森の化け物11
「果たして、そうでしょうか?」
クロフは釈然としない思いのまま大蛇を見つめている。
不意に水音がして、暴れ回っていた大蛇がこちらを振り返った。
青い瞳には憎悪の光が宿り、口からは紫の水滴がぽたぽたと垂れている。
「お前達など、骨の一片、肉の一欠片も残さず溶かしてくれる!」
そう言い放つなり、大蛇は口から紫の毒液を吐き出した。
毒の霧は近くの石に噴きかかるなり、白い煙を立ち上らせた。
クロフはとっさに顔を片腕でかばい、後ろにいたケーディンを突き飛ばした。
片腕から白い煙が立ち上り、服が溶けあらわになった肌は赤くただれている。
「やはり、殺すしか手はないな」
背後にいたケーディンは短く舌打ちをする。
「でも、それは」
クロフはまだ躊躇っている。
大蛇が息を吸い込み、再び毒液を浴びせかける。
クロフはとっさに後ろに飛び退り、ケーディンから離れるように岸辺を走った。
「おい、これを!」
クロフが立ち止まったところで、背後から声をかけられた。
飛んでくる物を目の端でとらえ、振り向きざまにそれをつかむ。
ケーディンから投げられた物は、ヒーネが領主から授けられた一振りの剣だった。
クロフは噴火口から引き上げられた鉄で打ったと言われる剣をゆっくりと引き抜いた。
その瞬間、クロフの頭の奥の何かが呼び起こされた。
心臓の鼓動が高まり、耳の奥でごうごうと血潮の音が響く。
肩から指先にかけて力が満ち、腕が別の意志を持ったかのようだった。
クロフは何かに取り憑かれたように、右手に剣を握りしめ、立ち尽くしていた。
「危ねえ!」
ケーディンが盾を構え走り寄り、クロフの前に飛び出した。
岩の中から掘り起こされた金属で鍛えたと言われる盾は、大蛇の毒液を浴びてもびくともしない。
「おい、大丈夫か?」
ケーディンは後ろを振り返り、言葉を失った。
それは今までの穏やかな雰囲気のクロフとはまるで違っていた。
赤い瞳は獰猛な獣のように輝き、髪は赤みを増し炎のように揺らめいている。
何より側にいるだけで息苦しくなるような威圧感が辺りに満ち、ケーディンの首筋がちりちりと逆立っている。
ケーディンは口を開けたまま、瞬き一つ出来ずクロフを見つめていた。