第十七話 始まる新時代
ヴィクターの言葉は、アレックスがひた隠しにしてきた心の最奥――その本質を正確にえぐり出していた。
アレックスは元々、戦争孤児としてアメリカへ渡った養子だった。身寄りのない彼を拾い、実の息子のように愛情を注いでくれたのは、余命幾ばくもない辺境の田舎に住む老夫婦だった。
彼は十八歳で士官学校へ進み、晴れて士官候補生となった日に、恩返しのため故郷へと帰った。しかし、彼がそこで目にしたのは、のどかな村があったはずの場所にポッカリと口を開けた巨大なクレーターと、黒焦げになったアバランサ―の残骸だった。
人里離れた辺境の地は、アバランサーの極秘テストに選ばれやすい。通常であれば事前の退去勧告が行われるはずだが、勧告を待たずして試験中の機体が暴走し、自爆事故を起こしたのだ。
愛する老夫婦を含め、村にいた六十名余りの命は一瞬にして塵と化した。しかも軍は、その凄惨な事故を完全に隠蔽した。亡くなった六十名の名前すら、歴史から綺麗に抹消されたのだ。
その日以来、アレックスは軍人でありながら、アバランサーという存在そのものを心の底から憎悪した。
あんな物があるから、世界は狂っていく。通常兵器でさえ戦争を終わらせられないというのに、一騎当千の巨人兵器など、無用な戦火と犠牲を拡大させるだけの悪魔の道具だ。
彼は復讐のために軍の中枢へと上り詰め、アメリカの、そしてアバランサーの暗部をすべて見極めてきた。
「そしてあなたは、内部からアバランサーを排除しようと企てた」
ヴィクターは、まるでアレックスの脳内を覗き見ているかのように淡々と語る。
「わざと市街地や重要施設の警備にアバランサーを配備し、そこで悲惨な事故を装って誤作動を起こさせる。そうすれば、民衆のアバランサーに対する嫌悪感は頂点に達する。その世論を利用して、アバランサー推進派であるアッシュフォード大統領を失脚させ、次期大統領に自分の息のかかった者を据える。……そして、合法的にアバランサーを全廃に追い込む」
ヴィクターはフッと冷たい笑みをこぼした。
「ホワイトハウスが我々に襲撃された時、大統領の救出よりもアバランサーによる爆撃を優先したのも、そのためでしょう? テロリストの襲撃という未曾有の危機すらも、自らのアバランサー排斥の計画に利用しようとした。……そうですよね? アレックス長官」
ヴィクターは、アレックスの抱える深い闇をすべてお見通しのようだった。
アレックスの胸の奥底に隠されていた思惑がすべて白日の下に晒され、周囲に拘束されていたアメリカ軍の高官たちは驚愕に言葉を失っていた。すべてを看破されたアレックスは、もはや自嘲気味に笑うことしかできない。
「……流石だよ、ヴィクター・アルフレッド。よくそこまで見抜いた。お前の言う通りだ、俺はアバランサーが憎い。あれはこの世界に存在してはならない代物だ」
「それで、内部からの全廃計画ですか。……心情は理解できますが、アレックス長官、あなたの計画には決定的な穴がある」
「ん? 何がだ?」
「超大国であるアメリカがアバランサーを捨てたところで、世界から火種は消えません。むしろ牙を抜かれたアメリカは、他国のアバランサーによって蹂躙されるだけです」
「ああ、そうだろうな」
アレックスはあっさりと肯定した。その無機質な相槌に、ヴィクターは目を見開く。
「――そうか。長官はアメリカという国家ごと、滅ぶことを望んでいたのですね」
「は? ……国民を道連れにして、国ごと死のうとしていたってのか!?」
ヴィクターの背後に立つイオグランデが、ドン引きしたように声を上げた。
「マジかよ。国防長官ともあろう人間が、そんな破滅的な妄想に取り憑かれていたとはな」
「破滅的ではないさ、イオ。彼は彼なりの強固な信念を持っていたんだ。自分の行いが絶対的な正義だと信じて疑わない。……まさしく、我々と同じようにな」
ヴィクターは両手を広げ、まるで同志を見つけたかのように歓喜の笑みを浮かべた。
「長官。私が提唱する世界共生が成された暁には、アバランサーはこの世界から完全に根絶されます」
「あり得ないな。人間である以上、必ず争いを起こす者は現れる。優位に立つための力を手放す権力者などいない」
「いいえ、無くなりますよ。私が創る新たな世界では、武力などという概念そのものが不要になる。すべての対立は対話のテーブルで決着するようになります」
「机上の空論だ。どうやって諸国に武器を捨てさせる?」
「それは――」
ヴィクターは歩み寄り、拘束されたアレックスの耳元で、ある計画を囁く。その言葉を聞いた瞬間、アレックスは目を見開き、愕然としてヴィクターの顔を見上げた。
「……正気か? お前は、そのためにアバランサーを使って世界を脅し、支配するというのか?」
「はい」
ヴィクターは堂々と言い切った。そこに綺麗事は一切ない。圧倒的な武力をもって世界をひれ伏させ、恐怖で一つに束ねる。その矛盾した狂気の覚悟が、彼の光り輝く瞳に宿っていた。
「ふっ……。ふっはっはっはっは!」
突然、アレックスが腹の底から大笑いし始めた。
あまりの豹変にイオグランデが不気味そうに銃を構え直すが、ヴィクターだけは満足げに微笑んでいる。
「……最高に狂っているな、お前は。俺のちっぽけな計画など児戯に思えるほどの、壮大な悪党だ」
「悪党ではありませんよ。革命家です」
笑い収めると、アレックスの瞳から軍人としての迷いが消え失せていた。
「分かった、協力しよう。……すべては、忌まわしきアバランサーの根絶のために」
ヴィクターの合図でアレックスの戒めが解かれる。
国防長官は立ち上がると、即座に自身の権限でしかアクセスできないペンタゴンの極秘サーバーを叩き起こした。
「見ろ。これが、現在アメリカが極秘裏に開発を進めている、次世代型アバランサーの設計図だ。来年にはロールアウトする予定だ」
空中に展開されたホログラムを前に、ヴィクターは目を細める。
「素晴らしい。これがあれば、我々の革命はより盤石なものになる。……さあ、始めましょうか。愚かな世界を一つにするための、大いなる粛清を」




