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聖女様の従者  作者:
6/9

6 お説教再開

 ――その後。


 庭口の向こうに新たな気配が現れたところで、バーリ卿は見事に筆頭騎士の顔を取り戻した。その切り替えの鮮やかな手腕には恐れ入るが、彼が長を務める騎士団の団員たちが上司に向ける信頼と尊敬の眼差しを見るにつけ、生温かい気持ちで胸が満たされる。

 ちなみに恋する乙女騎士から筆頭騎士へと戻ったバーリ卿が最初にしたことは、私のことをほとんど驚いたような顔で睨み付けることだった。完全に逢瀬を覗いていた間男を見る鋭さである。早く禿げればいいのに。


 姿を見せたのは正にそのバーリ卿直属の部下で、彼を殿下方がお呼びだという。私達に対しても、今日のところは安全を考え神殿に戻られるといい、という旨の伝言があった。

 そこで庭園の片づけの手配を伝令役の騎士に任せ、私達は共に王宮内に足を移した。神殿に戻るにしろその前に一度宮内にある聖女様の部屋に戻る、と言うとバーリ卿は丁寧に聖女様を部屋まで送り、自ら扉を開けて室内に彼女をエスコートした後、きっちり頭を下げてから去っていった。貴族らしく、騎士らしい完璧な所作である。そして更に完璧なことに、去り際には聖女様の視界には映らない位置からきっちり私を睨むことも忘れなかったので、ご希望通り後できっちり話をつけてやろうと思う。


 しかしそんなことは後である。


「聖女様」


 振り返ると、椅子に座った聖女様がもじもじとスカートの上で指先を擦り合わせながら唇を尖らせていた。ちゃんとわかっているらしい。

 そうです。お説教の再開です。


「聖女様。どうして、そんな勝手をなさるのです」

「だって……っ」

「賊が捕まったと聞いたから、は聞きません。他にいない保証はないからです。そもそもそんなこと誰から聞きましたか。近衛や魔術師の防護があるから、も聞きません。さっきも言いましたが、それで何とかなるならこんなことは起こっていません。自分の身を賊から守るくらいの力はあるから、なんていう傲慢な答えも許しません。絶対はありませんし、もしそのために聖女様を守って傷つくような人がいたら、その人まで貴方は守りきれると言うつもりですか」

「でもっ、それでもっ」

「私が心配だった、という理由なら一番聞きませんが」


 ガタと椅子が鳴る音と同時に、クッションが飛んできた。足を踏み開いて仁王立ちになり、右手を斜めに振り下ろした格好で肩を怒らせる聖女様の顔は赤い。眉は吊り上がり、薄く開かれた唇は今にも震えだしそうだ。


「ミツの馬鹿! 意地悪!」


 落ちたクッションを拾うために上体をかがめながら「聖女様……」と溜息混じりの声を漏らすと、ふたつ目が飛んできて今度は頭にぶつかった。

 クッションをふたつとも拾い上げ「いいですか、聖女様」と言葉を強くすると、榛の瞳が怒りとは違う色で大きく揺らいだ。その様子に、クッションをぶつけられた頭よりも心の方が痛む。でも、忘れてはいけないことがあるのだ、私にも、彼女にも。


「私を心配してくださったのですね。ありがとうございます。貴方のその他者を思いやる心は美しいものだと誰もが思っています。でも聖女様。そのために、貴方自身や、その他の人たちが危険に晒されていいことにはなりません。確かに今日に限って言えば、賊は他になく、貴方自身も無事で、貴方を庇って怪我する者もありませんでした。では、それなら結果的に何も問題はなかったのでしょうか? いいえ、聖女様。わかっていらっしゃいますね?」


 再び椅子に腰を下ろしていた聖女様の唇はへの字に歪んでいるが、黙って私の言葉を聞く体勢ではいてくれている。何か言いたそうな顔でもあるが、問いかけの形を取りながらも今は私が喋らせないとわかっているのだろう。私も、何も答えさせなくとも私が言いたいことを聖女様が理解していることを、わかっている。


「あの2人の従者はきっと処罰を受けるでしょう、なぜなら、貴方の安全を脅かしたから」


 貴人の安全に関わることに対する召使いの責は大きい。それが命令であった以上、聖女様を止められなかったことは確かに彼らの責任に違いない。が、それだけでもない。王族に並ぶ貴人とされる聖女がその強い意思を押し通そうとした時、果たして一介の召使いにどれほど抵抗できただろう。まあ、本当はそれでも押さえてもらわねば困るのだが、今はさておき。

 ここは、元いた世界とは違う明らかな身分差の存在する社会だ。私はそれを、暮らしぶりの差よりもむしろ、その処罰のあり方でこそ実感した。きっと今回の聖女様の無謀な動きに対し、彼女自身への処分は精々口頭注意くらいだろう。けれど、あの2人は違うはずだ。


「今は敢えて、ワガママ、と言わせてください。貴方のそのワガママのせいで、彼らは免職にさえされるかもしれない。いいえ、聖女様を危険に晒したのだから、もっと酷い処罰を受ける可能性だって低くはないでしょう」


 聖女様が唇を噛むのが見えた。心の言葉が読めるような気がして、私は言葉を重ねる。


「そんなこと、させないでくださいね、聖女様。貴方にはそれができるのだから」


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