森の化け物9
辺りの空気が震えるほどのかん高い悲鳴が、クロフの耳に届く。
いつまでも続くかに思われた悲鳴がやみ、手にかかっていた重みもやがて無くなった。
湖面を波立たせ、恐ろしい咆哮を上げた黒い影は、クロフの前にゆったりと横たわっている。
鈍く光る青みがかった銀の鱗。
曲がりくねった長い首。
人もゆうに飲み込めるほどの大きな口からは赤い舌がのぞいている。
それは人の背丈の何倍もある巨大な蛇だった。
ただ青く澄んだ瞳だけは、神々しささえ感じさせる不思議な輝きを放っていた。
「人間がこの森に何の用だ」
大蛇は鎌首をもたげて言い放つ。
クロフはこの大蛇がこの森の守り神だと考え、丁寧に頭を下げた。
「何らかの無礼を働いたのならお許しください。ぼく達はただ、作物が出来なくなった原因をこの森に調べに来たのです。なにかご存じありませんか?」
大蛇はクロフの頭にかみつかんばかりに大きな口を開けた。
「ほう。人間にもわたしの言葉を解し、恐ろしいと思わない者がいるとは。その度胸は見上げたものだな。その度胸に免じて、今回はこの森に無断で立ち入ったことを許してやろう。立ち去るがいい、人間」
大蛇は赤い舌をちろちろと出し、クロフの顔を見下ろした。
「そういうわけには参りません。ぼく達は作物が出来なくなった原因を探りに来たのです。原因もわからないまま、帰るわけにはいきません。もしあなたが何か知っているのなら、教えてください」
クロフを見下ろしていた大蛇は、その赤金色の瞳を見て急に目の色を変えた。
「お前は。お前は火の神か? 神々の命でわたしを殺しに来たのだな?」
大蛇は身を捩じらせて、クロフをにらみつけた。
「そんな、違います。ぼくはただ」
「知らない振りをするというのか。死の国に落ちたわたしが、神々は目障りなのだろう。多くの人間を殺してきたわたしが、邪悪だと言うのだろう。神々はお前を人間に転生させてまでわたしを滅ぼしたいのか!」
「違います!」
耳をつんざくほどの悲鳴に遮られ、クロフの声は届かなかった。
大蛇の青い瞳はもう何も映してはおらず、狂気の光だけが宿っていた。
大蛇は巨大な尾を振り上げ、クロフに向かって振り下ろす。
クロフは無意識のうちに短剣を頭上にかまえたが、大蛇の予想以上の力に体ごと吹っ飛ばされてしまう。