3 仲は大変悪いです
女の腕を押さえていた城兵達と女官長が頭を下げて下がっていく。
騎士だけが残った。彼も共に下がると思っていたので、少し首を傾げる仕草をしてみせる。
剣を持てば虎とも例えられる戦人は、平時は穏やかな容貌を厳しく顰め、戦場を思い起こさせるような表情をしていた。
沈黙は短い。
「どう、思われるか」
私はテーブルの上に手を伸ばした。五指全てにはめた指輪同士を緩く繋ぐ細鎖が擦れ合って微かな音をたてる。
銀の匙を手に取り、冷めた紅茶の中に突っ込んだ。数度掻き混ぜてから、匙を引き抜くと、円い先端部がすっかり黒ずみ変色していた。
ふ、と笑う息を吐いてみせながら、雫を切ったスプーンをひらひらと揺らす。
「銀が変色する程度の毒など、なんて稚拙なことでしょう。漏れ得ぬはずの情報を手に入れてすることにしては、随分と安っぽい」
そう言うと、男の眉間の皺はますます剣呑に深くなった。
「では、その心を、なんと捉えられる」
「私が答える一方ですか? 貴方こそ、どのようにお考えで? 貴方が侍女から受け取り、貴方が手ずから注いだ紅茶から毒が検出されたのですから、貴方の方がよほど当事者でしょうに」
虎が牙を剥いた、ように錯覚した。総毛立つような心地がする。心地がするだけで、実際には薄く笑ったまま身動ぎもしていないのは、自分が一番よく知っている。
それに、どれほど私に怒りを抱こうとも、疎もうとも、今この場で私を切り捨てるようなことが彼にはできないことも、私はよく知っている。
だから、失言したとは思わない。
今更言うまでもないだろうが、私は彼が嫌いだ。
「警告、だろうな」
「私も同意見です。いつでも、できるぞ、とでも言いたかったのでしょう。――ただ、少し疑問なのは」
「なんだ」
「何に対して、警告をしたいのかがよくわかりません。何をするな、と言っているのでしょう。それとも、何かをしろ、と言っているのでしょうか。どちらにしても、すぐに答えが浮かばないのです」
無知を晒したことをせせら笑われるかどうか、と構えていたが、男も口元から顎先までを一撫でして悩む様子を見せた。どうでもいいことだが、そういえば、この男、いつ会っても無精髭とか見たことないな。
「彼女が参加した途端にこれですから、反射的に彼女目当てを疑いましたが。いえ、その可能性が限りなく高いと、今でも思っていますが。――筆頭騎士殿」
とてもとても嫌そうに眉を顰められた。よいよい。
「一応です。このふた月の間に開かれた茶会全てに一度も参加していなかった人物が、聖女様以外にもいなかったかどうか、確認しておいて頂けますか。」
瞠目し、咄嗟に口を開こうとする筆頭騎士殿より早く、言葉を重ねてやった。
「ご無理ですか。それでしたら、諦めますが」
苦虫を噛み潰したような顔の見本を見た。
今日は私の勝ちのようだ。面倒臭い仕事に翻弄されるがいい。
自分のテリトリーで取り返しのつかない失態を犯しかけたことは、それなりのダメージを彼に与えているらしい。
その時、庭の門の方が少し騒がしくなった。
二人揃って、声が聞こえるほうに顔を向ける。
今度は、私が苦虫の味を知る番だった。
焦った様子の侍従と侍女を一名ずつまとわりつかせて、颯爽と歩いてくるのは紛うことなき美少女だ。
柔らかくなびく蜂蜜色の髪の毛は、陽の光を浴びてきらきらとこがね色に瞬いている。大きなアーモンド型の瞳はきらりと濡れた榛色で、広い額、すっと通った鼻梁と共に意思の強さと知性を感じさせる。小振りな唇は桜色にふくりと膨れて、笑うと時折覗く白い歯や小さな舌と合わせて、可憐なのにコケトリーな魅力に溢れていた。
とりあえず褒めちぎってみたが、もう少しさらりと言うと、彼女にこれっぽっちもきゅんとしなかったら男として不能を疑うべきだ、と私は常々思っている。そんな美少女である。