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渇き(2)

 すれ違った十歳程度の少女が、俺と同じペットボトルを持っていた。土に汚れた頬は青白く、唇は乾燥して割れている。目はよどんだ色をしていた。スカートはほつれて破れかけている。

 俺よりもずっと貧しい暮らしをしているのか、病気を患っているのか、はたまたその両方か。琥珀層にこのような子供は見飽きるほどいるので、俺は少しぎょっととしたものの、すぐに前方に視線を戻した。

 あのペットボトルを持っているということは、俺と同じ水を買っているということだ。

 一週間ほど前に、近所の商店でペットボトル詰めのミネラルウォーターが格安で売られだした。美味いし安いし、何より安全だ。自宅に水道がない住人が競って買う。一人一日二リットルまでと制限がつくほどである。

 思い出すと喉がひどく渇いてきた。早く水を買いに行こう。俺は足の動きを早めた。

俺は最初に行った店で、じゃがいもと油、一キロの鳥肉の塊を頼んだ。店のオヤジはバラバラに伸びたヒゲを生やし、日に焼けた顔に白い歯が特徴的な中年の男だ。

買うものの名称を口にしたとき、オヤジが目を丸くした。

「おい、正道。油と鶏肉は昨日買っただろう? もう全部使っちまったのかい?」

 俺は予想外の指摘に少々狼狽した。表情を見る限り、オヤジはからかっているわけではなさそうだ。

「え? 買ってないよ俺……そろそろ買い足す時期かと思ったんだけど」

「いや、確かに昨日かったぜ? ほら、昨日、俺がいったじゃねーか。これ以上揚げ物食ったら太るぞ、って」

 全く覚えがない。オヤジは「何を言ってやがるんだ」とでも言いだしそうな顔をしていた。

「おいおい。正道もとうとう、おかしくなっちまったのか?」

 オヤジの口元が笑った。日焼けした顔の中で目立つ眼球は、丸く見開かてている。その目には怪訝とも共学とも、呆れともとれる色が滲んでいる。まるで、俺が大いに間違いを犯していることを一寸も疑っていないような顔つきだ。俺はその拍子抜けした顔に、無性に腹が立った。

 酒場の女に店のオヤジ。なぜ、これほどまでに俺をバカにするのか。

 喉がヒリヒリする。早く水を買いたい。俺は足元にある、サツマイモ入りの木箱を蹴った。

「つべこべ言わずに早く出せよ!」

オヤジはびっくりして肩をくすめた。

「ま、正道、急にどうした」

 焦った挙動や表情も気に食わない。

「早く出せって言ってんだよ! ぶっ飛ばすぞ!」

 オヤジは小さく悲鳴を上げると、今まで見たことない速さで、じゃがいもと油と鶏肉を包む。俺は財布から小銭を数枚取り出してオヤジの手のひらに叩きつけた。お釣りを受け取る。心なしかオヤジは少し、文句ありげな表情をしていたように思えた。

「ま、まいど」

 俺は商品を奪うように受け取り、水が売られている商店に向かって駆け出そうとした。

「マサミチ!」

 背後から、幼い子供の声が聞こえた。俺は煩わしく思いながらも振り返る。俺の腰までの身長しかない、少年だった。少年はビクッとして小さいがはっきりとした声で俺に伝えた。

「今、マサミチの母ちゃんが、死にそうだって。おいらの母ちゃんが、マサミチを呼んでこいっていってたの」

「…………は?」

「マサミチの母ちゃん、昨日から死にそうだったんでしょ? 看に行ってあげないの?」

 少年は恐ろしいのか泣きそうになっているが、声色と目の色から予測すると、真剣に言っているように見える。

 この子は何を言っているんだ。「おふくろは、昨日元気だったぞ」……と言おうとして、俺は思い出した。

「あ、れ?」

 思考を働かせても整理できない。考えがまとまらないもどかしさ。

俺は、素朴な疑問を口にした。

「……俺のおふくろって、誰だっけ?」

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