2 日常の片隅で
戦乱は一年半ほどで明けた。
地の底の獣と契約を交わし、魔国と化した『失われた名』の国も浄化が少しずつ進んでいるらしい。未だにその残滓は世界に根強くこびりついていたが、それでも、国も人々も復興を始めている。
だが、平和になった、とは言い難い。
私はまだ、ここにいる。
「連れて参りました!」
自害される前に犯人を捕らえられたようだ。
貴人に供された茶に毒が混入されていた。
茶器が残されたままのテーブルとパラソル。茶会の痕跡のみを残した奥庭に連れてこられたのは侍女服の若い女だった。後ろ手に拘束され、口には布がきつく噛ませてある。その布が僅かに赤いのは、右頬のあたりが赤く腫れてみえるのと同じ理由だろうか。
拘束された女の姿を眺めた後、視線を移すと目が合った女官長が浅く息をつめるのがわかった。
「ふた月ほど前に入った者でした。問題のない家の者と判断致しましたのはわたくしです」
「急ぎ、この者の実家とされる場所に兵を送っているが、恐らく……」
咎は私にと頭を深く下げる女官長を横目に、傍らの騎士が言葉を濁らせた。拘束した女の腕を押さえ込んでいる二人の城兵も含め、皆、顔色がない。自らの失態の大きさにおののいているのか、それとも。
「女官長殿」
「はい」
「ふた月前と仰いましたね。このふた月の間、他に何か、今思えば不審なことなどはありませんでしたか」
少し考える素振りを見せた後、女官長はいいえと首を横に振った。
「城で、大小を問わず、この奥庭で茶会が開かれたことは、このふた月の間にありましたか」
「はい、何度かございます」
今度は殆ど間を置かず、返答が返ってきた。恐れたように青ざめていた顔が、今は険しい。
私が言わんとしていることを、もう理解したのだろう。私でも想像できるようなことを、彼女がわからないはずがない。
「もうひとつ。女官長殿、あなたは、この茶会にどなたが参加なさっているのか、ご存じでしたか」
「いいえ、知らされておりませんでした。直接に茶器を運んだ者も、奥庭の入り口にて近衛騎士様に手渡しておりますれば、本来ならば、誰も」
奥庭は、本来高位の貴族のための密会場だ。秘密を守るための様々な術式の上に、この箱庭は構築されている。例えば、特定の人物しか入れぬようにするだとか。例えば、外に音が漏れぬようにするだとか。――――例えば、誰にも知られず内部に入れるようにするだとか。
跪かされている女を見下ろす。濃い茶色の瞳には、赤々と憎しみが燃えている。彼女の中に、心を喰うという獣は見えない。魔に魅入られているとも見えない。ただ純粋に、芯から、人間としての心で、私たちを、……あるいは、私を憎んでいるのがわかる。
口を開く。
「おかしなことです。私たちは今回、神殿から直接奥庭に道を繋ぎました。にも拘わらず、貴方は女官長でさえ知らない情報を、正確に掴んでいたようです。一体、どなたからお聞きになったのでしょう?」
「……」
「今ここで、話すつもりはありますか?」
「……」
女は微動だにしなかった。ただ、爛々と燃える瞳で私を睨み付けている。
胸の奥が大きく軋んで、しかし、すぐに弱まっていく。
「話すつもりは、ありますか」
もう一度聞いたが、女は何も反応を示さなかった。
もし何か、頷くなり、声を出そうとするなら、猿轡を外さなければならなかった。彼女の言葉を聞かなくてはならなかった。
よかった、と素直に思う。
「連れて行きなさい。処分は殿下方にお任せ致します」