第三話 傭兵日常
翌朝。二人は軍用ビークルを飛ばし、基地から数キロ離れたダイナーまで足を運んでいた。
「それでフラン。ビンスの野郎は?」
レイモンドが、対面に座る女兵士――フランチェスカに問う。
金髪をキャップに押し込み、深々とかぶった彼女は、気だるげにコーラのストローをくわえた。
「昨日ナンパした女と街へ消えたわ。たぶん、遅れてくる」
フランチェスカ・リース。通称フラン。元アメリカ海軍航海士。十八歳で入隊したが、軍特有のしがらみに嫌気がさして自ら除隊。貯蓄を切り崩して放浪していた最中、ハクバたちと出会い、行動を共にすることになった。
「たくっ! 何してやがんだ、あいつは!」
レイモンドは呆れ果てて、ブラックコーヒーを喉に流し込む。
「まぁいつものことだ。ゆっくり待とう」
ハクバは足を組み、持参したタブレットをスライドさせる。
ビンスは生粋の女好きだ。涼しげな目元と理知的な銀縁眼鏡、シュッとした顔立ち。その整った容姿を最大限に利用しているに過ぎないのだが、真面目なレイモンドにはそれが気に入らないらしい。
「すんませーん! 遅れましたー! いやあ、熱い夜を過ごしてしまって!」
ダイナーの扉が勢いよく開いたかと思うと、ハクバの目の前にビンスが滑り込んできた。そのままの勢いで、ハクバが飲んでいたコーラを勝手に飲み干す。フランとレイモンドは白い目を向けているが、ハクバは怒ることもなく、空になったグラスを眺めた。
「朝飯でも食え。それから出発だ」
「良いんですか!? さすがリーダー! じゃあ、サンドイッチセットと――」
ハクバの許しを得て、ビンスはトレードマークの銀縁眼鏡を押し上げながらメニューに見入る。その甘えっぷりに、レイモンドが苦言を呈した。
「ハクバさんよー。些か、ビンスに甘くねぇか? だからあいつはつけあがるんだぜ? 依頼人との約束の時間も迫ってる」
「待たせておくぐらいが丁度いい。それに、別につけあがってはいないさ。……俺はああいう奴、嫌いじゃないんだよ」
ハクバがそう言うと、レイモンドはへいへいと肩をすくめて引き下がった。ビンスがハクバに懐く理由は、この寛容さにあった。幼い頃から紛争地帯で育ち、親兄弟を亡くし、里親にも見放された孤独な過去。そんな彼にとって、何も聞かずに居場所を与えてくれるハクバは、唯一の家族と呼べる存在なのだ。
「それで、次のクライアントは?」
フランを奥に詰めさせ、隣に座ったビンスがサンドイッチを頬張りながら尋ねる。
「中国のルー商会だ。ロシアに運ぶ積荷を警護してほしいそうだ。洋上でのランデブーになる」
「積荷の警護ねぇ」
レイモンドが怪訝そうに首を捻った。
「なんすか? レイさん」
「いや、きな臭いと思ってな。ルー商会と言えば、中国でも幅を利かせている裏稼業の大物だろう? そんな連中の積荷が狙われるとしたら、相手はなんだ? 海賊か?」
「その可能性は高いかもっすね。最近は軍用AIの輸出規制が厳しくなってるし。精神感応炉が月面で見つかってから、あまり輸出されなくなったけど。規制が入ってから再び、需要が跳ね上がった。アバランサーのOSに使われるような代物なら、喉から手が出るほど欲しい組織は五万とある」
ビンスが的確な補足を挟む。女遊びだけでなく、こういう情報収集能力が高いのも彼が重宝される理由だ。
「まぁ、会ってみてのお楽しみだ。俺たちは傭兵だ。騙すつもりなら、返り討ちにするだけだ」
二人の話を遮り、ハクバが席を立つ。
「一度、母艦に戻って準備してから向かうぞ」
「空母をわざわざ動かすのか?」
「ああ。念のためな」
「本気かよ……ただの護衛任務だろ?」
ハクバの不敵なウィンクに、レイモンドは重い溜息をついた。




