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第二十一話 ヴィクターの罠

「緊急事態よ。時間がないから、形式的な前置きはすべて省くわ。議題は一つだけ」


 星波は卓上に両手をつき、木戸防衛大臣ら、全閣僚を射抜くように見回した。


「暴走した在日米軍に対し、警察権の延長である治安出動を下すか、それとも国家の武力を行使する防衛出動を下すか。……この二者択一よ。各員、一分で結論を出しなさい」


 危機管理センターの円卓に着くや否や、星波は一切の無駄な時間を割かないよう即座に本題へ切り込んだ。


「これはアルビオンの挑発行為でしょう。あくまで国内の暴動として治安出動を下し、警察権の範囲内で速やかに拘束すべきです」


 年老いた国土交通大臣が、青ざめた顔で最初に意見を表明した。


「しかし、事態は明らかに軍事的なクーデターですぞ。国家として舐められてはいけません。防衛出動で毅然と叩き潰すべきだ」


 鼻先に眼鏡をずらした財務大臣が、手元の資料を叩いて反論する。

 それに引きずられるように、厚労大臣や農水大臣なども次々と防衛出動への賛成票を投じていく。一分という極限の制限時間の中、大勢は強硬策へと傾きかけていた。

 だが、その流れを止めたのは、防衛のトップであるはずの男だった。


「私は治安出動であるべきだと考えます」


 木戸防衛大臣の口から出たのは、意外にも慎重論だった。


「日本が誇る自衛隊は、市街地で無制限に戦争をするための軍隊ではありません。防衛出動を下令し、武器使用の制限を解除すれば、横浜の街そのものが戦闘の余波で焦土と化す危険性があります。ゆえに、私は治安出動に賛成です」


 円卓の意見が出揃い、すべての視線が内閣総理大臣である星波に集まった。彼女が最終決断を下そうと口を開きかけた、その時。


「総理」


 背後に控えていた藤九郞が、緊迫した声で耳打ちをした。


「横須賀に停泊中の空母から米軍のアバランサーが、すでに横浜の市街地へ到達。……破壊活動を開始したとのことです」


「……そう。ありがとう」


 星波は小さく息を吐き、そして、円卓の全員を真っ直ぐに見据えた。


「――防衛出動を下令します。直ちにクサナギを発進させて。同時に、横須賀の第一護衛隊群を湾内へ展開し、米軍基地を海上から封鎖。ただし、撃ってこない限りこちらからの攻撃は厳禁とします」


 星波の矢継ぎ早の指示に、同席していた自衛隊の幕僚たちが即座に通信機へ飛びつき、各部隊へ命令を飛ばし始める。

 大半の閣僚が安堵と緊張の入り混じった顔をする中、ただ一人、木戸だけが血相を変えて立ち上がった。


「総理、いけません! これはヴィクターなる男の罠ですよ! 奴は明らかにこちらの反撃を計算して、この暴動を起こさせたのです! ここで防衛出動の武力を行使し、銃撃戦となれば……アルビオンと完全に戦争状態に突入してしまいます!」


 木戸は星波の席まで詰め寄り、必死に翻意を促した。


「ええ、分かっているわ。これは奴らの罠よ」


 星波は静かに、だが決して揺るがない声で答えた。


「だけど、罠を警戒して手をこまねいていれば、今この瞬間にも国民にさらなる被害が及ぶ。……どっちにしろ戦争に引きずり込まれるのなら、私はこれ以上、住民の命が奪われるのを黙って見ているわけにはいかないの」


 木戸の肩に軽く手を置き、宥めるように言う。


「悪いけれど、国民への緊急会見の時間が迫っているから、行くわね」


 呆然とする木戸を残し、星波は会議室を後にした。

 重い扉を開け、戦場となる表舞台へ向かう直前。

 星波は振り返らずに、ただ一言だけ残した。


「――すべての責任は、私が取るわ」

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