第二部 その八
翌朝、太陽がほぼ真上に位置し、未だに目を覚まさない一念にドアを叩く音が届いた。
「……ん、ん~ん……」
再び鳴り響くノック音。寝ぼけた一念が同様の返事を返す。
「いちねんさーん!」
ドア越しにいる声の主、イリーナが一念の起床を催促する。そこへメルがやってきて呆れ顔になっている。
「まったく、一念のやつまだ起きないのか? イリーナ様ももっとガツンと言ってやったらどうです?」
「うーん……仕方ないよ、昨日はホント大変だったし……」
メルはイリーナの返答に納得はしたが理解はしていなかった。
「こういうのは私に任せて下さい。遠慮は敵なんですよ!」
メルがそう言うと、ノックもなしに一念の部屋に飛び込んだ。
「おらぁー! 一念起きやが…れぇ?」
メルは硬直した。桃色の正面右側に一念お気に入りキャラ「ハロハロエティちゃん」のプリントがされたパンツ(トランクス)一枚の一念の姿を見て、顔が真っ赤になっていた。
男性に免疫のない生活を送っていたメルには、刺激が強すぎる一枚絵だった。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
大声を上げ、部屋を飛び出していくメルを見て、何事かと入ってきたイリーナだったが、メルと同じく一念の姿を見て顔が真っ赤になってしまった。
「……っ……ひぁ!」
「ん~……なに? どうしたの……?」
メルの叫び声により半覚醒した一念は、上体を起こしあぐらをかいた姿勢で周りを見渡し、両手で顔を覆っているイリーナを視認した。
「ぁ……イリーナ……おはよう……」
「い、一念さん……その、服を………」
「ん……ふく~?」
一念は目を擦りながらイリーナの問いを返す。次第に一念の焦点が鮮明になっていった。
「ふ……く……服を着てくださいっ」
「ん? ん~……っ!?」
ようやく状況が理解出来た一念は、咄嗟に近くにあった布団で身体を覆った。布団の中から一念が叫ぶ。
「なんで!? なんでイリーナが俺の部屋にいるのっ!?」
「あの……その、ごめんなさいっ!!」
「あぁ、いや、鍵閉めてなかった俺が悪いんだけどさっ」
『あれ~、俺、制服のまま寝たような……あっ! 夜中に起きて癖で脱ぎ捨てたんだったっ…』
状況の整理が終わった一念は、布団越しにイリーナに叫んだ。
「服! 服着るから、イリーナ少し外出てて!」
「は、はいっ!!」
応急的に窮地を脱した一念は、すぐさまベッドの下に落ちているTシャツとスラックスを拾い、慌てて着用した。
(うぅ……気恥ずい……)
「イリーナ、いいよ!」
Yシャツまで袖を通した一念は、ボタンを留めながらドア越しにいるイリーナに声をかけた。
「し、失礼します」
イリーナはゆっくりドアを開け、トラウマからかドアの隙間から顔を少しだけ出し、中を覗いた。
ヒョコという擬音が似合うその光景を見て、一念が再度慌てる。
「だ、大丈夫だって! ……ほら!」
一念は両手を広げ、服を着ている事をアピールする。
安心した様子のイリーナは、しずしずと部屋の中へ入ってきた。「ほっ」と息を吐いた一念はイリーナに用件を尋ねる。
「……で、どうしたのかな?」
「えっと、その……陛下がお呼びになってますっ」
「アレクトさんが? ……わかった。すぐ行くよ!」
一念は急いで部屋を出て行こうとしたが、イリーナの声が一念にブレーキをかけさせた。
「あの……これ、渡すの忘れてて……」
イリーナの手には、ややくすみがかった金色の鍵が見受けられた。
「これは……この部屋の鍵?」
「出かける時に必要ですよね?」
先程の事をまだ気にしているのか、イリーナの頬は終始赤いままだった。
「ありがと! あ、イリーナ、後で用事があるんだ。アレクトさんの用件が済んだら会いに行くよっ」
鍵を受け取ると、一念は謁見の間まで走って行った。
(今日は黒のスウェットかっ!! それに……ビーチサンダル…だと!?)
文字通り上下黒のスウェットに白いビーチサンダルを履いた国王が玉座の……左側の肘掛けに座っていた。
玉座の右側に薄い桃色のナース服を着たミーナ、その手前にムサシが立っていた。
(ミーナさん……あれは狙ってるのだろうか……?とりあえず突っ込まないでおこう……)
「アレクトさん、お呼びですか?」
「遅かったな一念。相当疲れていたと見える。よく眠れたか?」
「お陰様で……」
寝覚め以外は……と付け足したかったという一念だったが、保身の為にあえて発言を控えた。
「ん?…まぁいい、昨日の経緯は先程イリーナから聞いた。そこで一念に頼みがある」
「え、はい。なんでしょう?」
「一念、君は相手の心を読む事が出来るかい?」
(!!)
