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第六話 霧の中の戦場

 格納庫――。

 整備員たちが走り回る中、ハクバは愛機の前で足を止めた。


「ハクバ! まさか――」


「ああ、出番だ。俺が先に出る。『月影』の調子は?」


「バッチリです! ただ、久々の火入れなんで無理はしないでくださいよ!」


「了解」


 ハクバはタラップを駆け上がり、灰色の巨人の胸元へと飛び込んだ。

 コックピットに着座し、ヘルメットのバイザーを下ろす。

 その瞬間、背筋に冷たい何かが走った。

 ――精神感応炉、起動。

 動力源である反応炉が紫色の燐光を放ち、ハクバの神経を繋げていく。

 脳を直接撫でられるような不快感と、全身が機械に拡張される全能感。人の精神を喰らい、進化する月面の遺産だ。

 こいつと一つになる感覚は、いつまで経っても慣れない。


「システム・オールグリーン。同調率、良好」


 全天周囲モニターが光を帯び、外界の映像を映し出す。

 ハクバが操縦桿を握り込むと、機体は拘束具を解かれ、巨大なエレベーターへとスライドした。

 ガゴンッ、と重い音を立て、月影が暗い格納庫から上昇していく。

 頭上のハッチが左右に開き、白い霧に包まれた甲板へと姿を現した。

 灰色の装甲。腰には実体剣。そして頭部には、三日月を模した鋭利な一本角。

 近接格闘特化型アバランサー『月影』。霧の中に佇むそれは幽霊より恐ろしい。


「あのカブトムシ……いや、サムライの兜か。相変わらず惚れ惚れする意匠だ」


 艦橋からその姿を見下ろし、アーチボルトは満足げにコーヒーを啜った。


『ハクバ、射出準備完了! 進路クリア!』


 オペレーターのクリスの声が、クリアに響く。


「了解。ハクバ、月影、出るぞ!」


 足元のカタパルトが唸りを上げる。

 爆発的なGと共に、灰色の機体は霧を切り裂き、グリュムの空へと解き放たれた。


「俺が先行して索敵を行う。レイモンドたちは甲板待機だ」


 指示を飛ばし、フットペダルを踏み込む。月影のスラスターが唸りを上げ、瞬く間に距離を詰めた。

 眼下には二隻の護衛艦。


「CDC、視認した。……巡洋艦も駆逐艦も、旧式だ。脅威度は低いな。これならレイモンドを待つまでも――」


 油断を咎めるように、コックピット内に警告音が鳴り響く。

 下からの対空射撃だ。

 ハクバは瞬時に操縦桿を引き、急上昇で弾幕を回避する。


「手荒い歓迎だな……!」


 右マニピュレーターに懸架した120mmリニアライフルを流れるように構え、スコープに駆逐艦を捉える。


「悪いな……」


 冷静なトリガー。

 マッハ速度で射出された弾丸が、駆逐艦のブリッジと機関部を同時に粉砕した。誘爆を起こし、駆逐艦を粉砕する。


「次は巡洋艦か」


 ハクバが視線制御で次なる獲物を睨んだ、その時。

 機首を巡らせようとした刹那、背筋に悪寒が走った。これは、精神感応炉のせいか、彼の才能かは分からないが、しっかりと感じ取った。

 貿易船の甲板。あの巨大コンテナが内側から弾け飛び、紅蓮の炎と共にそいつは現れた。

 三眼のフェイス。

 赤と黒のまだら模様。装甲の隙間から動力パイプが血管のようにのたうつ。恐らく、不備ではなく設計者の好みだろうが。

 ショルダーアーマーを排し、駆動系を剥き出しにすることで極限まで軽量化されている。防御を捨てて、機動性を意識した設計だろう。


「CDC! レイモンドを出せ! フランとビンスは空母直掩回せ。 予想通りの新型だ!」


 クリスの応答とほぼ同時、ベサリウスのカタパルトから閃光が走った。


「待たせたな、ハクバ!」


「レイモンド! 奴を挟む!」


 猛スピードで戦域に割り込んできたのは、カーキ色の量産型アバランサー『デッド・リッド』。

 日本の某重工メーカーが、次期自衛隊主力機として極秘開発した先行量産型だ。

 政治的な理由で正式採用が見送られたその幻の機体を、ハクバが裏ルートで買い取ったのだ。故に、世界に三機しか存在しない。


「行くぞ!」


「おうッ!」


