森の化け物13
ケーディンは背筋が凍り付くような感覚にとらわれた。
「おい、まだ生きてるぞ! さっさととどめを刺せ!」
クロフはゆっくりと視線を戻し、虚ろな赤い目でケーディンを振り返った。
物問いたげな瞳に、ケーディンは大声を上げる。
「そうだ。足元の化け物に、その剣でとどめを刺せ! それで終わりだ!」
クロフはケーディンに背を向け、剣を両手で握り直した。
ゆっくりと頭上に掲げ、大蛇ののど元に狙いを定める。
大蛇は頭を力なくもたげ、クロフを見上げる。
「わたしを殺すがいい、火の神。お前にはわたしを滅ぼす力がある。その力があれば、わたしを塵一つ、魂の一欠片も残さず消すことが出来るだろう」
大蛇の首からは、大量の血が湖に流れ出ている。
血は水を赤く染め、そこからは鼻を突くようなひどい臭気が漂ってくる。
「しかし、わたしの最後の意地だ。この土地を腐らせ、草木一本育たぬ大地に変えてやろう」
クロフは大蛇の青く濁った瞳をのぞき込んだ。
その瞳からは、怒りや憎しみ、そして悲しみと言ったあらゆる暗い感情が宿っている。
クロフは剣を頭上に構えたまま、振り下ろすのをためらっていた。
「何をやってる! そいつを倒せば、すべては丸く収まるんだよ。さっさと殺せ!」
クロフはこの森に入ってから今まで、自分の気持ちに正直に行動してきたつもりだ。
ヒーネを助けたことも、ケーディンを助けたことも、後悔はしていなかった。
しかし目の前の大蛇を殺すことは、自分の信念に反しているような気がしてならなかった。
大蛇の息の根を止めるのは簡単だ。
頭上に振り上げた剣を、力一杯振り下ろせばいい。
そうすれば大蛇は死に、森の化け物は退治される。
剣を振り下ろす。
たったそれだけのことだ。
それだけで終わる。
たったそれだけのことなのに、クロフはためらいを捨てることが出来なかった。
「違う」
彼はぽつりとつぶやいた。
「これは違う。もっと別の方法があるはずだ。何かもっと、最善の方法があるはずだ。こんなの間違っている!」
言うなり、クロフは剣を投げ捨てた。
傷ついた大蛇に駆け寄り、銀のうろこに手を伸ばす。
「わたしに触るな!」