っていて急に止まると、進んでいた方向に少しだけ余力が働きます……。それを剣を振る事で剣先にその余力が伝わる様にした技……です」
「ですです。その証拠にリッツ隊長が剣を振った後、すぐピタッと止まったでしょう?」
「あー! ホントだねっ! 凄いねリッツ君!」
長い説明が凄いの一言で終わってしまういつもの会話だが、毎回の事なのでメルとフロルは気にしていない。いや、気にする事をあきらめていた。
((でも、ホントに凄いのは……))
周りよりやや高い場所で試合を見ていたアレクトは、ミーナに驚嘆の言葉を述べていた。
「あれが障壁なく内壁にぶつかっていたら、一、二週間は修復作業をしなくちゃならないぞ……。ミーナ、どう思う?」
「ええ、リッツ隊長のあの剣技は素晴らしいですが、あそこまで軽くいなしてしまうとは……」
言葉にならない答えをアレクトに返し、アレクトもそれが意味するものを知っていた。
「「リッツ少佐! 連携でいきます! 後退しなさい!!」」
バディとパティの声を聞いたリッツは後方に飛び、パティがリッツの立っていた場所に拳撃を放つ。すると、みるみる地面が膨れ上がり、大きな音を立て爆発した。先程まで地面だった残骸がパティの周辺に浮きあがる。パティはそれを拳、肘、足等を使い一念に向かい弾き始めた。即席の大小様々に連なる弾は、一念に対し散弾銃の様に襲いかかる。
「いぃっ!?」
辛うじて間に合った念動力の障壁に、弾はパラパラと音を立て地面に落ちて行く。しかし散弾は止む事はない。その間にナビコフが先程のリッツと同等の早さで駆け、一念に近づく。バディが詠唱を始め、リッツがナビコフの後ろから再度駆けて来る。
「小僧! ここまでだっ!!」
ナビコフが木剣を振りかぶり、凄まじい勢いで振りおろす。しかし、ナビコフの剣が一念に触れる事はなかった。いや、触れる剣先が存在しなかった。
ナビコフの木剣の八割がいつの間にか消えていた。残っている部分には黒い焦げ跡が見える。
「ちょっと……今から俺、放火魔になるわ」
ニッとナビコフに笑いかけ、瞬間移動で距離をとる。
「「「なっ!?」」」
アレクトは自分の目を疑った。先程まで追いつめられていたはずの一念が、パティの後ろまで瞬時に移動していた。
イリーナ以外の兵は全員驚きを隠せなかった。
パティの肩を掴んだ一念は天井まで瞬間移動する。そして、パティから手を離し試合場中央へ瞬間移動した。即座に反応したリッツが中央に駆けよる。一念がリッツの持っている武器に意識を集中しすると、一念の目がキラリと光った。
リッツが武器に異変を感じ減速を見せる。
「焦げ……てる?」
降下しているパティの悲鳴が天井から近づいて来る。一念はそれを念動力で優しく受け止め、リッツに放り投げた。
リッツにパティがぶつかり、吹き飛ばされる。あわや壁に激突する寸前というところでナビコフが駆けつけ二人を受け止めた。
「おのれ、よくもパティを!! くらえっ! アイスランス!!」
バディが放った何本もの氷の槍が、一念に襲いかかる。
「よっと!」
一念の声と同時に、一念の右手から渦状の炎が飛び出す。太く厚い炎の渦は、氷の槍を瞬時に飲み込んだ。
ミーナとアレクトが試合場を注視する。
「あれは……ファイアトルネード!?」
「いや、ファイアトルネードは手からは発動できない。地面に描いた魔法陣から発動する事で、初めて威力を発揮する設置型魔法だ」
「では、あれは……!?」
「……」
アレクトは明確な答えを持っていなかった。そして知らなかった。
「発火能力」
文字通り火を発生させる事が出来る能力である。一念が地球でほとんど使わなかった能力(料理には使っていた)である。
火力は訓練で変化させる事が可能となっていて、一念が可能とする温度は摂氏一度~摂氏六千度(太陽の表面と同等)である。発動させても一念は熱を感じず、それによるダメージは発生しない。致死の可能性が高い事から一念が人に向けて発動させる事は皆無である。渦を巻いているのは一念曰く「その方がカッコイイから」との事(本人の意識でバリエーションが変更可能)。
「ふぅ……二人ともダウンか……」
リッツとパティの意識が途絶えた事を確認したナビコフが立ちあがった頃、バディに異変が起きた。
