4 聖女様
筆頭騎士殿が跪いた。
私はそうしない。しないことを、許されている。
少女は、私達の姿を視界に収めると、ふっと表情をゆるめほとんど駆けてくるような速度でこちらにやってきた。お付きの声が悲鳴にしか聞こえなくて、哀れだ。
「ミツ! エドワルド!」
気の強い性格を表すようなややつり上がった目は、笑うと少しだけ幼く眦が下がる。たった数ミリだけのことなのに、それだけで印象に一層甘さが際立つのだから、黄金比の美少女って凄い。笑って欲しくて頑張っている男どもはもっと頑張るといい。
可愛いは正義だ。が、しかし。
「聖女様、部屋に控えているはずではありませんか」
叱るべきは叱らねばならない。
騎士――エドワルド=バーリ卿の起立を笑顔で許可している聖女様に指摘すると、魚の小骨が喉に刺さったような顔をされた。そんな顔をしても駄目なものは駄目だ。
睨む形に目を細めたまま、彼女に付いてきた男女の従者に顔を向けると、二人共の肩が小さく震えた。もうしわけございません、の声もひきつっている。
「構いません。下がってください」
「あ、いえ、あの、あ、本当に、もうしわけございません!」
地面に両手をつきそうな勢いだ。
言葉通りに意味が伝わらない会話は、本当に疲れる。そんな会話ばかりしているが。
「構わない、と言いました。聖女様は私がお連れします。貴方がただけでは無理もあったでしょう。罰を受けることがないよう、進言もしておきます。構いません、下がりなさい」
深々と頭を下げてから去っていく二人の内、私より年嵩と見える侍女の顔が赤かったのを確かに見た。無能な役立たず、と罵られたのだと感じたのだろう。今度は、そう聞こえる言い方をした。
騎士の顔は渋く、聖女様の顔も苦い。
笑って言えばいいのに、と以前聖女様から助言を頂いたが、残念ながら私の笑顔のデフォルトは唇だけの薄笑いと決まっている。より一層の見下し感と嘲笑感が増すだけだということくらいわかるので、無駄打ちし過ぎないようにしているのだ。
そう実際に微笑みながら説明すると、「確かに今馬鹿にされているようで腹立たしくなる」とありがたいお墨付きの言葉を頂戴した。
「さて、聖女様」
「……なに、ミツ」
「なぜ、部屋にいらっしゃらないのです」
「……だって、賊は捕まったんでしょう」
少し唇を突き出して言い募る様は、まだ十代の少女らしい。
一部の親しんだ人間の前でだけ、彼女は年相応の幼さを垣間見せる。それは彼女の親愛の証だ。だから、彼らはそれを彼女から与えられた特権だと感じている。
目の前で不躾でない程度に、しかし熱い視線を聖女様の背中に注ぐバーリ卿も、また然りだ。彼に至っては、特権意識がものの見事に恋情に昇華されている。同様のパターンは周囲に散見される。
別に、聖女様に懸想しているから、この男を嫌っているわけではない。
「他にも潜んでいたらどうします」
これ見よがしに溜息をつくと、一瞬言葉に詰まった後、更に唇を尖らせる。
「近衛の人達や、魔術師の人達が、探索と防護を強固にしてくれているわ」
「本当にそれで十分なら、そもそも今日のようなことは起こっていません」
さっきまでキラキラしていた騎士が、また顔を歪めている。
今のは貴方を責めたのではなく、彼女へのお説教の一環だから、深読みせずあまり私を恨まないでもらえると嬉しい。……という気持ちを込めて、ちらと騎士を見たら、ばっちり合った若草色の目の奥で瞬時に怒りと悔恨が渦巻いたので、どうやら遠回しな嫌味と叱責だと理解されたらしい。
日頃の人間関係が物を言ったようだ。
「だいたい、本当に私が狙われていたかどうかもわからないでしょう」
「貴方が参加した途端、これなのに?」
「他の誰かが参加した途端、ではない確証は得られているの?」
今度は私が沈黙した。
あともうふた月もすれば18歳の誕生日を迎える聖女様は、無謀なのに、聡明だ。