第一話 アバランサー
二一一二年、十月――。
カレンダーの上では秋だが、都心には未だ夏の熱気がへばりついていた。街行く人々は半袖姿が目立ち、スーツを着たサラリーマンたちも、ジャケットを小脇に抱え、ワイシャツの袖を捲り上げている。
西武新宿駅前。ユニカビジョンの巨大スクリーンには、国会中継のハイライトが映し出されていた。 議題は、先日可決されたばかりの『人型有人兵器アバランサーの自衛隊正式導入法案』について。画面の中では、野党の老議員がマイクに唾を飛ばして激昂している。
「全く……若い者が増えた弊害と言うほかない! あんな鉄屑を自衛隊に組み込むなど、戦争を呼ぶ狼煙を上げるようなものじゃないか! 何を考えているんだ、国民主権党の連中は!」
記者の質問を遮り、カメラに向かって吠える老人。その姿は、今の国会における少数派の焦りと怒りを象徴していた。ここ四十年で政界の若返りは劇的に進み、今や議員の五割以上を三十代が占める時代だ。
血気盛んな若手議員の台頭を、保守的な老人たちが危惧する、そんな状態だ。保守と言っても日本のことを思っての保守ではない。我が身可愛さによる発言であることは群衆も気付いている。
現在、政権を握る国民主権党は、二年前の衆院選で大勝を収めた若い政党だ。
民衆に寄り添う政治をキャッチコピーにし、減税や子育て支援といった公約を実現する一方で、安全保障に関しては過激的である。
彼らはアバランサーの導入も、あくまで国民を守るための盾だと主張した。反対の声は根強かったが、世界情勢の悪化も彼らに味方した。これまで航空戦力などに割かれていた予算はアバランサー関連へスライドし、日本の軍需産業はかつてない特需に沸き立とうとしていた。
首相官邸。総理執務室。
「こちらが明後日の国会での、各党からの質問書です」
「ありがとう。藤九郞」
総理秘書の白井藤九郞が、机の上のモニターにデータを表示させる。
「私も一通り目を通しましたが、呆れる質問ばかりですね。毎回同じ、アバランサーのことについて。野党は我々と協力する気は無いようです」
「仕方がないわ。月面軌道エレベーターの改修費問題に続いて、今回のアバランサー導入だもの。無理に押し通した反動は覚悟の上よ。これくらいの反発はあるでしょうね」
現在の内閣総理大臣、星波静香。四十八歳での総理就任は若すぎると世間から叩かれた。今の国会は五割が三十代なのだから、決して若すぎるわけではない。だが、高齢者から見れば不安に映るのも、女であることも理由の一つだと、彼女自身も理解していた。
そして、国民の不満の矛先はもう一つある。太平洋上から宇宙へとそびえる『月面軌道エレベーター』だ。
十五年前に国連で承認され、世界百カ国以上の支援で完成した人類の夢。宇宙から月面まで直通で行けるその塔は、当初こそ地球に住む人々を熱狂させた。しかし蓋を開けてみれば、利用できるのは政府官僚や一部の富裕層、そして軍関係者のみ。夢の塔は、いつしか特権の象徴となり、見上げる民衆の怒りを受け止める種火となっていた。それは当然のこと、自分たちが働いて稼いだ税金を投入されていれば怒りも沸いてくるだろう。
ふと窓の外を見ると、官邸前に大勢の人が集まっているのが見えた。
「今日もですね。『戦争反対』『アバランサーを捨てろ』……彼らは世界情勢が見えているんでしょうか?」
「それは、私たちの説明次第……と言ったところね。他国の動きも怪しくなってきたわ。明日の午後、防衛大臣を官邸に呼んで。アバランサーの試作機について報告を聞きたいの」
「分かりました」
藤九郞が部屋を出ていくと、静香はお茶を一口飲み、モニターに視線を戻した。
「守らなければ……この国を」
静香は誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやいた。