「あ……あ……」
バディの身体が震え、倒れてしまった。
「バディ!? くそっジャムったか!!」
「ジャム? あのパンに塗るやつ?」
イリーナがフロルに質問している真っ最中だった。
「……おそらくバディ大佐は水系統の魔法の修練度が足りなかったのか、無詠唱に失敗したのかと……。イリーナ様……これは知っているはずでは?」
「アハハ、ごめん。私基本的に全て詠唱するからあんまわからなくって……」
「まぁ、つまり、慣れない技を使ったんで身体にムリがきたって感じです」
メルが珍しくフォローを入れ、イリーナが新たな疑問を問う。
「なんで「ジャムる」っていうの?」
「あまり普及していませんが、小銃等で起こる弾詰まりの事を魔術師に置き換えているそうですよ?」
「ふ~ん、難しい……」
((いや、そこまででも……))
ナビコフがバディの元へ駆け寄る。
「おい大丈夫か?」
「あぁ……パティは?」
「怪我はなかった。おそらく落下中に失神しただけだろう」
「そうか……」
一念が少し離れたナビコフに問いかける。
「ナビコフさん。その人大丈夫ですかー?」
「……あぁ、すまない。さぁ、続きだ……」
「えぇ? まだ続けるんですか!?」
「当然だっ! 私やセドナ少…………!?」
(……セドナ少将が最初の位置から動いて……ない?)
ただ茫然と立ち尽くすセドナを見て、ナビコフの背筋に寒気が走った。
(なんだあれは……立っている……しかし、目に精気がない? 虚ろで何も映ってないかのようだ……)
「あ~、あの人ね……。一番怖そうだったから、一番最初に眠らせちゃった……」
「なっ!?」
(我々が先手じゃなかったのか……!)
「相当凄い人だね、アレをくらって目を開いて抵抗する人は前にもいたけど、立ってられるなんて……ね」
「催眠」
視界の中にいる者に催眠術をかける事が可能。催眠には暗示、幻惑、睡眠等様々なものが存在するが、一念が使えるのは睡眠のみである。一念の意思でかける事ができるが一念自身、催眠が好きでない為、あまり発動機会が多くない。一念の反抗期には、研究所全体が居眠り勤務で一日を終えた事もある。
「で、どうします?」
「……ック……フッフッフ……ハァアーッハッハッハ! いや、参ったっ!! 私一人ではあなたに勝てる気がしない!」
ナビコフが何かが晴れた様な顔でこう言うと、一念も釣られて笑ってしまった。
一念が指をクイッと動かし、ナビコフを宙にあげ中央付近まで運んだ。
「おぉっ!? ……飛んでる」
同じところまで一念も飛び上がり、ゆっくり右手を前に出した。
「改めて、吉田一念です。これからお世話になりますっ」
「フッ、これは良い演出だ。あなたは将の才があるのかもしれない。准将殿っ」
ナビコフも右手を出し二人はかたい握手を交わした。
「「「「「うぉおおおおおっ!!!! すっげぇえええええ!!!!!」」」」」
決着の鬨が辺りに響き渡った。
この声によりリッツ、パティ、バディが目覚め、術を解かれたセドナも意識を取り戻した。
「あ~ぁ、やっぱ負けちまったか……」
「あれ? 生きてる?」
「……うぅ……ハハ、すごいっ」
「これは……? 私は……一体?」
アレクトとミーナは策がうまくなったとニヤっと笑っていたが、内心一念の実力に心躍る何かがあった。
イリーナは一念の勝利を最初から疑っていなかったのか平然としていた。
「一念ここまでやるとはねぇ~」
「……一念さん……かっこいいね」
「えぇ!? フロルあんなのタイプなのかっ!? 確かに強いけど……」
「……いけない?」
「ったく、イリーナ様どう思います?」
平然としていたイリーナの顔が少し引きつっていたのを二人は見てしまった。
「ふ、ふーん、いいんじゃないかなー……」
プルプル震えるイリーナに隠れ小声で会話する二人。
「フロル、競争率はげしそうだぞ……」
「……燃える」
「……そう見えねぇよ。はぁ……」
「終わったか……」
「その様だな……やはり気になるか?」
「ええ、兵法者として……武人として……」
「フッ……あの者、今日は厄日だな。では、私もサポートしよう」
「ルーネ殿も?」
「なぁに、あの魔法の謎が知りたくてな……」
ムサシとルーネが交わしたこの会話の意味を一念が知るのはすぐ後の事だった。