森の化け物7
木の上からケーディンの声が返ってくる。
木の上の灯りはゆらゆらと森の奥へと進んでいく。
「待ってください」
クロフは木の上のケーディンを呼び止め、もう一つの人影を指さす。
「彼をまだ助けていません。よかったら、手を貸してください」
すると木の上から大きなため息が返ってきた。
「あんたがお人好しなのは想像が付いていたが、おれはそんなにお人好しじゃないんでね。森の入り口であいつを見つけたとき、おれはわざと助けないでおいた。それが何でかわかるか? おれは故郷を出てもう八年経つが、傭兵という仕事柄ああいう人間はごまんと見てきた。ああいう奴は周りの人間の足を引っ張るだけで、何の役にも立たない口先だけの男だ。あんたもツキに見放されたくなかったら、さっさと見捨てることだな」
クロフは暗闇から響くケーディンの言葉にじっと耳を傾けていた。
「それでも、ぼくは彼を助けなければ。このまま見捨てていくことは出来ません」
クロフの真っ直ぐな瞳に、闇の中から諦めたような声が返ってきた。
「わかったよ。手伝ってやる。ただしこいつが足手まといだとわかったら、おれは迷うことなくこいつを泥沼に放り込むからな」
ケーディンは松明を持って、森の奥から戻ってきた。
「おれはこいつを支えるから、あんたは下から松明の炎でつるをほどいてくれ」
クロフはうなずき、つるに絡まったヒーネに近づいた。
下から松明を掲げると、木のつるはするすると解けていく。
ケーディンが木の上から片腕でヒーネの体を引っ張り上げる。
クロフはすぐに木の枝によじ登り、太い枝を選んで歩いていった。
木の枝の上は所々緑のこけで覆われ、すべりやすくなっていた。
「彼は大丈夫ですか?」
クロフが近づくと、ケーディンは木の枝に横たわっているヒーネをあごで示す。
「気を失っているだけだ。良かったな。騒いで泥沼に捨てずに済んだな」
ケーディンは闇に彩られた森の奥を見つめ、そちらに松明を向ける。
「このままここにいると、いつ松明が尽きて、木のつるに巻かれるかわたったもんじゃない。先に進むぞ」
黙って遠ざかっていくケーディンの後ろ姿を見送り、クロフは気を失っているヒーネを肩に背負う。
ケーディンはクロフをちらと振り返っただけで、それ以上何も言わなかった。
かわりにクロフに歩幅を合わせ、松明で足下を照らしてくれた。
太い枝の上を選んで歩き、進むにつれて細い枝が絡み合っていく。