 ハクバの月影が海面へ向けて急降下を開始すると、レイモンドのデッド・リッドも遅れずに追随する。

 波飛沫の向こう、深紅のアバランサーが待ち構えていた。

 海面スレスレにホバリングしながら、両手を広げて背部のミサイルポッドを開放する。

 吐き出されたミサイルは計八発。駆逐艦クラスが積む高機動誘導弾だ。

 四発ずつに分かれた白煙が、生き物のように月影とデッド・リッドへ食らいつく。

 ハクバは急制動をかけ、右腕のディスペンサーからフレアをバラ撒いた。

 高熱の火花に惑わされ、数発が軌道を逸れて海面に没する。

 だが、食いついてくる奴がまだ三発。


「ちっ! レイモンド、被弾するなよ?」


「当たり前だ! こんなのに当たっていたらアバランサーのパイロットしてないぜ」


 レイモンドは軽口を叩きながら機体をロールさせ、巧みに回避機動を取る。重装甲のデッド・リッドとは思えない軽快な動きだ。


「レイモンド! そのまま残りのミサイルを連れてこい! そのまま、返してやる」


「――了解!」


 ハクバの意図を即座に理解し、レイモンドは操縦桿を押し込んだ。

 二機のアバランサーは海面を滑るように疾走し、唸りを上げて深紅の機体へと肉薄する。

 背後には、執拗なミサイルたちが迫る。

 レイモンドは返事をする必要は無い。ハクバに対しての信頼が、この作戦の成功を裏付ける何よりの証明だ。死線を共に潜り抜けてきた二人の間に、言葉による確認など野暮なだけだった。

 敵機が目前に迫る。赤い装甲の細部が見える距離。

 敵も迎撃しようと腕を上げた、その刹那――。


「今だッ!」


 ハクバの叫びと同時に――。

 月影は右へ、デッド・リッドは左へ。巻き込まれないように、そのまま、上空へ急上昇していく。

 直前までフレアを浴びせられ、さらに目標を見失ったミサイル群。誘導ミサイルは先ほどのフレアを浴びて、電気系統に不具合を起こしている。そのため、コックピットからの誘導指示は届かない。行き場を失ったセンサーが捉えたのは、真正面に立つ巨大な熱源――深紅のアバランサーだった。

 回避する間もない。

 六発のミサイルが集中して突き刺さり、連鎖爆発を起こす。

 紅蓮の炎が海上の霧を吹き飛ばし、敵機は木っ端微塵に爆散した。


「ふぅー! ……上手くいったな」


 レイモンドはヘルメットのスイッチを押し、バイザーを上げ、グローブで額の汗を拭う。


「ああ。正直、俺もここまで綺麗に決まるとは思ってなかった」


「本気で言ってんのかよ?」


 レイモンドは呆れたような声だが、賭けであった。

 もしタイミングがズレていれば、二人ともミサイルでやられていただろうし、ブレードで直接戦うことになっていただろう。


「まさか新型が出てくるとはな……。あれは量産機じゃないよな?」


「あのサイズをか? ――でも、中国はやりかねないな。ああいう兵器には金をよく使う国だ。あのサイズを量産されたたまったもんじゃないな」


「残るは巡洋艦か――」


 二人は視線を戻したが、霧の向こうに艦影はなかった。

 切り札のアバランサーを失い、霧に紛れて逃走したらしい。


「くそ、結局は逃げられたか!」


「深追いはするなレイモンド。目的は果たした、帰投するぞ」


 ベサリウスの甲板へ着艦すると、巨大な対物ライフルを抱えたデッド・リッドが、待ちきれない様子で寄ってきた。


「ちょっとハクバさん! 俺の出番ナシですか!? いいとこ全部持って行かないでくださいよ!」


 ビンスだ。久々の実戦で張り切っていたのに、トリガーを引く機会すらなかったのが不満らしい。


「悪かったよビンス。だがな、ただの雑魚だったぞ? お前が出てきても楽しめたかどうか」


「そうっすか? なら仕方ないですね! 俺の活躍はまた今度ってことで!」


 ハクバがおだてると、ビンスの機体は分かりやすく機嫌を直したようだ。

 その様子に、個別回線でレイモンドが溜息をつく。


『そうやって甘やかすのは止めろ。また調子に乗るぞ』


「いいんだよ。あいつは調子に乗ってるくらいが丁度いい」


『たくっ、お前は本当に甘ぇんだよ』

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