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第十九話 武装蜂起

 横須賀海軍基地周辺――ダイナー『YOKOSUKA』。

 壁掛けのテレビが、延々とホワイトハウス陥落のニュースを流し続けている。

 カウンターの隅に座る非番の若い米海軍兵は、頼んだバーボンにも手を付けず、煙草に火を点けては数口で揉み消すという動作を繰り返していた。血走った目は、テレビの画面と手元のスマートフォンとをせわしなく行き来している。


「あんた、大丈夫かい? ひどく落ち着きがないけど」


「……ああ、すまない。本国の家族が心配でな」


 米兵は、少し訛りのある流暢な日本語で返した。


「アメリカ人かい?」


「単身で日本に来ているんだが……昨夜の事件から、家族とまったく連絡が取れないんだ」


 マスターはグラスを布巾で拭く手を止め、深く頷いた。

 何分もスマホの画面を睨みつけていたのは、そういう理由だったのか。


「それは気が気じゃないな。酒はやめて、コーヒーでも飲むか?」


「すまない。いくらだ?」


 海軍兵が慌ててポケットを探ろうとするのを、マスターは片手を出して制した。


「いらないよ。俺の奢りだ」


 マスターはサイフォンに火を点けた。コポコポと湯が沸き上がる音が、静かな店内に響く。やがて、挽きたてのコーヒー豆にお湯が注がれると、店内に芳醇で安らぐ香りが漂い始めた。

 湯気の立つ厚手のマグカップが、海軍兵の前にコトリと置かれる。


「ありがたい……日本人の人情ってやつは、やはり素晴らしいな」


 海軍兵は張り詰めていた顔をわずかに綻ばせ、両手でカップを包み込むようにして一口飲んだ。


「温かい。それに、美味い」


「ああ。不安な時は、温かいものが少しだけ心を救ってくれる。大丈夫さ、あんたの家族はきっと生きているよ」


「……ありがとう、マスター」


 店内に、ほんのわずかな安寧の時間が流れた。

 ――しかし。

 不意に、ダイナーの外が異様なほど騒がしくなった。横須賀海軍基地のお膝元とはいえ、軍用車両のけたたましいエンジン音や、怒号のような声が幾重にも飛び交うのは尋常ではない。

 海軍兵も不審に思い、窓の外を確認しようと席を立ちかけた、その時。

 バンッ! と、店のドアが乱暴に蹴破られるように開いた。

 踏み込んできたのは、アサルトライフルで完全武装した数名の米兵たちだった。その殺気立った銃口は、なぜか非武装の民間人であるマスターたちに向けられていて――。


「やっぱり此処にいたか!」


「散々探したぜ!」


 ドアを蹴破って雪崩れ込んできたのは、コーヒーを飲んでいた米兵の同じ部隊の友人たちだった。しかし、その全員がアサルトライフルを携行し、実戦用の重装備に身を固めている。


「何事だよ! お前ら、なんでそんな完全武装を……」


「何って、決起に決まってるだろ! ペンタゴンのアレックス長官から、全世界の駐留米軍へ向けて『一斉蜂起』の特命が下ったんだ!」


「はぁ!? 長官直々の命令だって!? 正気か、そんなことをしたら日本と全面戦争になるぞ!」


「それが上層部の狙いなんだろうよ! 俺たち第五分隊はアルビオン軍として本国に合流する。お前も来い!」


 状況がまったく飲み込めず呆然とする非番の米兵を、武装した友人たちが強引に腕を掴んで引っ張っていく。

 カウンターの奥では、マスターが血の気を引かせながらも、事態の異常性を察して店の固定電話の受話器へ手を伸ばそうとしていた。

 ――その瞬間。

 背後に立っていたもう一人の米兵が、無造作に腰のホルスターから拳銃を抜いた。


「パンッ! パンッ! パンッ!」


 乾いた三発の銃声が、コーヒーの香りが漂う狭いダイナーに鼓膜を破らんばかりに響き渡る。受話器を握りかけたマスターの体がビクンと跳ね、そのまま力なくカウンターの内側へ崩れ落ちた。


「お前っ……! 何をしてるんだ! マスターはただの民間人だぞ!」


 先ほどまで温かいコーヒーと人情を貰っていた米兵が、激昂して同僚の胸ぐらを掴む。だが、発砲した兵士はまるで悪びれる様子もなく、ひどく冷たい目で銃口から立ち上る煙を吹いた。


「アレックス長官の命令は『各都市の主要施設の制圧および破壊』だ。奴は日本の警察に通報しようとしていた。作戦の初動を気付かれるわけにはいかないからな」


「だからって、殺すことはないだろう!」


「甘いことを言うな。……それに、これはほんの手始めだ。行くぞ」


 非番の米兵は抗うこともできず、仲間たちに引きずられるようにして店を出た。

 彼らが表に横付けされていた大型の軍用ビークル乗り込むと、エンジンが咆哮を上げ、神奈川の都市部へ向かって猛スピードで駆けていく。

 その後を追うように、横須賀基地のゲートからは、二台、四台と、次々に日本の公道へと吐き出されていった。

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