森の化け物5
馬の胴体につるを巻いて引っ張り上げた。
前足が出たところで、馬は自分から泥の中から這い出てきた。
馬は全身を振るって泥を落とし、クロフを長いまつ毛の下からのぞく黒い瞳でじっと見つめる。
「ありがとうございます。助かりました」
クロフは馬の首をなでながら微笑んだ。
「気にしないでください。当然のことをしたまでですから」
「それではわたしの気が収まりません。何かお礼をさせてください。そう言えば、わたしが泥に沈んでいくとき、一匹の狐が近くを通りかかりました。狐はわたし達を見て意地悪く笑いながらこんなことを言いました。『泥の沼地は木を持て通れ。木の葉の中は火を持て通れ。泉の水は剣持て通れ』と」
クロフは口の中でそれを繰り返しつぶやいた。
「それはいったいどういう意味なのだろう?」
腕組みをし、首を傾げる。
「さあ、わたしには何のことかさっぱりわかりません」
クロフと馬はお互い首をひねっていたが、いっこうに何のことかわからなかった。
「狐の言うくらいだから、その言葉はきっと何か意味があるのだろう。でも森の奥には何があるかわからないから、君は森の外で待っていてください」
「しかし……」
馬はしばらくためらったように足元の土をひずめで掘っていたが、クロフが馬の首を軽く叩くと、大きくいなないて元来た道を戻っていった。
クロフは森の暗闇を見据え、一歩一歩確かめるように泥の道を歩いていく。
森の木々は鬱蒼と生い茂り、太陽の光が少しずつ薄らいでいく。
ついに辺りは薄闇に覆われ、足下さえおぼつかなくなった。
そこで腰に下げた布袋の中から火打ち石と油を塗った松明を取りだした。
松明に火を灯し、クロフは暗くぬかるんだ道をゆっくりと進んでいく。
しばらく進むと、薄闇の奥から低いうなり声が響いてきた。
クロフは身構えて、油断無く辺りを見回した。
うなり声は木々の上からとぎれとぎれに聞こえてくる。
それが男の声であることにクロフは気づいた。
手に持っている松明をかざし、木々の枝に目をこらす。
闇の中に浮かび上がったのは、つるに絡め取られた人影だった。
クロフは松明を手に、そろそろと人影に近づいていった。
人影はクロフの姿に気が付くと、身じろぎして小さなうめき声を上げる。