森の化け物12
業を煮やした大蛇は、大きく口を開けて突進してきた。
ケーディンは声を上げる間もなく、大量の水しぶきに視界を遮られ、何も見えなくなった。
次にケーディンの耳に届いたのは、森の空気をつんざくような大蛇のかん高い悲鳴だった。
盾の影に隠れていたケーディンは、恐る恐る顔を上げて湖の様子をうかがった。
目に飛び込んできたのは、湖面に映る二つの影だった。
まるで水面を舞う木の葉のように、二つの影は音もなく揺らめいている。
ケーディンは盾を構えたまま、呆然として二つの影の動きを見て追った。
クロフが剣を一振りするだけで、水面が泡立ち、大量の霧が湖面に立ち上る。
大蛇はその巨体をくねらせ、湖面を駆けるクロフを追う。
大蛇が一声うなると、湖面に水柱が立ち、その水滴がまるで意志を持ったかのようにクロフに襲いかかった。
クロフは水の飛礫を剣の一振りで振り払い、大蛇の懐へ飛び込む。
しかし剣を振るう直前で水の壁に阻まれ、刃は大蛇まで届かない。
そんな攻防が数回ほど続いて、クロフの剣が水の壁に阻まれたときだった。
クロフは剣を引かず、切っ先を水の壁に突き立てる。
両手で握りしめた剣先は、炉から取り出したばかりのように赤く、刀身からは白い炎さえ揺らめいている。
水の壁がごぼごぼと音を立てて沸騰し、水は白い霧として空中に霧散した。
剣の切っ先が白いもやを通り抜け、大蛇の白銀のうろこに突き刺さった。
森の木々を振るわせ、湖面が波立つほどの絶叫が辺りに木霊する。
大蛇の体は力を失い、湖の上にゆっくりと倒れ込んだ。
水しぶきがケーディンの頬を濡らし、湖に広がる赤い染みが戦いに決着がついたことを物語っていた。
クロフは剣を片手に握ったまま、湖の中央に立ち尽くしていた。
湖面に浮かぶ大蛇は、首から血を流したままぴくりとも動かない。
ケーディンは盾を手に、恐る恐る立ち上がった。
「やったのか?」
ケーディンは大蛇とクロフとを見比べる。
クロフは放心したように、森の木々の間に広がる夕闇迫る赤い空を見上げている。
湖面は磨き上げられた鏡のように滑らかで、夕雲の流れる茜色の空をくっきりと映していた。
不意に水面の景色がいびつに歪む。
湖面が波立ち、水がケーディンの立っている岸辺の黒い岩に打ち付ける。
大蛇がゆっくりと首をもたげ、青く濁った目でクロフを見下ろしている。