第二十六話 戦闘配備
潮風が吹き抜ける、空母ベサリウス。
「……あのヴィクターって男について、何か知ってるのか?」
甲板の端で一人煙草を吸っていたハクバに、背後からレイモンドが声をかけた。あの生放送でヴィクターが姿を現した時、ハクバの様子が微かに変わった違和感を、レイモンドは見逃していなかったのだ。
「まぁ、昔の顔見知りだ。……あんな髪色じゃなかったがな」
ハクバは海を見つめたまま、短くなった煙草の灰を指先で弾き落とした。
「何故隠すんだ。俺らにも言えないようなことか?」
「隠してるわけじゃない。ただ、言う必要がないだけだ。お前らには関係のないことだし、それに、昔少し会った程度の顔見知りだ。細かく語れるような話もないさ」
「……それで、お互いに背中を預けられるとでも思ってんのか?」
レイモンドの声に、微かな苛立ちが混じる。
ハクバは昔から、自分の内面を決して見せようとしない男だった。傭兵として雇われてから今まで、身の上話など一度も聞いたことがない。レイモンドはこれまで何度か踏み込もうと試みてきたが、いつも先ほどのように適当に濁されるか、あるいは明確にシャッターを下ろされてしまっていた。
「レイモンド。俺たちは傭兵だ」
ハクバは静かに振り返り、感情の読めない目で相棒を見据えた。
「利害が一致しているから、同じ船に乗っている。それだけのことだ。正規の軍隊や家族じゃあるまいし、過去をすべて打ち明ける必要はないだろう」
確かに、それは正論だった。
傭兵稼業において、他人の過去を詮索しないのは暗黙の了解だ。しかし、ハクバのその割り切った言葉は、「お前たちのことは、そこまで信頼している仲間だとは思っていない」と突き放されているように聞こえ――レイモンドは無性に自分が情けなくなり、奥歯を噛み締めた。
「ハクバ!」
「何だ?」
「キャプテンが呼んでる。なんかレーダーに知らない艦影を補足したとか」
レイモンドの背後から小柄な女兵士がハクバを呼びに来た。
たばこを海に捨てて、腰を持ち上げる。
「これ見てくれ」
CICに来たハクバは、レーダー機の前で腕を組んでいたアーチボルトを見つけて近寄る。
「二隻か……識別は?」
「一応、アメリカ製の強襲揚陸艦だね。それでも二隻だけってことはほぼ無いから、アバランサー運ぶように改造された艦かもね」
腰に手を当てて、クリスは正確な情報と自分の考えを交えて答えた。
「あり得るな。しかもこの進路――」
「ああ、間違いなく俺ら狙いだな」
ハクバの予想にアーチボルトは賛成した。
「だが、どうしてだ?」
確かに、アルビオンは一国共生を掲げている。傭兵集団など眼中にないはず。彼らはあくまで国を束ねることを目的として行動している。
「――さぁな。それは俺も分からない。意外と名が知れていたんじゃないか?」
「悪名も名高いと面倒が増えるな――それでどうする?」
「最大戦速で海域を抜けてインドネシア海域に入りたいが……捕まるだろうな」
「なら迎え撃つか?」
「それしか無いだろう。最速で突破してインドネシアへ向かおう」
「了解。第一種戦闘配置」
ハクバたちはアバランサーの準備を始めた。
パイロットスーツを着用してタラップを降りていく。格納庫に到着すると整備クルーが右往左往と闊歩していた。
「前回と一緒で、百二十ミリリニアライフルでいきますか?」
月影の乾燥作業をしているクルーがハクバに話しかけてくる。
「いや、ビームライフルに換装しておいてくれ。今回は早期決着が急務だ。できるだけ無駄なことは省きたい。チャージはすんでるか?」
「ええ。ただ、出力が高すぎて機体の動力を喰います。撃てるのはせいぜい四発ほどです」
「十分だ。あとはブレードでどうにかする」
整備クルーは残りの整備班に指示を飛ばして、巨大アームを動かし始める。奥の格納庫から持ち出した灰色のビームライフルをアームで掴んで月影の背中に装着していく。




