第二十五話 動き出す思惑
――首相官邸、総理執務室。
「……今回の武装蜂起で、横須賀基地から多数の米兵が同調して出撃した理由は、その後の聴取によって判明しつつあります」
重苦しい沈黙の中、藤九郞が手元の資料を読み上げる。
「彼らは『守られている自覚すらなく、感謝もしない日本人に天罰を』と語気を荒げていたそうです。アルビオンの理念に完全に感化されていると……。ただ、一方で……」
藤九郞は少しだけ口ごもり、視線を落とした。
「ある若い米兵は、行きつけのダイナーの日本人マスターについて泣き叫び、取調室の机に何度も頭を打ち付けて謝罪を繰り返しているそうです」
「……そう。報告は以上ね、ありがとう」
星波は書類を机に置き、深く息を吐いて眉間を揉んだ。
「しっかり休まれてますか、総理」
藤九郞は温かい紅茶を差し出しながら、彼女の顔に深く刻まれた疲労を読み取って気遣う。
「一国の総理が、そう簡単に眠れるわけないじゃない。自衛隊のおかげで瓦礫撤去作業は進んでいるけれど、遺族への補償や諸外国との調整も詰めないと。……休む暇なんてないわ」
背もたれに体を預け、腕を額に乗せて天井を見上げる。
蛍光灯の明かりが異様にまぶしく感じた。今が夜なのか朝なのか、その感覚すら麻痺している。公邸に帰るのは着替えとシャワーの時だけで、食事もまともに喉を通らない。
――祖父や父が『総理とは孤独なものだ』とおっしゃっていたけれど……今になって、その言葉が骨身に染みるわね。
「少し、お一人で背負い込みすぎでは?」
「分かっているわ。けど、それでもやらなければいけない。この国を守る義務が、私にはあるから。弱音なんて吐いていられないの」
星波は自らを奮い立たせるように体を起こし、再び書類に視線を落とした。藤九郞も秘書として彼女を支えたいと切に願うが、内閣総理大臣という重責の性質上、彼が代わってやれることはあまりにも少なかった。
――時を同じくして、米国防総省。
「はい。すでにイオ大尉は出撃済みです。半日もあれば、目標の空母ベサリウスを射程圏に捉えるかと」
部下からの報告を聞き、ヴィクターは面白そうに眉を上げた。
「おや、あの子に階級を渡したんだね」
「ああ。正式に国家を名乗るのなら、軍としての体裁が必要だ。いつまでもテロリストのままというわけにはいかないだろう。本人はひどく嫌がっていたが、無理やり肩書きを背負わせたよ」
アレックスは、ヴィクターの隣でコンソールを叩きながら淡々と説明した。
「はは、イオらしいね。それで――日本の様子はどうだい?」
「ああ。お前の読み通りだ。他国でも動きはあったが、日本での蜂起は早期鎮圧された。……奴ら、未発表の新型アバランサーを持ち出してきやがった」
「へえ、そこまでしろとは言ってないんだけどな」
ヴィクターは口角を上げ、チェス盤の駒が思い通りに動いた時のように嬉しそうな表情を見せた。アレックスはため息をつき、画面のニュース映像を見やる。
「今回の件で、各国が一斉に遺憾の意を表明し始めた。日本も例外ではない」
「そうでなくては困りますね」
ヴィクターは腕を組みながら軽軽に答えた。
「すでに、港に停泊中の旧アメリカ艦隊には出撃要請を出しました。日本へ向けて進軍せよ、と」
「了解した。では、私も表舞台へと動くとしよう」
「お願いします。……現在、あなたは大統領継承順位のトップだ」
アレックスはモニターの男へ向けて、最終確認を行う。
「新たな合衆国大統領として、あなたが立つんだ。乗っ取ったことは公にはせずにね」