一念は少し驚いた様子を見せたが、実は昨日の時点で覚悟を決めていたのだった。この世界での「能力制限を諦める」という事を。
「はい。可能です」
一念の歯切れの良いセリフに、アレクト、ミーナ、ムサシが三者三様に顔を見合わせ驚きを隠せずにいた。
(仕方ないか……。この世界なら「魔法」で片付くし、この世界なら……いや、この世界だからこそ、超能力を使わないと、俺は生きていけない……)
「なるほど……そこで先程の頼みだ。心を読んで欲しい奴がいる」
「昨日の奴等ですか?」
「ほぅ、それが読心術かな?」
「あ、いやこれは勘ですよ、勘」
アレクトがニッと笑うと、話を続けた。
「それでは牢に案内する。付いて来てくれ」
「ん? アレクトさんも行くんですか?」
「ん? 何か問題でも?」
「あぁ、いや牢にいる王様ってのはあまり想像が出来ないってだけです」
アレクトが少し考え、ムサシに質問した。
「そうなのか?」
「罪人に会いに行く王は珍しいかと存じます」
「お兄様は変人ですから」
ムサシの返答にミーナが適切な補足を加え、一念の笑いを誘った。
「ミーナめ……覚えてろ……。ゴホンッ、まぁよい。では行こう!」
アレクトの後に三人が続く。一念はミーナに対しても似た様な感想を抱いたが、口にはしなかった。
城の入口手前にある屋外の階段を降りると、薄暗い牢屋が存在する。治安が良い事で有名なトレーディアでは、滅多に使われる事のない牢屋だったが、昨日、今日とで大分騒がしくなっている。
床から天井まで伸びている鉄格子を見て、一念はゴクリと息を飲んだ。
アレクトの姿を見て、兵士が椅子から立ち上がり敬礼をする。
手前の牢屋に一念が捕えた十四人の兵がいた。上官を含む数名が一念を睨んでいたが、それに気付いたムサシが鬼の様な形相で睨みつけた。
「「「っひ!!」」」
思わず一念も同じ悲鳴を出しそうになったが、なんとか喉奥に押し込める事に成功した。
更に奥へ続くと、見知った顔の青年がそこに立っていた。
「怖がらせちゃ駄目っすよ。ムサシ将軍」
声に反応したムサシはフンッと鼻息を出し、声の主に返答した。
「あれ、リッツ? なんでここに?」
「あのなぁ、ここは牢屋で、俺は特殊警備隊長。今からする「尋問」は本来俺の仕事なの。わかった?」
空気を読め、というニュアンスのセリフを吐いたリッツだったが、一念は「はぁ~」と息をつき、感心した様子でリッツを見ていた。
「な、なんだよ?」
「いや、リッツって仕事ちゃんとするんだなーって思ってさ」
「おいおい、昨日の剣捌き見てなかったのかよ? 流麗とかどっかに書いてありそうだったろ?」
「あぁごめん、食べてる姿しか思い出せなくて……」
「このっ……まぁ、いい! ……陛下、こいつらが昨晩の賊です」
リッツがアレクトにそう促すと、鉄格子越しから反論が聞こえる。
「だ~か~ら~、昨日からずっと賊なんかじゃないって言ってるじゃないですか~。追剥かと思ったので抵抗しただけですよ~」
(この喋り方…こいつ…殴りてぇっ……)
リッツの心の声が今にも口から出そうになった時、アレクトが男に声をかけた。
「いや、すまない。形式上は尋問をしなくてはならなくてな。問題がなければすぐにお引き取り頂く」
低姿勢な王に男二人はニヤニヤしながら続けた。
「いや、話がわかる王様で助かりますよ? もちろん~、何の証拠も出なければ、それ相応の謝礼も出して頂けますよね~?」
(この喋り方…こいつ…殴りてぇっ…)
一念の心の声が今にも口から出そうになった時、アレクトが男に声をかけた。
「あぁ、無論だ。証拠が出なければ迷惑をかけた分だけ謝礼をさせると約束しよう。では、何点かの質問に付き合って頂く」
「いいですよ~。答えられる範囲で答えさせて頂きますよ」
男二人がニヤッと笑い、アレクトが少し後退し、代わりに一念が前に出た。
一念は手にペンと紙を持ち、脇に置いてある椅子に腰かけた。そして、その後ろにいるアレクトが質問を始めた。
「名前は?」
「ジョンで~す」「スミスといいます」
「どこに住んでいる?」
「旅をしているので決まったところには住んでませ~ん」「同じく」
「家族構成は?」
「天涯孤独の身で~す」「同じく」
「以上で終わりだ。時間をとらせて悪かった」
「本当ですよ~。で、何かわかりましたか~?」
一念が紙をアレクトに渡す。渡す瞬間に一念が気付いた。
(あれ、日本語の文字ってアレクトさん読めるの?)
