森の化け物4
地面の土はぬかるみ、沼地のようになっていた。
しかし王から授けられた聖なる宿り木で編んだ靴のおかげで、平地を歩くように苦もなく進めた。
しばらく行くと、馬のいななきや人の叫び声が聞こえた。
「助けてくれ!」
クロフは肩にかけていた竪琴を背負い直し、腰の短剣に手をかけ小走りに森の奥へと急いだ。
空の開けた場所に、馬の鼻面とヒーネの頭だけがのぞいている。
クロフはヒーネの側に走り寄ると、両手を泥の中に突っ込んだ。
「た、助けに来てくれたのか?」
ヒーネは涙ながらに訴える。
クロフは泥土を手でかき分け、泥の中に埋まったヒーネの体を引っ張り出そうとした。
しかし宿り木の靴では二人分の体重は支えきれず、少しずつ泥の中へ沈んでいってしまう。
クロフは泥の中から両手を引き抜き、木の上を見上げる。
近くの木に近づくと、その幹を登り始めた。
「おい、わたしを見捨てていくのか!」
ヒーネは頭だけを泥の上に出して叫んだ。
「何という薄情者だ! 神に仕える吟遊詩人の名が聞いてあきれる!」
ヒーネはなおも叫び続けた。
声が枯れ始めた頃、不意に木の上から一本のつるが垂らされた。
直後、クロフが木の上から飛び降りてきた。
「このつるにつかまってください。つるを木の枝に引っかけて引っ張れば、あなたを泥の中から助けることが出来ます」
クロフは泥の中に埋まったヒーネの体につるを巻き付け、木の枝に引っかけ力の限り引っ張った。
ヒーネは泥の中から助け出され、クロフの両手を泥だらけの手でつかむ。
「ありがとう、君は命の恩人だ」
礼を述べると、ヒーネは森の奥を目指して歩き始めた。
「待ってください」
クロフは歩いていこうとするヒーネを呼び止める。
「あなたの馬がまだ泥の中です。手を貸してください」
ヒーネは振り返り、眉をひそめる。
「この先は馬では進めないだろう? 放っておけばいい」
そう言って、ヒーネはさっさと森の奥へ歩いていってしまった。
クロフは仕方なく一人で馬を泥の中から引き上げることにした。