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聖女様の従者  作者:
7/9

7 彼女たちの関係性

 唇を引き結び眉を寄せた顔は、癇癪を堪える子どものような顔だ。無謀なのに聡明な聖女様。泣きそうな子どものような表情なのに、瞳の色の深さだけは底が見えない。

 だから「そんなの」と何事を言おうとする唇が、それ以上動くことを私は許さない。私は本当に、酷い大人だ。


「さっき筆頭騎士殿に言いましたよね。「みんなを守りたい」と。その思いは正しいものです。聖女様とはそうあるべきものだと、皆がそう思っています。聖女様とはそういう存在なのだと。誰がどうなろうとそんなの知ったことじゃない。そんなことを、貴方だけは言ってはいけないんです」


 僅かな沈黙の後、聖女様は掠れた声で「最低」と言った。その通りだと思う。私たちはみんな、最低だ。

 聖女様は立ち上がると、私との短い距離を早足で詰めた。頬を引っぱたかれることを覚悟していた私は、まだ聖女様のことを見誤っているのかもしれない。

 ――ほとんど激突の勢いで抱きつかれて、よろめく。身長差から肉の薄い胸部に頭突きを喰らう形になって骨が痛んだ。「痛」と思わず漏らせば、ぎゅうぎゅうと一層抱きつく腕に力を込めて私の肺を圧迫しながら「最低」と聖女様は繰り返した。


「最低。そんなこと言うなんて。ミツ、最低」

「すみません」

「最低。ミツにそんなこと言わせるなんて。あたし、最低」

「それは」

「ミツの馬鹿。最低なこと言うし、言わせるし」

「聖女様」

「今日ずっと駄目駄目だし! 意地悪だし!」


 私が黙ると、聖女様は抱きついたまま顔を上げ私をキッと睨んだ。その顔が泣いていなくて内心ほっとしていると、聖女様は私の手を取りテーブルまで引っ張っていった。自分が座っていた椅子の側にもうひとつ椅子を引きずり寄せてくると、バンとそれを叩く。


「座る!」

「あ、はい……」


 聖女様は私の真正面に椅子を移動させ腰を下ろすと、「いいですか、ミツ」と言い出した。


「返事!」

「あ、はい」

「確かに今日のあたしは軽率で不謹慎で駄目駄目でした。全部全部ミツの言う通りです。今日のっていうか、最近のあたしは駄目駄目でした。すごくよくわかった」

「それはよかっ」

「でも! ミツ!」

「……」

「返事!」

「あ、はい」

「「あ」はいらない! さっきミツが言ってたこと、全部そっくりそっくりそっくり! ミツに返します」


 ……あれ? 雲行き……。


「聞いてる、ミツ!」

「聞いてます」

「返事は「はい」! いいですか、話をします」

「はい……」


 聖女様はそういうと腕組みをして、高々を足を組んだ。大変よくお似合いになるが、是非とも他の人、特に男性陣の前では止めて頂きたいポーズである。聖女ブランドに傷が。

 早速「そうあるべきものだ」と世間が思っている聖女像から離れています聖女様。とは、とても言えない空気である。怒ってる美少女怖い。


「聞きなさい。まず、エドは最初に言ったわよね? 貴方もあたしと一緒にこの部屋にいろって。それなのに貴方は、自分もと言ってあたしを残して出て行ったわね。ミツが言う通り、賊が何人いるかわからない状況で! 一人で! は? 直ぐに合流した? そんなこと聞いてないわよ! 確かにミツは強いわ。でも、じゃあ絶対かって言ったら、そんなの傲慢でしょ。もしミツが不測の事態に陥って、そのために他の人たちが労力を割かれたとしたら、それは本末転倒じゃないの? そうよね? 返事は? ええ、そうでしょう。だいたい、もしミツが部屋に残っていたら、あたしがみすみす部屋から出るなんてこともなかったでしょうねえ。ミツ、駄目駄目なのは貴方も一緒だわ。聖女様は時にひとりのために無謀を冒してしまう愚か者なのよ。それを諫めて守るために、盾である貴方がいるんじゃないの。貴方が怪我をしたり、いなくなってしまったら、誰がその役割を勤めるの。履き違えないで。貴方の役割は、誰狙いとも知れない賊を吟味することじゃなくて、いつだってあたしの側にいて、あたしを守ることなのよ。わかった? 反省した? 返事は?」


 ごめんなさい、以外の返事ができる剛の者がいたら是非紹介して欲しい。

 聖女様御歳17歳。不肖従者27歳である。何のとは言わないが、勝率は限りなくゼロに近い。


 恥ずかしながら王国内で最も口喧嘩が強い者として私の名が噂されている内は、聖女ブランドが守られているのだろうと思う。










「ミツしかいないのに」


 泣きそうな声で聖女様が言うから、ごめんなさい以外に何かを言えるはずがない。魔力の感度を上げて周囲に会話が漏れている状況がないかを精査する。その意味を察した抱えの間者が気配を消すのを確認した後、私は聖女様と呼び続けていた少女の、誰も呼ばない名前を口に乗せた。もうこの世界では、私以外の誰も呼んであげることができない彼女の名前。


「ごめんなさい、フィーナシェリン。ごめんね」


 少女は私が自分を「聖女様」と呼ぶことを何よりも厭うから。

 意地悪と詰られるほどに呼び続けた今日のご機嫌取りには、甘いデザートとふわふわの泡風呂と一体どちらが効果的だろうか。尋ねたらきっと、当然両方だと答えられるんだろうなあ。

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