「ほぅ、これは凄いなっ!」
アレクトが発した声により、一念の考えは杞憂に終わった。
アレクトはまず同意ばかりしていた男に目を向けた。
「やぁチロル、なかなか可愛い名前じゃないか?」
「「!!」」
「ほぉ、イースティアの東の町はずれ、青い屋根の家に住んでいるのか。娘のナーシャはどんな子なんだ? ん?」
「な……なぜ……?」
アレクトは生意気な男に目を向け話を続ける。
「君はオーディスというのか」
「っ!?」
「良い名前じゃないか! ウエスティンの中央区に家を構えているのか? 中々の家柄だな。チョコレートが大好きなコーネルに会いに行きたくはないか?」
「ど……ど~して……?」
一念以外の全員が驚愕していた(一念もアレクトの怒涛の言い回しに驚いていたが)。静まりかえる牢獄にアレクトの声だけが響く。
「これからナーシャとコーネルの所へ…兵を差し向け、捕えさせてもいいのだが?」
「や、やめてくれっ!! 娘は何も関係ないっ!!」
「む……息子に手を……出さないでくれ……頼むっ」
アレクトの脅迫に二人の男は震えだし、鉄格子を掴み、アレクトに懇願した。
「では、正直に話してもらおう」
「「そ、それは…」」
(ん?)
子供の命を盾にされても口を割らない事を訝しんだアレクトは、一念に一言言った。
「一念、頼り切って済まない。あと一つで構わない」
無言で一念が頷くと、鉄格子越しにへたれこんでいる二人の男に問いかけた。
「黒幕は…誰ですか?」
二人は目を瞑り、俯き何も言えないでいた。一念は二人の心を読み、言葉にした。
「さ…さい、しょう…り…えん?」
「「「「なっ!!!」」」」
その場にいる誰もが驚かずにはいられなかった。二人の男は黒幕の名前がバレた事に、アレクト、ミーナ、ムサシ、リッツはその名前に…。
「宰相リエン……なるほど、喋れぬわけだ……」
アレクトは得心がいった様に表情を歪める。
「誰なんですか? その、リエンって……」
一念の疑問にムサシが静かに答えた。
「リエン……聖王国の宰相だっ……」
「宰相って……」
今だ事の重大さを理解してない一念に、リッツが諭す様に話し始めた。
「あのな、今の聖王国ってのは一番上のトップ、つまり「聖王バルト」がしきってる訳じゃないんだ。病床のバルトの信頼を勝ち取って、宰相になったのがそのリエン。宰相は聖王の次に権力を持っている。聖王が動けない今、聖王国の実権を握ってるのはそのリエンなんだよ!」
「つまり……一番大きい王国のトップみたいな人が黒幕って事?」
「なんだそりゃ……根本的な問題はそこじゃねぇけどな……」
ミーナがリッツに代わり話を続ける。
「いい? お兄様はこれでも賢王とまで呼ばれる存在よ。これがもし血の気の多い王で、この事実を知ったとしたら、どうなる?」
「そ、そりゃ、怒りますよね……」
「そう、つまり聖王国は戦争も辞さないって事。勿論お兄様はそんな事は望まないけど、一番の問題は――
「聖王国が、次の狙いをこの国に定めたという事だ」
ミーナの言葉にアレクトが言葉を挟み、一念に一番のポイントを伝える。いや、アレクト自身も実感する為に発した言葉だったかもしれない。
まだ完全に状況が飲み込めない一念に、ムサシが険しい表情で話し始めた。
「昨日の様な謀略がこれから先ずっと続く……終わりは……ないっ! 我々は我慢し続けるしかないという事だ。我慢の限界に達した時……それが戦争の時だ……」
「そう、聖王国からの攻撃とわかりつつも、こちらは手が出せない。八方塞がりだ……」
ムサシとアレクトの説明を受け、一念はようやくトレーディアの一大事に気付いた。
「あ……」
言葉にする事が出来なかった。いや、一念は何を言っていいのかわからなかった。
「一念、ご苦労だった。部屋に戻って休むといい。まだ身体も疲れているだろう……」
アレクトの声に覇気が感じられなかった一念だが、やはり何も言う事は出来なかった。
「この二人の男の家族をトレーディアへ連れてこい! 大至急だ!」
「大至急」という言葉で男二人はアレクトの意思を察し、涙を流した。二人がこのまま戻らなければ任務は失敗……という事になり、家族は殺されるだろう。アレクトはこの二人を逃がせない現状、二人の家族をこの国に連れて来る事によって、家族の命を救うという手段をとったのだった。
「ありがとう……ありがとう……」
「うぅ……ぅ……」
「礼はいらん、会わせてはやれるが牢から出す気はない。人の命を狙った罪をしっかりと償え!!」
アレクトの優しくも強い声が、薄暗い牢獄に中に響いた―
――自分の部屋に戻って来た一念は、国の一大事に何か出来ないかを考えていた。
例の如くベッドに仰向けに倒れこんでいた一念は、なんのアイディアも出てこない頭を掻き毟り、ただ時間だけが過ぎていった。
時が夕暮れに近づく頃、扉を叩く音が一念の部屋に鳴り響いた。
「一念さん……。あの、イリーナです……」




